構えもなしに左の前蹴り。
タイトなワンピースの裾が邪魔する。
それでも、彼女がバッグを持ったまま両手でガードする。
バッグが弾け飛ぶ。
彼女の顔から笑みが消える。
互いに間合いを計る。
小さな公園の空気が張り詰める。
まるで時間が止まったよう。
睨み合う二人。
突然、彼女が気を緩める。
ワタシに背を向けると、バッグに向かって歩く。
無防備に屈んで、バッグを拾い上げると、ワタシに向き直る。
呆気にとられて、彼女から目が離せないでいるワタシ。
いつのまにか、左半身の構えも解いている。
ワタシに近づきながら、彼女が言う。
「彼が見込んだだけのこと、あるわね」
「…」
何も言えずにいるワタシ。
彼女が続ける。
「何故かしら、あなたとは、やりあいたくないわ」
堪らず言うワタシ。
「あなた、あの晩、あの店にいたわね」
言いながら、ミニのドレスから伸びる、彼女のすらりとした白い脚とピンヒールに目をやる。
彼女は、それには応えずワタシに向かってくる。
一瞬、緊張するワタシ。
彼女は、そんなワタシに何処吹く風、すれ違いざま、薄いトレンチコートのワタシのお尻を叩いて言う。
「またねっ」
「ちょっと…」
背中にかけるワタシの言葉を気に留めることなく、彼女は歩き始めている。
ナニ?思いながら、暫し街灯の下に佇むワタシ。
我に返って、慌てて遊歩道に戻る。
彼女は?遊歩道に目を凝らすが、歩いていた方向にはいない。
振り返ると、彼女が、来た道を戻っている。
遊歩道の入口の通りに、先ほどの黒い車が停まる。
今度は、彼女が後部席に乗り込む。
思わず駆け出しているワタシ。
車まで数メートル。
後部席のウィンドウが下がる。
彼女の白い掌、バイバイするように振られる。
車が走り出す。
振られる白い手を見ながら、一瞬、懐かしい想いにとらわれる。
車を見送りながら、一連の動きを振り返る。
ワタシが彼女に疑いを持って、何か仕掛けることに気づいていたのね。
そう考えると、彼と彼女がどこから繋がっているのか、なんとなく推測はつく。
訊いたところで、二人とも答えるはずもない。
釈然としない気分を響かせる紅いピンヒール。
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