通りに出ると、少し離れた地下鉄の入口を目指す。
歩きながら、入口が近づくどころか、ますます離れていくような感覚にとらわれる。
それほど足元が覚束なくなってきている。
ようやく地下鉄への階段。
この二週間、軽快に上り下りを繰り返した階段。
今は、手摺を頼りに一段ずつ慎重に下りる。
なんとか改札まで辿りつく。
ICカードをタッチすると、自動改札に靠れて身体を滑らせる。
ゲートが閉じるギリギリ。
一瞬、堅いゲートに小ぶりの?お尻を挟まれる。
タイトなスカートの腰を捻って強引にゲートを擦り抜ける。
構内を点検している駅員が、ワタシの様子を見て苦笑している。
夜明けまで飲んだ帰り、くらいに思われているらしい。
とにかく今は、早くここを離れること。
もう一度言いきかせてホームに進む。
作りつけの椅子に座りたいところだが、今座ると動けなくなることは分かっている。
重くなる気怠さを弾き出そうと、ホームの端に向かってピンヒールを響かせる。
ボンヤリし始める頭にアナウンスが流れ込む。
構わず歩き続けていると、電車が滑り込んでくる。
電車が停車したらしく、車輌のドアが開く。
手近なドアから乗り込む。
車輌には数えるほどしか乗客はいないが、ドア口に靠れるように立つ。
座席に座ると、そのまま何処かに落ちていってしまいそう。
メロディが流れてドアが閉まる。
スーツ姿でドアに凭れたまま、バッグを探る。
油断すると床に崩れ落ちそうになる。
ストッキングの両膝に、意識して力を込めないと立っていられない。
携帯用の裁縫セットのケースから小さな鋏を取り出す。
刃を開いて掌に握りこむ。
開いた鋏の刃が直に触れて、掌に痛みが走る。
痛みの分だけ正気を保てる。
ほんの数駅。
今は、何より遠く、長く感じる。
時折、凭れたドアが開くと、頭からホームに落ちそうになる。
身体が転げ出さないように、ストッキングの両膝を強く合わせて下肢に意識を集中する。
まるで生理現象を我慢するかのように。
しばらくして、聞きなれた駅名とメロディが流れる。
無意識に開いたドアから踏み出す。
ボンヤリした頭に響くのは、ただピンヒールの音だけ。
【このカテゴリーの最新記事】
- no image
- no image
- no image
- no image
- no image
- no image
- no image