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2021年08月02日

into the wine

待ち合わせ場所は、いつものAホテル。

一見すると、老舗のホテル。
当然、彼の所属する組織の配下。
出迎えるのは、組織の職員か雇われた同類の者たち。
その中のリストランテ。

入口で案内係に問われる。
彼との約束の旨を伝える。
「こちらへどうぞ」
案内係の女性が、先に立って誘導する。
黙ってついていく。

彼女が、奥まった席の一つで立ち止まると、椅子を一つ引く。
礼を言って腰掛ける。
女性が会釈して下がる。

何の話が聞けるかしら。
一人思っていると、悔しいが、まさに颯爽と彼が視界に映りこむ。
「やぁ、待ったかい」
言いながら座る彼。

全部分かってるくせに、どこかで見てたでしょ、と思いながらも応える。
「今来たところよ」

静かに近づいてくるウェイターに、彼が言う。
「頼んであるものを」
ウェイターが、一礼して下がっていく。

入れ替わるように、ソムリエらしき男性がボトルを抱えて彼の横に立つ。
ラベルを見て彼が頷くと、男性が徐にオープナーを取り出す。
ボトルを開ける手際のよさに、思わず見惚れる。

彼のグラスに一口分注がれる。
彼がグラスを傾け、口に含んで頷く。
男性がワタシのグラスに白ワインを注ぐ。
続いて彼のグラスを満たす。
氷を入れたワインクーラーにボトルを入れて下がる。

彼がグラスを持って、青い瞳でワタシを促す。
やむなく付き合う。
二人、同時にワイングラスを掲げる。
「乾杯!」

思わず言うワタシ。
「ナニに?」
苦笑する彼が続ける。
「そうだな、今も変わらぬ君に、乾杯」

騙されないわよと思いながら再び煌かせるwineカラー。
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2021年08月03日

into the amber

掲げたグラスから、白ワインを一口含む。

やはり美味しい。
こういうところは、彼の選択に間違いはない。

程なく、アンティパストが運ばれてくる。
間違いない美味しさ。
ワインも合う。

順に運ばれる料理を楽しみながら、彼が、相変わらずの軽口を披露する。

肉料理の前に、少し型の違うグラスに赤ワインが注がれる。
彼が、またグラスを掲げる。
応えるように、自分のグラスを軽く上げる。
一口含む、やはり美味しい、そしてワタシの好み。
間違いのない選択を称賛するように、食事中は大人の受け答えを続ける。

やがて、デザートが運ばれてくる。
辺りにカカオとマスカルポーネの香が漂い、口にする前から美味しいことが分かる。
彼が、ウェイターに何か囁く。

グラスが二つ運ばれてくる。
琥珀の液体が、微かに揺れている。
「覚えているかい」
彼が答えを待たずに続ける。
「今も、この組み合わせが好きでね」
言いながら、ティラミスを一口運ぶと、続けてグラスから琥珀の液体を含む。
満足気に微笑む彼。

初めて彼に、仕事の話を打ち明けられたとき、教えられた組み合わせ。
束の間、ティラミスの甘さとともに、甘い記憶が蘇る。
何年前のことかしら…。

ハッとして、グラスのブランデーを呷るように飲む。
甘さと記憶とを打ち消して言う。
「そろそろ本題に入ったら、食事しに来たワケじゃないでしょ」
「それだけでもいい、と思い始めているんだが」
「ワタシにそんな気はないわ、分かってるでしょっ」

言いながら、半ば自分に言いきかせていることに気づく。
言葉でそう言わないと、心地よさに流されてしまいそうになる。
今は、付かず離れずの距離がいい。

ワタシの心を察するかのように彼が言う。
「そうだな、本題か、まぁ君とは、また」
「…」
それには応えずに、彼の言葉を待つワタシ。
「頼みたいのは、こういうことだ」
彼の声に、黙って聴き入る。

彼が話し終える頃合い、見計らうように、ウェイターがエスプレッソを運んでくる。
彼が、グラニュー糖をたっぷり入れる。
ワタシは、軽く一匙だけ。

苦味を楽しみつつ拭い去るamberカラーの思い出。
タグ: amber 琥珀色
posted by afakenation at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 3.meetup

2021年08月04日

into the blond & blue

不意に、彼が片手をあげる。

ウェイターを呼んだもの、と思っていると、女性が一人向かってくる。
ブロンドで、ミニのドレスからスラリと長い脚、真っ直ぐワタシたちの席に迫る。
彼の席の脇で、立ち止まる。

その女性が、サングラスを外す。
女のワタシが思わず息をのむ、本物のブロンドに青い瞳の彼女。
一瞬、何故か、懐かしい思いに包まれる。
ナニ?怪訝に思いながらも、彼をみる。
二人ともにブロンドに青い瞳、悔しいけどお似合い。

彼が口火を切る。
「紹介しよう」
彼女が、立ったまま彼に寄りかかるようにする。
「今回の僕のパートナー、まぁ君は、別格だから」
何故か半ば笑いながら、彼が言う。

誂えたドレス姿の彼女に、市販のワンピースのワタシ。
「よろしく」
言って、彼女が右手を差しのべてくる。
左手は彼の肩に置いたまま。

「よろしく」
右手で彼女の手を握りながら、思わぬぶっきら棒な自分の口調に驚く。
嫉妬?思って直ぐに打ち消す。
握り返してくる彼女の手に、やさしさを感じて、強く握ろうとした自分の手を思わず引っ込める。

魅了するような笑顔で、ワタシを見つめる彼女。
彼女が笑いながら言う。
「ごめんなさい、彼とはなんでもないから」
言い終わらぬうちに、踵を返して歩いていく。

彼にかワタシにか分からないが、ポーチを持った片手を上げて出て行く。
艶かしいミニドレスの後ろ姿と、ピンヒールの白い脚を残して。
その姿に、何か引っかかるものを感じるが、今はその正体が分からない。

堪えていたらしい彼が、とうとう声をあげて笑う。
何故か、ホッとしている自分にドギマギしながら、悟られまいと、笑う彼を睨みつける。

ワタシの視線に応えるように、彼が言う。
「すまない、彼女の素振りが、あまりに可笑しくて…」
「二人してワタシを笑いにきたの?」
腹立ち紛れに、残ったエスプレッソを一気に飲み干す。

本当に可笑しそうに笑いながら見ている彼が、言葉を継ぐ。
「そんなつもりはないよ、何かで二人、協力してもらうことも、あるかと思ってさ」
「…」
「それで、引き受けてくれるかな」
「そのつもりだけど、確認したいことがあるから、返事は明日にでも連絡するわ」
「いろいろと、期待しているよ」
言って、彼がウィンクする。

彼の妙な魅力に惑わされないよう顔を背ける。
「ごちそうさま」
言うと同時に立ち上がると、彼の横を通って、振り返らずに片手を上げてみる。
笑われてるかしら?。

blond & blueカラーに対抗するように響かせるピンヒール。
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2021年08月05日

stiletto heels with mini dress

ホテルの正面を見通せる、通りの反対側のカフェ。

冷め始めるブレンドを前に、彼女を待つ。
どうしても、確認しておきたいことがある。
訊いて教えてもらえるものではない。
素振りすら見せないかもしれない。
引っ掛かるのは、あの白い脚とピンヒール、あの晩と同じ。

やはり、ワタシと話した後、彼は彼女と打ち合わせているらしい。
ホテルの正面から二人一緒に出てくる。
悔しいが、絵になる本物のブロンドの美男美女。
知らぬ間に唇を噛む。
ハッとして、一人苦笑する。

彼と彼女が別れて、それぞれ反対の方向に歩き出す。
急いで会計を済ませる。

彼女が反対側の歩道を歩いて、カフェの位置を通り過ぎる。
彼女と充分に距離をとって、カフェから出る。
通りの反対の歩道を、彼女を追って歩く。

視線の先で、彼女の横に黒い車が静かに停まる。
彼女がドアに身を屈め、ウインドウを開けたらしい運転手と何か言葉を交わす。
車は、そのまま発進して去っていく。

再び歩きはじめる彼女。
慎重に後を追うワタシ。

ホテルの敷地の外れ。
彼女が、遊歩道らしき小路に入っていく。

既にあたりは暗く、街灯が点いている。
車のライトの切れ目を縫って、大通りを駆け足で突っ切る。

遊歩道の入口から、前方を覗き見る。
既に数十メートル先を、彼女が振り返りもせず歩いている。
充分な距離をおいて、早足で跡を追う。

不意に、彼女が並木の陰に消える。
追いながら待つが、遊歩道に戻ってこない。
しまった、思って小走りになる。

彼女が視界から消えたあたり、遊歩道の中ほど。
小さな噴水公園になっている。
四方の出入り口以外は、小さな木立が覆っている。

入口に立ち止まって、全身で気配を感じ取る。
顔の前に風、既の所で躱す。
鼻先に紅いピンヒール、透かさず距離をとるように跳ぶ。
公園の街灯の下に入る。

彼女が、ミニのドレスの裾を気にすることなく蹴りだした脚。
スローモーションのように戻す。

股関節まで続く長く白い脚に紅いピンヒール。

2021年08月06日

stiletto heels with midi dress

今度は、ワタシの番とばかりに。

構えもなしに左の前蹴り。
タイトなワンピースの裾が邪魔する。
それでも、彼女がバッグを持ったまま両手でガードする。
バッグが弾け飛ぶ。

彼女の顔から笑みが消える。
互いに間合いを計る。
小さな公園の空気が張り詰める。
まるで時間が止まったよう。

睨み合う二人。
突然、彼女が気を緩める。
ワタシに背を向けると、バッグに向かって歩く。
無防備に屈んで、バッグを拾い上げると、ワタシに向き直る。

呆気にとられて、彼女から目が離せないでいるワタシ。
いつのまにか、左半身の構えも解いている。

ワタシに近づきながら、彼女が言う。
「彼が見込んだだけのこと、あるわね」
「…」
何も言えずにいるワタシ。

彼女が続ける。
「何故かしら、あなたとは、やりあいたくないわ」
堪らず言うワタシ。
「あなた、あの晩、あの店にいたわね」
言いながら、ミニのドレスから伸びる、彼女のすらりとした白い脚とピンヒールに目をやる。

彼女は、それには応えずワタシに向かってくる。
一瞬、緊張するワタシ。
彼女は、そんなワタシに何処吹く風、すれ違いざま、薄いトレンチコートのワタシのお尻を叩いて言う。
「またねっ」
「ちょっと…」
背中にかけるワタシの言葉を気に留めることなく、彼女は歩き始めている。

ナニ?思いながら、暫し街灯の下に佇むワタシ。
我に返って、慌てて遊歩道に戻る。

彼女は?遊歩道に目を凝らすが、歩いていた方向にはいない。
振り返ると、彼女が、来た道を戻っている。

遊歩道の入口の通りに、先ほどの黒い車が停まる。
今度は、彼女が後部席に乗り込む。
思わず駆け出しているワタシ。
車まで数メートル。

後部席のウィンドウが下がる。
彼女の白い掌、バイバイするように振られる。
車が走り出す。
振られる白い手を見ながら、一瞬、懐かしい想いにとらわれる。

車を見送りながら、一連の動きを振り返る。
ワタシが彼女に疑いを持って、何か仕掛けることに気づいていたのね。
そう考えると、彼と彼女がどこから繋がっているのか、なんとなく推測はつく。
訊いたところで、二人とも答えるはずもない。

釈然としない気分を響かせる紅いピンヒール。

2021年08月10日

face to face 〜 client

旧知の彼?から依頼された仕事。

ある女性議員のボディガード。
対面の約束は、今日のお昼。

会期中の今、何かと忙しいらしく、昼食時に偶にしか時間がとれないらしい。
約束の議場近くのホテル、ロビーのカフェ。
その女性は、秘書らしい男女と書類を見ながら、なにやら打ち合わせしている。

少し離れて控えていると、彼女がワタシに目を留める。
秘書達に何か言うと、男女二人がソファから立ち上がって、その場を離れる。

遠目から軽く会釈して、彼女の座るソファに近づく。
彼女が立ち上がって、右手を差し出す。
「今日からよろしくね」
微笑む彼女にこたえる。
「よろしくお願いします」
彼女の手を握り返す。

手を放して、彼女が言う。
「ところで、あなた、お昼まだでしょ?」
「えっ、ええ」
「じゃ、つきあって」
「あっ、はい」

先に歩きはじめる彼女を追うようにして、エレヴェータに向かう。
ワタシたちに気づいたポーターが、先導するようにエレヴェータのボタンを押す。

扉が開く。
「ありがとう」
彼女がポーターに言って、乗り込む。
ポーターに会釈して、後に続くワタシ。

エレヴェータの中で彼女が、展望レストランのフロアのボタンを押す。
扉が閉まると、静かに箱が上昇する。

並んで立つ彼女が切り出す。
「ここ割といけるのよ、あなた、好き嫌いはない?」
「ええ、好きなものはありますが、基本的に何でもいただきます」
扉が開いて、レストランに向かう。

レストランに入ると、ウェイターが誘導して、奥の一角に案内する。
ウェイターに椅子を引かれて、彼女が座る。
「ありがとう」
彼女が、微笑みながらウェイターに言う。

会って間もないが、既に何度か耳にする彼女の言葉。
自然に言える政治家は少ないかも知れない。
ワタシも座りながら言う。
「ありがとう」

メニュを置いてさがるウェイター。

2021年08月11日

menu 〜 client

女性議員がメニュを開いて言う。
「私に任せてくれる?」
「…えっ、ええ」
突然の申し出に、一瞬躊躇するが、ここは、よく通う彼女の舌を信じよう。

彼女が手を上げると、ウェイターが静かに控える。
彼女がメニュを指しながら、いくつかのものを二つずつオーダーする。
ウェイターが、メニュを受け取り、畏まってさがる。

ワタシより結構年上のはずだが、そんな素振りは微塵もみせない。
年下のワタシに対等に接する。

しばらくして、スープカップが運ばれてくる。
辺りに漂うトマトベースの香り。

一匙掬う。
ゆっくり舌の上に広げる。
絶品というほどではないが、なかなかいける味わい。

時々ワタシの反応を確認するように、彼女がワタシを伺う。
「どう?このテのレストランにしては悪くないでしょ」
「ええ、おいしいですね」

スープを終えると、小さなサラダが運ばれてくる。
一口運んで、思わぬドレッシングの旨さに舌をまく。
ともすると、ただの添え物になってしまう一品。
こういうところの丁寧さが、その店の品格を現す。

今度は訊かれることもなく、素直に口に出る。
「なかなかおいしいですね」
彼女が、にっこり笑ってサラダを頬張る。

そこにパスタが運ばれてくる。
トマトソースのシンプルなパスタ。
彼女が言う。
「会期中はよくいただくの、腹もちもいいし、トマトのリコピンは美容にもいいから」
後半は、少し笑いながら話す彼女。

彼女の自然な笑顔と気安さに、いつのまにか自然と受け答えするワタシ。
「ワタシも、トマトは好きです、自分でピクルスにするくらい」

パスタをいただく合間に、彼女が訊いてくる。
「あなた、自炊するの?」
「ええ、たいていは自分で作っていただきます」
「今の若いヒトは皆コンビニ弁当で、自炊なんかしないのかと思ってたわ」
「珍しいのかもしれませんが、出来合いのものは滅多に買いません、何がどう使われているか分からないので」
「そう、でもあなたのような仕事をするヒトは、自然にそうなるのかも知れないわね」

言われて気づく今まで考えてもみなかったこと。
タグ: menu メニュ

2021年08月12日

residue of espresso 〜 client

話をしながらも、二人食べ進める。

しばらくして、互いにパスタの皿が空く。
ウェイターが皿をさげる。

彼女が、見計らったように言う。
「初めて会う人とは、なるたけ食事を一緒にするようにしてるの」
「…?」
「食事の仕方をみれば、そのヒトのことは、ほぼ分かるから」

そうなのかしら?と思いながら、彼女の言葉を待つ。
「少なくとも、これまで会ってきたヒトの判断は、間違ってなかったわ」
「…それで、ワタシは?」
恐る恐る訊いてみる。

彼女が、満面の笑みを浮かべて言う。
「最高よ、今まで会った中で、一番気が合うはずよ」
「あっ、ありがとうございます」
思わず俯いてる。
面と向かって言われると、相手が同性でも嬉しい反面、照れくささも募る。

俯いていると、ウェイターが飲み物を運んでくる。
辺りに、いい香が漂う。
「あなたも、好きだといいけど」
彼女が言いながら、グラニュウ糖を一匙、エスプレッソに入れる。
ワタシも、いつものように軽く一匙入れる。

一口含む。
苦味が、口中から鼻腔に広がる。
思わず呟く。
「うん、おいしい」
瞬間、エスプレッソの飲み方を教えてくれた彼との思い出が蘇る。

知ってか知らずか、ワタシの仕草をみて、彼女が言う。
「よかったわ、気に入ってくれて、あなたも一匙なのね」
「ええ、甘党ではないですし、苦味のほうがおいしく感じられて」

彼女が大きく頷く。
「やっぱり、あなた、きっと私と最高の相性よ」

彼女が、エスプレッソの最後の一口を残して、カップを置く。
その様子を見て、ワタシと同じと思いながら、ワタシもカップを置く。

「あなたも、最後の一口残すのね」
「ええ、ワタシにはどうにも甘くて、それに残骸にしか見えなくて」
「残骸?エスプレッソの残骸か、面白いことをいうのね」
「可笑しいですか?」
「いえ、何となく分かる気がする、私も使わせてもらうわ、エスプレッソの残骸」

最後は笑いながら言って、彼女が席を立つ。
席を立って後を追う。

斜め後ろを歩くワタシ。

2021年08月13日

change of clothes 〜 client

エレヴェータに乗ると、彼女が言う。

「じゃ、夕方事務所に来て、はい、これ」
彼女が、名刺を差し出す。

名刺には、事務所の住所と電話番号が印刷されている。
受け取りながら訊く。
「あの、何時に伺いますか」
「そうね、今日は6時には終わってると思うから、その前後にお願い」
「分かりました、では6時に伺います」

エレヴェータが止まり、扉が開く。
彼女に続いて踏み出すと、二人の背中で扉が閉まる。

歩きながら、思い出したように彼女が言う。
「あっそうそう、着替えも用意してきて」
「えっ、着替え?ですか」
「そうね、ひとまず一週間分」
「あの、どういう?…」

ワタシの疑問には取り合わず、彼女が続ける。
「昼間は、秘書と一緒だから、プライヴェイトの時間を一緒にいてほしいの、だから、ウチに寝泊りして」
「寝泊り?ですか」
「本当は、ボディガードなんか要らないって、言ったんだけど、最適な女性(ヒト)がいるって奨められて」
「最適?誰に奨められたんですか?」

それには答えず続ける彼女。
「でも頼んでよかったわ、相性ピッタリのあなたが来てくれて」
「それで誰に?…」
しつこく駄目元でくいさがってみるワタシ。

やはり無視して続ける彼女。
「あなたのこと、あまり気にかけられないし、あなたも、その方が仕事しやすいでしょ」
「それはそうですが、お邪魔じゃありませんか?」
「あなたに会う前ならそうね、そう考えてたわ、でもあなたなら、お互いリラックスして過せると思うわ」
「それならいいですが」
「じゃあ、後でね」

そういい残すと、彼女に近づいてくる男女の秘書と言葉を交わす。
そのまま、連れ立ってロビーの一角に向かう。
一人佇むワタシは、思わぬ依頼に頭を巡らせる。
一週間分って、いったい何を持っていこう。

あれこれ考えながらホテルを出るピンヒール。

2021年08月16日

suitcase for bodyguard

スーツケースを引きながら、扉の前に立つ。

昼間見かけた秘書の一人が、扉を開ける。
ワタシを見るや、待ってましたと言わんばかりに招じ入れる。

オフィスは、議員にしては意外と狭い印象。
入り口脇のソファ、掛けて待つよう言われる。

スーツケースを横に置いて、ソファに浅く腰かける。
タイトなスカートの膝を合わせて、やや右に傾ける。
左内腿のスリットのおかげで、いつでも左脚を上げられる態勢。

待つことなく、彼女が奥の部屋から出てくる。
ワタシを見るなり言う。
「時間通りね、助かるわ」
「…」
黙って頷くワタシ。

彼女が続ける。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
応えてソファから立ち上がる。

彼女が、二人の秘書に向かって言う。
「後はよろしくね、じゃあ、お先に失礼しますね」
「はい、気をつけて」
男女の秘書が、声を揃えて応える。
チームワークは良いようね、思いながら、彼女の後を追うようにスーツケースを引いて歩く。

事務所のあるビルを出て、彼女の一歩斜め後ろを歩く。
歩きながら彼女が言う。
「いつも、健康のためにも歩くようにしてるの、今日は、タクシー拾うわね」
ワタシを振り返り、スーツケースに目をやって言う。

思わず口をつく。
「ありがとうございます、でも大丈夫ですよ」
そう言うワタシに手を振って言う。
「気を遣わないで、あなたの仕事だけ考えて、それに、雇い主の言うことはきくものよ」
最後は、悪戯っぽく笑う。

ネットやテレビに流れる議員の姿からは、想像もつかない程あどけない表情をする。
何となく、彼女を好きになりそうな自分がいる。

空車を待ちながら歩いていると、黒い外車が、彼女の横に滑るように停まる。
不意のことに、二人して脚を止める。
後部席のウィンドウが下がる。
何かで見たことのある顔。
彼女に向かって静かに言う。
「ちょっと、つきあってもらえないかな」

穏やかな顔つきに似合わぬ有無を言わさぬ口調。
タグ: bodyguard suitcase
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