環論の復習をしている.教科書は van der Waerden の "Algebra" で, そこにおける環の定義は次のようなものである.
定義.集合 $R$ において, 以下が成り立つとき, $R$ は環 (ring) であるという.
I. 加法律
和と呼ばれる演算 $+$ が定義されていて以下を満たす.
a) 加法の結合法則: 任意の $a,b,c \in R$ に対して
\begin{equation*}
(a+b)+c = a+(b+c)
\end{equation*}
が成り立つ.
b) 加法の可換性: 任意の $a,b \in R$ に対して
\begin{equation*}
a+b=b+a
\end{equation*}
が成り立つ.
c) 加法の左単位元の存在: $R$ のある元 $0$ で, 任意の $R$ の元 $a$ に対して
\begin{equation*}
0 + a = a
\end{equation*}
を満たすものが存在する. $0$ を加法に関する左単位元と呼ぶ.
d) 加法の左逆元の存在: 任意の $R$ の元 $a$ に対して, ある $R$ の元 $b$ が存在して
\begin{equation*}
b+a = 0
\end{equation*}
が成り立つ. $b$ を $-a$ と記す.
II. 乗法律.
積と呼ばれる演算 $\cdot$ が定義されていて以下を満たす. なお, 積 $a \cdot b$ を単に $ab$ とも記す.
a) 乗法の結合法則: 任意の $a,b,c \in R$ に対して
\begin{equation*}
a \cdot bc = ab \cdot c
\end{equation*}
が成り立つ.
III. 分配法則.
任意の $a,b,c \in R$ に対して
\begin{align*}
a \cdot (b+c) & = ab+ac, \\
(b+c) \cdot a & = ba+ca
\end{align*}
が成り立つ.
さらに, 条件
II. b) 乗法の可換性: 任意の $a,b \in R$ に対して
\begin{equation*}
ab = ba.
\end{equation*}
が成り立つとき, $R$ を可換環 (commutative ring) と呼ぶ.
なお, この定義では, 加法に関する右単位元や右逆元の存在などは仮定されていない.
これらの存在は加法の可換性 I. b) を使用すればすぐに導かれる.
以下ではあえて加法の可換性を使わずに存在および一意性を導いてみる.
なお, 以下において加法の結合法則は暗黙のうちに使用する.
$R$ を環とし, $a \in R$ とする.
I. d) によって $a$ の左逆元 $-a$ が存在して
\begin{equation*}
(-a)+a = 0
\end{equation*}
が成り立つ. 両辺に右側から $-a$ を加えると I. c) により,
\begin{equation*}
(-a)+a+(-a) = 0+(-a) = -a.
\end{equation*}
$-a$ の加法に関する左逆元 $-(-a)$ を両辺に左側から加えることにより,
\begin{align*}
-(-a)+(-a)+a+(-a) & = -(-a)+(-a) = 0, \\
0+a+(-a) & = 0, \\
a+(-a) & = 0.
\end{align*}
よって $a$ の左逆元 $-a$ は同時に $a$ の右逆元でもある.
$-a$ を単に $a$ の加法に関する逆元と呼ぶ.
次に $0$ を $R$ における任意の左単位元とする. 任意の $a \in R$ に対して
\begin{equation*}
(-a)+a=0
\end{equation*}
が成り立つが, この式の両辺に $0$ を右側から加えると, I. c) により
\begin{equation*}
(-a)+a+0 = 0+0 = 0
\end{equation*}
が成り立つ. この式の両辺に $-(-a)$ を左側から加えると,
\begin{align*}
-(-a)+(-a)+a+0 & = 0, \\
0+a+0 & = 0, \\
a+0 & = 0
\end{align*}
となる. よって $0$ は $R$ の加法に関する右単位元でもある.
$0$ を単に $R$ の加法に関する単位元と呼ぶ.
加法の逆元の一意性を示す.
$b \in R$ を $a$ の任意の加法に関する左逆元とすると,
\begin{equation*}
b+a = 0
\end{equation*}
となるが, $a$ の右逆元 $-a$ をこの式の右側から加えると, $0$ が $R$ の加法に関する右単位元でもあることから,
\begin{align*}
b+a+(-a) & = 0+(-a), \\
b+0 & = -a, \\
b & = -a.
\end{align*}
したがって, 各 $a$ に対して, その逆元 $-a$ は一意的に定まる.
加法の単位元 $0$ の一意性を示す.
$R$ の元 $b$ が, 任意の $a \in R$ に対して
\begin{equation*}
b+a = a
\end{equation*}
を満たすとする. この式の両辺に $a$ の逆元 $-a$ を右側から加えると, $0$ が $R$ の加法に関する右逆元でもあることから
\begin{align*}
b+a+(-a) & = a+(-a), \\
b+0 & = 0, \\
b & = 0
\end{align*}
が成り立つ. よって, $R$ の加法に関する逆元 $0$ は一意的に定まる.
したがって, 環 $R$ は加法に関して一意的な単位元と各元 $a \in R$ に対する一意的な逆元を持ち, 群をなす.
環論においては, 単位元 $e$ を持つ環を考えることが多い. これに関して次の公理が要求される.
II. b) 任意の $a \in R$ に対して, $R$ のある元 $e$ で
\begin{equation*}
ea=a
\end{equation*}
を満たすものが存在する. これを $R$ における乗法に関する左単位元と呼ぶ.
$ea=a$ であるが, $ae=a$ とは限らない. しかしもし $R$ において, 乗法に関する右単位元 $e'$ が存在すれば両者は一致する.
\begin{equation*}
e' = ee' = e.
\end{equation*}
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