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2019年05月01日

加齢マウスの記憶を改善

最終的には、心の働きの脳内メカニス?ムについて述べていきます。

連想を生むーニューロン集団?F

異なる記憶の関連付けは
私たちが周囲の世界を理解したり体系化したりする上で重要だ
技術革命によって記憶を関連付けるプロセスが明らかになってきた


A.J.シルバ (カルフォルニア大学ロサンゼルス校)

加齢マウスの記憶を改善


若いマウスに比べると、高齢のマウスは 海馬のCA1領域 のニューロンを含め脳内の CREB濃度 が低く、興奮性も低い。
このことから私たちは、高齢のマウスには記憶の関連付けは難しいだろうと予想した。

カイらはそれまでに実施した実験の多くを加齢マウスで繰り返した。
結果は驚くものだった。
経験の長い研究者なら、仮説はツールに過ぎないことを知っており、正しいとは必ずしも期待していない。
間違いは避けられず、間違いによって仮説は修正されていく。
だがこの時は私たちの勘が正しかった。

カイが少々息を切らせながら私のオフィスに飛び込んできた時のことを私は今でも覚えている。
彼女は、加齢マウスは2つの箱に入れた間隔が5時間と短い場合、個々の箱のことは覚えているが、記憶を関連付けるのが困難だと言った。
5時間といえば、若いマウスなら難なく記憶の関連付けができた間隔だ。
加齢マウスのミニスコープ画像から、それぞれの記憶に対応する細胞集団の重複が若いマウスに比べて少ないことが判明した。

私たちはこの結果に興奮したが、本当かどうか疑わしいと思い、すぐに実験を繰り返した。
2回目の実験では、さらに説得力のある結果が得られた。
CREB濃度の低い加齢マウスのニューロンは、若いマウスのようには記憶を関連付けられなかった。

これらの結果に勇気付けられ、私たちは研究の範囲を広げた。
加齢マウスが2つの箱を探索している時に一部の CA1ニューロン の興奮性を人為的に高めることにより、最初の箱で活性化した CA1ニューロン の一部を2番目の箱でも確実に活性化させることはできるだろうか?

この実験を実行するため、私たちは細胞表面にある受容体の遺伝子を組み換えることで細胞の機能を制御する画期的な技術を使った。
DREADD (デザイナー薬剤に選択的に応答するデザイナー受容体)と呼ばれる技術だ。
マウスが2つの箱を探索している時、それぞれ DREADD受容体 を活性化すると、同じ CA1ニューロン集団 を活性化でき、その結果、2つの箱の記憶を関連づけることができた。

正直言って、私は当初、この実験のアイデアは馬鹿げていると思っていた。
失敗してもおかしくなかった理由はいくつもある。
まず、場所の記憶には CA1領域 だけでなく、相互接続した多数の脳領域に存在する何百万個のニューロンが関与している。
これ位によって、これらの領域のすべてではないにしても、多くで記憶の関連づけプロセスが衰えているとも考えられる。
だから一部の CA1ニューロン の興奮性を高めることができても、それだけでは不十分かもしれないし、ニューロンに誘導する興奮性のレベルが不足する可能性もある。

だが、実験はうまくいった。
こうした一か八かの試みがカギになるのは、時間及び資金の投資と、得られるかもしれない結果のバランスだ。
とはいうものの、今回は運が味方してくれたと言える。
私たちは加齢マウスの CA1ニューロン の特定集団の興奮性を再び高めることによって、2つの記憶を多くの同じ CA1ニューロン に割り当て、 結果として加齢マウスの記憶の関連づけを回復させることができた

ある記憶がどのようにして別の記憶と関連付けられるのか、この点についても他のチームが行ったラットやヒトの研究から解明が進んだ。
ボストン大学の神経科学者アイケンバウム(Howard Eichenbaum)は、ラットは中身が共通する記憶どうしの関連性を見出すことができることを示した。
テキサス大学オースティン校の神経科学者プレストン(Alison Preston)らは、記憶の中身が共通する場合、ヒトはそれらの記憶をより容易に関連づけられることを明らかにした。
一方の記憶の想起によって、他方の記憶が思い出されるからだろう。

ニューロンの活動を測定・制御するのに使えるツールが増えたことで、脳が情報の体系化に用いているメカニズムが明らかになりつつある。
私たちのチームは現在、新しい方法でこの研究を拡張しようとしている。
ギリシャにあるヘラス研究技術財団分子生物学バイオテクノロジー研究所の計算神経科学者ポイラジ(Panayiota Poirazi)と共に、記憶がいつどのように関連付けられるかをシュミレートするコンピューターモデルを作っているところだ。
さらに、様々な脳領域において、記憶の関連づけに必要な時間間隔を制御しているメカニズムの解明にも取り組んでいる。

今の所、複数の研究チームによって行われた広範囲に及ぶ実験は全て 「割り当てー関連づけ仮説」 を強く支持している。
記憶がどう絡み合うかを理解することは、加齢に関連した認知機能の低下から、統合失調症、鬱、双極性障害まで、精神疾患に広く共通して見られる記憶障害の治療法の開発に役立つと私たちは期待している。
臨床的な意義以外にも、本稿で紹介した研究は、記憶に関する研究の胸躍る新時代を反映している。
記憶の研究は今や、私たちの想像力不足が限界となっても、技術的問題で実験が制限されることはない。
監修 井ノ口馨(いのくち・かおる)

著者 Alcino J. Silva
カリフォルニア大学ロサンゼルス校の特別教授で、同大学学習と記憶の統合研究センター長。
彼の研究室(www.silvalab.org)は、記憶のメカニズム及び記憶障害の原因と治療法を研究している。

参考文献:別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす脳と心』
2017年12月16日刊
発行:日経サイエンス社 発売:日本経済新聞出版社
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タナカマツヘイ
総合診療科 医学博士 元外科学会専門医指導医、元消化器外科学会専門医指導医、元消化器外科化学療法認定医、元消化器内視鏡学会専門医、日本医師会産業医、病理学会剖検医
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