誰かが何も見つけられなかった日、それでも僕は春を見つけたい


陽射しは暖かい
生きていこうとするには周りに人が多すぎて
今日は玉葱を切ることにする
どうにか理由を探さないと
泣いてはいけない世界だから






誰かが何も見つけられなかった日、それでも僕は春を見つけたい (pixiv)




07/16 追記

その人と話したのはたった一度だけでした。
自分は一度人生からログアウトしそびれた人間で、その人と初めて会ったのは、人生からログアウトしそびれた後にうだうだ惰性で生きていて、それでもたった一人の人に会いに行こうと思って行動した後のことです。
たった一人の人に会いに行くために行った場所だったのに、そこはとても楽しくて、自分が捻くれてしか見ることができなくなっていた世界が、がらがらと崩れていったような、そんな。

その人の家であった、ライブの上映会。
今までは、ライブは数行っているわけでもないし、曲も正直ほとんど判らないし、何より、その界隈に集まる人の好きの熱量……、というよりは、好きへの執念みたいなもの、そういうものは自分は何一つ持ってないし、と、思ってたんです。
でも、そこで皆で「同じ一つのものにそれぞれの楽しみ方をして」すごく楽しかったんですよね。
その人の家での上映会自体は、それこそその人がやってみようかなって第一回目に言った時から把握はしていました。
でも、当時の働き方では参加が難しく、そもそも上記に述べた理由で尻込みしていたのもあり、ずるずる気になるけど自分には関係ない世界だと思って生きていたんですね。
それが、人生を一度ログアウトしそびれて、いろんなことをリセットして、そこでやっと、行ってみようと思ったんです。

一回目の参加だったか、二回目の参加だったかよく覚えてないのですが……、一回目の参加だった気がするな……、とにかく、その時、たった一度だけ、言葉を交わしたことがあります。
ライブの上映会、楽しすぎてペンライト振り過ぎて周りの人に当たってしまって、終わった後にすみませんでした、と、言っていた時、その人が声を掛けてくれたんです。
「ペンライトが当たるのは楽しんだ証拠。それぞれの楽しみ方で楽しめたならいい」
口調とかの細かいところは数年前の記憶なのであやふやなのですが、伝えてもらった言葉はずっと覚えていて、それが、そのあと何度もライブに行ったりイベントに行ったり誰かと話したりする時の根底になった言葉だったりします。

昂ってペンライト当たっちゃった、ちゃんとごめんなさいして、それでもそれは楽しんだ証なんだよ。
それぞれの楽しみ方でいいんだよ。

中の人はオタクですので、某かの界隈に属すこともままあるのですが(それがひっそりとその界隈の少数にしか認知されていないとしても)、

界隈に属すると本当に面倒臭い!

どの界隈もそうなのですが、分母が増えればそれだけ多種多様な人が集まるわけで、そりゃ、気の合う合わないもありますし、マウントだってあるし(しかもマウント取っている人はそれが分かっていない)、楽しむことが義務になったりもするわけですよ。
正直に言うと、自己肯定感だだ下がりです。
もうそこは数だけの世界です。
絵だって、いいねやリツイートの数が多い方が正義。ライブやイベント事では毎回「規律を守って楽しく過ごしましょう」という綺麗事で「発言力のある人のやり方が正しい」の押し付け合いも何度も見てきました。
あと、発言力のある人が全部自分の手柄にしたらその裏で頑張っていた人って惨めじゃない? というのも、自分の状況含め、他にもそういう人を何人か見てしまって、病んでたと思いますね、界隈に属していたつい一年前までは。

今は属さなくてよくなったので野良でその時楽しみたい作品にぽっと顔を出してどれでも楽しむというスタンスに戻ったのですが、どうやら今でもその界隈は揉め事が絶えないみたいです。

(現につい昨日も、その界隈で知り合った複数人が「また燃えてる」とか「この件に関しては」などの呟きが散見され……、まぁ、もう属してもないので何があったのか調べてもいませんが)

それでも、揉め事が絶えないらしい界隈でも、僕はそのキャラクターや、そのキャラクターを介し想いを乗せた創作をしている人、創作の連鎖、音楽、そういうものが大好きで大好きで、だから、今年も野良でライブには行きます。

いろいろあって二月に病んでいたのですが、二月末に出会った歌に、そうだよな、そうでありたいよな、と、思いました。
それは、上映会でたった一度喋っただけの人がくれた言葉と一緒になって、自分の中に染み渡ってきたんですね。

だから、いつか会えた時、お礼が言いたかった。

自分の楽しみ方が誰かの楽しいの世界を壊していることってあると思うんですよね。
それは楽しみ方が違うから、別の世界で楽しくやれていたらいいなって思うんですけど、そうもいかないですよね。
一時期人生がバグって最高に楽しかった時期があるんですけど、その相手との楽しいを優先して、他の人がちょっと違和感を覚えてそうな時に気付かないふりをして、そうしたら、仲良かったはずの人は、いつの間にか界隈からいなくなっていっちゃってて。
その時一緒に過ごしていた相手は、今思えば、最初に知り合った時の「楽しい」をしている人ではなくて、「数」に支配されて「何かを」「やり続けなければいけない人」なんですよね。
これは本当に懺悔というか悔いていることなんですが、そうやって「数」や「評価」に支配された世界を、自分は当時一緒にいた相手とずっと展開してきたわけですよ。

自分は本当はね、最初会った時に相手がいろんな人(自分も含めて)に声掛けて「こっちおいで」してくれたのが嬉しくて、だから、一緒にそういうことしてるつもりだったんですけど、そうじゃなかったんですね。

(でもその時に相手がこっちおいで皆で楽しもうって手を差し伸べてくれたお蔭で、皆で楽しもうよって思える人間になれたし、少しでもいろんな人に楽しんでもらえるようにいろいろ考えられるようになったのは、すごくすごくありがたいことだったし、今でも感謝しています)

それで二月末にいろいろ自分なりに考えて、三月、一人で福岡までライブやら会いたい人に会いに行ったりやらしてきたんですけど、その時に、めっちゃ声掛けてもらったんですよ。
自分から声を掛けたいけど声掛けていいのかな、と思っていた人が、普通に声掛けてくれる。
その時に、自分はこれがいいんだって思ったんです。
自分にできることってめちゃくちゃ少ないですけど、そのできる範囲でたった一人でも楽しいを共有出来たら、嬉しいと思ってくれたら、そうやって生きたいなって、思ったんです。
半年ぐらい引きずっていたことに対して吹っ切れたと言いますか。

(恋愛の未練などはそもそもなくて、相手を傷付けて関係が終わったことをずっと引きずっていた)

(あと、「数」さえ手に入れば有名な人の下で自分がいたからこそできたものが多いのに自分の存在をずっと隠され消され続けていたことに対しても思うところはずっとあった)

そうやって三月に吹っ切れて。
ですが目立ってナンボの世界が広がっていたら生き難い人はそれなりにいて、そうやって自分の周りから消えていった人が多すぎて、その事実は変わらないわけです。
それでも、四月の初日にまた上映会に参加して、まぁその時もいろいろ思うことがあったのですが、いろいろ思うことはあったにせよ、めちゃくちゃ楽しかったんですよ。

皆で同じ曲聞きながらペンラ振るの楽しい!
好きな曲口ずさんでいたら周りの人も楽しそうに歌っていて嬉しい!
映像見てここが好きでって言ってる人の嬉しそうな顔見るの好き!
「こういうことやって来て楽しかった」って話聞くの楽しい!
楽しいが溢れすぎてて、楽しいを一緒に語ってくれる人がいることも嬉しくて、そういう場を提供してくれる人がいるのもすごくありがたくて。

誰にとってもそういう場所だったのに、数に支配された部分を忌避して来れなくなってしまった人はたくさんいて。

そういう風にしてしまったのは、紛れもなく自分もその一人なんですよ。先程も言いましたが、本当に悔いても悔いてもその想いは消えなくて。
上映会が終わって、終電からのアパートに歩いて帰る三時間で、そうやって消えていった人達が、どこかで創作を続けてくれていたり、今でもキャラクターや曲が好きでいてくれたり、なんなら、どこかで生きていてくれるだけでもいいなって、そう思いながら、ぐじゅぐじゅに泣きながら帰りました。
泣いていたけど、心のどこかに希望があったんです。
どっかで生きててくれればいいな。て。

その数日後、ペンラ当たるのは楽しんだ証拠、それぞれの楽しみ方でいい、そう言ってくれた人は、もうこの世にはいないのだと、知ることになりました。

でも、泣く権利はないんですよね。
話したのはその一度きりで、その人にとっての楽しい場所に「数」や「評価」を紛れ込ませてしまったのは自分で、その人と仲が良かったたくさんの人達がもっといるのに、自分は、すごく、悲しくて、悲しくて、泣く権利もないのに一人になったら涙が溢れてきて。

自分はその人の人生に関わったわけではないので何とも言えませんが、その人はたくさんの人に愛されていて、でも、それ以上に何か抱え込んでいて、最後の希望を潰されて、それを選んでしまったのだろうと、済んだことにぼんやりとした結論を付けています。

六月、ついなちゃんのオンリー即売会がありました。
もう台風のせいで行きの交通費は当初の三倍掛かるし時間もかつかつだし、それでも楽しかったです。
もう周りには自分の好きなものを好きな人しかいなくて、自分が書いたものを見て感想をくれたり、自分もこういうのやってみたいってきっかけを与えることになったり、自分の好きな作家の作品を布教できたり、そこには好きと楽しいばっかりで、本当に良かった。
こうして詩のブログをやっているので、自分は詩を書くのがライフワークだと思っているのですが、だから、写真詩集を見て「同じ場所に行ったけど、同じ場所に思えないくらい、こういう見方があるんだって思いました」って言ってもらえて、本望です! って、なったりしてました。

その次の日は、鼓童のライブ。
ライブでしんみりすることは今までもあったんですけど、バラードパートでボロ泣きしました。
もういない誰かにこれを見てほしかったとか、諦めきれなかった夢は少し形を変えたけどずっと自分の中で続いているよってこととか、台風でいろいろあったけど何とか来れた人のこと。
そもそも自分だって、知恵を流してくれた人の意見を見つけられたから、即売会だって、待ってくれている人が一人でもいると思えたからこそ、「行こう」って思えたわけで。
そう、いろんな感情がないまぜになって、ボロ泣きしました。
終わった後に知ってる顔を見たり声掛けてもらってまた泣きそうになりました。
「皆居る!」って言ったら「こんな熱い公演皆いるに決まってるじゃないですか」って返って来たけど、それはそうなんですけど、皆生きてそこに居てくれるのがすごく嬉しくて。

自分には、生きていてくれるだけで嬉しい存在がこんなにいるんだなって、その時すごく実感しました。

いやまぁ、今でも心のどっかで、生きていてくれているんじゃないかって思いたい人がいます。

そう言う人に出会えてよかったなって、すごく、すごく、思います。

今、何故こんな追記をしているかというと、昼頃、ライブの後に一緒に飲みませんかってお誘いがあったんですね。
すごく嬉しかったんですけど、自分のライブ参戦日じゃないのでお断りしなければならなくて……。
それでも、そうやって声を掛けてくれる人はいるし、「好き」って、本当は、そういう「一緒に楽しもう」「こっちおいで」の、連鎖なんだよなって、再度思ったので、その気持ちを残しておこうと、今こうして書いているわけです。

自分は今でもどうしようもない生き方を続けているわけですけど、世間から見ては落ち零れなわけですけど、それでも、いつか誰か達がくれたたくさんの言葉を持って、生きていきたいなぁと、思っています。
それを創作を通して、次、誰かの楽しいに繋がっていけばいいな、伝えられたらいいな、そう、思います。

誰かがいなくなってしまったのは冬。
知ったのは春。
悲しくて下を向く。
それでも、春に咲く花を、見つけられる人でありたい。
さまにゃんこでした。




07/31 追記
03/08のつぶやき (57577)を見て、「あぁ、そうか…、」ってなった。なりました。
忘れられていても、そこで手を伸ばせる人がいたら、結果は変わっていたのかなぁ、なんて。
終わったことに、今更、何も言えないのだけれど。




11/21 追記
最後のクリスマスプレゼントだったお話 (pixiv)
もう一度会いたかった人が、もう会えないんだなぁと知って、ずっと考えていました。
それでも、自分には、創作しかないと思っています。
答えを知らないふりしてはぐらかし続けてくれていた優しい人達、ありがとう。
教えてくれた人、ありがとう。
会えないけれど、これからも、貴方のパーカーを着て、いろんな場所に行きたいと思います。
次の世界でも、創作していきたいね。
心のどこかで知っていた
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posted by samanyanko at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | うた

2023年04月04日

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