その後も、ワルシャワ条約機構加盟国に対する抗議と、沈黙するチェコスロバキア国民に抵抗を呼びかけることを目的とした二人のヤン、パラフとザイーツの焼身自殺や、アイスホッケー代表が世界選手権でソ連代表を二回破るなどの出来事を経て、チェコスロバキアの人々が、再び抗議のためにナチに出たのは、侵攻からちょうど一年1969年の8月21日のことだった。
一年前と同様に、チェコスロバキア各地で抗議の集会やデモ行進が行われたが、今回もやはり暴力的に鎮圧されてしまう。違ったのは、ソ連などの駐留軍ではなく、チェコスロバキアの治安維持組織と民兵組織が鎮圧部隊の中心となっていたことらしい。
チェコスロバキア全土で、5人の犠牲者が出たというが、この数は少ないというべきか、多いというべきか。1968年より少ないのは確かだが、救われないのは、犠牲者の中に抗議集会に参加してなかったのに、たまたまその場を通りかかって、流れ弾に当たって亡くなった人がいることで、一番若いのは14歳の男の子だったという。鎮圧になれていない民兵組織が参加していたせいだろうか。
それからこれも通りがかりの女性を含め二人の人が殺されたブルノでは、当時何かのスポーツの世界選手権が行われていて、世界中から取材に来ていたスポーツ記者たちが、大会そっちのけで抗議の様子を取材してくれたおかげで、映像や写真などが残っているのだという。
また、3人の死者と大量の負傷者を出したプラハでは、市内各地の病院で、非公式の、記録に残さない治療が行われていたらしい。非公式の患者は入院が必要でも公式の病室には入れられないので、ほとんどだれも来ないような地下の廊下なんかに収容されていたのだとか。治安維持部隊はデモ参加者を追いかけて病院にまで押しかけてきたと言うから隠れるしかなかったようだ。銃弾が当たって壊れてしまった医療機器も残されていて、手術中じゃなくてよかったと当時を知る人が回想していた。
歴史家の話によると、チェコスロバキアの人々の抵抗の心を折ったのは、1968年のソ連など外国の軍隊による弾圧ではなくて、この1969年のチェコスロバキアの人々自らの手による弾圧だったのだという。同じチェコスロバキアの国民が、抗議する側とそれを鎮圧する側に分断されてしまったのは、ソ連の巧妙なやり口なのだろうが、その結果、憲章77や亡命者などを除いて、チェコスロバキアの人々は共産党政権にたいして従順になってしまう。
心を折られたというのは、1989年の11月のビロード革命の際に、68年、69年のことを知っている師匠の旦那が、「まだ早い、早すぎる」と言って自分ではデモに参加できなかったのにも現れているのだろう。最初にこの話を聞いたときには、無頼派っぽいこの人なら、真っ先に抗議に立ち上がっただろうにと不思議に思ったのだが、若き日に心を折られていたと考えれば、その意外な慎重さにも納得がいく。
言ってみれば、この1968年8月21日の出来事というのは、その後20年間のチェコスロバキアの在り方を決定づけたと言ってもいい。チェコスロバキアの一般の人々には共産党の支配を受け入れて生きていくしかなくなったのである。共産党体制下で、反政府、反体制を貫くのは、日本人には想像もできないような苦難の道だったはずだ。
そんな8月21日に、ゼマン大統領が一般のチェコ国民の感情を逆なでするような行動に出た。文化大臣をめぐる政局の混乱が理由なのか、国会に議席を有する政党の党首たちとの会談を行っている大統領が、よりによって8月21日に共産党の党首を招待して会談を行ったのである。次の選挙に出られない政治家ってのは、落選を恐れる必要がないから怖いものなしになってしまうのかね。これでは、ソ連軍の侵攻を認めた当時の共産党政権の行動を認めていることになりかねない。
それに対して、1968年のソ連軍の侵攻を許さない人たちもいて、なぜかプラハに立てられた、侵攻軍の指揮者であったコーネフの銅像にペンキをかけるという行動に出た。これは毎年のように8月21日に起こっていることで、管轄しているプラハ6区でも対応に苦慮しているようで、ロシア大使館に引き取りを求め、引き取らない場合にはペンキのかけられた状態で放置すると通達したという話もある。
もともとこの像には、チェコから見ても功績と言えなくもない1945年のプラハ解放でプラハの街を守ったという説明だけがついていたらしいが、その後、1956年のハンガリー動乱、1968年のプラハの春に際して、ソ連軍を率いて抗議する民衆を暴力的に弾圧したという説明が付け加えられている。ロシア大使館ではこの説明の追加に対して抗議したということなのだけど、ロシアはソ連の後継国家として、ソ連時代の公式見解を変えてはいないからなあ。1968年の件でも謝罪や補償などしていないはずである。
2019年8月22日24時。
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