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2021年05月31日

最近読んだ本(五月廿七日)




 今回、最初に読み返したのはシバレンこと柴田錬三郎の「岡っ引きどぶ」のシリーズだっただろうか。他にも平岩弓枝の「御宿かわせみ」シリーズや、宮部みゆきの『耳袋』をねたにした話などあれこれ読んだ。いわゆる捕り物帖的な作品にも実在の人物が登場することがあって、池波正太郎の「鬼平犯科帳」シリーズや、「剣客商売」シリーズの場合なんかは、実際の歴史の流れが作中のできごとに影響を及ぼすこともあるのだが、登場人物たちが積極的に歴史の流れに影響を与ようとしない限り、特に読み終えて予定調和だったという印象を持つことはない。事件が解決されるのを予定調和とは言わないだろうし。

 それに対して、歴史小説、時代小説でも歴史を動かせるような立場の人物を主人公に据えて描かれる作品、特に正史の上では敗者とされる人物を主人公にしてその視点から歴史を描き出すような作品の場合、物語が終わりに近づくにつれて、ストーリーが実際の歴史の流れに収斂されていくところに、そう書かざるを得ないのは十分承知の上で不満を感じてしまう。敗者である主人公が有能で魅力にあふれる人物として描き出された作品ほど、その傾向は強くなる。
 半村良の『慶長太平記』も、シバレンの『徳川太平記』も、徳川の世の中をひっくり返そうと陰謀をめぐらす側の姿が、見事に描き出され、これなら歴史が変わるとまでは言わないけれども、歴史の見方が変わるような結末が待っているのかと思ったら、あっさりと、陰謀は失敗に終わり、歴史の流れにひれ伏してしまうのである。

 これは司馬遼太郎の歴史小説を読むときに感じる不満につながっている。すべての作品でそのようになっているのかは知らないが、少なくとも河井継之助を描いた『峠』を読んだときに、終盤近くまでは主人公に寄り添って、その視点から微細なところまで筆を進めてきた作者が、突如として主人公を突き放し、正史の側の視点から語り始めるのに、裏切られたような気分になったのを覚えている。物語を実際の歴史に収斂させるためには必要な書きぶりではあるのだろうし、この書き方を高く評価する人もいるのだろうけど、個人的にはこれで懲りて司馬遼太郎の作品を読みたいとは思わなくなった。

 そして、半村良の『妖星伝』では、物語が予定調和的に歴史そのものになって終わらないように、宇宙にまで話が広がって仏教的な終焉を迎えなければならなかったのかなんてことも考えてしまう。あの長い断絶の果ての無理やりにも見える仏教的な完結のしかたも、どうなのかなと思ってしまうが、鬼道衆という魅力的な存在が幕府の歴史の中に取り込まれて埋没してしまうよりはましなのかなあ。その意味では時代小説も歴史小説も、伝奇小説と同じように完結しないままに話を書き次いで行くか、物語が大きく広がっていく段階で中断するかしたほうが、読者を満足させるのかもしれない。『産霊山秘録』も舞台を宇宙に広げたといってもいい終わり方だったかな。
 そんな実際の歴史に収斂していくのを避けるために書かれたのが『戦国自衛隊』だと言ってみよう。過去に転移した現代人が、現代の技術や知識を使って歴史の流れに関与してそれを変えていくというタイプの作品のルーツとも言うべき作品だが、SF的な発想で書かれているため、主人公たちの歴史改変が、実は変わってしまいそうだった歴史の流れを、細部は異なるけれども、巨視的に見れば本来のものに戻すものだったという落ちがつく。

 そこからさらに一歩進めば、収斂すべき歴史の存在しない架空の日本的な世界を舞台にした『飛雲城伝説』につながる。日本の戦国時代を思わせる時代を舞台にしたこの小説は、多くの矛盾した記述がありながら、少なくとも前半は傑作となりそうな期待に満ちていた。それが、実在した戦国武将が登場するという方向に迷走して、完結できなくなったのが残念でならない。
 考えてみれば、未完の大作『太陽の世界』も架空の世界を舞台にした歴史小説だと言えなくもない。これは基準となる歴史の存在しない世界を舞台にして歴史小説を書き上げることの難しさを意味しているのかもしれない。希代の物語作家だった半村良ですら完結することができなかったのだから。ならば、あまたの歴史改変型の小説が、完結しないままに終わるのも、実際の歴史から乖離が大きくなるにつれて、面白くなくなっていくのも当然である。例外はあるのだろうけど。
2021年5月14日24時。












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