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2016年07月28日

関係の三格、もしくは新しいチェコ語(七月廿五日)





 さて、日本人が、いやチェコ語を勉強する外国人が、理解に苦しむものの一つに、三格の特別な使い方がある。一般にチェコ語の三格は、「友達に本をあげる」「先生に言う」などの文に典型的に表れているように、日本語の助詞「に」の動作が向かう方向、対象を表す用法に似た使い方をする。
 また前置詞「k(〜のほうに)」「díky(〜のおかげで)」「kv?li(〜のせいで)」「 v??i(〜に対して)」「 proti(〜に反対して)」などの後に来るのも三格である。ちょっと意外な使い方で覚えておいたほうがいいものとして、入り口のドアに書かれている「k sob?」という表現を挙げておこう。日本語なら「引く」と書かれるところだろうが、チェコ語では「自分のほうに」という表現で表すのである。反対に「押す」は「od sebe」つまり「自分のほうから」となる。
 三つ目の使い方が、表題の関係の三格である。このうち日本語では受身で表すようなものはそれほど問題ない。「父に死なれた」がチェコ語で「zem?el mi otec」になるのは、日本語の表現も直接的な受身ではないし、そんなものだと一度覚えてしまえば、「友達にうちに来られた」とか、「弟にビールを飲まれた」とか、「コンピューターを先に使われた」などを、どのようにチェコ語にすればいいかわかるようになる。この手のいわゆる「迷惑の受身」は、チェコ語では動詞は能動態のまま、文の話者、もしくは視点人物を三格(この場合は私の三格「mi」)にして文に入れることで表現する。最初はちょっと考える必要があるが、慣れれば簡単なものだ。

 問題は、動詞ではなく形容詞、いや形容詞的な表現にもこの手の三格が使われることにある。形容詞的と言うのは、日本語では形容詞で表現するが、チェコ語では副詞を使うことがあるからだ。例えば暑い、寒いと感じたときに、「je mi horko」「je mi zima」と言う。気分が悪いときに使う「je mi špatn?」や、「je mi divn?」なんかも同じである。
 最初は、この三格で表される「mi」がよくわからなかった。チェコ人に質問すると、「寒い」「暑い」というのは、個人的な感覚で、自分は寒いと感じても、他の人は感じない可能性があるのだから、「mi」が必要なのだという。
 そこで、足りない頭で考えた。寒い、暑いが個人的な感覚であるのなら、暗い、明るいもそうだろう。チェコ人は寒さだけではなく暗さにも強く、目に悪いんじゃないかと思うような暗がりの中で本を読んだりテレビを見たりする。だから、自分が暗いと感じたときには、「je mi tma」と言うものだと思って、師匠に言ってみた。「je mi zima」とほとんど同じだし。

 師匠には、笑われた。そこまで笑わなくてもと言いたくなるぐらい思いっきり笑われた。何でそんな妙な表現にたどり着いたのかと聞かれて、上に書いたようなことを説明したら、気持ちはわからなくないけど、暗い、明るいには三格は要らないと言われた。寒いには必要で、暗いには要らない理由はよくわからなかったけれども、外国語の勉強なんてそんなものだ。要る、要らないなんて微妙な感覚は、母語話者にしかつかめないものだ。日本語だって、「は」と「が」のどちらがいいかなど説明のしようがないことはいくらでもある。
 しかし、しかしである。「je mi tma」は「je mi zima」と、文の構造も発音もこれだけよく似ているのだから、間違って使ってしまってもしかたがないのではないだろうか。最初は明るい、もしくはまぶしいと言う意味で、「je mi sv?tlo」という表現も使っていたのだが、こちらは諦めた。でも、「je mi tma」だけは諦めきれないのである。笑われても笑われても、使い続けてチェコ語に定着させる努力をすることにした。これが我が言語上のプロジェクト其の一である。即ち日本人起源のチェコ語計画である。

 最初は、日本人はこんな変なチェコ語を使うのだという冗談として広めていけば、五十年ぐらいでチェコ中で知られた冗談になって、百年後ぐらいにはオロモウツの方言として定着しないかなあなどと考えて、知り合いのチェコ人にはしきりに冗談で使うように言うのだが、なかなか広まらない。だから、この記事を読んでくれるごく少数の方の中の、さらに少数であろうチェコ語ができる方にのお願いをすることにしよう。
 暗いと思ったら「je mi tma」、暗いところにいる人に暗くないか質問するときには「není vám tma?」というのを、使ってもらえないだろうか。使ったからといって何かいいことがあるわけではないけれども、笑ってもらうことはできるはずである。
7月26日22時30分。




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