地下を水路が流れる広場と、その広場に面して立つ市庁舎を中心に、古い町並みの残る水辺の美しい町ではあるが、外国からの観光客をたくさん集めるほどの観光地ではない。私が初めてこの町を訪れたのも、この町が目的ではなく、日本人がイメージするヨーロッパのお城というものを体現したボウゾフの城、この辺りでは最も大きな鍾乳洞のあるヤボジチコに出かけるためのバスの乗換えのためだった。乗換えの待ち時間が長かったときに、バスターミナルから少し足を伸ばして、この町を発見したときには、穴場を見つけた気分になったものだ。拠点であるオロモウツ自体が穴場と言えば、穴場なのだが。
それで、オロモウツに来て自転車を買って、オロモウツの外まで出かけるようになったとき、最初の目的地となったのがリトベルだった。オロモウツからは、モラバ川沿いの自然保護区となっている森の中を抜けていくルートと、自動車道を走るルートが、リトベルまでのサイクリングコースとして標識が付けられている。平地なので、体力がなくても問題なく走りきれるのはありがたかった。ただ自動車道を走っていて、強い向かい風でぜんぜん進まなくなるのには閉口させられた。自転車を買ってから数年は、毎年、二、三回、毎回違うルートでリトベルに出かけ、お気に入りの水路脇のレストランで食事をして、別のルートでオロモウツに戻ってくるなんてことをしていたものだ。
リトベルに行くのにはもう一つ理由がある。それはバスターミナルとは町の反対側にあるビール工場である。この工場は、チェコでもボヘミアのクルショビツェと並んで、「国王の」という形容詞をブランドにつけることを許された二つの工場のうちの一つである。これまで数回工場見学をさせてもらったが、毎回通訳の苦しみを味わわされ、見学のあとのビールの試飲で、ビールが作られた工場で、ビールのことがよくわかっている工場の人についでもらって飲むビールほど美味しいものはないことを痛感させられるのである。
リトベルが生産しているビールで特徴的なものとしては、出てくるときには上から下まで泡だらけで白っぽく、泡が上に上がってくるまで待ってから飲むマエストロというビールだろう。製品開発に際しては、この工場の人が雪崩効果と呼ぶ泡の立ち方を、どうやって作り出すかが一番大変だったそうだ。他にも、10度から12度まで、アルコール度数ではなく、醸造前の糖度で分類されたビールにはそれぞれ銘柄名が付けられているが、オロモウツの飲み屋で飲むと、何の変哲もないと言うか、特に魅力のあるビールだとも思えないのに、工場見学で飲むとどうしてこんなにおいしいのだろうと思ってしまうほどに美味しい。
ちなみに、ビール工場の見学は、暑いところと寒いところに分かれるので、夏場に見学する場合でも上着は忘れないほうがいい。初めて出かけたときには、最初の麦芽を粉砕したものに水を加えて煮る工程は、暖かくて問題なかったのだが、低温で発酵させる工程で寒さを感じ始め、タンクに貯蔵して熟成させる工程では、寒さに震えるというえらい目にあったのだった。
工場の人の話では、リトベルのビールはイギリスにも輸出されているらしい。ただ、イギリス人はビールの泡の役割を理解することができず、泡が立たないようにビールを注いでしまうのが悩みの種なのだそうだ。それで、ロンドンのリトベルを扱っている飲み屋の主人をリトベルに招待して、工場見学とビールの注ぎ方講座を行っているのだが、なかなかうまく行かないとも言っていた。同じビールの一種ではあってもイギリスのエールはチェコのピルスナーとは飲み方が違うということなのだろうか。
そういえば、自転車を買ったときには、リトベルやプシェロフなどのビール工場のある町まで自転車で行って、工場でビールを飲んでから帰ってくるという計画を立てていたのだった。帰りを考えると少ししか飲めないし、飲んでしまうと飲酒運転になることに気づいて、実行はできなかったのだが、この話をしたチェコ人にお前馬鹿だろうと笑われたのが非常に悔しい。
ところで、この記事のタイトルは、リトベルのビール工場が以前宣伝用のポスターに使っていたスローガンを使ったものだ。オロモウツを建設したとも言われるシーザーの有名な手紙「来た、見た、勝った」をもじって、「来た、見た、リトベル」というキャンペーンを行っていたのだ。チェコ語の動詞の過去形の男性単数の形がLで終わることを利用したもので、初めて見たときにはよくわからなかったのだが、師匠の説明を受けてうまいと感動してしまった。無理やり訳して、「来た、見た、リトベル飲んだ」とか、「来た、見た、リトベル美味しかった」と理解したいところである。
2月14日0時。
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