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2017年05月12日

スラブの神々(五月九日)





 スラブ神話については、ルーマニア出身の宗教学者エリアーデの『世界宗教史』で読んだ記憶はあるのだけど、それほど詳しいことは書かれていなかったという記憶しかない。田中芳樹の『銀河英雄伝説』で、古代スラブ神話の神の名前から名前が付けられたというのが出てきたけど、あれは何だっただろうか(ちょっと確認したら軍艦の「トリグラフ」と恒星の「ポレヴィト」だった)。
 雑誌の記事を読む限り、スラブ神話の記録が比較的残っているのは、東のロシアと、西のドイツのエルベ川流域であるようだ。チェコは西スラブの一部であるので、ドイツのエルベ川流域で信仰されていた神々に近い存在が信仰されていたに違いない。


 実在の人物の神格化ではなく、神々の人格化というわけなのだが、キリスト教にとっては不要な神々を人格化してキリスト教の教えに帰依した王家の伝説に組み込んでいくことは、王家にとっても教会にとっても都合のいいことだったのだろう。日本神話もそうだが、記録された神話は権力者に都合がいいように改変されているものだ。

 最初に名前の挙がる神は、エルベ川流域を中心に信仰を広げていたらしい白き神ビェロボフと黒き神チェルノボフである。『ブリタニカ国際大百科事典』には、ベールボグ、チェルノボグの名前で挙がっているが、西スラブのHが東スラブではGに変わることが多いことを考えると、同じ神の東スラブバージョンということになろう。どちらも運命を掌る神であったようだ。ただし、この二柱の神が信仰を広げたのはキリスト教の伝来以後である可能性もあるという。
 ちなみに、白き神のほうは、『マスター・キートン』に出てきた「白い女神」を思い起こさせるのだが、あれは、イギリスのどこかの島で、ケルト人以前に文明を築いていたなぞの民族の信仰していた女神と言う話だっただろうか。ケルト人といい、スラブ人といい、同じ印欧語族ではあるので、神の世界にもある程度のつながりはあるのだろう。

 チェコではラデガストの名前で知られている戦いの神は、エルベ川流域では、スバロジチの名前で知られている。本来は豊穣を約束する太陽神だったのが、後にキリスト教の影響で軍神へと役割を変えたらしい。東スラブでダジュボクの名で信仰された神と同一視されている。ラデガストがチェコで有名なのは、ベスキディ山地のラドホシュト山頂に彫像が置かれ、ノショビツェで生産されるビールがラデガストと名付けられ、ラベルにも像があしらわれていることによる。チェコ語でのこの神の名前が、ラデガストでよかったと思ってしまうのは仕方なかろう。ダジュボクやスバロジチという名前ではビールの名前になりそうにない。
 スバントビート、スバロクなんて名前の神様が紹介されて、スバロジチとは別の神格とされているのだけど、神の名前を見ると同じ神格の別名としても解釈できそうな気がする。スバントビートは本来豊穣の神だったのが、キリスト教の影響で軍神に役割を変えたというし、スバロクは火を支配する鍛冶の神で太陽の円い形を作り出し、空に設置したというから、これも本来は太陽を支配する神であったとも言えそうである。ちなみにダジュボクとスバロジチは、このスバロクの息子ということになっているのだという。

 スラブの神々の中で唯一の女神は、大地の神格化である地母神モコシュである。チェコの伝説のリブシェが、このモコシュのボヘミアにおけるバリエーションだという考えもあるようだ。リブシェに関しては、姉のカジ、テタとともに、トリグラフという三つの頭のある神のそれぞれの頭に仕えた巫女だったのではないかという説もあるようである。トリグラフは、三つの頭のそれぞれが、天界、地上、冥界を支配する役割を果たしているのだという。
 キリスト教によって辛うじて神話の痕跡のようなものが残っているに過ぎないため、いろいろな説を立てる余地があるのだろうけれども、それが正しいかどうかを証明する術がないという点では、日本の卑弥呼と同じような存在である。

 他にもペルンというスラブの神界を支配する雷神や、地下の世界(冥界)を支配する家畜の群の守護神ベレスなんて神が、スラブ全域で信仰されていたらしい。

 以上のように、スラブ神話はギリシャやローマの神話とは違って、それぞれの神々の職掌が重なったり、同じような名前の神が別の神とされていたり、矛盾することころが多くて、全体像が把握しにくい。
 誰か、さまざまな伝説から、キリスト教が影響を与えた部分を排除して、スラブの、いや西スラブの神話を体系的に復元してくれないものだろうか。もしくはどこかで体系的な西スラブの神話を書きとめた手稿なんかが発見されてもいい。いや、断片的な情報を基に新たな神話として書き上げるのも悪くないか。ヒロイックファンタジーの書き手が挑戦してくれないものだろうか。

5月9日16時。



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