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2016年02月24日

名字の迷宮(二月廿一日)




 逆に、オーストリアには、チェコ語の名字を持つ人も結構いて、その多くはハプスブルクの時代に、ウィーンに出稼ぎに出てそのまま残った人たちの子孫だと言う。以前、オーストリアのテレビドラマを見ていたら、Kuceraという名字の人物が出てきて、チェコ語の名字であることに気づいた人が「クチェラさん」と呼びかけたら、「クツェラです」と訂正していた。そこに自分はチェコ人ではないという意識を見てもあながち間違いではないだろう。その一方で、ウィーンには共産主義の時代に亡命して定着した人々もいるので、街中の看板にチェコ語、チェコ語のチャールカ(´)やハーチェク(?)のついた名字を見ることがあって楽しいのだが、この人たちはおそらく自らをまだチェコ人とみなしているのだろう。
 最近は遺伝子分析で、チェコ人はスラブ人なのか、ゲルマン人なのか、ケルト人なのかなんて研究も行われているみたいであるが、多くの民族が行き来したこのチェコの地で、遺伝子的にも文化的にも民族というものを規定するのは難しいことである。第一次世界大戦後の民族自決という考え方は、非常に美しい理想ではあったけれども、現実には実現の困難な机上の空論に近かったのだと、かなりの反省と共に実感させられている。


 そういえば、ハンガリーの水泳の選手にチェフという名字の選手がいた。チェコにいるチェフ(チェコ人)と書き方は違うが、これもおそらく民族名を基にした名字ということになるのだろう。以前、小説でスペインだか、ポルトガルだかには、日本という意味の言葉を名字とする日本人の子孫だと伝えられている人たちがいるという話を読んだことがある。現在ではそんな名字の付け方はしないのだろうが、出身国や民族を識別のために名字のように使用するというのは、かつては一般的だったのかもしれない。古代日本でも渡来人の「秦氏」は、中国の秦王朝の生き残りだという話があったなあ。

 また、本来は名前として使われるものが名字になっている人もいる。その結果、パバル・パベルとか、ペトル・パベルとか、ヤン・ヤヌー(ヤンの複数二格)とか、不思議な名前が出来上がってしまう。日本だと「玉木環」さんとかいそうだけれども、漢字のおかげで読む限りにおいてはそれほど違和感を感じずにすむが、この手のチェコ人の名前がローマ字やカタカナで書かれているとセカンドネームなのかななどと考えてしまう。
 チェコの典型的な名字の一つに、モラビアに多いと言われている動詞の過去形がそのまま名字になったものがある。テニス選手のナブラーティロバーも、男性形はナブラーティルで、「L」でおわる動詞の過去分詞形ということになる。ちなみに動詞ナブラーティットは、「元に戻す」という意味である。他にもビスコチル、ネイェドル、ポスピーシルなどなど。どういう事情でそんな名字が出来上がったのか、物語の一つでもありそうである。
 二つ以上の言葉を組み合わせて作られた名字も紹介しておこう。以前オロモウツの中央駅の切符売り場に、ビータームバーソバーさんという方がいた。窓口に表示されている名前を見ただけで話したことなどはないのだが、この方の名字の男性形はビータームバースで、日本語に訳すと「ようこそ」とか、「みなさまを歓迎します」という意味になってしまう。ネイェスフレバさんは、「パンは食べるな」という意味になるし、スコチドポレさんは、「畑に跳びこめ」という意味になるのである。これも名字の起源について調べたら面白そうである。

 以前、チェコテレビのニュースのリポーターに、バコバーさんという人がいた。友人達と男性形は「バク」か「バカ」か「バコ」のどれなのだろうという話をしていたら、調べてくれた人がいて、どうも「バカ」さんらしい。さらに「バカ」という村があることまで判明して、なんだか申し訳ないような気持ちになった。関係者には日本人と関わらないことを勧めておこう。そして、昔チェコ語を勉強していたころに同じ授業に出ていたシャシンコバー(シャシンカの女性形)さんには、ぜひ兄弟に日本語を勉強させて、日本でカメラマンとして仕事をさせて欲しいところである。
2月22日12時30分。







タグ: 名詞 名字 人名
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