2010年の総選挙でも、VV党(公共の福祉党と訳しておく)というポッと出の新しい政党が議席を獲得して連立与党の一角となった。この党も、政治家ではなく実業家が中心となった政党だったが、連立与党内での主導権争いで他の既存政党から袋叩きにあい、最終的には分裂し一部は市民民主党に合流し、のっこった部分は与党から外れ、政治の世界に嫌気がさした党首たちは解党という結論を出すという結末を迎えた。
チェコでも、全世界的な傾向と同じように、特権的な政治業者と化しつつある既存の政党、政治家に対する反発は強く、その受け皿として登場してきたのが、VV党だったのだが、既存政党の陰謀によって分裂したため、支持し続けることができなくなった。2013年の選挙ではANOがその役を引き継ぎ、現在まで既存政党からの攻撃を受けながらも、ANO自体は分裂せずに、団結している。
社会民主党は、連立与党のANOを積極的に攻撃する必要はなかったのだ。反バビシュ法案の制定にもかかわる必要はなかった。ほうっておいても野党の市民民主党とTOP09が踊ってくれたはずである。それなのに積極的に動いてしまったために、バビシュ氏が政争の犠牲者であるかのような印象を作り出してしまった。
何でもかんでもバビシュ氏のせいにしているような、既存政党の政治家たちのコメントは、バビシュ氏が、問題が発覚するたびにTOP09のカロウセク氏と社会民主党のホバネツ氏の陰謀だと喚くのと同レベルでみっともなかった。違いがあるとすれば、バビシュ氏の具体的な名前を挙げての批判は、子供が駄々をこねているような幼稚さを感じさせるのに対して、既存の政治家たちの当てこすりに満ちた発言は、陰険さを感じさせるというところくらいである。
下院の総選挙まで半年となっても、世論調査によるとANOの支持率が圧倒的に高く、社会民主党が差をつめるどころか広げられている状況に我慢できなくなったソボトカ首相が打った博打が内閣総辞職の試みだったのだ。バビシュ財務大臣を解任しない理由として、政争の犠牲者だというイメージを作り出したくないと言っていたが、時すでに遅しで、バビシュ氏は、自分が政権闘争の犠牲者であるというイメージを十分以上に作り上げることに成功していた。
内閣総辞職という奥の手も、復讐のいい機会だと思ったのか、ゼマン大統領の総理大臣のみの辞職として解釈するという発言に封じられ、バビシュ氏解任に踏み切るほかなかった。その後の大統領と首相の駆け引きは、政界とメディアの大半を味方につけたソボトカ首相の圧勝に見えた。問題は、それが社会民主党の支持率の向上につながらなかったことである。
この問題と同時期に、おそらくANO側の仕掛けで、教育省におけるスポーツへの補助金の分配を巡るスキャンダルが発覚したことも、ソボトカ首相にとって痛かっただろう。責任者であるバラホバー大臣に因果を含めて辞任させたのは、ANOとの差を打ち出そうとしたという点では正しかったのだろうが、特にスポーツ界から評価の高かった大臣だったし、ゼマン大統領が留任を求めるという嫌がらせの手に出たこともあって、これも支持率の低下につながっているかもしれない。
また辞任するバラホバー大臣が、補助金の支払いの一律停止を決めたこと、再開はしたもののそのやり方が不透明であったこと、大臣が代わることで補助金の分配方法も変わるのではないかと思われたことなどで、スポーツ界の支持も失った。実際、予定されていたスキーのワールドカップの大会が開催権返上になるなど、悪影響はスポーツ界の各所に出ているのだ。
秋の下院の選挙に向けて、各地方における候補者名簿に中央が口を出したのは、党内からの反発を呼んだ。金銭スキャンダルを抱えた候補者を擁して、首相はANOと選挙戦を戦うことの不利を考えたのだろうが、地方のボス政治家は、スキャンダルがあってもなくてもその地方では支持されるからボスなのである。
南ボヘミアのジモラ氏なんか、金銭的なスキャンダルで知事を辞任せざるを得なくなった直後だというのに、下院の選挙の候補者名簿に名前を連ねていたのである。言ってみれば、これが典型的なチェコの政治家で、不祥事が発生してもほとぼりが冷めるか冷めないかのうちにしれっとして復活してくるのである。不祥事で失脚した官僚が地方で県知事になったり、マスコミであれこれ暴露してもてはやされる日本と似ていると言えば言えるか。
とまれ、この件で、党内大きな反発を引き起こしたソボトカ首相は、おそらく本来の社会民主党支持者の支持も失い始めたのだろう。世論調査において社会民主党の支持率は低下を続け、十パーセント前後まで下がり、共産党の後塵を拝することになったのである。ただし、この手の世論調査を過度に信用するのは危険である。テレビのニュースなどで公開される調査の結果を見ると、回答者の数が数百人でしかないものも多い。
それでも、社会民主党としてはこのままでは、秋の選挙に勝てないという予測から、反ソボトカ首相の動きが活発になった。そして、一般社会の支持をうしなった首相にはそれを押さえ込むだけの力は残っていなかった。それが、党首と選挙の顔を辞任するという行動につながったのだろうが、果たして効果はあるのだろうか。首相は、党首を辞めても社会民主党はやめないと前任の党首の何人かが党を離れて別の党を組織したことを皮肉っていたけれども、どうなるのかねえ。
ザオラーレク氏は、ソボトカ首相と近い人物と見られているわけだけれども、党勢が凋落に向かう中で選挙のリーダーを引き受けることになったのは、貧乏くじを引かされたということになるまいか。それとも、支持率10パーセント内外という現状から立て直す自信があるのか。選挙でANOに勝てなければ、その責任を取らされることになり、ホバネツ氏が名実ともに社会民主党の党首ととして次に首相を目指すということになるのだろうが、それは社会民主党にとっては最悪のシナリオのようにも思われる。
市民民主党が、ネチャス内閣の内紛の末の崩壊によって、前回の選挙で惨敗を喫したのと同じく、社会民主党もこの先の対応いかんでは大惨敗を喫しかねない。そうなると、ANOの一人勝ちということになり、バビシュ首相、それも単独与党のバビシュ首相ということになりかねない。こんなときにVV党が生き残っていたら、支持が分かれて既存の政党も多少は勝負に絡めたはずなのだが。思い出してみると、バビシュ氏よりは、この党の党首だったバールタ氏のほうが信用できそうだった。
前回の選挙では、ANOの影で議席を獲得したオカムラ氏のウースビットも、党首の奇矯すぎる言動についていけなくなった所属議員の反乱で分裂し、既存政党に嫌悪感を持つ層の受け皿にはなれなくなってしまっている。まあ、オカムラ氏よりは、バビシュ氏のほうがましだから、それ自体は喜ぶべきことなのだが、バビシュ氏に対抗できる存在がいないのがつらいところである。
とまれ、本来であれば、この秋の選挙で社会民主党が第二党になったとしても、ソボトカ首相が首班指名を受ける可能性は、かなりの確率であったはずである。それが、ここ二、三ヶ月の首相の行動で、可能性が完全になくなってしまった。墓穴を掘ったどころか、掘った墓穴に自らら落ちて、自ら埋めてしまったという印象である。
問題は、ザオラーレク氏がバビシュ氏に勝てるかというところだけれども、ANOと社会民主党の現状を見ると、難しそうである。
例によって例の如く無駄に長くなってしまった。
6月18日15時。
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