その一方で、突然変異的に、あまり盛んではないスポーツで競技人口も少ないのに突如世界的な選手が現れることがある。戦後すぐの世界の長距離界を席巻したサートペクも、現在のチェコの長距離選手の成績を考えるとその一人と言っていいかも知れないし、チェコでは競技人口の少ないアルペンスキーでメダルを取ったシャールカ・ストラホバーも入れられそうだ。しかし、一人でチェコのあるスポーツを切り開き世界を制覇したという意味で、スピードスケートのマルティナ・サーブリーコバーに勝る存在はいない。
今週末に行われたスピードスケートの世界選手権でも、四回目の総合優勝を果たしたが、今期は、3000メートル、5000メートルという長距離の種目では一度も一位を譲らなかったらしい。2007年ぐらいから世界選手権やワールドカップのレースで優勝争いに加わり始め、最近ではサーブリーコバーが負けたほうが大きなニュースになるような存在になっている。以前、転倒したのに、メダル圏内だったかどうかは忘れたけど、上位に入賞していた記憶がある。
しかし、チェコには、スピードスケート用のリンクは、屋内も屋外も存在しない。チェコでスケートといえば、まずアイスホッケーであり、その次にはフィギアスケートが来るのである。この二つは、同じ施設を練習に使えなくもないが、スピードスケート用の大きなリンクは、アイスホッケーのスタジアムに設置することはできない。最近は大会自体が行われていない可能性もあるが、以前サーブリーコバーが台頭してきたころのスピードスケートのチェコ選手権は、氷結した池の氷をできるだけ平らに整備して、何とかコースを設置して実施されていたぐらいである。最近は暖冬続きで、大会を実施しようにも会場が確保できなさそうでもある。
当時テレビで見た練習風景の一つは、自宅のマンションの玄関のスペースに滑りやすい素材の敷物のようなものを敷いて、その上でスケートで滑るときのように左右に足を滑らせるていくというある意味衝撃的なものだった。こんな環境からも、世界で戦える選手が育つのである。今でこそ、たくさんスポンサーがついているだろうが、最初の頃は、試合はもちろん練習のために国外に出ていくだけでも大変だったはずである。
競技人口も、ゼロではなかったにせよ、非常に少なく、ジュニア選手権などで活躍するサーブリーコバーの存在に魅かれて競技を始めた若手が出てくるまでは、監督と二人だけで世界を転戦していたのである。最近は、チームと呼べる程度に代表選手が増えているようだが、サーブリーコバーをのぞくと、短距離で後輩第一号のエルバノバーが頑張っているぐらいで、他は全くパッとしない。
このままでは、サーブリーコバーが引退したら、チェコのスピードスケートの火が消えてしまうのは目に見えている。そこで、室内リンクの建設の計画が立つのだが、実現されることなくここまで来ている。建設費、維持費などを考えると、どこかからよほどの資金が出てこないと実現は難しいのだろう。一時期は、コリーンというプラハの近くの町の近くの村に建設すると、具体的な計画を村長が語っていたのだが……。
ちなみにサーブリーコバーは、今年三度目の挑戦で参加基準を満たし、夏のオリンピックにも自転車競技で出場する予定である。日本の橋本聖子氏みたいな存在と言えば言えるのかもしれない。
3月7日13時。
タグ: スピードスケート
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