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2016年03月23日

「トルハーク」再び(三月廿日)





 久しぶりに見ての感想は、一言、やはり面白い。面白いのだけど、以前書いた「トルハーク」についての文章に結構記憶違いがあったことに気づいてしまった。
 一番大きいのは、貴族然とふるまう男性の正体が肉屋であることを小学校の先生が知るのは、村の爆発シーンの撮影に失敗して予算不足でストーリーの改変を強いられてからだと思っていたのだが、実際は肉屋だとばれたシーンの次が爆発のシーンだった。ということはスビェラーク演じる脚本家の書いた脚本もそれなりにぶっ飛んでいたってことか。まあ、あの監督が映画にしようという台本だから、プラハの肉屋が田舎の城館で貴族のように振舞うなんてシーンがあっても不思議はないのかもれない。
 他にも、監督が試写会が終わった後に漏らす言葉は、「最後が最後が」ではなく、「天気が天気が」だったし、観客が帰りしなに漏らす言葉は「嵐」ではなく「雨」だった。自分が理解しやすいように理解してしまうのだろう。特にこのような難解な作品は。

 ここで改めて「トルハーク」という映画について説明しておこう。これは映画の中で『トルハーク』(区別のために二重鍵にする)というミュージカル映画を撮影するという作品で、監督や脚本家などの映画の撮影関係者には、作中の人物としての名前が付けられているが、映画中の『トルハーク』に出演する俳優達は、本編の「トルハーク」には本名(芸名かも)で出演するというややこしい構造になっている。登場人物が異常に多いので、本名であれ、役名であれ名前が出てくる人は一握りで大半は、エキストラ扱いだったり、名前ではなく役職名で呼ばれたりすることも多いのだが。

 主要な配役を説明すると、まず本編の主人公だと思われる映画監督を演じるのが、おそらくこの映画の生みの親であるラディスラフ・スモリャク。脚本が映画化されたものの監督の手法に不満たらたらな新人脚本家を演じるのが、もう一人の生みの親スデニェク・スビェラークで、この二人が出てくる映画は、多かれ少なかれツィムルマンの香りがするのである。またこの二人の映画に頻繁に登場する俳優達をツィムルマン軍団とか、ツィムルマン組と個人的には呼んでいる。
 湯水のように予算を浪費する監督に腹を立てて、着ている服のシャツを引き破ることになるプロデューサーを演じるのが、ツィムルマン組の一人ペトル・チェペクである。この人は、主役をはることは少ないけれども、ツィムルマン関係の作品以外でも重要な役を演じることが多く、チェコ映画に欠かせない俳優の一人である。それから、監督の脇で台本(だと思う)を抱えてシニカルな笑みをたたえている眼鏡の女性がイジナ・イラースコバーで、監督のお気に入りでカチンコを叩く役の女性を演じるのが、後に子供番組の象徴となるダーダ・パトラソバーである。

 映画中の『トルハーク』に出演して、映画本編では本名で登場するのが、まず主人公のティハーチェク氏を演じるヨゼフ・アブルハームで、この人は、「ヤーラ・ツィムルマン」でも、同じような外から村に訪れる人物の役を演じている。チェコの永遠のアイドル女優シャフラーンコバーと結婚したことでも有名である。小学校の女の先生エリシュカを演じるのが、アイドル歌手と言ってもいいハナ・ザゴロバーである。1989年のビロード革命に際して当時の共産党の書記長ミロシュ・ヤケシュがやらかした失言で高給取りの芸術家は不満をこぼさないという例として名前が挙げられてしまった。エリシュカの最初の恋人で、貴族のように振舞うが実はプラハの肉屋だというレンスキー氏は、スロバキア人のユライ・ククラが演じている。かっこいいおっさんを体現したククラは、先日テレビのトーク番組で見かけたが、相変わらずかっこいいおっさんで、「ユライ・ククラという名前は捨てて、ハンガリー風にゾルターン・マックスという名前に変えたから、ゾルターンと呼んでくれ」などとのたまっていた。この番組でかけていたみょうちくりんな眼鏡が妙に似合っていたなあ。

 他にも重要な役では、男やもめの森林管理官を、チェコの歌手の人気アンケートでカレル・ゴット神を実力で破った男バルデマール・マトゥシュカが演じ、その三人の娘のうちの一人は、後にハベル大統領の後妻となるダグマル・ベシュクルノバーである。この人、憲章77に対抗して共産党が制作したアンチ憲章に署名したらしく、そのせいもあってハベルとの結婚当初はかなり評判が悪かったようだ。三人娘の結婚相手のうちの一人飛行気乗りのイジー・コルンは、歌手で、ヘレナ・ボンドラーチコバーと組んで歌っていた番組がしばしば再放送されるが、その後四人組のグループを作って黒ずくめでセグウェイに乗って歌うなんてことをしていた。今では髪がなくなっているけれども、このころは結構ふさふさなのに時間の流れを感じてしまう。
 ルドルフ・フルシンスキー、ステラ・ザーズボルコバーなど、チェコの映画を見たことがあるなら、どこかで絶対に見たことがある人たちが、ちょい役で出ているのには、見るたびにびっくりさせられる。贅沢な映画なのである。

 さて、題名である。「トルハーク」は、引き裂くとか、ちぎるという意味の動詞から派生した言葉で、わかりやすいのは、マラソンなどでスパートして集団を引き離して独走するのを言う。ちょっと汚い言葉でいうと「ぶっちぎり」ということになる。映画に関係する状況で言うと、連日満員で立ち見続出というような「ぶっちぎりのヒット作」を指すことになるのだが、自作の映画に「ぶっちぎりのヒット作」なんて題名をつけてしまう監督というのは、やはり「ぶっちぎりに頭がおかしい」としか言いようがない。
 チェコ人でも知らないという人がいる映画だけれども、この映画こそ、チェコ映画がチェコ的であるという意味において、最高傑作であると確信している。傑作ではあっても、外国での受け狙いのようなあざとさを感じる作品もある中、わからない奴はわからなくてもいいという態度はすがすがしいまでである。
3月21日23時30分。



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