ホモウトのザフラートカであれこれ話していた連中も、午後6時半過ぎのバスの時間に合わせて席を立ち、残ったのはポーランドのクラコフで新聞記者をしているルカーシュと二人だけになった。お互い、学生が多い参加者の中ではいい年だということもあって、夕食をとりながらあれこれ与太話に花を咲かせた。
ルカーシュが働いているのは、ポーランドで共産党政権が倒れて最初に創刊された新聞「ガゼタ選挙何とか」という名前の新聞のクラコフ支局らしい。その新聞に選挙を意味する言葉がついているのは、創刊の経緯と関係するという。本来は共産党政権が倒れて最初に行われた民主的選挙に際して、候補者の多くがほとんど無名の人たちばかりだったので、候補者についての情報を有権者に知らせるための情報紙として誕生したものが、選挙後も発行を続けて、新聞としての体裁を整えていったらしい。
一部には、時代は変わったのだからいつまでも昔の紙名にこだわらないで、選挙の部分を取り去るなりして新しい名前にしようという意見もあったし、今でもあるけれども、現在のポーランドの政治的な状況を考えると、創刊の初心を忘れないためにも、名前は変えないほうがいいんじゃないかとルカーシュは語っていた。民主主義と呼ばれるものが至上の価値であるかのように語られる一方で、世界中で形骸化しつつある現状を考えると民主化当時の理念を忘れないというのは大切なことであろう。戻るべき理念を持たない日本の新聞が右であれ、左であれ大衆迎合化しているのとは違っていそうである。
ルカーシュの話で特に興味深かったのは、オロモウツの話で、有名なチェコのポーランド学者にインタビューするためにオロモウツに通い、その人が飲み屋「ポノルカ」の常連だったために、インタビューをポノルカで行ったという話だ。そして、今でもポノルカファンであり続けているので、今回のサマースクールでもすでに何度か足を運んでいるらしい。
あそこは、例の禁煙法の関係で会員制のクラブになっているはずだけどというと、ルカーシュ笑って、「酒が好きで、タバコも好き? タバコを吸いながら酒が飲みたい? じゃあお前は立派なうちの会員だ」と恐らくお店の人に言われたであろう台詞を教えてくれた。
禁煙法の網の目を抜けるために、誰でも入れる普通の飲み屋から、会員しか入れない会員制のクラブに衣替えしたところが多いのは知っていた。でも、これじゃあ会員制とかあってなきようなものじゃないか。こんなでたらめが許されるなんて、チェコの禁煙法は網じゃなくてザルだななんて感想を持ってしまった。
ルカーシュは更に笑って、ポーランドでもまったく同じだったということを教えてくれた。チェコより先に、レストランや飲み屋での禁煙が義務付けられたポーランドでも法律の施行直後は、適用を逃れるために会員制のクラブに名目上改組するところが続出したらしい。その数の多さと、会員制のでたらめさに、禁煙法が骨抜きにされることを恐れた政治家や官僚の手で法律が改正され、この手の名目だけの会員制クラブでの喫煙も禁止されることになったのだという。タバコを吸いながらお酒を飲むための会員制クラブ自体が禁止されたのかもしれない。
ルカーシュは、だからチェコでももう少しすれば、ポノルカでタバコは吸えなくなるさと言うのだけど、そうなったらそうなったでチェコ人は、ポーランド人には思いもつかないような方法で法律を骨抜きにしてしまうような気もする。自分ではタバコは吸わないし、道を歩いていて歩きタバコをしている奴の煙が漂ってくるとむかっ腹を立てしまうような人間だが、ポノルカのような喫煙が文化だった、何かを象徴していた時代の名残をとどめている場所でタバコが吸われなくなるのはちょっとさびしい気がする。それこそ文化遺産として残してもいいんじゃないだろうか。
この件、つまり禁煙法に関しては、EUのやり口が大口のスポンサーであるタバコ会社に遠慮して中途半端すぎるのも問題である。単なる好悪の問題ではなく、本当に健康の問題であるのなら、全面的に禁止してしまえばいいのだ。もしくは処方箋がないと買えないようにするとか、タバコを吸える場所を厳密に定めるとか。現在の街中でも屋根や壁のないオープンな空間であれば野放図にどこでも喫煙してもいいというのは、景観を害するだけである。それなら喫煙者しか入れない喫煙部屋にまとめて押し込んだほうがマシである。そして戸外での喫煙を禁止して罰則を厳しくすれば、吸殻のポイ捨てもなくなるから一石二鳥だと思うんだけどねえ。
ルカーシュとの話は示唆に富んで非常に楽しかったのだけど、いつまでもこればっかり書くわけにもいかないし、酔いが回ってあまり覚えていないというのもあるから、ここまでということにしよう。だんだんサマースクールで勉強したことについて書こうという当初の目的から逸脱し始めてきたなあ。
2018年8月1日23時15分。
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