ちょっと取り乱しぎみの書き出しになってしまったことからもわかるだろうが、 チェルナー・ホラ のビールには思い入れがある。まだチェコ語を真面目に勉強していたころに、勉強しながら一番よく飲んでいたのがこの会社のビールだった。学校の近くにあったチェルナー・ホラを飲ませるレストランの入り口近くの席が、チェコのレストランにしては明るく勉強するにはちょうどよかったため、かなり頻繁に通っていたのだ。
一番美味しいと思ったのは14度のクバサルだった。このビールは、なんと蜂蜜を加えて醸造したというビールで、濃厚な味が冬の寒い中に飲むのに合っていた。あの年の冬は非常に寒く、冷たい普通のビールを飲むのは辛いと思うこともあったのだ。毎回、このレストランに行くたびに、必ず一杯はクバサルを飲んだものだ。最初にするか、最後にするかそれが問題だったのだけど。ちなみにこのビール、チェルナー・ホラの醸造所で開発したものではなく、自宅でビールの醸造をしている人が、自分用に開発したレシピを買い取って生産するようになったものらしい。
そのレストランも今はなく、よく買い物に行くスーパーマーケットの近くにあったピボテーカというチェルナー・ホラのビールを扱うお店も移転してしまって、久しく飲んでいないが、ミニビール醸造所のビールに通じる個性あるビールだった。そういえば、ピボテーカで買った薬草のビールというとんでもない味のビールもあったなあ。さすがに不評だったのか、製品ラインナップからは既に消えているようだけど。
ブルノから30Kmほど北に行ったところにある山間の町チェルナー・ホラでは、すでに1298年にビールが作られていた証拠があるらしい。当時は、意外なことにチェコにも足跡を残しているテンプル騎士団の関係者が生産し消費していたようである。チェルナー・ホラの看板にはこの1298という数字が書いてあるが、もちろんこの時代のビール生産者と現在の会社が直接つながっているわけではない。
共産主義の時代には、国の都合であれこれ変更はあったものの大半は、ブルノの国営ビール製造企業傘下の一工場としてすごし、1990年代中盤に独立したビール会社として民営化されたらしい。それが、2010年にロプコビツというビール会社に買収されてしまった。最近チェルナー・ホラの看板に小さくロプコビツのロゴが入っているのを見つけて、チェルナー・ホラという会社の個性が失われないことを願わずにはいられないと思っていたら、親会社が中国企業に買収されたというのだ。これは、ピルスナー・ウルクエルが南アフリカビールの子会社になっているということを知ったのよりもショックかもしれない。
今確認したら、ロプコビツの傘下には、チェルナー・ホラだけでなく、イフラバのイェジェクや、フリンスコのリフターシュ、プロティビンのプラタン、ウヘルスキー・ブロットの醸造所など、七つのビール会社があるようだ。これがまとめて中国企業に買収されたかと思うと暗澹たる気分になる。チェコの誇りであるビール業界に、こんなに外資を導入してどうするんだろう。株主の効率化の圧力で、伝統的なチェコのビールの美味しさが失われることを危惧するのみである。
ああ、そうか。2000年代に入って増え続けているミニ醸造所付きのレストランは、チェコ人が外資系ビールの増加に対して抱いている危惧の現われなのだ。つまり、チェコの誇りは、共産主義にも、資本主義にも負けずに続いていくということか。
3月30日23時。
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