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2017年07月04日
離婚する総理大臣(七月一日)
六月末のことだったと思うが、秋の総選挙の後に退任することが決定的になっているソボトカ首相が、離婚するというニュースが流れた。あまり大きなニュースにはなっていなかったけれども、これで総理大臣が離婚するのは四人目ということになるらしい。暫定内閣の臨時の総理大臣を除けば、1993年のチェコとスロバキアの分離独立以後の総理大臣は八人しかいないことを考えると、チェコは一般的に離婚率が高いとはいえ、多すぎると言ってもいい数字である。
1993年1月から98年1月まで、チェコ共和国の初代総理大臣を務めたのは、後に大統領になったバーツラフ・クラウス氏である。クラウス氏は離婚していないけれども、それはひとえに奥さんのおかげらしい。クラウス氏に愛人がいるのは、公然の秘密だったようだが、いや、秘密ですらなく誰でも知っていることだったかもれないが、奥さんは特にクラウス氏を責めることもなく、現在でも夫婦を続けている。
このクラウス氏の奥さんもちょっと変わった人で、一言で言うとクラウス氏の信者である。クラウス氏の大統領時代に、インタビューなんかで、自分の旦那のことを話すのに、チェコ語で「ムシュ」、つまり日本語の主人に当たる言葉を使わず、大統領(パン・プレジデント)という言い方を使っていたのには違和感を感じてしまった。ハベル大統領の二人目の奥さんが、「バシェク」と愛称を連発するのもなんだかなあなんだけど。とまれ、クラウス夫人は、そういう献身?が身を結んだのか、クラウス氏とゼマン大統領の密約で、現在は出身地のスロバキアでチェコ大使を務めている。
クラウス氏が身内の市民民主党の内紛の結果辞任し、暫定首相のトショフスキー氏を挟んで、首相に就任したのが、現大統領のミロシュ・ゼマン氏である。ゼマン氏も、首相としては離婚していないが、それ以前に離婚して、首相に就任したのは、二人目の奥さんと結婚した後だった。
この二人目の奥さんと総理大臣になったというのは、次の二人の社会民主党出身の総理大臣も同様だった。ゼマン氏の後をうけて総理大臣になったものの、大統領選挙でゼマン派と反ゼマン派の間に挟まれて心労のあまり死にそうな顔をしていたシュピドラ氏は、現在はEU議会の議員になっているのかな。その後のグロス氏は、三十代の若い首相として話題を呼んだけれども、金銭スキャンダルで政権を放り出してしまった。その後ALSという難病を発症して45歳という若さでなくなってしまった。
グロシュ氏の辞任の後を受けて首相に就任したのがイジー・パロウベク氏である。パロウベク氏は一年ほどで首相を辞任したが、野党としての社会民主党を率いて2010年の下院選挙で勝利する。しかし、その後の連立交渉がうまく行かず政権を取れなかったことで党首を辞任してしまう。有名なのは、共産党との連立を否定しなかったことで、演説では必要なら共産党とでも火星人とでも連立すると叫んでいた。
このパロウベク氏が、退任直後に離婚した最初の首相である。離婚の理由となった相手は通訳の女性で、20歳以上若いんだったかな。離婚を決めるのは首相在任中でも、実際に離婚するのは退任後というルールがあるのかもしれない。以後のトポラーネク氏もネチャス氏も離婚したのは退任後だったような気がする。
パロウベク氏は、党首を自認した後しばらくして社会民主党を飛び出し、ナーロドニー・ソツィアリステー、日本語に訳すと国民社会主義とでも訳せるなんだかナチスっぽい名前の政党を結成して党首に納まっていた。パロウベク氏の引きで社会民主党から立候補して国会議員になっていた元アイスホッケーのチェコ代表選手だったシュレーグル氏なんかも結党に参加したのかな。この党はスポンサーの問題で消滅したのだが、最近このパロウベク氏が社会民主党への復帰を申請して拒否されたというニュースが流れた。社会民主党も大変だねえ。
パロウベク氏の次に首相になったのは、市民民主党のトポラーネク氏である。トポラーネク氏がネチャス氏を破って党首に選ばれたことで、市民民主党と創設者のクラウス氏の関係が疎遠になったと言われる。トポラーネク氏の内閣は、チェコが旧共産圏の国としては初めてEUの議長国を務めている最中に国会で不信任案を可決されて辞職に追い込まれ、世界に恥をさらしたのだった。不信任案を提出した野党の側も、政権に対する嫌がらせとして提出したのであって、可決されるとは思っていなかったのではないかと思う。内閣が倒れても誰も得しない状況だったし。
トポラーネク氏は、首相在任中から同じ上院議員の女性と生活をともにしていたのだったか。奥さんが別れることを拒否しているとかいう新聞記事を読んだ記憶もあるのだけど、その後無事に離婚が成立して、再婚したようである。
そのトポラーネク氏が、市民民主党の党内クーデターで党首の座を追われた後に座ったのが、クラウス氏の秘蔵っ子と呼ばれたネチャス氏である。2010年の下院選挙では、社会民主党に第一党の座を奪われたものの、その後の連立交渉でうまく立ち回り、クラウス氏からの首班指名を受けて内閣を組織した。
ネチャス氏の離婚問題は、ネチャス氏の辞任に直結したという点で、他の首相たちの離婚とは一線を画する。付き合いのあった女性を内閣府の一部門の長に任命したところまでは、チェコではよくある話で済んだのだけど、その女性が、軍の諜報部門を動かして、首相夫人の動向を探らせていたというのだ。いちおう首相夫人が新興宗教関係者と付き合いがあって、国家の安全に問題にかかわる可能性があったという言い訳は存在したけれども、実際は離婚につながるねたを求めての行動だったのだろうと言われている。
これ以外にも、市民民主党内部の反ネチャス派の国会議員に、報酬のいい国営企業のポストと引き換えに議員辞職を迫ったなんて疑惑もあって、今のネチャス夫人は追い詰められていく。ネチャス氏は、メディアによる政治的な目的を持ったでっちあげだと主張していたけれども、トポラーネク氏のの雑誌での失言とは違って、警察、検察まで動く大事件で、現在も裁判が続いている。
ここで今の夫人を切り捨ててしまえば、いや、切り捨てなくても、首相の地位にしがみつこうと思えば、今回のソボトカ首相と同じで、下院の総選挙が半年後ぐらいに近づいていたから、そこまでは頑張れたはずである。しかしネチャス氏は、現夫人を支えることを選び、首相を辞任してしまった。この無責任な政権の投げ出し方が、2013年の下院の選挙で市民民主党が壊滅的な惨敗を喫した大きな理由の一つになっている。
ソボトカ首相の離婚の原因はいまだ報道されていないと思うけれども、これで四人連続の首相の離婚である。クラウス氏以外の三人も離婚経験者であることを考えると、チェコの首相というのは、離婚する仕事なのかもしれない。
7月2日23時。
2017年06月19日
ソボトカ首相大迷走の果てに〈後編〉(六月十六日)
ソボトカ首相が、今回社会民主党の党首と総選挙向けの党の看板から下りざるを得なくなった原因は、バビシュ氏にかまいすぎたことにある。その結果、キリスト教民主同盟から分離したTOP09も含めた既存の政党、政治家が、バビシュ氏を袋叩きにしているイメージが出来上がり、それがスキャンダルがあってなお、ANOの支持率が下がらない原因の一つなっている。
2010年の総選挙でも、VV党(公共の福祉党と訳しておく)というポッと出の新しい政党が議席を獲得して連立与党の一角となった。この党も、政治家ではなく実業家が中心となった政党だったが、連立与党内での主導権争いで他の既存政党から袋叩きにあい、最終的には分裂し一部は市民民主党に合流し、のっこった部分は与党から外れ、政治の世界に嫌気がさした党首たちは解党という結論を出すという結末を迎えた。
チェコでも、全世界的な傾向と同じように、特権的な政治業者と化しつつある既存の政党、政治家に対する反発は強く、その受け皿として登場してきたのが、VV党だったのだが、既存政党の陰謀によって分裂したため、支持し続けることができなくなった。2013年の選挙ではANOがその役を引き継ぎ、現在まで既存政党からの攻撃を受けながらも、ANO自体は分裂せずに、団結している。
ここが、VV党とANOとの違いで、バビシュ氏がスキャンダルを垂れ流しにしていても、支持率が下がらない理由である。ANOを支持する理由は既存の政治への絶望なのだから、ANO自体に問題があっても、既存政党と対立し同じではないところを見せている限り、ほとんど支持者を失うことはない。むしろバビシュ氏のスキャンダルで他党からの攻撃を受けるたびに、支持率を徐々に伸ばしているようなのは気のせいだろうか。この事実を、ポピュリズムの一言で片付けるのは簡単だけれども、それでは今後バビシュ首相の誕生を阻止することはできない。
社会民主党は、連立与党のANOを積極的に攻撃する必要はなかったのだ。反バビシュ法案の制定にもかかわる必要はなかった。ほうっておいても野党の市民民主党とTOP09が踊ってくれたはずである。それなのに積極的に動いてしまったために、バビシュ氏が政争の犠牲者であるかのような印象を作り出してしまった。
何でもかんでもバビシュ氏のせいにしているような、既存政党の政治家たちのコメントは、バビシュ氏が、問題が発覚するたびにTOP09のカロウセク氏と社会民主党のホバネツ氏の陰謀だと喚くのと同レベルでみっともなかった。違いがあるとすれば、バビシュ氏の具体的な名前を挙げての批判は、子供が駄々をこねているような幼稚さを感じさせるのに対して、既存の政治家たちの当てこすりに満ちた発言は、陰険さを感じさせるというところくらいである。
下院の総選挙まで半年となっても、世論調査によるとANOの支持率が圧倒的に高く、社会民主党が差をつめるどころか広げられている状況に我慢できなくなったソボトカ首相が打った博打が内閣総辞職の試みだったのだ。バビシュ財務大臣を解任しない理由として、政争の犠牲者だというイメージを作り出したくないと言っていたが、時すでに遅しで、バビシュ氏は、自分が政権闘争の犠牲者であるというイメージを十分以上に作り上げることに成功していた。
内閣総辞職という奥の手も、復讐のいい機会だと思ったのか、ゼマン大統領の総理大臣のみの辞職として解釈するという発言に封じられ、バビシュ氏解任に踏み切るほかなかった。その後の大統領と首相の駆け引きは、政界とメディアの大半を味方につけたソボトカ首相の圧勝に見えた。問題は、それが社会民主党の支持率の向上につながらなかったことである。
この問題と同時期に、おそらくANO側の仕掛けで、教育省におけるスポーツへの補助金の分配を巡るスキャンダルが発覚したことも、ソボトカ首相にとって痛かっただろう。責任者であるバラホバー大臣に因果を含めて辞任させたのは、ANOとの差を打ち出そうとしたという点では正しかったのだろうが、特にスポーツ界から評価の高かった大臣だったし、ゼマン大統領が留任を求めるという嫌がらせの手に出たこともあって、これも支持率の低下につながっているかもしれない。
また辞任するバラホバー大臣が、補助金の支払いの一律停止を決めたこと、再開はしたもののそのやり方が不透明であったこと、大臣が代わることで補助金の分配方法も変わるのではないかと思われたことなどで、スポーツ界の支持も失った。実際、予定されていたスキーのワールドカップの大会が開催権返上になるなど、悪影響はスポーツ界の各所に出ているのだ。
秋の下院の選挙に向けて、各地方における候補者名簿に中央が口を出したのは、党内からの反発を呼んだ。金銭スキャンダルを抱えた候補者を擁して、首相はANOと選挙戦を戦うことの不利を考えたのだろうが、地方のボス政治家は、スキャンダルがあってもなくてもその地方では支持されるからボスなのである。
南ボヘミアのジモラ氏なんか、金銭的なスキャンダルで知事を辞任せざるを得なくなった直後だというのに、下院の選挙の候補者名簿に名前を連ねていたのである。言ってみれば、これが典型的なチェコの政治家で、不祥事が発生してもほとぼりが冷めるか冷めないかのうちにしれっとして復活してくるのである。不祥事で失脚した官僚が地方で県知事になったり、マスコミであれこれ暴露してもてはやされる日本と似ていると言えば言えるか。
とまれ、この件で、党内大きな反発を引き起こしたソボトカ首相は、おそらく本来の社会民主党支持者の支持も失い始めたのだろう。世論調査において社会民主党の支持率は低下を続け、十パーセント前後まで下がり、共産党の後塵を拝することになったのである。ただし、この手の世論調査を過度に信用するのは危険である。テレビのニュースなどで公開される調査の結果を見ると、回答者の数が数百人でしかないものも多い。
それでも、社会民主党としてはこのままでは、秋の選挙に勝てないという予測から、反ソボトカ首相の動きが活発になった。そして、一般社会の支持をうしなった首相にはそれを押さえ込むだけの力は残っていなかった。それが、党首と選挙の顔を辞任するという行動につながったのだろうが、果たして効果はあるのだろうか。首相は、党首を辞めても社会民主党はやめないと前任の党首の何人かが党を離れて別の党を組織したことを皮肉っていたけれども、どうなるのかねえ。
ザオラーレク氏は、ソボトカ首相と近い人物と見られているわけだけれども、党勢が凋落に向かう中で選挙のリーダーを引き受けることになったのは、貧乏くじを引かされたということになるまいか。それとも、支持率10パーセント内外という現状から立て直す自信があるのか。選挙でANOに勝てなければ、その責任を取らされることになり、ホバネツ氏が名実ともに社会民主党の党首ととして次に首相を目指すということになるのだろうが、それは社会民主党にとっては最悪のシナリオのようにも思われる。
市民民主党が、ネチャス内閣の内紛の末の崩壊によって、前回の選挙で惨敗を喫したのと同じく、社会民主党もこの先の対応いかんでは大惨敗を喫しかねない。そうなると、ANOの一人勝ちということになり、バビシュ首相、それも単独与党のバビシュ首相ということになりかねない。こんなときにVV党が生き残っていたら、支持が分かれて既存の政党も多少は勝負に絡めたはずなのだが。思い出してみると、バビシュ氏よりは、この党の党首だったバールタ氏のほうが信用できそうだった。
前回の選挙では、ANOの影で議席を獲得したオカムラ氏のウースビットも、党首の奇矯すぎる言動についていけなくなった所属議員の反乱で分裂し、既存政党に嫌悪感を持つ層の受け皿にはなれなくなってしまっている。まあ、オカムラ氏よりは、バビシュ氏のほうがましだから、それ自体は喜ぶべきことなのだが、バビシュ氏に対抗できる存在がいないのがつらいところである。
とまれ、本来であれば、この秋の選挙で社会民主党が第二党になったとしても、ソボトカ首相が首班指名を受ける可能性は、かなりの確率であったはずである。それが、ここ二、三ヶ月の首相の行動で、可能性が完全になくなってしまった。墓穴を掘ったどころか、掘った墓穴に自らら落ちて、自ら埋めてしまったという印象である。
問題は、ザオラーレク氏がバビシュ氏に勝てるかというところだけれども、ANOと社会民主党の現状を見ると、難しそうである。
例によって例の如く無駄に長くなってしまった。
6月18日15時。
2017年06月18日
ソボトカ首相大迷走の果てに〈前編〉(六月十五日)
昨日、長い長い交渉の末、ソボトカ首相が、社会民主党の党首を辞任し、この秋行われる下院の総選挙のリーダー(普通は党首が兼任し、選挙に勝ったら首相候補となる)の座からも降りることを発表した。ただし、総理大臣としては任期が切れる総選挙まで続けるのだという。そして、党首の役割は、副党首の内務大臣ホバネツ氏が引き継ぎ、選挙のリーダーは外務大臣ザオラーレク氏が後釜に座るという。
つまり、ソボトカ首相は、選挙の結果にかかわらず、選挙後に退任するということである。社会民主党が選挙に勝った場合にはザオラーレク氏が首相候補となり、負けた場合には野党の党首としてホバネツ氏が、社会民主党を引っ張り将来の首相候補になるのだろうか。ザオラーレク氏はともかくホバネツ氏が首相というのは想像しにくい。
簡単にソボトカ首相のここまでの歩みを振り返っておくと、確か2010年の総選挙で予想を下回る結果しか出せなかったパロウベク氏が辞任し、党首の座をソボトカ氏に明け渡したのが、ソボトカ氏の首相への道の第一歩だった。このときの選挙では、社会民主党が第一党の座を獲得したにもかかわらず他の政党との連立の交渉に失敗して、市民民主党を中心とする内閣が成立したのだったかもしれない。
この選挙で成立したネチャス内閣は、現在のソボトカ内閣以上に内紛が多く、最後は内閣府で一部門の長を務めていた今の奥さんが、職権を乱用したという疑惑に巻き込まれて、政権を投げ出してしまった。政権維持よりも、当時はまだ不倫の関係にあった女性を優先したということで、かなり無責任な辞め方だという印象を与えた。このこともミロシュ・ゼマン大統領が後任の総理大臣に、市民民主党の新しい党首を指名しなかった理由の一つになっていると思う。
ゼマン大統領は、ルスノクという元社会民主党の国会議員で今はチェコ中央銀行の総裁を務めている人物に、暫定内閣を組織させ予定されていた総選挙までのつなぎにしようとしたのだが、この内閣が国会で承認を受けることができず、内閣があるんだかないんだかよくわからない状態で総選挙を迎えることになった。
選挙では、予想通り社会民主党が第一党になったものの、バビシュ党ANOの予想以上の健闘で、議席数は予想ほど伸びなかった。これが、党内のゼマン親派が企てたソボトカ下しの党内クーデターの試みにつながる。反ソボトカ派のハシェク氏、ジモラ氏など党の地方組織を牛耳る連中が、大統領の別邸のあるラーニのお城で、ゼマン大領領と秘密の会談を持ち、ハシェク氏に首班指名が下りるように画策していたのだ。ソボトカ氏の次の次を目されているホバネツ氏も、この会合に参加していたはずなのだが……。
この党内クーデターの試みは、マスコミが報道したことで表に出て、ハシェク氏が最初はそんな会合はなかったと否定し、後にあったことを認めるという失態を犯したこともあって、ソボトカ氏はこの動きを抑え込むことに成功する。「ムラダー・フロンタ」や「リドベー・ノビニ」も熱心に津給していたような記憶があるから、この時点では、ある意味バビシュ氏の企業に救われたのだと言えなくもない。それが、その後社会民主党とANOが連立を組むことになった理由なのかどうかはわからないけど。
ソボトカ氏は、その後、ハシェク氏やジモラ氏のような、国会議員でありながら地方知事を務めているという二、三人の公職兼業議員に対して、どちらかの職務を選んで、選ばなかった方は辞職するように求めた。最初は見苦しく抵抗していた連中も、世論の圧力もあって、結局議員を辞任して知事に専念することを選んでいた。日本人の感覚から言うと、兼業が可能になっているのがそもそも理解できない。
この一連の事件は、党の中央と、地方、特に地方のボス政治家の間の断絶が深刻なものであることを浮き彫りにした。党首の求心力が強い間は、あまり問題が出てこないのだが、選挙で負けたり、世論調査の支持率が下がったりして求心力が落ちると、途端に党内の不和となって現れる。この党内の対立の激しさは、社会民主党の持病みたいなもので、市民民主党に近い層から、共産党に近い層まで存在することを考えると、右派と左派の対立が激しかったかつての日本の社会党を思わせる。そこに地方と中央の対立が加わるわけだから、対立が表面化すると支持率が下がるのは自明のことである。
キリスト教民主同盟、ANOとの連立交渉を行いソボトカ内閣が成立したのは、選挙から三ヶ月以上の時間がたった後のことだった。当然、任命したのはゼマン大統領なのだが、この時点でゼマン大統領と完全に和解できなかったことが、現在にまで尾をひいいている。2003年にゼマン大統領が当時は国会議員の投票で行なわれた大統領選挙で惨敗を喫したときに、社会民主党の議員でありながらゼマン氏に投票しなかったうちの一人がソボトカ氏で、ゼマン大統領はそのときの恨みを忘れていないのである。
長くなったので今回はこの辺で。
6月16日23時。
2017年05月27日
ゼマン大統領暴れる、再(五月廿四日)
ソボトカ内閣のバビシュ財務大臣の解任を巡る問題で物議を醸す言動を繰り返していたゼマン大統領が、ようやく本日バビシュ氏を解任し、ピルニー氏を任命した。その儀式に際して、バビシュ氏の功績を絶賛し、チェコでは成功者はねたまれ足を引っ張られる運命にあるのだとか何とか、首相に対する当てこすりをしていたのは、大統領の面目躍如といったところか。
首相の社会民主党では、来年の大統領選挙に向けて、独自候補を擁立することを考えているらしいが、地方組織を中心にゼマン親派が根強く残っていることを考えると、擁立はできても当選させるのは難しいだろう。上位二位が進む決選投票にコマを進められるかどうかも怪しいものである。
特に、現在社会民主党の中央の指導部が、秋の下院の選挙を前に、清廉潔白な政党であることを強調しようとして、候補者リストからバビシュ的なところのある候補者を排除する決定を下したことで、地方組織の反発が高まっている。バビシュ的、つまりは金銭的なスキャンダルが表ざたになっている政治家というのは、大抵は地方のボス政治家なので、地方組織全体が反指導部になりかねない。
かつて社会民主党としのぎを削った市民民主党は、創設者のクラウス氏が去った後、地方のボスたちの跳梁を許し中央で制御できなくなったことが原因となって党勢を凋落させた。社会民主党も、このまま行くと、地方組織の反乱で瓦解の可能性がなくはない。スキャンダルで知事を辞任したボスを候補者リストから外すように求められた南ボヘミアの組織では、候補者リストの提出を取りやめることさえ検討しているというのだから。
さて、暴れる大統領に話を戻そう。大統領は、帰国当初から囚人のカイーネク氏に恩赦を与えると発言していたのだが、財務大臣の件を処理するのと前後して恩赦の書類にサインをしてしまった。それで、カイーネク氏は収監されていた刑務所から釈放された。まるで、財務大臣の解任、任命よりもこちらのほうが大切だと言わんばかりである。
カイーネク氏は、一箇所の刑務所に長期間収監されていたわけではなく、一定の間隔を置いてチェコ中の刑務所を転々としていたらしい。それは、オロモウツ地方にある最も脱走が難しいといわれていたミーロフという山の中のお城を改築した刑務所から脱走を果たしたという実績があるためで、同じ場所に長期間収監し続けると、また脱走の方法を見つけ出すのではないかと警戒されたらしい。
因みに、カイーネク氏については、ハベル大統領も恩赦を与えることを検討したことがあるようだ。事件が起こったのが、確か九十年代の初めのことで、当時は様々な面で混乱があり、警察も多分にもれずで、カイーネク氏の事件についても捜査上、手続き上の不備が指摘されている。それが、そのまま冤罪につながるわけではないだろうが、疑われる余地が残ってしまったのは確かなことのようだ。
そして、これは中国にいた頃の話になるのだけど、ロシアのプーチン大統領との会談で暴言を吐いてしまった。気持ちはわからなくはない。バビシュ氏の解任を巡る問題で、あれこれ付きまとわれて質問されてウンザリしていたところに、チェコから遠く離れた中国にいることで開放感を感じてしまったのだろう。おまけに相手が同じような問題でウンザリしているはずのプーチン大統領だったから、つい口が滑ってしまったというところか。
ゼマン大統領、プーチン大統領に、「記者という奴らが多すぎると思いませんか」と声をかけたらしい。ここでやめておけば、不穏な香もしなくはないけれども、特に大きな問題にはならなかったはずだ。それなのに、ゼマン大統領、続けてしまったのだ。
「(多すぎる記者は)処分する必要がありますよね」とかなんとか。
さすがこいつはまずかった。記事を書くのも、ニュースを作成するのも記者である。こんなことを言われたら反発しないはずがない。言論の自由とか報道の自由とか、そんな話まで持ち出してゼマン大統領を、民主国家の大統領失格だと批判していた。
この件に対して、ゼマン大統領自身の反論は聞こえてこないのだが、大統領府の広報官オフチャーチェク氏が例によって大統領の主張を代弁した。それによるとあれは単なる冗談だったのだという。
ちょっと待てである。冗談を言われた側のプーチン大統領の気持ちを想像してみよう。欧米を中心にロシア国内で反対派を弾圧していると批判されている人物である。弾圧されて命を失ったとされる犠牲者の中には新聞記者もいる。
言う人によっては、冗談ではなく皮肉、当てこすりの類だと思われかねない。幸いにして、もしくは不幸にも、ゼマン大統領はヨーロッパの中でも親露派として知られる人物で、プーチン大統領とは個人的な関係も悪くなく、皮肉だと理解してチェコに対して抗議をするなんて騒ぎにはならなかったけど、冗談として受け取ってもらえたのだろうか。本音だと思われているような気がしてならないのである。どっちにしてもプーチン大統領も反応に困ったことだろう。
ゼマン大統領の発言を、単に失言として片付けるのは危険である。日本もそうだと思うが、インターネットの存在もあって既存の大手のマスコミに対する信頼性は、地にとまでは行かないが、かなり落ちている。それにもかかわらず、自分たちこそが社会の代弁者であり、何かの権力でも持つかのように振舞うマスコミ関係者は多い。それに嫌悪感を感じている人たちの中には、ゼマン大統領の発言に共感してしまう人もいるのではないかと想像してしまうのである。
5月25日23時。
2017年05月23日
バビシュ財相解任?(五月廿日)
ゼマン大統領が中国に出かけて、南京大虐殺の記念碑を訪問したりしている間に、チェコ国内では、バビシュ財相の辞任と後任を巡って新たな動きがあった。
まず、バビシュ財相が、辞任してもいいというか、解任されてもいいと言い出したのは、すでに書いたとおりだが、その後任として、以前から噂に挙がっていた人物を正式に候補者としてソボトカ首相に提案した。最初はゼマン大統領の次の一手を待つと言っていたのだけど、批判の声の高まりにこのままではいけないと思ったのだろうか。記者会見の声が疲れていたから、やる気をなくしたという可能性もあるかもしれない。
とまれ、バビシュ党であるANOが、推薦したのが財務省の税務部門で二十五年以上仕事をしているという事務次官(と訳しておく)の女性シレロバー氏だった。ソボトカ首相が求める専門性は確実にクリアしているし、バビシュ氏が所有していた会社アグロフェルトとの関係も、直接の関係はないようだったので、ソボトカ首相はその提案を受け入れるものと予想していた。
しかし、社会民主党の一部の国会議員が、この候補者に異を唱え始めた。特に声が大きかったのが外相のザオラーレク氏だった。税務担当でありながらバビシュ氏のアグロフェルト社の社債の問題について調査をしていないということは、バビシュ財相べったりだということだというのがその反対の理由だった。この国は、不偏不党のはずの官僚が政党に入党したり、政党のひも付きの外部の人間がいきなり事務方のトップになったりする国なのだから、天に唾する行為だとは思わないのかね。
以前、社会民主党の総理大臣が、何かのきっかけで意気投合した当時は医師だったダビット・ラート氏を、強引に厚生大臣に就任させようとしたことがある。法律上だったか手続き上だったかの問題があって、大臣にできないことがわかると、厚生省で仕事をしていたわけでもないのに、いきなり事務次官の地位につけてしまった。こっちも十分以上に非難の対象になる人事だと思うのだが、ザオラーレク氏を含めて、社会民主党内部からの批判はほとんど聞かれなかったと記憶する。
アグロフェルトに対する税務調査に関しては、アグロフェルト側は、現在数件の調査が入っているところだといってザオラーレク氏の批判を否定している。またシレロバー氏は、口にできないこともあるんだけどねえと、社会民主党からの批判が的外れであることを仄めかしていた。
結局ソボトカ首相は、党内の反対の声を無視することはできず、シレロバー氏の財務大臣就任を拒否し、ANOに別の候補者を挙げるように求めた。ANOが次に挙げたブラベツ氏もバビシュ氏に近すぎるという理由で拒否され、最終的にはANOの下院議員ピルニーがバビシュ辞任後の財務大臣となることで、首相側とANOの間で合意に達したようである。
ただ、ピルニー氏本人は、候補者に上げられる以前に名前が挙がったときに、財務省は自分の専門とは違っているからと言っていたはずなのだが、首相の求める専門性を満たすことになるのだろうか。とまれかくまれ、ピルニー氏をバビシュ氏の後任の財務大臣にするということで、ソボトカ首相は、バビシュ氏の解任と、ピルニー氏の任命についての書類を、ゼマン大統領が中国からの帰途につくころに大統領府に提出したらしい。
ゼマン大統領は、木曜日にチェコに帰国したのだが、中国旅行でお疲れなので、対応するのは週明けになるという。退任するバビシュ氏、就任するピルニー氏と会談をして、解任と任命の手続きをするというのだけど、素直に手続きを進めるのだろうか。
ここ最近の言動でゼマン大領領に反対する声は大きくなっている。憲法に記載された大統領の職務を恣意的に読み替えて、大統領の権限から逸脱したことをしているのだそうだ。一部の政治家からは、チェコの大統領としてはふさわしくないことを証明してしまったのだから、来年の大統領選挙には出馬するべきではないと言う声まで上がっている。その批判が正しいかどうかはともかくとして、ゼマン大統領がその批判を甘んじて受け入れて、立候補を取りやめるとも思えない。取りやめるとすれば、健康に問題が出てきたときだけだろう。
追い詰められた感のあるゼマン大統領が、これからどう巻き返していくのか楽しみである。ゼマン大統領は2003年の大統領選挙で惨敗して、政治生命を失って隠棲したところから復活した人である。その基盤が、政治家よりも、一般の民衆の支持にあることを考えると、このぐらいのことで再び引退に追い込まれるとは思えない。ゼマン支持者は、ゼマン氏の主義主張、言動を鑑みて支持しているのではなく、ゼマン氏だから支持しているのである。支持者の数もそうは減るまい。
それにしても、今回の内閣の危機に関して、疑問が一つ。首相が、もしくは政治家が、ある特定の個人の経済活動に関して、脱税かどうかの調査を財務省の税務担当の部署に命ずるというのは問題ないのだろうか。制度上問題ないとして一度処理された件の再調査を求めるということは、脱税だと判断しろと圧力をかけているに等しい。それに調査しろと求めてもいいということは、調査するなと指示してもいいということにもつながる。
問題になっているコルナ建ての社債を発行した企業は、バビシュ氏のアグロフェルトだけではないというし、社債が発行された時点の法律に基づいて処理しているともいう。ようは、税制上の抜け穴のようなものを利用した節税策のようなものだったのだろう。とすれば、企業側の倫理的な問題はおくとして、責められるべきは政治家の怠慢である。
バビシュ財相に功績があるとすれば、それは、本人が主張するような、財政を健全化したとか、税収を増やしたとかいうところではなく、バビシュ排除を目指した政治家たちが、粗探しをし攻撃の対象とすることで、これまで見逃されてきた問題に注目が集まるようになったところにある。コウノトリの巣で問題になったEUの補助金だって、今回の社債と税金の問題だって、関係するのはバビシュ氏だけではあるまい。
そんなこれまで等閑視されてきた問題が、注目を集めたことで、改善されるのなら、チェコという国にとっては、バビシュ氏が政界に進出したことに大きな意味があることになる。ただし、現時点では、ほとんどバビシュ攻撃に留まっていて制度の見直しには、ほとんどつながっていないのだけれども。
5月22日20時。
2017年05月14日
混迷する政局(五月十一日)
とりあえず、わかりやすいことから始めよう。九日の火曜日、スポーツに関する補助金を巡って逮捕者を出した教育省のカテジナ・バラホバー大臣が、辞職することを発表した。ただし、即時ではなく、五月末日付けで辞職するという。同時に、教育相からスポーツ界への補助金の支給を、申請が受理されたものも含めて、すべて一時ストップさせることも発表して、スポーツ界に混乱を巻き起こしている。
省内でのセクハラだか、パワハラだかが問題にされて、辞職することになった前任のフラーデク大臣と違って、バラホバー教育相は、子供たちのスポーツ支援に力を入れていたらしい。そのお膝元に当たる分野でスキャンダルが勃発したことで、ソボトカ首相の勧めもあって辞任することにしたということのようだ。
ソボトカ首相としては、社会民主党の政治家は、スキャンダルが起こった場合には潔く辞任するのだということを印象付けて、財相の地位にしがみつこうとしているバビシュ氏との違いを演出したいのだろう。悪い手ではない。ただし遅きに過ぎるという印象も否めない。去年の秋の地方議会の選挙の前に、南モラビア地方の知事を務めていたハシェク氏の金銭を巡るスキャンダルが明らかになったときに、知事の辞任、議会への立候補の取り下げをさせておくべきだったのだ。
あの時のハシェク氏の言い逃れのしかたは、現在のバビシュ財相のそれと大きく違わない。スキャンダルの規模と地位の重大さは違うが、自分を政敵に罠にはめられた犠牲者だとして、他者に責任をなすりつけようとする姿勢は、どちらも同じレベルでみっともない。
数年前の話だが、元厚生大臣のラート氏が中央ボヘミアの知事を務めていたときに、病院の改修に関する補助金を巡る収賄の疑いで逮捕された。このときには、さすがに逮捕されていたから、ラート氏を積極的に擁護する声は、社会民主党の中からも聞こえてこなかったが、ラート氏が自分は罠にはめられたのだと主張していたことを考えると、仮に警察が動かずにマスコミがスキャンダルとして取り上げただけだったら、社会民主党はラート氏を辞任させられていただろうかと考えると、首を横に振るしかない。
日本もそうだろうが、政治家というものは身内のスキャンダルには甘いくせに、政敵が同じようなスキャンダルを起こすと鬼の首を取ったように大騒ぎしてしまうものである。旧来の政治家たちのそういう部分を嫌っていた人たちが、選挙のたびに新しい政党、現在であればANOに期待を寄せるのだろうけど、ANOもバビシュ財相の振る舞いで、馬脚を現しつつある。
バビシュ財相は、火曜日になってムラダー・フロンタの記者と会って話したことを認め、自分の立場を考えると会うべきではなかったと反省の弁を述べた。これも遅すぎる。いや、ここまで言を左右にして有耶無耶にしてきたのだから、それを貫くべきだったのかもしれない。それはともかく、政敵のカロウセク元財相か、ホバネツ内相のバビシュつぶしの陰謀だと叫ぶのは忘れなかったようだ。
これまでのみっともないとしか言いようのないバビシュ財相の言動が、結局ANOも既存の政治家、政党とあまり変わらないという諦念につながるのか、これまでのグロス首相やネチャス首相と違って、簡単に責任を投げ出さないという評価につながるのか、現在の状況を見ていると前者になりそうだけれども、選挙の結果につながるかどうかはわからない。
十日水曜日には、プラハなどチェコ各地の大きな町で、反ゼマン、反バビシュのデモが行なわれた。プラハではバーツラフ広場に二万人ほどの人を集めたらしいが、オロモウツでは中心となるホルニー広場では別のイベントが行なわれていたため、聖ミハル教会の前の小さなジェロチーン広場に反ゼマン・反バビシュ派が集まっていた。反ゼマン大統領でもあるのは、大統領が財相をかばって、憲法の規定を無視してまで辞任させないように努めているように見えるからのようだ。
日本と違ってデモが多いチェコでも、これだけの数の人が集まることは滅多にない。前回は労働組合が組織したデモで、全国から集まった同じぐらいの数の人々がバーツラフ広場を埋めたという。ただし、このデモの数字を見て、バビシュ財相、ゼマン大統領の命運は尽きたと考えるのは早計である。この手のイベントでゼマン大統領を批判する人たちの多くは、大統領を批判することで自らの政治的正しさを信じていられるある意味幸せな人たちである。自分が正しいと思えるから、自然と声も大きくなり、ニュースなどに取り上げられる機会も増える。
その一方で、前回の大統領選挙の結果や、支持政党のアンケートの結果を見ていると、ゼマン・バビシュ支持派の中には、積極的な支持派以外に、EUのヨーロッパ的な正しさの押し付けへの反感、または既存の政治家や、政党に対する忌避感から他にいないという消極的な理由で支持している人たちもかなりの割合でいるように思われる。
そういう人たちにとっては、ゼマン大統領とバビシュ財相の結びつきは、受け入れにくいのではないかと想像するのだけど、これまでの支持政党のアンケート結果を見る限り、そうでもないようだ。以前のゼマン大統領は、バビシュ財相をけっこう口汚く罵っていたんだけどねえ。
とまれかくまれ、政治という名の茶番劇は継続中である。
5月12日23時。
2017年05月11日
ソボトカ内閣倒れず?(五月八日)
五月二日火曜日に、ソボトカ首相が内閣総辞職をすることを発表した時点で、プラハ城の大統領府に出向いて辞表を提出するものだとおそらく誰もが思っていた。だから、四日の木曜日にソボトカ首相がプラハ城を訪れたとき、首相が辞表を提出するときの儀式の準備がなされていたのだという。しかし、ゼマン大統領が、辞任前提のこれまでの首相の仕事に感謝をするようなコメントを述べた後、ソボトカ首相の口から出てきたのは、全く予想外の言葉だった。
最初に謝罪の言葉を口にして、辞表の提出ではなく、これからのことについて相談しに来ただけだとソボトカ首相は言った。ゼマン大統領はそれを聞いて、昨日の夜首相の秘書官から辞表の提出に来ると連絡があったんだぞと強調した上で、辞表の提出ではなく相談なんだったら記者たちの前にいる必要はねえやと、ソボトカ首相がまだしゃべろうとしているのを無視して、儀式の会場を後にしたのだった。
ソボトカ首相が、ゼマン大統領に相談しようとしたのは、辞表を提出した場合に政府全体の辞表として捉えるのか、首相個人の辞表として捉えるのかを確認したかったからだという。首相が内閣総辞職の計画を発表したときに、ANOの閣僚達は辞任する理由がないから辞表を提出する気はないと言っていたけれども、チェコも議院内閣制を取っている以上は、首相が辞任したら、首相が指名した閣僚もみな自動的に辞任扱いになるんじゃないのか。少なくとも市民民主党のネチャス首相が政権を放り出したときには、ゼマン大統領も内閣総辞職として対応していたはずである。
何だ、この茶番は? とすでにこの時点で思っていたのだが、翌五日の金曜日にはさらなる茶番が待っていた。ソボトカ首相が辞表の提出を撤回したのである。理由としては、ゼマン大統領が、「ブレスク」という日本の「夕刊フジ」みたいなのと組んでやっているインタビュー番組(見たことはないけれども多分ネット中継)で、首相が辞表を提出した場合には、首相個人の辞任として受け取り、他の閣僚は留任させると発表したことを挙げた。
それで、火曜日の時点では、バビシュ財相に同情が集まる恐れがあるという理由で否定していたバビシュ財相の解任を大統領に提案することを明かした。チェコの法律上閣僚の任命権は大統領にあるため、首相が解任すると決めただけでは解任できないのである。ただ、大統領にあるのは任命の権利だけなので、首相の決定を大統領がひっくり返すことはないはずである。少なくとも今まではなかった。
ソボトカ首相は、事態をできるだけ早く収拾するために、五月九日までに解任の手続きをするようにという日付入りで解任を求める書類を作成して大統領府に送付したらしい。それに対して、大統領側は、解任の決定をするのは大統領の権利であって、首相が手続きの締め切りを設定するのは間違っていると言い、その点についても検討が必要なので、決定は早くとも二週間後になると言い出した。今週末はリベレツ地方を訪問し、来週の半ばからは中国を訪問するため時間がないらしい。
首相側は、次のように反論している。2014年のソボトカ内閣成立以来、これまで数度にわたって大臣の交代を行ってきたが、その際大統領に解任を求めて提出した書類には、この日までにという日付が入っていたが、問題にされたことは一度もない。それなのに、今回だけ問題にするのはおかしいのではないかと。
大統領は、今度は、これまでは、解任要請の際に後任候補が決まっていたけれども、今回は後任の名前が挙がっていないから、バビシュ財相を解任した後、財相不在になる可能性がある。それが問題なのだとかなんとか言い出した。
その結果、首相は、バビシュ財相の公認を推薦するようにANOに申し入れたようである。その際、経済の専門家であることとか、バビシュ財相の経営していたアグロフェルトに関係のない人物であることとか、細かな条件をつけていたようだ。マスコミの報道では、候補として現在事務次官を務めている女性の名前が挙がっているが、現時点では未確認情報の域を出ていない。
今回の首相と大統領の確執は、どちらかと言うと、ゼマン大統領の分が悪いかなという感じではあるけれども、バビシュ財相も含めて、目くそ鼻くそを笑うレベルの争いという印象を与えることは否めない。ソボトカ首相が、バビシュ財相が財相であることが許せないと言うのなら、最初から解任の手続きを取っておけば、ここまで問題がこじれることはなかったのだ。選挙のことを考えで墓穴を掘ったわけだ。社会民主党もANOも、どちらもポピュリスト的であるという点では大差ないという所以である。
だからといって、野党の市民民主党や、TOP09、共産党なんかが支持に値するかというとそんなこともない。これ以上を泥仕合を長引かせないように、下院の解散総選挙を求めてはいるものの、その時期をめぐって、それぞれに好き勝手なことを言って妥協点を見つける努力すらしているようには見えない。これで責任ある野党とか言われても笑うしなかない。
七月八月の学校が夏休みに入る時期に選挙を行うのは無理だとかいう意味不明な理由で、共産党が六月末、市民民主党が九月初めの選挙を主張しているけれども、間を取って七月末の選挙で野党の間で合意を達成して、決して一枚岩ではない社会民主党の中から賛同者をつのって、与党の解散はしないという決定をひっくり返すぐらいのことはやってみせてほしいものだ。少なくとも合意を目指す姿勢だけでも見せてくれればと思うのだが、現実は自分たちの主張を声高に叫ぶだけで、既存政党への失望からバビシュ党であるANO支持に走った人々の支持を取り戻せるようには見えない。
さて、大統領と首相の泥仕合は、すぐには終わりそうにない。それはチェコにとっては幸せなことではあるまい。外国人にとっても、最初のうちは笑ってみていられたが、すでにうんざりである。思い返せば、ゼマン大統領が始めて大統領選挙に出馬した2003年、国会で行なわれた投票の第一回投票で、社会民主党の一部の議員の裏切りがあったために、決選投票にも進めないという惨敗を喫して恥をさらしたのだった。ソボトカ首相も、当時反ゼマングループに属していたのだろうか。そうするとゼマン大統領にとっては、今回の嫌がらせは、復讐の意味も持っているのかもしれない。
バビシュ財相に関しては、今年の二月まで所有していた新聞社のムラダー・フロンタの記者と会って、社会民主党の閣僚のスキャンダルを記事にする時期について話し合っている様子を録音したものが公表されるという新たな展開があった。誰が録音し誰が公開したのかも含めて、今後どうなるのかが見ものである。
5月8日23時30分。
2017年05月05日
ソボトカ内閣倒れる?(五月二日)
今日は何について書こうかと考えて、最近激しくなっているソボトカ首相とバビシュ財相の対立についてでも書こうかと思いながらうちに帰ってきたら、テレビのニュースで、ソボトカ首相が内閣総辞職を決意したと言っていた。四年前のネチャス首相の辞任も唐突で無責任な政権の投げ出し方だったけれども、今回のも突然で、選挙が半年以内に行なわれることを考えると、何とも無意味な総辞職で、下院の解散総選挙を行なったほうがましである。ただ、今の時点で総選挙が行なわれるとバビシュ財相のANOが圧勝することが予想されているから、踏み切れなかったということか。
2012年の夏にネチャス内閣が倒れ、ゼマン大統領が指名した暫定内閣も下院の承認を受けることができなかったことで、秋に行なわれた総選挙の後、2014年に成立したソボトカ内閣は、社会民主党、ANO、キリスト教民主同盟の三党からなる連立政権だった。これまでも、警察の組織再編、ダライラマとの面会問題、反バビシュ法制定などなど、連立与党内部での対立が、連立解消につながりかねない事態は何度か起こってきたが、何とか話し合いで合意に達したのか達していないのかよくわからないまま、連立は維持されてきた。
今回、何が問題になっているかというと、またまたバビシュ財相の経済活動である。政界に進出する前の確か2011年、アグロフェルト社が、社債を発行しそれをバビシュ氏が購入した。自分が所有する企業の社債を購入するのがいいのかどうかはともかく、その社債の購入額は15億コルナという膨大な額であったらしい。
ここから先は、何が問題になっているのか、経済に関する知識のない人間には、いまいちよくわからないので推測ばかりになってしまうのだが、最初にこの件で問題になっていたのは、この社債の購入に際して脱税があったのではないかということだった。もしくは、社債の発行、購入によって納める税金を減らしたのではないかということだった。
これに対して、バビシュ氏はすべては社債に関する法律に基づいて処理しており、税制上何の問題もないと反論していた。しかも、最近国会でこの社債の件に関して議論が行われたときには、法律を改正しようという意見は出てこなかったのだとかいうようなことも言っていた。そのときには全く問題にしなかったのに、今になって脱税だとか言うのはおかしいと言うわけだ。
その後、もしかしたらその前からくすぶっていたかもしれないが、バビシュ氏の資産形成に怪しいところがあるという話が出てきた。納税の際に提出した収入の額では、購入できないような額の社債を購入できたということは、所得を隠して脱税していたということではないかと疑われているようだ。バビシュ氏は、自分の納税証明書を公開すると同時に、首相ら辞任を求める人たちに、自分たちも公表しろと迫ったのだった。
正直な話、額の多寡はともかく、この手の法律上は問題ないけれども倫理的にはどうかと言われそうな半不正に手を染めていない政治家などいるまいと思う。ソボトカ首相自身が、以前雑誌のインタビューで、国会議員に与えられる歳費を節約して家を買ったとか何とか答えていたのを覚えている。これだって、法律上は問題ないのかもしれないが、ほめられた行為ではなかろう。
社会民主党のグロシュ首相が辞任したのも、今回のバビシュ氏と同じように、出所の怪しいお金で購入したマンションを所有していることが明らかになり、その出所を説明しきれなくなったのが原因だった。あれも無責任なやめ方だったけれども、今回のバビシュ氏の問題と比べると微々たる額だった。そうか、社会民主党にとっては、グロシュ氏の辞任の記憶も、バビシュ氏を必至になって追い詰めようとする理由の一つになっているのかもしれない。
ソボトカ首相は、脱税の容疑で調査されているバビシュ氏が、調査の主体である財務省の大臣であるというのは許しがたいと、バビシュ氏に辞任を求めたが、拒否されたために内閣総辞職を選んだと言う。総理大臣権限で財務大臣を解任してしまうと、バビシュ氏に有権者の同情が集まってしまう可能性がある。それを避けるためには、解任はできないと言うのである。
結局、この騒動は、すでに秋の総選挙後の主導権をめぐる争いが始まっていることを示しているのである。バビシュ氏を巡ってさまざまな金銭的なスキャンダルもどきが発覚しながらも、世論調査によるとANOへの支持率が圧倒的に高く、社会民主党は大差の二位に甘んじ続けている。このまま行けばANOが第一党になり党首のバビシュ氏が総理大臣になる可能性が高い。そんな状況を変えるために、選挙まで半年を切って、社会民主党が、いや誰にも相談せずに決めたと言っていたから、ソボトカ首相が、大きなかけに打って出たということかもしれない。
ただ、以前も書いたが、この手のバビシュ氏を狙い撃ちにしたような法律の制定や、法律の適用は、ソボトカ氏自身が言うように、バビシュ氏への同情を集めてしまって、逆効果に終わっているように見受けられる。既成政党が既得権益を守ろうとして新参者のバビシュ氏を排斥しようとしているように見えるのだ。
ソボトカ氏がやるべきは、バビシュ氏と同じように会社を経営していて自社の社債を購入するなんてことをした社会民主党の議員を見つけて(いなければ同じ穴の狢の市民民主党の議員でもいい)、その人物を脱税の調査の対象にして、議員辞職を迫ることである。議員が辞職すれば、バビシュ氏の往生際の悪さが浮き彫りになるし、その上でバビシュ氏に対峙すればバビシュいじめの印象を消すこともできる。
いや、どうせ次々にぼろを出すのだから放置でもいい。そしてバビシュ氏が出したぼろに対して、同じようなことをしている身内を処罰することで、多少はバビシュ氏を追い詰めて、有権者の支持を取り戻せるのではないかと思う。実際にやったら、身内から裏切り者扱いされて、党内クーデターが起こるだろうけれども、それぐらいのことをしないと、バビシュANOの優位をひっくり返すのは難しそうだ。
今回の決断は、ソボトカ政権の最大の長所だった安定性(閣内の対立はままあったものの、三年半近く政権を維持してきたという事実は評価されていい)が失われたということを考えると、最悪の決断だった。これで、秋の総選挙でANOが圧倒的に勝利し、単独与党で政権を獲得しバビシュ首相が誕生する可能性が高まった。そして来年は大統領選挙でANOの支持も得たミロシュ・ゼマン大統領が当選するというシナリオが現実味を帯びてきた。
誰か、ゼマン大統領に勝てそうな候補者はいないのか。知名度が高いほうがいいから、スポーツ選手なんかどうだろうか。誰か立候補してくれないかな。
5月3日23時。
2017年04月10日
大統領選挙に向けて(四月七日)
来年の年明け、一月か二月に二回目の国民の投票による大統領選挙が行なわれる。先月九日には現職のミロシュ・ゼマン大統領が、再選を目指して出馬することを表明した。それに反発するチェコ人は、いわゆる知識人を中心に多いのだけど、有力な候補者であることには疑いを挟み得ない。共産党や社会民主党の支持者を中心にゼマン大統領を支持する層は、社会の中に一定数存在し続けているのだ。あとはそれにどれだけ上積みできるかということになる。
そのためなのかどうかは知らないが、ゼマン大統領は、四六時中遊説しているような印象がある。遊説というのが、本当に正しいのかどうかわからないけれども、チェコのあちこちに出かけては、地元の人たちとの交流を図っている。ときに高校に行って、高校生から厳しい質問をされて答えに窮するなんてこともあったようであるだが、大抵は機嫌よく冗談を飛ばしまくっている様子がテレビで取り上げられる。
ちなみに、ゼマン大統領のお気に入りの冗談で、繰り返し過ぎてもう笑えなくなってしまっているのが、クラウス大統領をネタにした冗談である。各地に出かけて、何かの書類に象徴的に署名をするたびに、「このペンはちゃんと返しますからね」とわざわざ言った上で、相手側に渡すのである。これはもちろん、よその国では忘れられているかもしれないけどチェコでは忘れられていない、クラウス前大統領が、南米のチリかどこかで署名に使ったペンが気に入ったのか、そのまま上着のポケットに入れて持って帰ってきてしまった事件にあてこすっているのである。
ただし、クラウス前大統領とゼマン大統領は、政治上ではライバル関係にあったけれども、実は意外と仲がよさそうなので、当てこすりではなくて、クラウス前大統領の存在を思い出させることで、敬意とか親愛の情を表明しているのかもしれない。それにしても、毎回毎回同じ冗談に笑わなければならないお付の人は大変だろう。
そして、ゼマン大統領が新たな、多分人気取りの一環として表明したのが、以前ちょっと触れた金をもらって人を殺したということで入れられた刑務所から脱走を果たしたことで有名になったカイーネクへの恩赦を検討しているということである。
クラウス前大統領は恩赦を連発し、特に任期の最後の行なった恩赦は、正気を疑うような範囲で、強い批判を受けた。必要以上に長くかかる裁判と、収監された受刑者の数が多すぎて機能不全になりかかっていた刑務所の負担を軽減するという目的もあったらしいのだが、恩赦の範囲が広すぎた上に、明確でなかったこともあって、誰が刑務所から出て行けるのかはっきりさせるためにものすごい労力がかかっていた。さらにこれで釈放された人たちの多くが、再び犯罪を犯して刑務所に舞い戻ることで、批判の声はさらに高まった。そもそも誰の発案だったのかで、非難合戦が始まったのも非常に見苦しかった。
こんな前任者の姿を見てきたゼマン大統領は、恩赦に対しては非常に慎重だった。初代のハベル大統領でさえ、いいのかこいつという人間に恩赦を与えて避難の対象になったことがあるのだが、ゼマン大統領は、犯罪者に恩赦を与えるのは、原則として重病で死を前にした囚人に限っていたようだ。人生の最後の瞬間だけは、刑務所の外で過ごさせてやろうということなのだろう。
その自分自身が決めたルールには外れるけれども、カイーネクに恩赦を与えることを検討していると発表したのだ。理由としては、裁判で有罪が確定したけれども、冤罪である可能性もかなり高いことを挙げていた。それに、ゼマン大統領が就任して以来、八十通以上もの恩赦を求める嘆願書が届いているというのも、検討のきっかけになっているのかもしれない。カイーネクという人は、不可能と言われた脱獄を達成したこともあって、一部のチェコ人にカルト的な人気があるのだ。
実行すれば、ゼマン大統領に対する批判の声は高まり、反ゼマン派は盛り上がるに違いない。ただゼマン派の連中がこんなことでゼマン大統領を見捨てるとも思えない。そうすると、政治や選挙にはあまり関心のなさそうなカイーネク支援者達をひきつけようというのだろうか。
他にも、今年の秋の下院の選挙の選挙日の選定においても、いくつかの可能性の中から、すべての政党にとって一番よさそうな日程を選定して、しかも早めに公表することで、恩を売ろうとしている節もある。このままいくとまたまたゼマン大統領ということになりそうである。
現時点で立候補を表明している対立候補は二人だけ。一人は歌謡曲の作詞家として有名なホラーチェクという人物で、スポーツの賭けの会社を創立してうっぱらったことで財産を築いたとか言っていたかな。ある意味知る人ぞ知るだったこの人物が、一般の人の目にも留まるようになったのが、ノバでやっていた「スーパースター」だったか何だったか、セミプロも出場したチェコ全土から出場者を集めて行なわれたオーディション番組で、審査員を務めたことだった。
政治家としての実績はないし、この人を大統領として認めることができるチェコ人がどのぐらいいるかというと正直首をかしげるしかない。ただ出馬することは、かなり前から表明しており、昨年のダライラマ事件のときには、自腹でゼマン大統領に反対して、勲章授与式をボイコットした人たちの集会を組織していた。でもなあ。
もう一人が、つい最近出馬を表明した科学アカデミーの所長を務めたドラホシュ氏で、こちらには、ゼマン大統領との間に軋轢を起こし続けている大学関係者などの支持が集中することが予想される。ただ、知名度という点ではゼマン大統領はもちろん、ホラーチェク氏にも負けているだろう。
この人が立候補する結果として、高学歴の知識人階級がドラホシュ氏を支持し、それ以外の人がゼマン大統領を支持するという前回の、ゼマン対シュバルツェンベルクの決戦と同じで、アメリカの大統領選挙のトランプ対クリントンに似た構図が作り出される懸念もある。そうなると、それはそれでゼマン大統領の思う壺のような気もしてくる。
誰か、この構図を突き崩してくれるような候補者が出てこないものか。アンチゼマンというつもりはないけれども、さすがにゼマン大統領は五年で十分だろうと思う。長野オリンピックで金メダルを取ったときに、群衆が叫んだといわれる言葉にならって、ドミニク・ハシェクの出馬を期待するかな。いっそのことテニスのナブラーティロバーでもいいかもしれない。でもこの人アメリカに帰化しちゃったか。
4月8日15時。
2017年03月12日
ゼマン大統領再出馬(三月九日)
これまで、もったいぶってはっきり言っていなかったのだが、そういうことだろうとは思っていたのだ。確か年頭だったと思うが、三月の十日に記者会見で、再度大統領選挙に出るかどうかを発表すると言い、その後、前日九日の夜に何かの集会で最初に公表すると予定を変えたんだったか。
その九日がやってきたのだが、七時のニュースの時点では、まだゼマンの出馬についてはニュースになっておらず、もうすぐこの件について大統領が話すことになっていると何回か繰り返していた。どうも四年前のこの日に、大領就任の宣誓式をのが今日の公表にこだわった理由であるらしい。ただ目立ちたがりの大統領には珍しく、テレビカメラやマスコミは排除した形で、支持者をプラハ城に集めて行なった集会で演説をした際に、来年行なわれる大統領選挙に再出馬することを表明したようだ。
八時半ごろのチェコテレビのニュースチャンネル、24でその様子が、放送されたけれども、携帯で撮影した動画ということで、画質もいまいちだったし、手振れがひどくてとても見ていられなかった。音だけはちゃんと聞こえてきたのだが、ゼマン大統領の言うことは、がんばって聞いてもあまり理解できないのである。まあ、テレビの字幕に再出馬すると書いてあったからそういうことなのだろう。
現時点で、バビシュ財務大臣のANOは、推薦する候補者を発表していないが、このまま行くと、ゼマン大統領とANO推薦の候補が、決選投票に進出するという、一部の人たちにとっては悪夢のような結果になりそうな気がする。かといって、社会民主党などの既成の政党が、納得のいく候補者を立てられるかというと、それはそれでありえなさそうな気がする。
現在のゼマン大統領は、アメリカのトランプ大統領に似ている。職業政治家であるという点では異なっているが、どちらも言い方は悪いけれども、下品なおっさんで、深く考えずに思ったことをそのまま口にしているような印象を与える。
その結果、どちらも熱狂的なアンチに批判される一方で、熱心に支持する人たちがいる。アンチが、自分の正しさを信じたがっている連中である点も似ているか。そして、支持者は、政治的な正しさを強要されることに疲れ果て、きれいごとしか言わない政治家に嫌気がさした人たちである。きれいごとを言わないから支持するというのも短絡的ではあるけれども、きれいごとを信じて、もしくは信じた振りをして自分の正しさに浸るというのもあまり気持ちのいいものではない。
そうなのだ。トランプのであれ、ゼマンのであれ、熱心なアンチにも支持者にもうんざりさせられているのだ。どっちも議論にならないという意味では、目くそ鼻くそである。だから、そういう連中が目立つことがないように、ゼマン大統領が引退してくれることをひそかに願っていたのだが、無駄な望みだったようだ。支持者が一定数いる状況で、再選の可能性がある状況で、引退という選択肢はなかったのだろう。
アメリカはこれからしばらくは選挙がないが、チェコは来年大統領選挙を控えているのである。最悪なのは、ゼマン支持者もアンチゼマンも嫌いと言ったときに、支持できる人がいないことだ。とある世論調査で信頼できる政治家として、上位に入ったのが、自称日系人政治家のオカムラ氏と、バビシュ財相だというのが、チェコの現実である。これはチェコ人がいわゆるポピュリズムに毒されているからではなくて、既存の政党の政治家がひどいから、この二人への評価が比較的高くなってしまっているだけである。それでもバビシュならまだしも、オカムラ氏を信頼するチェコ人の頭の中は覗いてみたいと思うけど。
ハベル大統領と同じレベルで、というのは、誰が大統領になっても難しいのだろうけれども、もう少し国民全体の支持を引き受けられる存在が出てきてくれないかと思う。かつて半ば本気で主張していたズデニェク・スビェラークが、ヤーラ・ツィムルマンの名前で大統領になるというのも、スビェラークの年齢、80歳を考えると難しそうだしなあ。
ビロード革命を主導した世代が去りつつある中、その下の世代に国民全体の支持を引き受けられる候補がいないのが一番の問題である。大統領になってほしくない人なら、いくらでも挙がるが、なってほしい人となると名前が上がらないのがチェコの悲しい現実なのだ。
3月10日17時。