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2016年02月02日
ペンドリーノ賛歌のつもりだったのだけど——チェコ鉄道事情(一月卅日)
今回はどうしても移動時間を使って仕事をこなす必要があったので、一番高い座席を選んだ。レギオジェットでは、下からスタンダード、リラックス、ビジネスというクラス分けになっているので、ビジネスと言う奴を試してみたのだ。運賃は、往復の金額で、ペンドリーノの二等を使ったときより50−60コルナ高いだけだから、大した違いはない。だが、乗ってみてびっくり。座席は大きく、テーブルも、ノートパソコンを持ち込んでも問題なく使えるぐらいには広く、ペンドリーノでは、毎回窮屈な思いをしながらこなすことになる仕事も、今回は思いっきりお店を広げてすることができた。コンパートメント内に四席あるのに、他の乗客がいなかったおかげでもあるのだが、レギオジェットの最安値の席の倍近い額を出して快適さを求める人はそんなにいないだろうし、いたとしてもペンドリーノよりは、広いスペースを使えるのである。それに、それぞれの座席脇にはコンセントもついているので、パソコン仕事を持ち込むこともできる。
これは、ペンドリーノがプラハ−オストラバ間で試行運行を始めたとき以来、これまでほぼ十年にわたって続いてきたペンドリーノと付き合いも終わりに近づいているのかもしれない。仕事がなくて移動だけなら……、いや、レギオジェットで無料で提供されたコーヒーのほうが、ペンドリーノで購入するコーヒーよりはるかに美味しかったから、ペンドリーノを選ぶ理由としては、プラハまでの乗車時間が15分ほど短いということしかなくなってしまった。
十年ほど前に、当時チェコ鉄道が最新鋭の新世代車両として導入し運行を始めたのが、イタリアの、さらに十年以上前の最新車両だったペンドリーノである。ヨーロッパでは国ごとに鉄道の管制システムが違っており、特に旧共産圏であったチェコへのローカライズには、チェコ鉄道側の想定を超える時間がかかったようで、車両の納入後、主要幹線であるプラハ—オストラバ間での試行運行にこぎつけるだけでも数年の時間を要した。当初は鉄道の線路が老朽化していたこともあって、その実力を十分に発揮できてはいなかったのだが、それでもプラハ−オロモウツ間の所要時間はかなり短縮されたのだった。
当時、週一でオストラバに通訳のアルバイトに通っていた私は、帰りだけはペンドリーノを使うという贅沢をしていた。もともと直通であれば一時間ちょっとしかからなかった路線なので、時間的にはそんなに大きく短縮されたわけではなかったが、八人掛けのコンパートメントに詰め込まれるのと比べたら、個々の座席が独立していて背もたれが倒せもしてはるかに快適だった。競合他社も参入しておらず、現在と比べるとサービスも何もあったものではなかったが、比較的まともな車両の多かったICやECなどの電車でも特急料金を取られていた時代なので、座席指定券にお金を払う価値は十分以上にあったのだ。
しかし、初期のペンドリーノに関して記憶しているのは、むしろ問題が起こったときのことだ。特別仕立てで別窓口まで設置されていた座席予約のシステムがダウンして、適当な席に座れと言われたり、寒さでドアが凍りついて開かなくなった車両が出たり、なぜかトイレが使えなくなったり、オストラバ行きのペンドリーノが人身事故を起こしたために、折り返しの車両がなく代替のおんぼろ車両に乗せられた挙句に、それが二時間半も遅れたり、定期運行を始めたばかりのペンドリーノは問題山積だった。そもそも座席指定券の料金も、あったりなかったり、上がったり下がったりして、混乱を極めていた。そんな生みの苦しみを乗り越えて、運行に問題がなくなり、チェコ随一の高級電車として定着し利用客も増えるころには、オストラバでの仕事が終結し、以後は年に一回か二回、プラハに出かけるときに使うだけになっていた。
2010年前後に、私鉄のプラハ−オストラバ路線への参入が現実的になるころから、車内でミネラルウォーターが無料で配られるようになり、その後新聞や雑誌なども配布されるようになるなどサービス面でも大きく向上した。車内販売のコーヒーは高級化して価格が上がってからもインスタントだったが。
実は、以前参入直後ぐらいに、レギオジェットを使ったことがあるのだ。乗ったのがスタンダードで、運賃は多少安かったけれども、サービスは似たり寄ったりだったし、座席がペンドリーノよりも余裕がなかったこともあって、二度と使うことはなかったのだが。便によって微妙に運賃が変わるのも、使う気になりづらかった理由のひとつで、もう一つの私鉄のレオエキスプレスは、料金体系がさっぱり理解できないために、一度も使っていない。
毎年、時刻表が改定されるたびに、少しずつプラハ−オロモウツ間の所要時間が短くなり、もうすぐ二時間の壁を破りそうである。ペンドリーノの導入以前は、三時間以上はかかっていたことを考えると大きな進歩である。しかも、所要時間が短くなったのはペンドリーノだけではない。ペンドリーノの実力をある程度発揮させるために、線路の改修工事が進められ、プラハ−オストラバ間の多くの部分でチェコ国内で許容されている最高時速である160kmで走らせられるようになったおかげで、他の急行、特急などの平均速度も上がり、停車駅の多い一部の電車を除いて、二時間半未満でプラハからオロモウツまで着けるようになった。その恩恵を私鉄のレギオジェットもレオエキスプレスも被っているのである。もちろんペンドリーノがなくてもいずれは鉄道網の近代化は行われただろうが、ペンドリーノの存在によって促進されたのもまた事実であろう。
頻繁にプラハに行くわけでもなく、多少切符の値段が高いのはまったく問題はないのだが、コーヒーの味さえ何とかしてくれたら、今回発見したレギオジェットのビジネスではなく、ペンドリーノを選んでしまうだろうと思うぐらいには、思い入れがあるのである。未練だなあ。
1月31日17時。