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2020年04月16日
自宅監禁日記(四月十三日)
日曜日までは天気がよく、暖かい日差しの行楽日和だったために、外出禁止の例外になっている散歩やジョギング、サイクリングなどに出る人も多かったようだが、急速に天候が悪化した今日はサイクリングコースやジョギングコースにも人の影はまばらだったようだ。日曜日までは2人以上の集団や、マスクをしていない集団がいて警察にも出番があったようだが、この日は問題のある高等を取る人はほとんどいなかったらしい。
例年なら恵まれない子供たちへの寄付を募るチャリティー番組の「ポモステ・デテム」が放送されるはずなのだが、これもまた多数の集団が集まるイベントということで開催することができず、いつになるかは未定のまま、延期された。これは中継中に寄付を集めるだけでなく、この一年を通して集まった寄付のお披露目のような意味もあるから、中止にはできないのだろう。毎年、見ているわけではないけどチャンネルは合わせているので、放送されないとどことなく落ち着かない気分になる。
今回のコロナウイルス騒ぎで、ヨーロッパでもいろいろな形で民族差別が現れて問題になっている。これは普段は表に出てこない人々の心の奥に眠っている差別意識が、パニックの中で表面化したものだろうけど、個人的には普段から表に出てくる差別主義者の存在よりも、この普通の人の心の奥に巣食う無意識の差別意識の方がたちが悪く、恐ろしいものだと思う。自分にもそんな意識がないとは言い切れないのがまたつらいところだけどさ。
それはともかく、昨日の続きに戻ろう。自分が今のコロナウイルスで大騒ぎをしている東京で大学生だったら、自粛なんかどこ吹く風で毎晩飲み歩くだろうなあ。一つは、大学生時代は権力や権威というものには逆らうものだと思っていたから、酒飲みに酒を飲むことを自粛するような要請が出れば、我ながら短絡的だけれども、反射的に飲みに行ったはずだと思うのだ。この時期毎年花粉症で苦しんでいたから、一年の中で一番飲みに行かなかった時期なのだけど、行くなと言われれば行きたくなるのがひねくれ者たる所以である。
もう一つは、酒飲みの意地というやつである。飲まなくなった今はそんなこと考えもしないけど、病気如きで酒を飲むのをやめるのは酒飲みの風上にも置けないなんてことを考えていた。だから、どんなに花粉症で苦しんでいても、友人に誘われたら断らず、涙と鼻水をたらしながら酒を飲んでいたし、胃に刺すような痛みを感じながら飲み続けたこともあるのだ。言い訳としては、アルコールベースの殺菌剤が使われているのだから、酒でウイルスを殺すぞとか、酒は百薬の長だからとか、酒飲み特有の超絶理論を持ち出していたはずである。
マスコミの取材を受けて、何故飲むのかと聞かれたら、「そこに酒があるからだ」とか言ってそうだし、何故自粛しないのかと批判されたら、「取材と称して繁華街に出てきている時点で同罪だ、取材を自粛しない奴に、酒を自粛しないことを批判する権利はない」とか反論するだろう。酒飲みにとって、酒を飲む自由は報道の自由なんかよりはるかに重要で守り通すべきものである。
我々の世代は、昭和天皇の崩御の際の自粛ブームにうんざりさせられた世代なので、自粛というものにアレルギーがある。マスコミに言わせれば、コロナウイルス騒ぎの中で飲みに出かけるのは当事者意識のない考えなしだけということになるのだろうけど、そんなことを言う連中の方が考えなしである。中には自粛に対する反発と、酒飲みのプライドにかけて飲みに出ている人もいるはずだ。少なくとも我が大学時代の畏友達であればそうしているはずである。健康のために酒やめたなんてのもいかねないけどさ。
2020年4月14日22時。
https://onemocneni-aktualne.mzcr.cz/covid-19
https://www.krajpomaha.cz/