内容は父のことだった。午後になり父が母にお腹が痛いと電話で言っていたらしく、父が心配です。という内容だった。
すぐ父の携帯に電話をしたら、はぁはぁと息を上げながらお腹が痛いと言う。さらに辛くなったら自分で救急車を呼ぶと言い出した。恐らく最悪でも腸閉塞だ。父はすぐに救急車を呼ぶと大袈裟に言い出す困った人だ。電話で私が行くから救急車は呼ばないようになだめた。
旦那は既に寝ていたが起こして事情を話し、すぐに支度をして家を出た。時間は午後8時を回っていた。実家へは電車、タクシーで9時前には到着した。私が到着すると父の腹痛は少し和らいだようだ。ベッドで寝ていたが、さらにホットカイロをお腹に追加し、慰めた。次第に父も落ち着いてきた。
私はお風呂に入ることにした。実家のお風呂はもう何年も入ってなかったので使い方がわからずにいたら、父はベットから出て説明をしてくれた。もう父は立ち上がれるほど元気になっていたのだ。その姿を見て、私は心配ないと判断した。
母の携帯に電話し、父は大丈夫そうだし、私が実家に泊まるので心配しないようにと伝えた。母は心臓病で入院中であるのに、父の心配をずっとしていたのだ。就寝時間を過ぎているのに私と話をするため、4人部屋から歩行器具を使い談話室まで移動し携帯で電話をしているのだ。母の姿を想像すると、母が父より不憫になった。
以前にも同じような状況があった。母が長期入院中に父が腸閉塞だと騒ぎだし、私が家に急いで出向いた。
すると父は暫くすると落ち着き、治ったのだ。消化の悪い食べ物を食べたせいではない。恐らく精神的な所からきているのではないかと推測した。今回も同じパターンだ。かと言って父が腹が痛いと言っているのに、放っておくわけにはいかない。父は腸閉塞で入院し、手術した経験もあるからだ。腸閉塞も痛い病気であるが、父の状態からして適切に処置すれば命にかかわる病気ではない。母の状態とは比べものにならない。それでも父は、自分の状態がいかに辛いかを常に訴えてるのだ。精神的には、父は歳を取るにつれ脆くなり、逆に母は強靭になっている。逆に体は父は健康そのもので、母は脆く危うい状態なのに。いかに母が強い人であるかがわかる。
私はお風呂の後、父の隣の母のベッドに入った。時間はもう12時前だ。父は小さな寝息を立てていた。
寝れるということは痛みは大したことないと悟り、私は疲れでうとうとした。
しばらくすると急に父が寝室の照明を付けたので起きた。父がガスが出たと喜んでいる。ガスが出たら腸が通った証拠であり、腸閉塞の心配は無くなるのだ。父は一気に元気になり、お風呂に入ると言い出した。
私は母に父はもう大丈夫だから安心するようにとメールした。私は安心したのとアルバイトの疲れからすぐ眠りにつき、父が風呂からあがってきたのも知らない。
翌朝、父は元気そのものだった。私は茶粥を作り、鯵の一夜干しを焼いた。父は重湯のような粥と梅干をしっかり食べた。父はいつものように朝から洗濯物を干す元気な様子を見届け、私は自宅へ帰った。
父には体調が悪くなったら入院中の母に連絡せず、まず私に連絡するよう強く言っておいた。入院中の母がどれほど父を心配するか。どれほど母が歯がゆい思いをするのか、父は全くわかっていない。
母が入院すると、母よりも父のほうが手がかかり気にしてやらねばならない。
母が入院中、父には兎に角元気でいてもらわないといけない。2人共入院となれば大変だ。仮に母が先に逝くようなことになったら、この父は一体どうなってしまうのか想像だけでも怖い。いつも母に、父よりも一日も長く生きてくれるようにと、半分冗談、半分本気で話をしている。
人の寿命は神のみぞ知る。だからこそ毎日希望を持ち、元気に生きていけるのかもしれない。
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