著者が能に感じた魅力を伝えてくれる書籍。
今度、初めて能を見に行くのだが、ガイドブック的なのではなく、初心者に向けて能の良いところが書かれている本を探していて、出会った本。
副題にあるように、長年に渡って続いたり作られたりしてきた能の仕掛けについて書かれている。
・初心
⇒「初」は衣を刀で裁つ。
⇒ まっさらな生地に、はじめて刀を入れること。
⇒ 折ある毎に古い自己を裁ち切り、新たな自己として生まれ変わらなければならない
・能のスポンサーは武士だったが、基本的に武将は曲のなかで修羅道に堕ちてしまうのがお決まりの展開。
⇒ 銀行から能の創作依頼を受けて、「銀行員は金の亡者となった」という能を作るようなもの
⇒ 敗者の魂を慰めるという意味が大きかった
・能の構造は「序破急」
⇒「水戸黄門」も序破急の構造。序で現状把握と善人の窮状、破で善人が苦難に遭う、急は印籠を出す
⇒「水戸黄門」は現実的に共同体が救われるので、英雄の類型
⇒ 能では現実的に事態は変わらない。過去を語ったり恨み言を言ったりした幽霊は過ぎ去るのみ。
だが、話を聞いて貰った幽霊は救われ、幽霊の声を聞いた現世の人の内面も変わっている。
・必ず継いでいくという意志
⇒ 宗家継承は実子にこだわらない。実子とか血縁ではなく、「継ぐ」ことが最優先
⇒ 実力主義にすると跡目争いが起こり、組織が疲弊するリスクがある。
・能の大鼓と小鼓は、同時には最適な音は出ない。
⇒ 大鼓:湿気を嫌う。乾燥させて演奏。
⇒ 小鼓:湿気が必要。舞台上でも和紙に唾を付けて湿らせたりするほど。
⇒ 晴れた日には奇数拍を打つ大鼓がよく鳴り、囃子の進行はゆっくりになる。
⇒ 雨天・曇天は偶数拍の小鼓がよく鳴り、裏打ちのリズムがよく聞こえて全体のスピードが上がる。
⇒ 晴れてると抑えられ、曇ってると速く華やかに。場の空気が鼓で調整されるような仕掛けに。
・能の舞には意味がない。
⇒ 例えば日本舞踊では「振り」によって山や木、或いは波の動きのようなものを表現しようとする。
⇒ 能の舞には型がある。が、何か具体物を表現したりとか、感情を込めたりとかはほとんどない。
⇒ 最初からこれは意味を持たない動きだと思って観て、洗練された動きや呼吸などを感じるように。
⇒ 読み取ろうとしては駄目。徒労に終わる。
・古典芸能の「玄人と素人」は「プロとアマチュア」ではない
⇒ 玄:様々な色を重ねて作る黒い糸
⇒ 素:雑色を漂白して作る白い糸
⇒ 玄人:様々な演目を稽古し、身につける人
⇒ 素人:謡や舞の稽古を通して、自分の中の様々な雑物を排除し純真無垢な芸を目指す人
・
⇒ 男時:何をやってもうまくいく。体調もいいし、気分もいい。順風満帆、人生絶好調。
⇒ 女時:することなすことうまくいかない、つまらないミスをする。体調もボロボロ、気分も最悪。
⇒ 女時に当たったら、控えめに演じよ。小さな勝負の負けはくよくよせずに、力を温存。
⇒ 控えめ、控えめに演じて、「男時」の波がやってくるのを待つ。
⇒ 女時は陰の時季、冬の季節。日本語の「ふゆ」は「経ゆ」でもあり「増ゆ」でもある。
⇒ 経ゆ:必ず変化する
⇒ 増ゆ:冬は閉じこもり、枯渇したエネルギーを蓄積する時期
⇒ うまくいかない時こそ「ああ、今は女時なんだ」と思い、心静かに、ゆったりと過ごす。