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2020年04月13日

何故「経済政策」は何時も間違えてしまうのか? 中野剛志




何故「経済政策」は何時も間違えてしまうのか? 中野剛志




041423.jpg

は『富国と強兵 地政経済学序説』で地政経済学を提唱した。
 只、現在の主流派経済学では、政治学や地政学、歴史学等との接続が不可能だと云う。何が問題なのか? 語って頂いた〜


構成 ダイヤモンド社 田中泰

「モノを作ったら、必ず誰かが買う」と云う世界

・・・前回、中野さんは、現在の〔主流派経済学〕は政治学や地政学等他の学問と接続する事が出来無いと仰いました。〔主流派経済学〕が「現実世界」とは掛け離れた精緻な理論体系を作り上げて来たからだと。どう云う事か、具体的に教えてください。

中野剛志(以下略) 判りました。では、貨幣の話から始めましょう。前にMMTに付いて説明した時に〔主流派経済学〕が立脚して居る「商品貨幣論」の話をしましたが、覚えて居ますか? 

・・・はい「貨幣の価値は、貴金属の様な有価物に裏付けられて居る」と云う学説ですよね?

 そうです。物々交換は面倒臭いので、金や銀等のそれ自体で価値の有るモノを選んで、それを「交換の手段」としたのが貨幣の起源だと云うのが〔主流派経済学〕の主張な訳です。要するに〔主流派経済学〕は、市場経済を物々交換と同等に見做して居るのであり、その理論の中には、現実の世界で流通して居る〔信用貨幣〕が存在して居ないと云う事です。

041424.jpg ダドリー・ディラード

 経済学者の ダドリー・ディラード は、この〔主流派経済学〕の想定を 「物々交換幻想」 と呼んで、その系譜を辿って居ます。そもそもアダム・スミスの経済理論は、それ以前に流布して居た重商主義を批判する形で登場しました。
 重商主義者達は国富と貴金属の量を同一視して居り、スミスはその誤りを質すべく 『国富論』 を書いたのですが、その際、重商主義に過剰に反応して 貨幣自体を理論の隅に追い遣って 仕舞ったのでは無いかとディラードは指摘して居ます。そして、スミスは重商主義と云う「産湯」と共に貨幣と云う「赤子」を流してしまったのではないか・・・そうスミスを批判するディラードは、コレを 「アダムの罪」 と呼んで居るんです。

・・・へぇ、そうナンですね。

041425.jpg ジャン・バティスト・セイ

 そして、この 「アダムの罪」 を引き継いで「ドグマ」に迄仕立て上げたのが、フランスの古典派経済学者である ジャン・バティスト・セイ で在ったとディラードは言います。セイは 「生産物は常に生産物と交換される」 と主張しました。この命題は後に 「供給はそれ自らの需要を生み出す」 と言い換えられ 「セイの法則」 として知られて居ます。

・・・え? 「供給はそれ自らの需要を生み出す」って、どう云う事ですか? 新刊書籍を100万部印刷して流通させれば、100万部売れると云う事ですか? そんな世界があるなら今直ぐ移り住みたいです。

 そう思いますよね? 勿論、現実の世界では、供給は常に需要を生み出す等と云う事は有り得ません。モノを作って売り出したら、必ず誰かが買う等と云う事が在る筈が無い。「セイの法則」等、現実には存在しないんです。
 只、物々交換の世界で有れば、確かに有り得るかも知れない。物々交換経済では、何等かの財を購入する時には、必ず別の誰かが供給した何等かの財と交換されるからです。物々交換では、供給と需要は表裏一体の関係に有る訳です。

・・・なるほど・・・

 但し、その様な物々交換経済を想定すると、私達が日々使って居るリアルな貨幣は蒸発して仕舞います。実際セイは、貨幣は、単に生産物と生産物の交換に於ける 媒介物に過ぎ無い と見做して居たんです。

・・・しかし、貨幣は貯蓄の為にも使われますよね?

科学的装いを凝らした「非現実的な学問」?

 そうそう、セイの貨幣観は可笑しいんです。結局の処「セイの法則」は「物々交換幻想」に導かれた仮説に過ぎ無いと云う事です。処が、生産物が常に生産物に交換され、供給が常にその需要を生み出すと云う「セイの法則」が成立するので有れば、需要と供給は常に均衡するので、過剰生産やそれに依る不況や失業と云った事態は確かに生じ無く為ります。そして、ソコから 「自由市場に委ねれば需給は常に均衡する」 と云う市場原理が導き出される訳です。

・・・それが「ドグマ」に為った訳ですね?

 ええ。この「セイの法則」は、リカードやジョン・ステュアート・ミルと云った〔古典派〕そしてジェヴォンズ、メンガー、ワルラスと云った〔新古典派〕にも継承されました。しかも、リカードやミルは「セイの法則」を論敵に依る攻撃から守ろうと奮闘しましたが〔新古典派〕はそれすらし無く為ったとディラードは言って居ます。詰り〔新古典派〕に取って「セイの法則」は疑うべくも無い「ドグマ」と化して居たんです。

・・・なるほど。

041427.jpg ワルラス

 中でも重要なのが ワルラス です。彼は「セイの法則」が成り立つ事を前提として、経済全体の市場の需給が均衡する事を数理的に体系付けた 「一般均衡理論」 を確立する事で〔新古典派経済学〕を主流派の地位へと押し上げた人物です。
 そして〔主流派経済学〕は、今日も尚、ワルラスが確立した 「一般均衡理論」 から出発して、分析を 精緻化 させたり 拡張 させたりして居るんです。

 1980年代以降〔主流派経済学〕の世界では、この「一般均衡理論」を基礎とした〔マクロ経済理論〕を構築しようとする試みが流行しました。経済全体を扱うマクロ経済学も「一般均衡理論」で全部説明してしまおうと云うのです。
 この試みは 「マクロ経済学のミクロ的基礎付け」 と呼ばれて居ます。コレは、簡単に言えば、経済全体(マクロ)に生じるアラユル現象を個人(ミクロ)の合理的行動から説明すると云う考え方です。世の中に起こる事は全て個人の合理的選択の結果だと云う想定に為ります。









・・・本当ですか? 僕自身、合理的選択が出来て居るとは思え無いですが・・・

 でも、そう想定して居るのです。ソレで、この 「マクロ経済学のミクロ的基礎づけ」 の挑戦から、 RBCモデル・実物的景気循環モデル 、更には DSGEモデル・動学的確率的一般均衡モデル と云う 理論モデル が開発され、1990年代以降のマクロ経済学界を席巻する事に為りました。
 DSGEモデルは、小難しい数学を駆使した理論モデルで、如何にも科学的な装いをして居ます。しかし、問題なのは、この理論モデルの基礎に有るのが 「一般均衡理論」 だと云う事です。

・・・「一般均衡理論」が、仮説に過ぎない「セイの法則」を前提にしたものだから問題だと?

 そうです。ワルラスは、一般均衡理論を構築するに当たって、消費者と生産者の取引の量やタイミングは全て正確に知られて居ると云う仮定を導入して居ました。取引に於ける一切の 「不確実性」 が無いものとしたんです。別の言い方をすれば 「市場の一般均衡が実現するのは、デフォルトと云う事態が起き得無い世界に於いて」 なのだと云う事です。

・・・だとすれば、余りに仮想的な話ですね・・・

〔主流派経済学〕の理論には「貨幣」が存在しない?

 ええ。しかし、私達が日々行って居るビジネス上の取引は、同時的に行われる物々交換とは異なり、現在と将来と云う異時点間で行われるのが普通です。例えば、製造業であれば、先ず、製造機や原材料を手に入れ、社員を雇い入れる必要が有りますが、完成した製品が実際に売れるのはズッと後の事です。ソコには「時間」が存在して居る訳です。
 そして、現時点に置いてモノやサービスを受け取る人や企業には「負債」が発生しますが、将来は本質的に不確実ですから「負債」には常に デフォルトの可能性 が有ります。この不確実性を克服し無ければ、経済活動が活発化する事はありません。

 だからコソ、デフォルトの可能性が殆ど無いものとして、全ての経済主体が信頼して受け入れる 「特殊な負債」=「貨幣」 が不可避的に求められる訳です。貨幣とは、イングランド銀行の季刊誌が強調する様に 「信頼の欠如と云う問題を解決する社会制度」 に他為ら無いんです。
 処が〔一般均衡理論〕が前提する様に、売買に置いて不確実性が無く、デフォルトの可能性が無いので有れば 「信頼の欠如」 と云う問題を克服する必要も無く為ります。貨幣と云う社会制度そのものが不必要に為る訳です。

・・・なるほど。

 それに、先程、貴方が言った様に、人々は、将来に何が起こるか分から無いと云う 「不確実性」 に備えて貨幣を貯蓄するのですが、もし将来の「不確実性」が無いの為らば、貨幣を貯蓄し無ければ為ら無い理由も無く為ります。
 貨幣の機能の一つに 価値貯蔵手段 が有る事は、どの経済学の教科書にも書いて有る事ですが 「不確実性」 を想定し無い〔主流派経済学〕の一般均衡理論では、貨幣が何故価値貯蔵手段に為るのかが説明出来無いんです。

・・・そうなんですね・・・

 と云うか〔主流派経済学〕は、分析手法を数学化する事で、数学的分析コソが厳密な科学で有ると云う通俗的な科学観に強く訴え掛けた事に依って、社会科学の中でも特に大きな影響力を持つ様に為った訳ですが、この「数学化」コソが問題の本質とも言えるんです。  
 何故なら 「何時何が起こるか判ら無い」 と云う 「不確実性」 を織り込もとうすると、数学的理論を構築する事が出来無いからです。発生可能性を確率論的に示す事が出来る「リスク」を計算式に導入する事は出来ますが、確率論的に示す事が出来無い 「不確実性」 を計算式に導入する事は不可能です。だから、彼等は「不確実性」を排除する他無かった訳です。

 しかし 「不確実性」 を排除すると云う事は、 貨幣の存在意義を排除 する事です。ワルラスが一般均衡理論に於いて「不確実性」を消去した時、ソコから 貨幣も蒸発 したんです。これは、ワルラス系の一般均衡理論に関する中心的な理論家の一人で、2013年に亡く為った経済学者である フランク・H・ハーン ですら、認めて居る事なんです。

041426.jpg フランク・H・ハーン

・・・ 「数学への偏執狂振りは、科学っポク見せるにはお手軽な方法だが、それを好い事に、私達の住む世界が投げ掛ける遥かに複雑な問題には答えずに済ませて居るのだ」 と云うピケティの言葉を思い出します。

「事実に無関心」な経済学者が政策形成に影響力?

041428.jpg ピケティ

 ピケティの言う通りですよ。リーマン・ショック後の2008年11月に、イギリス女王エリザベス二世が、権威有る経済学者達に対して 「何故誰も、危機が来る事を判ら無かったのでしょうか」 と問い質した時に、皆押し黙ったママだったそうですからね。
 でも〔主流派経済学〕が「危機」を予測出来無かったのは寧ろ当然の事ですよ。〔主流派経済学〕の理論モデルは「信用貨幣」を想定して居無いのだから、当然、 信用創造を行う銀行制度 も想定して居ません。銀行の存在がキチンと想定されて居ない理論モデルが、金融危機を予想出来る訳が無いじゃないですか。

 モッと言えば、その様な非現実的な経済理論が世界中の経済政策に影響を及ぼして居た事コソが、金融危機を引き起こしたとすら言えるでしょう。その事を指して、 クルーグマン等 は〔主流派経済学の理論モデル〕を 「有害無益」 と批判したんです。そして、 ポール・ローマー が、過去30年間で経済学が退歩したと述べた際に念頭に在ったのも、 DSGEモデルに代表される「マクロ経済学のミクロ的基礎づけ」の非現実性 だったのです。

041429.jpg ポール・ローマー

 要するに〔主流派の経済学者達〕は、アダム・スミス以来、200年以上にも渉って、貨幣に付いての正確な理解を欠いたママ、物々交換経済の幻想を前提に、精緻を極めた理論体系を組み上げて来たと云う事です。そして、今や〔主流派経済学〕の中からも、それに対する強い批判が生まれつつ有るんです。

・・・私も以前、或る理論経済学者が「実際の日本経済に付いて講義して呉れと言われて困った事が或る」と書いて居るのを読んで驚いた事があります。

 その経済学者は、随分正直な方ですね(笑)だけど、現実を説明出来無い経済学が現実の経済政策に強い影響力を持って居るのは恐ろしい事ですよ。

・・・中野さんも、主流派経済学に付いては可成り厳しい指摘を為さって居ますね?

 正直に言って、耐え難いものがありますね。経済政策に依って、国民の生活は大きく左右されます。〔主流派経済学者達〕が「知的遊戯」を楽しむのは自由ですが、私達はモッと真面目に暮らして居ます。生活が苦しく為ったり路頭に迷ったり、子供の養育費で何かを諦めざるを得無い家庭が一杯或るんですよ? そんな状況を放置して「知的遊戯」をして居るとすれば、許し難い事ですよ。


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中野剛志(なかの・たけし) 1971年神奈川県生まれ 評論家 元・京都大学大学院工学研究科准教授 専門は政治経済思想 1996年 東京大学教養学部(国際関係論)卒業後 通商産業省(現・経済産業省)に入省 2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し政治思想を専攻 2001年に同大学院より優等修士号・2005年に博士号を取得・2003年 論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞 主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)『富国と強兵』(東洋経済新報社)『国力論』(以文社)『国力とは何か』(講談社現代新書)『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)『官僚の反逆』(幻冬社新書)『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など 『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた

(次回に続く)








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