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2018年10月25日

数学: 基本の復習 (10) ── 図式の余極限の例

具体的な図式の余極限の例をいくつか挙げる.
以前の文章で, 図式の極限の具体例をいくつか挙げた. 対比の意味も含めて, ここではそれらの図式を逆圏で考えたものの余極限 (つまり, 逆圏における極限) を示す.

$\mathbf{Set}$ においては, 有限図式, 無限図式を問わず任意の図式は極限を持つ. つまり $\mathbf{Set}$ は完備 (complete) である. このことは以前の図式の説明の際に述べた.
同様に, $\mathbf{Set}$ において, 有限・無限図式を含めた任意の図式は余極限を持つ. つまり $\mathbf{Set}$ は 余完備 (cocomplete)である.

$\mathbf{Set}$ における極限に関しては次の命題があった.

命題.$\,$ $D : \mathscr{I} \rightarrow \mathbf{Set}$ を $\mathbf{Set}$ における任意の図式とする. また, $* = \left\{ \bullet \right\}$ を 1 個の元 $\bullet$ のみからなる集合とする. $*$ を頂点とする図式 $D$ 上の可換錐全体の集合 $\mathrm{Cone}(*, D)$ から $D$ への写像 $p : \mathrm{Cone}(*, D) \rightarrow D$ を, 各々の可換錐 $(c : * \rightarrow D) \in \mathrm{Cone}(*, D)$ に対して
\begin{equation*}
\newcommand{\Ar}[1]{\mathrm{Ar}(#1)}
\newcommand{\ar}{\mathrm{ar}}
\newcommand{\arop}{\Opp{\mathrm{ar}}}
\newcommand{\Cocone}[2]{\mathrm{Cocone}(#1,#2)}
\newcommand{\Colim}{\mathrm{colim}}
\newcommand{\CommaCat}[2]{(#1 \downarrow #2)}
\newcommand{\Cone}[2]{\mathrm{Cone}(#1,#2)}
\newcommand{\Func}[2]{\mathrm{Func}(#1,#2)}
\newcommand{\Hom}{\mathrm{Hom}}
\newcommand{\Id}[1]{\mathrm{id}_{#1}}
\newcommand{\Mb}[1]{\mathbf{#1}}
\newcommand{\Mr}[1]{\mathrm{#1}}
\newcommand{\Ms}[1]{\mathscr{#1}}
\newcommand{\Nat}[2]{\mathrm{Nat}(#1,#2)}
\newcommand{\Ob}[1]{\mathrm{Ob}(#1)}
\newcommand{\Opp}[1]{{#1}^{\mathrm{op}}}
\newcommand{\Pos}{\mathbf{Pos}}
\newcommand{\q}{\hspace{1em}}
\newcommand{\qq}{\hspace{0.5em}}
\newcommand{\Rest}[2]{{#1}|{#2}}
\newcommand{\Sub}{\mathrm{Sub}}
\newcommand{\Src}{d^{0,\mathrm{op}}}
\newcommand{\Tgt}{d^{1,\mathrm{op}}}
p(i)(c) = c(i)(\bullet) \qquad (i \in \Ob{\Ms{I}})
\end{equation*} と定義する. このとき $p$ は $\Cone{*}{D}$ を頂点とする図式 $D$ 上の可換錐であり,
\begin{equation*}
\lim\, D = (p : \Cone{*}{D} \longrightarrow D)
\end{equation*} が成り立つ.

この命題と同様のものは $\Mb{Set}$ における余極限に関しては無いようである (あるかも知れないがわからない).
計算自体は余極限の定義により, 次のように行える.

余極限の計算.$\,$ $D : \Ms{I} \rightarrow \Mb{Set}$ を $\Mb{Set}$ における任意の図式とし,
\begin{equation*}
V = \coprod_{i \in \Ob{\Ms{I}}} D(i),
\end{equation*} つまり全ての $D(i)$ に渡る集合の直和とおく. $V$ を頂点とする $D$ からの可換余錐 $c : D \rightarrow V$ を, 各 $i \in \Ob{\Ms{I}}$ に対して
\begin{equation*}
c(i)(x) = x \qquad (x \in D(i))
\end{equation*} と定義する. $c(i) : D(i) \rightarrow V$ は包含写像である.

$V$ 上の関係 $R$ を
\begin{align*}
R &= \left\{\, (c(i)(x), c(j) \circ D(e)(x)) \in V \times V \mid x \in D(i),\, (e : i \rightarrow j) \in \Ar{\Ms{I}} \,\right\} \\
&= \left\{\, (x, D(e)(x)) \mid x \in D(i),\, (e : i \rightarrow j) \in \Ar{\Ms{I}} \,\right\}
\end{align*} と定め, $E$ を $R$ によって生成される $V$ 上の同値関係とする. ここで $P$ を $V$ の同値関係 $E$ による商集合, すなわち
\begin{equation*}
P = V / E
\end{equation*} とおき, $p : D \rightarrow P$ をそれに伴う商写像とするとき
\begin{equation*}
\Colim\, D = (p : D \longrightarrow P)
\end{equation*} が成り立つ.

この方法によって計算できるのは, 図式 $D$ がごく小さな場合に限るが, 以下に挙げる例ではそれが可能である.

以下の例では, 必要に応じて簡単のために
\begin{equation*}
\Colim\, D = (p : D \longrightarrow P)
\end{equation*} の代わりに
\begin{equation*}
\Colim\, D = P
\end{equation*} のように記述する. その場合には一意的な可換余錐 $p : D \rightarrow P$ については個別に明記する.

グラフ:
\begin{equation*}
\begin{xy}
\xymatrix@=12pt { \Ms{I}_1: & 1 }
\end{xy} \\
\begin{xy}
\xymatrix@=12pt { \Ms{I}_2: & 1 & 2 }
\end{xy} \\
\begin{xy}
\xymatrix@=12pt { \Ms{I}_3: & 1 \ar[r]^{e} & 2 }
\end{xy} \\
\begin{xy}
\xymatrix@=12pt { \Ms{I}_4: & 1 & 2 \ar[l]^{e_1} \ar[r]_{e_2} & 3 }
\end{xy} \\
\begin{xy}
\xymatrix@=12pt { \Ms{I}_5: & 1 \ar@<2pt>[r]^{e_1} \ar@<-2pt>[r]_{e_2} & 2 }
\end{xy}
\end{equation*} を考える. これらに対して, 図式 $D_k : \Ms{I}_k \rightarrow \Mb{Set} \qq (k = 1, 2, 3, 4, 5)$ を次のように定義する.
なお, 以下において,
\begin{equation*}
P_k = \Colim\, D_k \qquad (k = 1, 2, 3, 4, 5)
\end{equation*} とおく.


(1) $D_1 : \Ms{I}_1 \rightarrow \Mb{Set}$
\begin{equation*}
\begin{xy}
\xymatrix@=12pt { D_1(1) }
\end{xy}
\end{equation*} このとき,
\begin{align*}
V_1 &= D_1(1), \\
R_1 &= \varnothing, \\
E_1 &= \left\{\, (x, x) \mid x \in D_1(1) \,\right\}
\end{align*} となるから
\begin{equation*}
V_1 / E_1 = V_1 = D_1(1)
\end{equation*} であり,
\begin{equation*}
P_1 = \Colim\, D_1 = D_1(1)
\end{equation*} となる. この余極限に伴う一意的な可換余錐は
\begin{equation*}
(p_1 : D_1 \rightarrow P_1) = \Id{D_1(1)} = \Id{P_1}
\end{equation*} である.
\begin{equation*}
\begin{xy}
\xymatrix@=48pt {
\Colim\, D_1: & D_1(1) \ar[r]^{\Id{P_1}} & P_1
}
\end{xy}
\end{equation*}

(2) $D_2 : \Ms{I}_2 \rightarrow \Mb{Set}$
\begin{equation*}
\begin{xy}
\xymatrix@=12pt {
D_2(1) & D_2(2)
}
\end{xy}
\end{equation*} このとき,
\begin{align*}
V_2 &= D_2(1) + D_2(2), \\
R_2 &= \varnothing, \\
E_2 &= \left\{\, (x, x) \mid x \in D_1(k)\qq(k = 1, 2) \,\right\}
\end{align*} となるから
\begin{equation*}
V_2 / E_2 = V_2 = D_2(1) + D_2(2)
\end{equation*} であり,
\begin{equation*}
P_2 = \Colim\, D_2 = D_2(1) + D_2(2),
\end{equation*}
つまり $D_2(1)$ と $D_2(2)$ の集合としての直和となる.
この余極限に伴う一意的な可換余錐 $p_2 : D_2 \rightarrow P_2$ は
\begin{align*}
(p_2(1) & : D_2(1) \longrightarrow P_2 \,;\, x \longmapsto x), \\
(p_2(2) & : D_2(2) \longrightarrow P_2 \,;\, x \longmapsto x)
\end{align*} である. これより, $p_2(1)$, $p_2(2)$ は各成分集合の, その直和集合への包含写像である.
したがって
\begin{equation*}
\begin{xy}
\xymatrix@=48pt {
\Colim\, D_2: & D_2(1) \ar@{^{(}->}[r]^{p_2(1)} & P_2 & D_2(2) \ar@{_{(}->}[l]_{p_2(2)}
}
\end{xy}
\end{equation*}

(3) $D_3 : \Ms{I}_3 \rightarrow \Mb{Set}$
\begin{equation*}
\begin{xy}
\xymatrix@=48pt {
D_3(1) \ar[r]^{D_3(e)} & D_3(2)
}
\end{xy}
\end{equation*} 見やすくするために
\begin{align*}
d_3 &= D_3(e), \\
D_0 &= d_3(D_3(1)) = D_3(e)(D_3(1))
\end{align*} とおけば,
\begin{align*}
V_3 &= D_3(1) + D_3(2), \\
R_3 &= \left\{\, (x, d_3(x)) \mid x \in D_3(1) \,\right\}
\end{align*} となる.
$E_3$ は $R_3$ によって生成される同値関係であり, この同値関係のもとでは, 次が成り立つ.
(i) 任意の $y \in D_0$ に対して, $d_3(x) = y$ となる各々の $x \in D_3(1)$ は $x \sim y$ を満たす. 各 $y \in D_0$ の同値類は
\begin{equation*}
\left\{\, x \in D_3(1) \mid d_3(x) = y \,\right\}
\end{equation*} と表わされるため, このような $y$ の同値類全体の集合は $D_0$ と同型となる;
(ii) 任意の $y \in (D_3(2) - D_0)$ に対して, $y$ と同値な $D_3(2)$ の元は $y$ 自身に限る このような $y$ 全体の集合は $D_3(2) - D_0$ である. これより
\begin{align*}
P_3 &= \Colim\, D_3 = V_3 / E_3 \\
&\simeq D_0 \cup (D_3(2) - D_0) \\
&= D_3(2)
\end{align*} であり, この余極限に伴う一意的な可換余錐 $(p_3 : D_3 \rightarrow P_3)$ は
\begin{align*}
p_3(1) &= (D_3(e) : D_3(1) \longrightarrow D_3(2)), \\
p_3(2) &= \Id{D_3(2)} = \Id{P_3}
\end{align*} である. したがって
\begin{equation*}
\begin{xy}
\xymatrix@=48pt {
\Colim\, D_3: & D_3(1) \ar[r]^{D_3(e)} \ar[rd]_{D_3(e)} & D_3(2) \ar[d]^{\Id{P_3}} \\
& & P_3
}
\end{xy}
\end{equation*}

(4) $D_4 : \Ms{I}_4 \rightarrow \Mb{Set}$
\begin{equation*}
\begin{xy}
\xymatrix@=48pt {
D_4(2) \ar[r]^{D_4(e_2)} \ar[d]_{D_4(e_1)} & D_4(3) \\
D_4 (1) & ~
}
\end{xy}
\end{equation*} 見やすくするために
\begin{align*}
d_1 &= D_4(e_1), \\
d_2 &= D_4(e_2)
\end{align*} とおけば,
\begin{align*}
V_4 &= D_4(1) + D_4(2) + D_4(3), \\
R_4 &= \left\{\, (x, d_1(x)) \mid x \in D_4(2) \,\right\} \cup \left\{\, (x, d_2(x) \mid x \in D_4(2) \,\right\}
\end{align*} となる.
$E_4$ は $R_4$ によって生成される同値関係であり, この同値関係のもと (簡単のために $\sim_4$ と記す) では各 $x \in D_4(2)$ に対して
\begin{equation*}
d_1(x) \sim_4 d_2(x), \q x \sim_4 d_1(x), \q x \sim_4 d_2(x)
\end{equation*} が成立する.
\begin{equation*}
P_4 = \Colim\, D_4 = V_4 / E_4
\end{equation*} に伴う可換余錐 $p_4 : D_4 \rightarrow P_4$ は, $p_4(1)$, $p_4(2)$, $p_4(3)$ それぞれ $D_4(1)$, $D_4(2)$, $D_4(3)$ からの同値関係 $E_4$ に伴う商写像となる. したがって $P_4$ は図式
\begin{equation*}
\begin{xy}
\xymatrix@=48pt {
\Colim\, D_4: & D_4(2) \ar[d]_{D_4(e_1)} \ar[r]^{D_3(e_2)} & D_4(3) \ar[d]^{p_4(3)} \\
~ & D_4(1) \ar[r]_{p_4(1)} & P_4
}
\end{xy}
\end{equation*}
を可換にする最大の集合である (なお
\begin{equation*}
(p_4(2) : D_4(2) \rightarrow P_4) = p_4(1) \circ D_4(e_1) = p_4(3) \circ D_4(e_2)
\end{equation*} については図式を見やすくするためにここには記述していない).

(5) $D_5 : \Ms{I}_5 \rightarrow \Mb{Set}$
\begin{equation*}
\begin{xy}
\xymatrix@=48pt {
D_5 (1) \ar@<2pt>[r]^{D_5 (e_1)} \ar@<-2pt>[r]_{D_5(e_2)} & D_5(2)
}
\end{xy}
\end{equation*} 見やすくするために
\begin{align*}
d_1 &= D_5(e_1), \\
d_2 &= D_5(e_2)
\end{align*} とおけば
\begin{align*}
V_5 &= D_5(1) + D_5(2), \\
R_5 &= \left\{\, (x, d_1(x) \mid x \in D_5(1) \,\right\} \cup \left\{\, (x, d_2(x)) \mid x \in D_5(1) \,\right\}
\end{align*} となる.
$E_5$ は $R_5$ によって生成される同値関係であり, この同値関係 (簡単のために $\sim_5$ と記す) のもとでは各 $x \in D_5(1)$ に対して
\begin{equation*}
d_1(x) \sim_5 d_2(x)
\end{equation*} が成立する.
\begin{equation*}
P_5 = \Colim\, D_5 = V_5 / E_5
\end{equation*} に伴う可換余錐 $p : D_5 \rightarrow P_5$ は同値関係 $E_5$ に伴う商写像となる. したがって $P_5$ は図式
\begin{equation*}
\begin{xy}
\xymatrix@=48pt {
\Colim\, D_5 : & D_5 (1) \ar@<2pt>[r]^{D_5 (e_1)} \ar@<-2pt>[r]_{D_5(e_2)} & D_5(2) \ar[r]^{p_5(2)} & P_5
}
\end{xy}
\end{equation*} を可換にする最大の集合である (なお
\begin{equation*}
(p_5(1) : D_5(1) \rightarrow P_5) = p_5(2) \circ D_5(e_1) = p_5(2) \circ D_5(e_2)
\end{equation*} については, 図式を見やすくするためにここには記述していない).

$P_5$ を射 $D_5(e_1)$, $D_5(e_2)$ の コイコライザー (余イコライザー; coequalizer)と呼ぶ.
posted by 底彦 at 21:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 数学
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