ーー旅立ちの扉ーー
周りを見渡すと、もう夕暮れで日が落ち始めていた。
この世界に来たときは、昼間のようで日差しが眩しかったが、結構時間が経ったみたいだ。
「そろそろ良い場所に来たね。私はここで脱皮の準備をするけど、咲さんはどうする?もう少し登るかい?」
おっけらさんが、止まってそう話してきた。
咲は、少し悩んだが、おっけらさんの眼をまっすぐに見て、こう言った。
「私は、おっけらさんの脱皮を見届けたいけど、良いですか?」
おっけらさんは少し照れくさそうに
「えっ!まぁ、別に良いけど、あんまり良いものではないと思うよ。それでもよい?」
「はい。自分はこれまで何かしたいと思った事がなかったのですが、ツクさんとおっけらさんを見ていて、おっけらさんの晴れ舞台の脱皮を、この目に焼き付けておきたいのです。」
「そうかい。それなら、まぁ良いけど、脱皮中は話できないからね。」
とそういうと、おっけらさんは木の方に顔を向けてしがみ付く姿勢のまま、動かなくなった。
咲は、木の上から見える周りの景色を見た。
どこかに人の影はないか、何かビルや家はないかと遠くまで見渡したが、そこから見えるのは、山と木々、遠くに川が流れている大自然の中だった。
もちろん、人影や人工物も何もない。
聞こえる音も、木々や葉っぱが風に揺れる音や、遠くの方で鳥の鳴き声が聞こえるのみだった。
そんな世界で、おっけらさんを見ながら、これまでの生活を色々と思い返してみた。
いじめをしていた子は何故、自分にかまってくるのだろう。
何か原因はあるのだろうか。
いや、そんな事より、自分の人生はこれからなので、元の世界に戻った何をしよう。
そうだ、まず何をしたいのかを見つけることから始めよう。
そう思った時だった。
もう既に日は沈み、周りは暗くなっていたが、夜空は晴れていて、満点の星空だった。
おっけらさんの背中から『パリパリ』と音がして、割れ始めた。
羽化が始まったのだ。
その背中から出てきたのは、セミの羽だった。
それは、とてつもなく透明で月の光が反射して眩しかった。
そして、幼虫のおっけらさんの中からセミの姿になったおっけらさんが少しずつ、ゆっくりと出てきた。
なんとも神秘的で、とても美しい姿を見て、咲は言葉さえも失っていた。
おっけらさんの身体が前の幼虫の時の身体から完全に出た後、少しして羽が大きく広がりそしてゆっくりとバタバタとし始めた。
しばらくすると、おっけらさんは宙に舞い始めた。
「咲さん。お待たせしたね。これで脱皮は終わりだよ。」
セミは話かけてきた。やはりおっけらさんの声だった。
「これから私は旅に出ないと行けない。時間は少ないからね。咲さんも頑張って帰る方法を見つけてくださいね。」
と言うと、そのまま上空に飛んで行ってしまった。
咲は、その姿を見て、心から『ありがとう。おっけらさん』と鳴きながら叫んでいた。
暫く、おっけらさんが飛んで行った方角を眺めていたら、何故か眩暈がしてきた。
「何これ?私どうしちゃったの?」
と訳がわからないまま、意識も朦朧とし始めた。
その時、身体が重力に引っ張られるように、下の方に落ち始めた。枝から落ちてしまったのだ。
「あぁ、私はここまでなの?帰れなかったかな?ツクさんと同じ場所で」
とそのまま、落下しながら、気を失ってしまった。
>> 『帰還の扉』に続く
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2023年12月30日
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