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2019年10月26日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <66 父の告白>

父の告白

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俺が50になった年に父の体調が悪化した。長い間、不仲の息子は本当に余命何カ月という状態になるまで、そのことを知らなかった。連絡をくれたのは恵美だった。大腸がんだった。

なんだか不思議な気持ちで見舞いに行った。悲しくないこともなかったが、涙が出るほどのこともなかった。縁の薄い親子だと痛感した。父は息をつぎつぎ長いおしゃべりをした。

「真は母さんの恋人の子供だよ。婚約したときにはもう妊娠していた。それを承知で結婚したんだ。本気で母さんが好きだった。生まれる子供を大事に育てようと思ってた。でも人間って難しいもんだ。周囲の人間が財産目当てだと爺さんや母さんに告げ口した。

最初は母さんは父さんを信じてくれていたんだ。でも、父さんが仕事で東京へ家を構えたのが間違いの素だった。母さんはだんだん疑心暗鬼になって、そのうち爺さんが父さんを疑うようになった。だんだん関係がこじれたよ。

そのうちに美也子と関係ができた。ここが父さんの甘いところだ。だから本当は浜野興産の社長なんかできる立場じゃなかったし、お前の財産を使って商売をしていい立場でもなかった。浜野興産はお前のものだ。恵美や郁美に気を使わなくてもいいんだ。家を貰ってありがとう。あれで十分だ。

ああ、お前の父親は榊島の前の市長だ。あの人はお前が生まれたことを知らないんじゃないかな。榊島グランドホテルの社長はお前の弟だ。恵美の相手が榊島に居ると聞いたときには驚いて言葉も出なかった。人間の縁は不思議なものだ。風羽田がホテルに就職していたらどうしようかと思った。老人ホームでよかった。」といった。

それから一度も見舞いに行かなかった。梨央にも行かせなかった。恵美は俺が一度父と会っているのを知っていた。だから、また見舞いに行けとは言わなかった。

俺は腹が立っていた。やっぱり覚悟の足りない男だと思った。なんで墓まで持って行けない?なんで、死の床でまで、つまらないおしゃべりをした?足元がぐらつく感じがしていた。

梨央は俺が父の見舞いに行って帰ったその夜に異常を察知していた。「何か嫌なこと言われた?」と聞いた。勘が鋭い。「あなた、すぐ顔に出るんだもの。」といわれた。俺は自分ではポーカーフェイスのつもりだった。

情けないことに、その夜は梨央の胸で声を出して泣いてしまった。「可愛い真君、誰の子供でも浜野真は浜野真よ。梨央のたった一人の男よ。他に誰もいないのよ。私はあなただけ。真也も由梨もあなたの子供。パパはあなただけ。それで足りない?」と言って何度も頭をなでてくれた。

しばらくはそのことを忘れようとした。今頃になってお前は他人の子だといわれても、なかなか切り替えの利くものではなかった。最近になって愛情を感じ始めていた妹たちが他人だといわれて、なんだか嫌な肩すかしにあった気がした。

足元がぐらぐらする思いがあった。嫌いな奴だと思っていても、ずっと父だと思って暮らした。あんなにけなし倒していたのも、肉親としての甘えだということを思い知らされた。全くの他人なら曲がりなりにも育ててくれた恩人かもしれなかった。

父が亡くなった。浜野興産の会長だ。葬儀は一応社葬になった。喪主は俺だった。ほとんどの手配は郁美の夫がしてくれた。遺産相続はスムーズだった。俺は父からもらうものはほとんどなかった。というより、父は自分名義の不動産をほとんど持っていなかった。

会社のものはほとんど俺の名義だった。父は、俺の資産を使って増えた資産は自分名義にはしなかったのだ。筋を通したということだろう。考えてみれば父も可愛そうな立場だったのかもしれない。

父が亡くなって半年もたつと、実父がどんな人か、自分の実弟がどんな男か気になって仕方がなかった。梨央が「深刻に考えなくても軽い気持ちであえばいいじゃない。先方はご存じないんでしょ。なら、知らん顔してお話してくればいいじゃない。今度一緒に旅行に行きましょう。軽く考えてもいいんじゃない?」という。

梨央の胸でピーピー泣いてからというもの、梨央は時々姉さん女房になった。顔と物言いがアンバランスで笑いそうになるのをこらえた。

続く


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2019年10月25日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <65 寄付>

寄付

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真也は最近は俺と遊園地に行きたがらなくなった。急流下りが大好きな父親に付き合ってはいられないようだ。最近は大型のジェットコースターに乗りたがった。そういえば、俺も昔はああいうのに乗っては女の子をキャーキャー言わせて喜んでいた。ところが、今はあんな恐ろしいものに乗る人間の気が知れなくなっていた。年を取ったということなのだろう。

妹の由梨は6歳からバレエを習いだした。発表会は家族で見に行った。ところが、小学校を卒業するころには別のお稽古ごとに夢中になった。今はダンスに夢中だ。

俺は、去年T・コーポレーションの社長になった。義父はもう経営にかかわるつもりはなさそうだった。義母と二人旅行に出るのが何よりも楽しみの様だ。浜野興産は郁美の夫が継いでいた。風羽田はペアブロッサムの施設長になっていた。

俺の両親も円満な夫婦だった。母は俺にとっては嫌な女だが父にとっては大事な恋女房の様だった。もうどうでもよかった。最近は全く付き合いがなかった。郁美の夫は有能で浜野興産の経営も落ち着いていた。今が一番いい時なのかもしれない。

俺は体型も緩んで年相応に老け込んでいた。梨央はエクササイズジムにもうかれこれ15,6年通っていたが、それでも最近太り出していた。

ある日新聞を読んでいると「犯罪被害者の支援のために私財を寄付!」と見出しが見えた。あまり大きな記事ではなかったが寄付した人の顔写真も載っていた。見たことがあるようなないような、そんな写真だった。

「神戸市で喫茶店を経営する須藤律子さんが亡き夫の遺産を犯罪被害者の会に寄付した。」と書かれていた。須藤律子、聞いたことがあるようなないような、律子という名前には覚えがあった。

「須藤律子さんは15年前、夫を暴漢に殺され、そのショックで当時妊娠3カ月だったが流産した。その後、不動産業を営む須藤さんと再婚、昨年亡くなった須藤さんの遺産を全て犯罪被害者の会に寄付した。」とあった。

その、あとがきとして須藤さんは三宮の老舗喫茶店、「それいゆ」を経営しながら長い間犯罪被害者の支援に取り組んできたと書かれていた。須藤が「それいゆ」の大家だった不動産会社の社長の苗字だと思い出した。

梨央にその記事を見せた。梨央は手で口を覆って涙ぐんだ。「きっとお幸せだったんだと思う。」といった。人生は不思議だった。あの時、苦し紛れに「それいゆ」の大家だった須藤に律子さんのことを頼んだ。本当にちゃんとしてくれるか心配だったが、なんと結婚してしまったのだ。

律子さんの談話も載せられていた。「犯罪被害は理不尽です。突然大切な人を亡くしたり体に大きなダメージを追うことが珍しくありません。時には何もかも無くしてしまうこともあります。私は、犯罪被害にあってから、しばらくの間、幸福な人たちを恨みました。支援してくれた人まで恨んだんです。こんなに惨めな気持ちはありません。犯罪被害者の方に少しでもお役に立ちたいと思いました。」とあった。

梨央は「私達恨まれてた?だから、あなたを誘惑したの?私、思うつぼだったのね。」といった。梨央はとても複雑な顔をした。一生許さないといったのだから今でも腹が立つのだろう。それでも、律子さんが今も「それいゆ」を経営していることがうれしかった。

続く

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2019年10月24日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <64 体調不良>

体調不良
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家に帰って梨央に事情を説明すると表情がパッと明るくなった。夕食はごちそうだった。梨央は次の金曜日は朝から体調不良になると予言した。

貴方は仕事だし、ママはパパの世話で忙しいし誰か来てくれなきゃ無理なのよ。あなた、郁美さんに連絡してくれる?お母様は外した方がいいと思うの。きっと、こちらへ来ることには反対よ。自分の嘘がばれたら困るじゃない?」といった。

やっと浜野家の常識が分かってきたかと思った。それにしても父の存在感の薄いことを実感した。木曜の夜には梨央が翌朝起きにくいような、とても疲れることをした。普段よりももっと疲れるようにした。案の定、金曜の朝、梨央はとてもけだるそうだった。もちろん俺の方はもっとけだるかった。いつの間にか42になっていた。

朝、郁美に電話をして、恵美にこちらへ来てくれるように頼んだ。郁美はOLとして働いていたので平日は基本的には来られなかった。郁美は「お姉ちゃん、行くかなあ。このごろ、何をするのもめんどくさそうなの。」「でも現実に困ってるんだよ。何とか頼んでみてくれないかなあ。俺もできるだけ早く帰るようにするから。」と言って強引に頼み込んだ。

11時ごろに梨央から、恵美が来てくれたので今はゆっくりしていると連絡が入った。恵美は、元気にふるまってはいるが少しやせていたということだった。午後5時ごろには俺も家に帰った。風羽田が来た様子はなかった。

恵美に礼を言って、できることなら泊って行ってほしいといった。恵美は泊まっていくといってくれた。「ここのお手伝いさんになろうかな。」といった。「真ちゃんや由梨ちゃんがいると心が癒される。」ともいった。梨央が「恵美さんがいいなら来てほしい」といった。

俺は返事をしなかった。妹が毎日家に居ちゃ気まずいだろ、夫婦げんかしたときどうするんだ?いやいや、もっと妹に見せられない場面はいっぱいあるだろうと焦った。

そんな話をしているとインターフォンが鳴った。俺は心底ドキッとした。宅急便だった。そのころから俺も梨央も落ち着きを無くした。恵美が夕食の買い物に出ようか?と誘ってきたが断った。今日は出前でいいだろうと寿司を注文した。30分ぐらいしてインターフォンが鳴ったので俺が出た。皆寿司が届いたと思った。

玄関には風羽田がうつむき加減で立っていた。俺につれられて入ってきた風羽田を見て梨央は満面の笑顔だった。恵美がキッチンから、「お兄ちゃんビール?」と声をかけてきた。「おお、コップは4つだ」と返事をすると「オッケー、え、何で?」といいながらダイニングに入ってきた。

そして風羽田を見たとたんに、持っているものをすべて落として逃げようとした。俺が恵美を捕まえている間に梨央と風羽田が床を拭いた。恵美を無理やり席に着かせた。「風羽田君も座って。寿司多目に注文してよかった。」「ホント、いい夕食になりそうだわ。」と梨央も笑った。

「お姉さん、だましたの?」「ええ、私元気なの。」と梨央はけろっと答えた。「恵美、元気そうだね。」と風羽田が言うと「あんな電話もらって元気なわけないじゃない!」と泣き出してしまった。「ほんとよ、恵美さん今日騙してきてもらったの。私が調子悪くて、どうしても来てくれなきゃ困るってお願いしたのよ。恵美さん普段は寝たり起きたりの状態だったの。苦しくて。」と梨央が言った。

「嘘だ。」と風羽田が言った。「とにかく飯にしよう。風羽田君、ちょっとは飲めるんだろ?」とビールをついだ。梨央は飲まなかった。子供の世話が忙しかった。なにしろ、恵美が突然、ぼんやりして役に立たなくなったからだ。

風羽田は酒は弱いようだ。目のふちが赤くなって少し饒舌になった。「この前勤続3年の祝い金貰いました。来年度から係長に昇進します。だから社員寮出なくちゃならないんです。今ペアブロッサムの近所で賃貸物件を探しているところです。」と俺に向かって言った。

「結婚とか考えるんですけど共働きしか無理なんです。」とまた俺に向かって言った。「じゃあ、一緒に働いてくれる嫁さん探さなきゃならんなあ。」と俺が答えた。「今日は両方とも泊まってくれ。恵美、悪いがこの部屋だ。」と言ってリビングの横の納戸を示した。簡易ベッドを用意した。

夜、俺たち夫婦は寝室で耳を澄ましていた。夜2時を過ぎたころ、客間からリビングへ降りていく足音が聞こえた。俺が「簡易ベッドじゃ不安定だろう。」というと、「あなたホントにやらしいわねえ。」と言って笑った。梨央だって同じことを想像してるんじゃないか、足音が客間に戻ってくる前に俺たちは寝てしまった。

俺が安心したのは、忍んでいったのが風羽田だったことだ。おとなしい風羽田が自分から行ったことが嬉しかった。俺がはじめて田原の家に泊まった時客間に寝かされた。梨央が夜中にこっそり部屋に来た。「大丈夫?何か必要なものない?}と聞きに来てくれた。

おとなしい梨央が部屋に忍んできたとき俺は完全に舞い上がってしまった。女も同じだろうと思った。おとなしい風羽田に忍んでこられて恵美はきっと幸せをかみしめているだろう。

恵美と風羽田の結婚には母は大反対をした。恵美は母が嘘をついてまで二人の仲を壊そうとしたことを恨んでいた。恵美は今度こそ本当に駆け落ちをした。

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2019年10月23日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <63 未練>

未練

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翌朝早く田原の義父母に事情を説明して、梨央たちを今晩泊めてもらうように頼んだ。義父は「梨央がそんなことしたのか?変わったなあ。申し訳ないな。梨央のフライングで君に手間をかけて。」といわれた。

「いや、もともと浜野の話です。なんか浜野の人間がいろいろ、こちらを騒がせて申し訳ないです。梨央はフライングなんかじゃありませんよ。」というと「おっと、ごちそうさまだ。」と笑った。

結局、東京港まで詩音が送ってくれた。榊島に着いたのは午後4時ごろだった。早速ペアブロッサムに行くと風羽田は夜勤明けで休んでいた。社員寮は徒歩10分のところだった。

風羽田は部屋にいた。殺風景な何もない部屋だった。「急にすまんな。」といいながら風羽田の都合は無視して部屋に上がり込んだ。風羽田は明らかに戸惑っていた。「こっちに恋人ができたって?結婚するらしいな。」というと、何も言わなかった。

「この前、母が来ただろう?どんな話をした?恵美のことは聞いたか?」というと、「なんか、エライ金持ちと縁談があるって。恵美さん迷ってるようだから、電話入れてくれって。」

「母がそういったのか?」

「ええ、もう決まりかけてるのに迷ってるって。」

「それでいいのか?君は恵美に未練はないのか?」

「未練って、俺の立場じゃ、未練なんかあってもなくてもおんなじですよ。」

「未練はないのかって聞いてるんだよ。恵美がよそへ嫁入りしても構わないのかって聞いてるんだ。」

「そりゃ、未練がないって言うと嘘になるけど、俺がとやかく言えた立場じゃないです。」

「そんな話はしてないがね。未練はないか?ほかの男と結婚してもいいのか。これに答えてほしいんだよ」

「でも、もう決まりそうな話ですよね。金持ちで恵美さんのこと気に入ってるんですよね。」

「そんなことはどうでもいいんだ。君は恵美を無くして苦しくないのかって話をしてるんだよ。」

「いや、苦しいです。恵美さんと結婚できるように貯金をしてます。でも、結婚式を挙げる金もたまりません。いい生活なんてさせて上げれるはずもないんです。」

「母の話は嘘だよ。恵美はどんな縁談も受けてない。最近は縁談も来ないよ。君の電話を受けて恵美が寝込んでいる。そうじゃなきゃ、いいオッサンが恋愛がらみでここまで来るか?俺はこう見えても専務稼業が忙しいんだよ。施設長なんか、何が起きたかってびっくりして腰を抜かしそうになってた。君、もし恵美を無くして苦しいんだったら次の休みにうちへ来い。どうでもいいんなら、今まで通りだ。まじめに働いてくれ。次の休みはいつだ。日帰りは無理だ。わかったね。」と念を押して帰った。

次の金曜日に恵美をうちへ呼ぶことにした。来なければならない理由を梨央に考えてもらおう。


続く

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2019年10月22日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <62 フライング>

フライング
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梨央は俺が一向に動かないことにいら立っていた。ある朝突然、「真君、例のミッションはどうなっとるんだね。」とお叱りを受けた。俺は悶々としていた。そして、その日の夕方には度肝を抜かれた。

普通に夕食を食べていると、「真君、君には悪いがね、例のミッションは他の人を抜擢したよ。悪く思わんでくれ。」といわれた。「誰に頼んだんだ?」と聞くと「お母様」「うん?お義母さんか?」「いえ、浜野のお母様。」「何勝手なことしてるんだ?浜野の母にそんなことできるわけないだろうが!」と思わず叱りつけてしまった。

「真君、君、そんなに気色ばんでいいのかね。」と梨央は自信満々だ。「君、今度は服も香水も指輪も全然断らないよ。全部買ってもらうから。あの時も、買ってもらえばよかった。」と最後は妙な後悔をしていた。

梨央は恵美に内緒で浜野の母を呼び出していた。浜野の母は恵美に度々縁談を持ち込んでは断られていたそうだ。ほとほと困り果てているところへ梨央から連絡が入ったというわけだ。

風羽田が恵美の相手だということは知っている。ただ、会ったこともない、どうせろくでもない男だと思っていたら、意外にもT・コーポレーションで働いている、ひょっとしたらT・コーポレーションがらみで出世するかもしれないと踏んだはずだ。

梨央はそんな下品ことは考えない。「やっぱり親よねえ。郁美さんが説得してくれたんだけど、内覧に行ってそこで世間話的に話してくださるらしいの。母親だもの、娘が好きになった人がどんな人か確認しときたいわよねえ。反対は反対なの、だって黙って娘を連れだした人だもの簡単には許せないわよ。でもね、もしいい人だったら考え直すっておっしゃってるの。」

梨央は自分がお人よしなので他人もいい人だと思っている。最近は俺もいい人になってきている。ひょっとしたら母が娘のために動く気になったのかもしれないと思った。

それから10日後の夜、郁美から電話がかかってきた。風羽田から恵美に電話があって「居所は言えない。こちらで好きな人ができたので結婚する。もう自分のことは忘れてほしい。」といわれたそうだ。恵美は寝込んでいるらしい。母がペアブロッサムの内覧に行った結果がこれだった。

もちろん、風羽田が榊島で恋に落ちることもその相手と結婚することもあり得る。ただ、一度もそういう雰囲気を感じたことは無かった。風羽田は年に1,2回俺に電話をよこしていた。俺は風羽田が恵美とのつながりを切りたくないためだと思っていた。

恵美のためにも風羽田の真意を確認しておきたかった。梨央はショックを受けていた。なんとなく風羽田が恵美を思っていて、これを機会に二人の仲が縮まると勝手に思い込んでいたようだ。

「私余計なことしちゃったのかな?風羽田さんが恵美さんに気がないとしても、わざわざ連絡しないと思ったの。自然に消滅する感じで恵美さんに新しいご縁を紹介すればいいと思ってたの。こんなにショックな方法で切ってくるなんて思ってもみなかった。」と落ち込んだ。

「梨央、梨央は悪くない。明日榊島へ行く。日帰りできないから田原の家に泊めてもらってくれ。」というとしょんぼりして、「わかりました。ごめんなさい。私軽率で。」と半泣きになった。「真也も由梨もいるんだよ。ママが半べそでどうすんだよ。梨央は軽率なんかじゃないよ。軽率は風羽田だ。何のためにそんな連絡してきたんだ。」俺はちょっと嫌な感じがしていた。

その夜、梨央はベッドでまた「ごめんなさい。私のせいで恵美さん泣かせちゃって。」と謝った。「梨央が悪いんじゃない。梨央、俺、結婚する時、ホントはどうでもよかったんだ。ただ、T・コーポレーションの娘と結婚したら何か得するんじゃないかと思ってたんだ。」というと、また、半べそになった。梨央は俺の胸を何度もたたいた。

「それなのにハワイで完全に惚れちゃった。たった一週間だぜ。梨央もそうだろ?よく知らない男と勇気を振り絞って結婚したんだ。それでハワイの最後の朝に離れたら死ぬって言ったんだぜ。覚えてる?」「覚えてるわよ。今でも離れたら死んじゃう。」といった。

「運命ってそんなもんさ。どういう状況でも結ばれるときには結ばれる。もし、恵美と風羽田が別れたとしても、それは誰のせいでもないさ。そういう運命なんだよ。」といった。本心だった。ただ、何もしないまま別れてしまったのでは尾を引くだろうと思った。動くだけは動こう、それでダメなら諦めも早いだろう。


続く

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2019年10月21日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <61 待つ女>

待つ女

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風羽田裕也は単身で榊島へ渡った。もともと堅実な性格のようだった。ペアブロッサムでは介護補助の仕事を真面目にがんばった。施設長に人を見る目があった。今では事務職、特に経理にかかわる部門を担当していた。

几帳面な上に利益の計算もできた。経費節減の提案もできるようだった。俺から風羽田に連絡を取ることは無かったが、風羽田はは時々状況をを報告してきた。思わず「よく頑張ってるな。」と口をついて出た。

風羽田は榊島へ行く前に、恵美に連絡を取ったが行先は教えなかったようだ。恵美は頻繁に俺に連絡してきた。風羽田の行方を知るために探りを入れられているのが分かっていた。それでも恵美に風羽田の行方を教えなかった。

恵美は俺の留守中にうちへ遊びに来るようになっていた。梨央はお人よしだった。そこが好きだった。口止めはしていたが、いつか何かのはずみで言ってしまわないか心配だった。ところが、「仕事の話は一切知らない。」で通しているようだ。

恵美はだんだん梨央の手伝いをするようになって、いつの間にか梨央と友達同士のように親しくなっていた。第二子の由梨が生まれた。恵美はお手伝いさんと一緒に梨央の世話を焼いてくれた。そこに義母も加わって、家は女の園になっていた。

恵美に「梨央に風羽田の行方を問い詰めてないだろうな。」と念を押すと、「お姉さんには聞かない。お人よしだから教えちゃうに決まってるじゃない。そしたら、またお兄ちゃんにきつく叱られるでしょ?それはやっちゃいけないことだもん。」といった。

「裕ちゃんから連絡が来るのを待とうと思ってるの。あの人、最後の電話で、食べていけるって自信が付いたら連絡するっていったの。どれくらい時間がかかるかわかんないから待ちきれなかったら結婚してくれって。寂しいけどしょうがないって言ったのよ。要するに結婚しないでほしいって言いたかったんだと思うのよ。」 恵美はいつの間にか凄くいい女になっていた。

風羽田がペアブロッサムで勤続3年を迎えた。ぺアブロッサムでは、勤続3年で3万円の祝い金を渡す制度を作っていた。風羽田は興奮気味で連絡をしてきた。「私のような人間でもこういう祝い金を貰えることがあるんだと思うと感激です。」と大人っぽい口上だった。

まだ生活できる自信は付いていないのだろうか?風羽田は恵美のことを聞こうとはしなった。恵美が待っていることを教えようか?迷っていた。恵美に気持ちがあるのかないのか気になった。もし、恵美のことが好きなら、そろそろ連絡してやってほしいと思った。

恵美は今年35になる。気のない男をいつまでも待たせておくわけにはいかなかった。もし、連絡するという言葉が嘘なら恵美には縁談を世話する心づもりだった。恵美は商社のOLとして働いていたが風羽田と逃げてから無断欠勤ののちに解雇されていた。それから職に就いていなかった。けじめをつける時期が来ている。

駆け落ちは恵美主導のようだった。風羽田は、年上でハキハキものをいう恵美に引っ張られてしまうようだ。それでは恵美は幸福にはなれない気がした。本当に結婚する気なら風羽田が動かなければならない。

ある日梨央が、「ねえ風羽田さんにそれとなく、恵美さんがしょっちゅううちにいるって情報入れてみて。私が縁談世話しようかなって言ってるって。そういう情報をそれとなく流せない?それで風羽田さんが何か動いたら、進む話だと思うの。なんにもしないんだったら、本当に大阪の方へ縁談頼もうと思うの。いつまでもはっきりしないものを待たせるの恵美さんかわいそうだわ。」といった。

俺は梨央の提案に賛成した。しかし、方法がわからなかった。それとなく風羽田に情報を流す方法などなかった。


続く

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2019年10月20日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <60 死因>

死因

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俺は、風羽田がボーイ時代に通信教育で簿記2級を取っていることに好感を持った。夜の仕事をしながら通信教育を受けるのは大変だろうと普通に想像がついた。恵美の婿にいいんじゃないかと思った。ただし、少なくとも3年は様子を見なければならない、とも思った。義父が「真、ペアブロッサムに入れんかな?意外に合うんじゃないか?」

「はい、すぐに施設長に言ってみましょう。面倒見のいい人ですから裕也君のためになると思いますよ。裕也君、いいんだな。最初は厳しいよ。介護職は資格なしでできないが補助的な立場でも交代勤務になる。それに給与も年齢不相応なものになる。そこが我慢できるかどうかだ。知人とはいうが親戚とは言わない。特別扱いなしだ。」というと義父が「世間は厳しいぞ。浜野専務はまだ優しい方だ。実績を認めてもらえるように頑張れるか?」と最後は親戚の叔父さんになっていた。

義母が「浜野専務はね、強面だけど優しいの。きちんと働けば絶対認めてくれる。」といった。どうもこの人は俺をちょっと舐めてる。家の中の俺の姿を知られているからかと思った。

「裕也君、ご家族には何も言うな。ご家族から闇金にしれたらまずい。」とくぎを刺した。

「闇金に恵美の存在は知られてるか?」

「知られてないと思います。」

「そうか。中野の部屋の契約は誰の名前だ?」

「恵美さんの名前です。」

「わかった、すぐ解約する。恵美はしばらく外出させない。わかったね。呼び出し禁止だ。」

一通りの話が終わってペアブロッサムの名前の話になった。「梨の花、梨花よ。おばあちゃんの名前。おじいちゃん、ここに二人で入居しようとしてたの。それで恋女房の名前を付けたのよ。」と義母が言った。

「へえ。じゃ梨央ならペアセンターだ。」というと義父が「君もなんか施設を作るのか?」といった。恥ずかしくなって赤面してしまった。

お婆ちゃんも本当におじいちゃんが好きだったみたいで、いっつも二人でなんかくすくす笑ってたわよね。お婆ちゃん、あれでおじいちゃんのこと可愛くて仕方なかったのよ。おじいちゃんってかわいい人だったわよね。」

「会社じゃ怖かったらしい。それが婆さんにかかると可愛くなるんだ。不思議なもんだよ。なにしろ、婆さんが亡くなったらさっさと自分も逝ってしまうんだからな。」と義父が笑った。

「お爺さんなんで亡くなられたんですか?」と聞くと義父も義母も一瞬とまどったような顔をした。「ああ、卒中だ。婆さんの49日が終わった翌日に卒中で亡くなった。」と答えた。

俺はおじいさんがおばあさんの後を追って自殺したのではないかと思った。それでも、義父夫婦は、それを不幸だとは思っていないようだった。俺は自分の憶測に奇妙な落ち着きを感じた。甘くて優しい気持ちになった。

夕食になると梨央も真也を連れてやってきた。義父も義母も梨央の顔色を見て安心したようだった。


続く

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2019年10月19日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <59 ペアブロッサム>

ペアブロッサム
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裕也は金もなかったので社員寮付きの職についてはどうかと提案した。義父が「うちの老人福祉施設なら社員寮がある。仕事は楽じゃない。夜勤もある。老人介護の仕事だ。親切心、良心、介護知識、腕力が必要だ。やってみるなら担当者に話してみるが。まあ、そこは裕也君が決めることだ。」

「あの、場所はどっち方面すか?やっぱ、見つかりにくいところがいいんすけど。」

この時、義父と俺がほぼ同時に「榊島だ。」と答えた。

「えっ、榊島ですか?あのペアブロッサムっすか?」と裕也に聞かれた。

「知ってるのか?」

「ええ、俺の爺ちゃんがあそこに入居してたんす。婆ちゃんがなくなってから、あの中野の家を売ってペアブロッサムに入って、あそこで亡くなりました。」

「そうかあ、全く知らなかった。入居者の名前まではこちらでわからんからなあ。ご縁だなあ。」と言いながらキッチンに居た義母を呼んだ。「裕也君のお爺さんはペアブロッサムで亡くなったらしい。」といった。

義母は目を丸くして、「まあ、それはご縁だわねえ。ねえ、お宅のお墓に香織って名前があるでしょ?それが主人のお母さんなのよ。ペアブロッサムにおられたお爺様の妹さんになるの。だから、あなたのご両親とうちは従妹関係なのよ。まあ全く面識もないし戸籍もつながってないんだけど。」といった。

「お義父さん、こりゃ決まりですかね。それに裕也君、言葉はあれですけど、しっかりしてますよ。今回金で失敗しましたけど、金にしっかりしてます。」

「俺、簿記2級なんすよ。商売するのに絶対いると思ってボーイ時代に通信教育受けたんす。」「ほお〜、なかなか努力家だなあ。」と義父が感心した。

続く

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2019年10月18日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <58 破産>

破産

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田原の家で風羽田裕也の借金について話し合った。風羽田裕也は涙目になっていた。義父が裕也に自分の親に居場所だけでも連絡をするように言った。裕也は言われた通り電話をしたが、「もう、縁を切った。居場所は知りたくない。」といわれたそうだ。闇金は親の家に押しかけていた。

風羽田の家は三代続いた公務員の家だそうだ。祖父と祖母は区役所の職員、その息子夫婦は二人とも教師、その子供である兄は文科省職員。裕也だけが大学進学に失敗して今また事業にも失敗していた。ただ失敗しただけではなく大きな借金を抱えていた。風羽田の家族からはどうしようもない馬鹿な奴だといわれているらしい。

「俺、成功して鼻明かしてやりたかったんすけど、やっぱ頭悪いと甘い言葉に引っかかっちゃうんですよね。ホントはもっと小規模でこじんまりやろうと思ってたんすけど、金貸すからでっかくやれって言われて、最初はことわってたんすけど、気が付いたら断れなくなっちゃってて、なんかガラの悪い店になってて、毎日売り上げ取られて、借金減らなくて、なんか、もう何やってるんだかわからなくなって。」と初めて感情をあらわにして泣いた。

「恵美さん、開店当初から来てくれてて危ないから来ないほうがいいって言ったら泣いちゃって。そんで俺の部屋に来てもらったんすよ。本気で惚れちゃって落ち着いたら結婚したいなって思ってたんすけど、一文無しで宿なしで。もう俺みたいなやつ相手にしてたら不幸になっちゃうし、第一、闇金の奴ら何するかわかんないですし。家に帰ってもらってよかった。もう俺みたいなろくでなしとは縁切った方が恵美さんのためっすから。」とまた泣いた。

悪い奴じゃないと思ったが言葉遣いがなってなかった。水商売と言っても客層の良くない店で働いていたのだとわかった。

「まあ、ちょっと経験不足だったな。とにかく借金を何とかしなきゃな。コツコツ返したところで闇金の方は絶対ん減らん。闇金は闇金でも金融業者じゃなくてほんもののやくざに引っかかったようだ。銀行の分はコツコツ返して意味があるように思うがな。」というと、義父は「破産というテもあるが、破産してしまうと10年間は何にもできん。しかしなあ、闇金と縁を切りたきゃ破産しかないように思うがね。」

「破産して家に迷惑は掛かりませんか?」

「闇金の質にもよるが君をひっかけたところは親兄弟に迷惑かけるだろうね。破産してもしなくてもかけるよ。おんなじだ。」

「家に迷惑が掛かった場合どうすればいいんですかね。」「まあ、闇金やくざを抑え込むのは、それより力のある組織だけだね。まあ、うちにしても真のところにしても、この業界で長くやってれば強面の社員ぐらいは抱えているがね。それに、僕は日本一たくさん武器を持ってて日本一構成員の多い組織に伝手がある。」

「えっどこですか?その組織?」

「警察だよ。違法なことで迷惑をかけられたら被害届を出すのが一番だ。闇金やくざだって800万ぐらいで警察と揉めたくないからな。それに多分もう元を取ってるだろう。3年弱やられてるんだろう?」

「俺もそう思うよ。おすすめのコースは破産して、10年間東京を離れてコツコツ働く。これしかないと思うがね。ただし、この先10年はしんどいと思うよ。よくあるのが、破産後の生活に疲れてまた借金するケースだ。銀行や大手ローン会社は借りられないから、また闇金だ。そして今度こそ抜けられなくなる。そういうリスクは覚悟しなくちゃな。」

「でも、俺一文無しなんすよ。東京離れてったって部屋借りる金もないっす。」「社員寮のある会社で勤めたらどうだ?」「俺思い付くのはホストか山奥の建築現場ですけど、どっちも無理っす。酒飲めないし力ありません。」

裕也は都会の堅実な家に育ったので荒い仕事は無理だろうと思った。



続く

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2019年10月17日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <57 恋心>

恋心
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梨央に強い言葉を投げて怒らせてしまった日の翌日、義母や父から電話がかかってきた。無事に仲直りしたことをいうと喜んでくれた。父から「あの人を大事にしなきゃ罰が当たるぞ。立派なご家族だ。」といった。

何をきれいごと言ってやがるんだ。自分は何もせずにただ見ていただけだった。そして娘を家に連れて帰った。父が今まで事業を継続させてきたのは、自分は動かず利益だけをそっとかすめ取る手法だとわかってきた。今も息子が田原家に気に入られたら何か得をすると思っているに違いなかった。

恵美からも連絡がきた。「お兄ちゃん、ごめんね。お兄ちゃんイライラさせちゃって。お姉さんに迷惑かけちゃった。お願いだからお姉さんに当たらないで。」といった。「もう、仲直りしたよ。お母さん騒いでるのか?」「ううん。落ち着いてる。っていうか気が抜けて寝込んでる。裕ちゃん、どうしてる?」と聞かれた。

「夜、また話す予定だ。お前、これから、あいつとどうしたいか考えろ。」というと、「結婚したい、裕ちゃんを支えたいの。」と答えた。

「ゆっくり考えろ。ちょっと時間がたってから結論を出した方がいい。これはあっちも同じだぞ。向こうが一人になりたいっていう可能性もある。とにかく落ち着いて考えろ。」

「そんなことあるかな?裕ちゃん別れたがるかな?」

「わからんよ。とにかくゆっくり考えろ。」と電話を切った。妹がかわいそうだった。恋につかれた女だった。

俺は妹や父のことを考えた。継母は感情的で身勝手だった。泣き出すと手に負えなくなった。父はなぜそんな女のために家庭をないがしろにしたのだろうか?今だって継母のいいなりだった。父はなぜあんな女と別れないんだろうか?

恵美だってそうだ。風羽田は無口であまりしゃべらない。大きな借金を抱えていて将来だってどうなるかわからない。そんな男と結婚したいという。

そいうえば梨沙ちゃんだってそうだ。梨沙ちゃんなら、もっと若くて金持ちの男と結婚できるだろう。なのに詩音を選んだ。しかも、子供が持てない体だった。それでも詩音以外には目もくれなかった。

多分、父も恵美も性愛に突き動かされていたのだろうと思った。それを卑しいとは思わなかった。もし、梨央の性格がヒステリックで利己的だったら俺は梨央と暮らせるだろうか?暮らせなかったかもしれない。それでも、きっと結婚していたと思う。あのころ俺は梨央の性的な魅力におぼれていた。

そして俺は梨央の忌まわしい事故経験に付け込んで何か得をしようとして結婚をしたのだと思い出した。しかも、それは家の意向だと自分の責任を家族に押し付けていた。人のことをとやかく言う立場ではなかった。

梨央はどうだ。梨央はなぜおれを選んだ。俺がおじいさんに似ていたからだ。それに、梨沙ちゃんが自分のせいで結婚しないと思っていたからだ。それでも、ハワイの5日目の夜には離れたら死ぬかもしれないといった。なぜたった5日間で死ぬほど惚れた?

多分、父も継母も恵美も梨沙ちゃんも梨央も俺も同じだ。恋をして恋心から逃げられなくなったんだ。そう思うと、俺の母はかわいそうだった。多分父に惚れていただろう。父以外の男を知らなかっただろう。それなのに、父は外に家庭があって子供がいた。

母は生涯に一度の恋に破れたのだ。恋に破れた女はかわいそうだ。恵美の恋心をかなえてやりたかった。

続く

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