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2019年09月26日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <36 義父の好意>

義父の好意
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義父は俺に無理な説得をしていた。継母に実母の実家からの遺産で作り上げられた資産をかすめ取られた。それを我慢しろという。こんな無理な説得はなかった。

不思議なことに、言う通りにしようと思った。祖父が亡くなってからというもの、俺に物事を諭して言い含めてくれるものはいなかった。会社のことはベテランの役員にいろいろ相談をした。だが誰も俺のプライベートなことに口出しをするものはなかった。皆俺の複雑な立場を理解していた。義父だってわかっているはずだ。それでも、ここは我慢をしろというわけだ。

この人は優しい。この話は梨央にも義母にも知らせていないはずだ。こういう優しさに触れたのは久しぶりだった。こんなに優しくされたんだからそれで十分だった。俺は単純に納得した。多分、これは金の仏様のプログラムだ。

義父の考えは分かっていた。ここを我慢する代わりにご褒美をくれるのだ。だが、ここは俺の我慢のしどころだった。自分の実家の不始末を我慢したからと言って、田原家からご褒美をもらうわけにはいかなかった。

「まあ、お義父さんのおっしゃる通り、この後もゴタゴタ名義をいじってたんじゃホントに出費が馬鹿にならになりませんから。納得しますよ。これで片が付けばそれはそれでいいですから。」なんとなく拗ねたものの言い方になった。

「納得してくれたんなら君からお母さんにそう連絡したらどうかね。きっと喜ばれると思うがね。長年の確執からも解放されるんじゃないのかね?ここを無理をして取り返せば、今度は君と妹さんたちの間にも恨みつらみが残ると思うんだよ。君が悔しい気持ちを抑えてくれて僕もほっとしたよ。ところで、大阪の田原興産のビル知ってるだろ。古いビルだが場所がいいんでよく稼いでくれる。老朽化が問題になる前に何とかしたいんだ。君の方で何とか対策が立てられるかな?田原からはTコーポに一任だが僕としては君に一任したいんだがね。僕がやるよりは近くの君がやる方が安心だし、君は田原にも信用がある。世話をかけるが。」

頼み事の形で言っているが要は大きな仕事をくれる訳だ。「いや、お義父さん、それは筋が違います。これは浜野の家の問題です。浜野興産とも関係のないプライベートな話です。それについてお義父さんに心配をかけて、その上そのような気遣いをしていただくわけにはいかないんです。」

「何も気遣いをしてるんじゃない。仕事を頼んでいるんだ。面倒だけども何とか協力してくれんかね。」

「いや、それは遠慮させていただきます。」

「たしかに、妻の実家と深くなりすぎるのは気づまりなこともあるだろうけれど何とか頼めんかね。」と低姿勢だ。

「いや、妻の実家だから気づまりなんじゃありません。やっぱり、浜野の恥を見られて辛いんです。」

「そうかあ、残念だね。ま、気が変わったら連絡頼む。ちょっと急ぐ話だ。君にTコーポにかかわってほしいのは本音だ。というより、君しかいないと思っている。家内はTコーポの大株主だ。株主たってのお願いでもある。」と言ってくれた。こちらの方の話は、まだ先の話だし有難く受けるのが真也の父としての務めだと思った。

わかっているのに笑顔が出なかった。義父に頭をさげさせてしまった。俺はビジネスでは如才ないがプライベートは不器用だった。


続く

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2019年09月25日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <35 無理な説得>

無理な説得

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義父は俺の家の事情、俺の立場を理解していた。「お義母さんも焦られたんだろう。君は怒るかもしれないが、ここはお義母さんの気持ちを理解すべきだよ。すくなくとも理解を示すべきだ。」と意外に強い口調で言われた。祖父以外の人間にこういうものの言われ方をしたのは初めてだった。不思議に腹が立たなかった。

「多分お父さんはお義母さんに押されてこういうことになったのだと思う。梨央は君に頼り切っているからわからんが僕の家も妻は強い。」「いえ、私も梨央には逆らえません。」というと義父は「そうか!」と言って破顔した。「それなら、お父さんの立場も理解できるだろう。」といった。

「実は梨沙の結婚の直前に君のお父さんに偶然お会いした。1時間もたたない間だったが二人で飲んだんだ。その時に君とご家族の関係を聞いた。君が怒るのも無理もない話だ。お父さんもそれは分かっておられたよ。実は僕はね実母の顔を知らないんだ。僕が生後11カ月のときに亡くなっている。僕は、この田原の養子になって幸福に育った。そのまま、田原の娘と結婚した。だから君の気持ちがわかるとは言わない。それでも、自分が養子だと知った時には足元がぐらぐらするほど動揺したよ。」

そんなような話は梨央から聞いていた。「パパとママは兄弟として育ったけれど結婚した。」という言い方だったのでずいぶん古風な方法だと思っていた。しかし、ことはそんなに単純なことではないようだ。

「僕は田原隆の実兄だが父の愛人の子供だ。隆は本妻の子供だ。君とは逆の立場かもしれない。しかし、君には親しみを感じている。僕たちの祖父と似ているからだ。顔つきもだが物腰が本当によく似ている。祖父はね、この家ではスターだ。僕の父も祖父を尊敬していた。その祖父がね愛人の子だったんだ。田原の娘と結婚して今のTコープを創業した。この家のものは皆、君が好きだ。梨央の夫というより君個人に好感を持っているし、ビジネスマンとしても期待している。詩音君も君を頼りにしているようだ。どうだろう。養子になれとは言わないがTコーポの仕事に重点を置くことは出来んかね?」といわれた。

なんと、結婚したときの俺の欲得づくの想いが実現した。老舗企業に入り込んで何とか利益を取り込んでやろうとしていた。ところが今の義父の話ではもっと深くはいることになる。実際、詩音は画業に専念するだろうから次期社長は梨沙ちゃんだ。梨沙ちゃんの片腕にということだろう。悪い話ではない。むしろ思うつぼだった。

不思議なことに、このごろ俺はとてもいい人になっていた。プライベートであまり欲得づくになれなかった。それでも、この話を受ければやがては真也のためになる。浜野興産の事業の数倍にはなると計算していた。

「真也にTコーポにかかわってほしい気もある。梨沙の家に子供ができないとなれば、あながちジジイの空想でもない話だ。もっともこれはあと20年もたってからの話だ。」義父は俺の心を見透かしていた。

「実は私は鎌倉に家を持っています。浜野興産に貸して料理旅館を経営しています。といっても、規模は小さなものです。母と暮らした敷地なので、この家さえ残れば東京の家には未練はないんです。ただ、こういう形で取られるのは気分の悪いものです。」

「君の言い分は分かる。普通に考えて裏切り行為だ。でも、これ以上何かを触ればそれだけで、君の家に大きな負担がかかる。今回名義を変えるについても出費は相当なものだったろう。これを戻せばまた費用がかかる。もちろん君がこの家に未練があるなら話は別だ。執着がないんなら、このままにしてはどうかね。

所有権はお義母さんのを移転したままにすればどうかと思っている。君が執着のある鎌倉のお家を確保するということでどうかね。こういうことを君の口からお義母さんに伝えればお義母さんも安心されるんじゃないのかね。ただし、この広告はすぐに中止するんだ。事情が分かれば誰でも浜野興産の資金繰りを疑う。下手すれば倒産物だ。」義父は浜野興産を心配してくれていると同時に俺に大きな負担をしろと言っている。大きな怒りを黙って抑えろと言っている。そんなことを言われる義理はなかった。

続く

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2019年09月24日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央<34 裏切り>

裏切り

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「実はインドネシアの取引先から調査依頼が来た。その物件がこれだ。」と見せられたのは、なんと俺の実家だった。東京郊外の住宅地でその地域では大きな家でいかにも若い世代が喜びそうな洋館だった。国内ではなく海外で売り出されている。名義人は母になっている。実家の名義など確認したこともないが要するに俺には何の相談もなく継母に移っていたわけだ。

もともと父の名義なのだから父が了解していれば法的には何の問題もない。しかし、父が自分に一言の相談もなく家の名義を変えるとは思えなかった。思いたくなかった。屈辱だった。ただ継母に奪われただけでも許しがたいのに、それが売りに出されているとはどういうことだろうか?自分の実家が情けなかった。

「ご実家の事業はどうだ?資金繰りに問題はないか?急いで調べるんだ。私に相談してほしい。私としては、君に傷を負わせたくない。」「いえ、会社の資金繰りには問題はありません。実務者は私です。どうして売りに出したのかよくわかりません。」

「そうだな。会社の資金繰りの問題ならお義母さんの名義にする必要はないな。お義母さん焦っておられるんじゃないのかね。君がうちへ来てしまって、浜野興産の事業も君が仕切っているとなれば、自分は何もなくなるんじゃないかと焦っておられるんじゃないのかね。

君とは芳しくないそうだから心配になってしまわれたのかな。うちに乗っ取られるような気がしておられるのかもしれん。それで、自宅だけでも確保しようとされたのかもしれん。」家の中の事情を言い当てられて恥ずかしかった。

俺の実母は浜野の家付き娘だった。父を婿養子に迎えたが、父は母の両親との折り合いが悪く、仕事を口実にして東京で別宅を持った。結婚して3年後にはもう別居していたのだ。俺は鎌倉の浜野の本宅で母に育てられた。その母は俺が9歳の時に亡くなった。

それからずっと祖父母に育てられた。11歳の時に祖母が亡くなり13歳の時に祖父が亡くなった、祖父の遺産は全て俺が相続していた。それから東京の父の家に移った。家には妹がいた。もちろん分かっていたが、俺は長い間妹たちは母の連れ子だと思っていた。父の実子は自分だけだと思っていた。

俺が13歳の時、妹たちは6歳と4歳だった。でも、父が再婚したのは母が亡くなって2年後なのだから子供の知恵ではどう考えても連れ子のはずだった。母の存命中によそで父の子供ができているとは夢にも思っていなかった。父は仕事で東京に暮らしていると教えられて育った。

妹たちが父の実子だということを知ったのは14歳の時だった。この後は父も継母も妹も嫌いになった。俺は家の中で一人ぼっちだった。資産を持っているという理由で引き取られたということに気が付き始めていた。俺の資産は父の事業につぎ込まれるようになっていた。

父の事業は成功していった。そして、当然のように俺は大学を卒業すると父の会社に入って30代になった時には役員になり、結婚を機に常務取締役になっていた。会社は俺がいなければ回らないだろう。会社は俺が継ぐ、これは当然だし、事実、会社の資産で俺の名義のものは多かった。

その俺が田原の家に入ってしまえば、浜野興産はほぼ田原のものになってしまう。会社には妹たちの入る余地がなくなってしまう。継母は不安になってこんなみっともない真似をしたのだ。

母は大嫌いだった。俺の実母が亡くなった年に妹を出産した。好きになれるはずもなかった。妹も嫌いだった。しかし、梨央と結婚してから俺はずいぶんいい人になっていた。妹に責任がないことが理解できるようになっていた。できることなら妹が働いて会社の何らかの役を引き受ければ、父の遺産相続もスムーズだろうと思っていた。

しかし、妹たちはそんな教育を受けなかった。誰かの妻になって、その夫を会社に入れる算段だった。それはそれでよかった。ところが継母が、娘たちの縁談が進まないのに業を煮やした形だ。もっと本気で妹たちの縁談に気を配るべきだった。


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2019年09月23日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <33 エクササイズジム経営>

エクササイズジム経営

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真也が1歳になるころ、東京の義父からエクササイズジムの大阪出店の話が来た。「南大阪は今なら賃料があまり高くない。今に地価が上がって賃料があがれば進出できなくなるといわれたが君の感触はどうだ。」と聞かれた。実は田原興産は大阪の中心地にエクササイズジムを出店したい意向が有りながら機会を逃していた。なんとなく、梨央の影がちらついた。梨央は自分のダイエットのために自分に便利な場所にエクササイズジムを誘致しようと画策したようだった。

自分の父親に大阪出店を説得しようとしていた。なんとわがままなお嬢様だと思ったが、実際、この機を逃したらTコーポレーションは、大阪出店を諦めなければならないかもしれない。この先、この付近の賃料も高くなってますます難しくなるだろう。ひょっとしたら梨央に商機に敏感なのかもしれないと思った。代々続いた不動産会社の娘だ。それくらいの勘があっても不思議ではなかった。

義父が度々家に泊まるようになった。どうも仕事にかこつけて孫に会いに来るようだ。ちょいちょい義母も付いてくる。義母は相変わらず俺にずけずけ物を言いながら梨央をサポートしてくれた。気を使わないというと嘘になるが、帰宅が億劫になるようなことは無かった。

義父は、いよいよ大阪出店の意思を固めたようだった。大阪市内でも最も南にある繁華街での出店だった。梨央は自分の希望が通って機嫌がよかった。結局はその運営をこちらに任せたいという話になった。特に面倒だとは思わなかった。ただ、何とはなしに取り込まれている感じはしていた。

俺の実家からすれば思うつぼだった。俺が田原の事業を取り込んでいると思うだろう。しかし、実感としては俺が田原の家に取り込まれている感じがする。気が付けば浜野興産がいつの間にかTコーポレーションの子会社になっているかもしれない、そんな気がした。

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2019年09月22日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <32 再開>

再開

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その夜はベッドで梨央を放さなかった。「どうして?嫌なの?もう俺のこと嫌いになった?」と少し問い詰める形になった。「嫌いだなんて、凄く大好きよ。優しいしハンサムだわ。」「じゃ、どうしてダメなのかな?」

「だって、身体が戻ってないもの。」「9カ月って戻らないの?まだ辛い?」「だって、太ってるんだもの。」「太っててもいいじゃないか。」「でも、あなた幻滅するわ。」「どうして?太ってもちっとも嫌じゃない。それに梨央そんなに太ってないじゃないか。」

「でもあなたを喜ばせてあげられないかもしれない。」「なんで、そんな風に思うのかな?俺は梨央の喜ぶ顔が見たい。梨央のあの時の声がききたい。梨央に入りたい。」そういいながら、キスすると、少し呼吸が早くなった。

首や肩にもキスをした。「でも、あなた、出産ってすごいのよ。ねえ、私の体から真ちゃんが出てきたのよ。ねえ、どんなことになってるか怖いの。ねえ、あなた幻滅しないって約束できる?」「俺の子供を産んだ大事な体だよ。幻滅なんてするわけないだろ?ちょっと試そう。嫌ならすぐやめるから。」と言って抱きしめた。梨央の体の奥からパチパチという音が聞こえた。

梨央は本当に以前より太っていた。「梨央、ずっと辛かったんじゃないのか?」と聞いてみた。梨央は俺の胸に顔をうずめてうなずいた。「なんで言わなかった?俺はいつでもOKだったのに。」「だって、あなたに幻滅されるのが怖かったの。なんだか急に老け込んだ気がするのよ。」「そんなことない。」といいながら、出産直後の梨央を思い出した。義母が来てくれていた時期、梨央は3時間ごとに起きて真也におっぱいを上げていた。こんな日々が2カ月ぐらい続いていた。

そのころはずいぶんやつれていた。ただ、俺はそれを老けたとは思っていなかった。むしろ、よく頑張っていると思っていた。でもその気持ちを梨央に言えずにいた。そりゃそうだろ。義母がいる前でそんなこと言えるか?でも、梨央は気にしていたのだ。俺はいつも優しい言葉をかけそびれる。

真也は聞き分けのいい息子だった。その夜は全く泣かなかった。次の日の夜も泣かなかった。もう、夜は両親を二人にしてやろうと思ってくれたようだ。そろそろ、胸のレンタル期間も終了しそうだった。

続く
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2019年09月21日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <31 産後クライシス>

産後クライシス
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真也が生まれて、もう9カ月、毎日元気な泣き声が響き渡り我が家は一ぺんに家庭の色が濃くなった。食事の時間は梨央と俺が横並びで、その横とも前ともいえない中途半端な位置に真也のベビーラックがある。

梨央は真也をあやしたり俺に話しかけたりしながら食事をする。いいママだった。梨央が俺に手をかけられないときには、一人で食べるがほったらかしの感じはない。梨央が食事をしている間は俺が真也をあやしていることもある。

俺はべたべたしたもの、湿ったものが嫌いだ。食事中も脂っこいものを食べたときにはよく口を拭く。ところが真也がよだれまみれの手で、俺の頬をぺちっとやっても気にならない、その手で鼻や顎をぐにゅっとつかまれても気にならない。子供ってそんなものだった。特に不満はないし家庭は安らぎの場所だった。

たった一つ気になるのが夜のことだった。梨央の妊娠が分かってからは慎んでいた。それでも、夜眠れないときには梨央が気を利かせてくれることもあった。そういうときの梨央は優しくて、それなりに十分満足していた。しかも最後には必ず、あなたとってもハンサムだったわ。あの時に私の名前を呼んでくれるのよ。知ってる?あの声を聴くとホントに幸せな気分になるの。」などと持ち上げてくれる。夫として妻に尽くされている喜びがあった。

それでも、産後間もない妻だ。しょっちゅう、「大丈夫かか?ありがとう。」と礼を言ったり謝ったりしていた。しかし、もう産後9カ月だ。もういい加減再開してもいいんじゃないかといらだっていた。

梨央は外出の時には必ず手をつなぐか腕を組むかした。出産前の梨央は俺が腰に手を回すとしなだれかかってきた。出先でも二人きりになると、べったりと甘えかかってきた。ところが出産後は、腕は組むが腰は触らせない。腰に手をまわしかけるとそれとなく荷物を持ちなおしたりして体を離してしまう。これが巷でいう産後クライシスというものかと悩んだ。

梨央はいつだって優しいし嫌われている気はしない。嫌いな男にあんなことできないだろうと思うけれど、誘いをかけるとそれとなく逃げられてしまう。そしていつもの通り、尽くす妻に徹するのだ。俺はいつも礼をいう。いい加減に嫌気がさしてきた。俺はただ尽くされていれば満足という性格ではなかった。梨央の喜ぶ顔を見て喜ぶ声を聞きたかった。
続く

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2019年09月20日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <30 むせび泣き>

むせび泣き
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予定日を過ぎて4日目だった。予定日って何なんだ。予定通り生まれないのか?毎日今か今かと待っていた。いい加減じれていた。東京の義母は予定日の一週間前にはこちらへ来てくれた。俺がいるときには俺が車で送る。俺がいないときには義母が送ることにしていた。呑気に車で送っていていいのか?救急車が要るんじゃないのか?俺はいちいちうるさいらしい。

夜8時ごろになって、梨央がお腹が痛いと言い出した。顔が紅潮して興奮と不安が入り混じった複雑な表情だった。これから始まることが人生の重大事で恐ろしく苦しいことだと知っているからだった。俺も顔が引きつった。

病院へ電話すると看護師にのどかな声で「いつ頃からですか?」と聞かれたので「もう10分以上たちます。」と答えると「じゃ、まだまだですねえ。もう少し様子を見ましょうか。ひょっとしたら治まってしまうかもしれませんからね。」といわれてしまった。まだ待つのかと思うと気分がひりひりした。

それでも、その30分後には本格的な陣痛が始まった。義母は真剣な顔で梨央の荷物をまとめて
僕たちは病院へ向かった。車の中で俺は顔面蒼白になっていたらしい。本当にこんなに緊張するのは人生で二度目だ。一度目は母の容態が急変したとき。二度目が今だ。

俺は弱い男だった。ずっと肩ひじ張って生きてきた。母のことがあるので、梨央も心配でしょうがなかった。「梨央、梨央、頑張れよ。俺が付いてるからな。絶対大丈夫だからな。」と声をかけた。義母が聞いていても平気だった。もう恥も外聞もなかった。梨央は顔をゆがめながらも「ええ、ありがとう。あなたお祈りしてね。」といった。ときどき治まると見えて、その時には「あんまり長くなるようだったら、帝王切開してもいい?」と聞く。「当たり前だろう。とにかく無事が一番なんだ。」と答えた。

病室では梨央は横になっていられないようだった。うんうん言いながら病室をうろうろした。俺は「大丈夫か?水飲むか?腰をさすろうか?」と色々声をかけた。そのうち、声も出せないような状態になった。「浜野さん、そろそろ陣痛室へ移りましょうか?」と看護師が来た。この状態で歩くのは無理だと看護師に文句を言った。

梨央が「あなた大丈夫。大丈夫だから。」と言って泣き笑いで陣痛室へ動いた。義母も俺をなダメた。梨央の声は尋常ではない声に変わっていった。不思議なことに、「母さんお願いします。守ってください。母さん、守ってください。お願いします。」と唱えて両手を組んで握りしめていた。

義母は、落ち着かないのは同じだが俺ほど深刻な顔はしていなかった。看護師がだいぶ進んできました。分娩室へ移ります。多分朝方には生まれると思います。」と明るい笑顔だ。梨央はまた歩かされる。あんなことして大丈夫かと怒りそうになる俺をお母さんがなダメて、「歩いた方が早く済むのよ。」と教えてくれた。

梨央の断末魔のような声が響いたと思ったとたんに。看護師が「おめでとうございます。」といった。
正直に言えば腰が抜けそうになった。喜びよりも安どの気持ちが強かった。とにかく、無事だったようだ。もう何もいらなかった。

梨央が病室に戻ってきた。やつれていたが幸福そうできれいだった。不謹慎にも色っぽいと思ってしまった。「ありがとう。」といった途端に涙があふれた。俺は残念な夫だった。梨央の手を握ったままむせび泣いてしまった。梨央も俺の手を握って泣いていた。

そこへ、義父と梨沙ちゃんが入ってきた。朝一番の飛行機でやってきたのだ。義父は病室のドアを開けてしばらく何も言わなかった。なんとなく、全員で30秒くらい黙っていた。義父が「どうした!何があった!子供はどうしたんだ!」と声を荒げた。

その時、看護師が「はい、お父さんは手を洗って、ほかの方は少し遠慮していただけますか?」と入ってきた。俺だけが別室へ呼ばれて子供を抱かせてもらえた。

興奮と喜びで一人笑いをしながら帰ってきた俺に義父は憮然として言ったものだ。「浜野君、君、ややこしいタイミングでややこしい泣き方するな。びっくりするじゃないか!」と。義父が真顔で怒っていた。義母と梨沙ちゃんは笑い転げた。梨央は「ほんとにびっくりしちゃうでしょ。」と苦笑いだった。

病院からの帰りにそのままみんなで食事をした。その間中みんなが俺のむせび泣きの話で盛り上がった。自分の情けない姿が家族の笑いの種になって、みんなが幸せそうにするのを初めて経験した。みんなにげらげら笑われて、見栄も外聞もなくなった。気楽なものだった。

梨央は1週間後には退院した。また、お義母さんが来てくれた。内心、いい加減にお手伝いさんを雇わないとお義母さんが身体を壊すんじゃないかと心配になった。そして俺の家族がやってきた。梨央は睡眠不足でやつれていた。

また、母が何か言わないか気になった。しかし、今度は父や妹たちが主にしゃべった。それにお義母さんが一緒だった。お義母さんは普段は気楽な話し方だったが、うちの両親には丁寧なあいさつで、我が家の女たちは貫禄負けしていた。

意外だったのは父が涙を流しそうに喜んだことだった。「いや、真がこんなに柔らかい表情になったのを初めて見た。梨央さんのおかげだ。本当に人生は分からんもんだ。」といった。父はそれが失言だと気づかないようだった。俺の継母の表情が一瞬凍った。


続く

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2019年09月19日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <29 里帰り出産 >

里帰り出産
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梨央は東京で産もうか大阪で産もうか悩んでいた。俺も悩んでいた。梨央と離れて暮らすのが嫌だった。梨央は最初のうちはつわりが激しくて苦しんだがそのあとは比較的元気だった。家事もゆっくりだがやってくれる。食事もいつも通り作ってくれた。こちらから出かけよう、何か買って帰るといった日は作らずに待っていた。

それでも、俺の留守中に何かあったらどうするのかそれが心配だった。東京へ帰れば常に義母が居てくれるから安心だ。東京からもいつ帰ってくるんだと度々聞かれる。俺としては気が進まなかったが梨央には帰るように言った。

梨央は、「あなた私のお腹が大きくなるの嫌なの?」と言ってなかなか東京へ行こうとしない。毎晩梨央のおなかに向かって話しかけるのが楽しみだった。ベッドで大きなおなかをした梨央と寝るのが楽しみだった。胸やおなかを触りながら抱いて寝ると幸福だった。梨央のお腹を触ると中から小さな足でけられることもあった。はっきり小さな足がおなかの中からけってくる。想像を絶していた。

それに梨央は時々は気を利かせて、優しく俺の夜のケアもしてくれた。いかにも妻に尽くされている夫という感じがしてうれしかった。結局里帰り出産はしないことになった。

義母は度々大阪へやってきては俺に嫌味をいった。曰く、あなたが帰らせたくないオーラを出すから梨央は帰りたくても帰れないのだと。そして臨月も近づいたある日、梨央が昼寝をしていて、義母と二人でコーヒーを飲んでいた。

「真さん、以前もお話しした通り私、最初の結婚で流産しているの。夫のDVと姑の嫁いびりが原因だった。3階建ての邸宅に住んでたの。3階に私たちの居室があって、1階にキッチンがあったの。いつも、一番早く起きてお手伝いさんと朝食の支度をするの。キッチンに入りさえすればお手伝いさんが休憩させてくれたわ。だからとにかくキッチンにたどり着きたかったの。その日はめまいが激しかった。気が付いたときには、階段を踏み外して腰を激しく打ち付けていたわ。その子は、まだ形にもなれないままに死んでしまったの。」義母の目が少し赤くなっていた。

「だから心配で、梨央は里帰り出産と決めていたの。でも、あなたたちを見ているうちに考えが変わった。ホントに梨央を愛してくれてありがとう。梨央が里帰りしたくないのは、あなたが自分を守ってくれていることが分かっていたからだわ。今の夫は梨沙が生まれるときも、梨央が生まれるときも毎朝実家の母に「お願いします」って挨拶して出勤したての。守られるってこういうことよね。

あなた、毎朝隣のお手伝いさんに挨拶してくれてるのよね。時々ケーキとかハンカチとか軽いプレゼントも持って行ってくれてたのよね。お手伝いさんが東京の田原に連絡をくれたの。田原の弟から夫に連絡があって。夫がとても感謝していたわ。梨央には言ってないの。だって、あの子またあなたにのぼせるじゃない。少しは親にも花を持たせてほしいもんだわ。」といった。お義母さんは俺にずけずけ物を言った。俺の実家の母よりもこの人と親しくなっていた。それから12日後に梨央が出産した。

続く

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2019年09月18日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <28 怖い夢>

怖い夢
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梨沙ちゃんの結婚式から10日ぐらい経つと梨央が夜うなされるようになった。夜中に突然、うう〜んとうなされたかと思うと抱き着いてきた日もある。時々は夜、目覚めてトイレに立つこともあった。怖い夢を見るらしい。俺は戦慄した。梨央には母のことは言っていない。口に出すものではないと思っていた。

そのうちに日中でも何かといえばソファやベッドで横になる日も出てきた。大丈夫かと声をかけると、大丈夫と答える。内心「大丈夫じゃないだろう」と思った。梨央の顔色が悪い日は心が曇った。

それでも家では極力明るく過ごした。「無理すんなよ。掃除なんてしなくても死にゃしないんだから。洗濯辛かったらパンツ買ってきてやるから。」とできるだけ明るく気を使った。

梨央も明るく「ばかねえ。洗濯は洗濯機が勝手にやってくれるわよ。お掃除はたまにさぼるかな?ちょっと我慢してよね。」と言って、実際掃除は少し手抜きの時もあった。梨央は家事好きだ。基本は手を抜かない。手を抜く日はよほど体が辛いのだ。

梨央は体調が悪くても夕食は準備してくれた。しかし、この2,3日自分が食べない日が続いた。たまりかねて、「いい加減医者に行かなきゃ。悪い病気だったらどうすんだよ!」と少しきつく言った。もし、悪い病気だったとしても今は医学も発展してるし、何よりも早期発見した方が治りやすい。そう自分を励ました。

ところが梨央はぐずぐずしてなかなか医者に行こうとしなかった。「人間なんだから調子が悪い時もあるわよ。自分の体は自分が一番よくわかってるのよ。しばらくしたらよくなるわ。」と言って、家から出る日が減っていった。母も周囲から医者に行けといわれているのに、大丈夫、大丈夫と言ってかたくなに医者に行かなかった。

俺は梨央を怒ることはまずない。梨央にきつい言葉を言えなくなっていた。たまに喧嘩になっても、梨央が俺の背中に顔をくっつけたまま「怒ってる?」と聞けば思い切りあっさり「怒ってない」とデレンとなった。いつの間にかデレデレの亭主になっていた。

しかし、その日の俺はイラ立ちが高じて「明日病院へ行け!送ってやるから。」ときつく怒ってしまった。梨央は少しむくれて「しょうがないわね。じゃ、マードレ病院までお願いね。近いし評判もいいから。」といわれてポカンとなった。

マードレ病院は会社へ行くときに通りかかる産科の専門病院だった。「サプライズ報告しようと思ったけどパパはあわてんぼだからしょうがないわね。」といった。パパと呼ばれて泣きそうになった。

「何で言ってくれなかったんだよ。言ってくれよ。本気で心配するじゃないか。」と残念なことに半べそをかいてしまった。梨央は大笑いで「あなた泣き顔すごく可愛い。」といった。

俺は迂闊だ。新婚の妻が体調が悪いと言ったら、一番先に思い付くのはこれじゃないか。病院の診断結果は妊娠3カ月だった。俺はアホだった。自分の悲しい思い出に気を取られて、ごく普通のことに気が付かなかった。うれしかった。

その夜、梨央が「多分あの夜、できたんだと思うの。あの夜、本当に感動したの。」といった。その夜がどの夜かはっきりわかった。

今後は梨央に無理をさせてはいけない。情熱的な夜はお預けだと思うと少しさびしかった。それでも新しい家族が増えるのだから「夜の元気は仕事に回さなきゃな。」と殊勝な気持ちになった。

続く

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2019年09月17日

家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央  <27 祝いの着物>

祝いの着物

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梨沙ちゃんの結婚式の前々日から東京の田原家に泊まった。新田詩音は田原家の婿養子に入って本名は田原詩音になっていた。画家としては新田詩音の名前が知られるようになっていたのでそのままにしているそうだ。

梨沙ちゃん夫婦は1週間前には新居に移って一緒に暮らしていた。新居と言っても梨央のお爺ちゃんとお婆ちゃんが住んでいた家をリフォームしたものだ。田原の本家から歩いて5分ぐらいの場所だ。立派な薔薇の花壇がある。

二人は朝早くに朝ごはんを食べに来てそのまま会場に向かった。式場はいかにも江戸っ子好みの神社だった。神社には披露宴会場もあって、そこで披露宴だった。ホテルとはちがって少し手狭のようだった。

義母も梨央も自分で着物に着替えて行くらしい。しかも梨央は自分で着物を着るという。梨央にそんなことができるなんて全く知らなかった。興味半分で梨央の着替えを見に行った。「ちょうどよかった。手伝って。」といわれて、それ取って、あれ取ってといわれながら手伝った。

手伝いながら遠い昔を思い出した。俺がまだ5歳ぐらいのころだった。母が今の梨央と同じような黒い着物を着ていた。金色のおめでたい模様が付いた着物だ。たぶん親戚の結婚式だった。普段家にいない父も同じ部屋にいた。今の俺と同じように。

母の着替えるそばで5歳の俺と遊んでいた。母の着替えが終わった時に、父が母に「おお、きれいだな。やっぱりよく似合う。」といった。母はうれしそうに「そんなことないわ。」と答えた。俺はうれしくて、部屋中をぐるぐる回った。数少ない家族の幸福な思い出だった。

梨央が着替えている横には、梨央がさっきまで身に着けていたと思われる下着が置かれていた。「梨央、着物って下着着ないのか?」と聞くと「そうなの、知らなかった。?」「じゃあ、こっから手を入れたら直接触っちゃうのか?」と着物の合わせ目のところに手を持って行くと、「触らない!」と怒られてしまった。楽しい気分だった。本当は、ちょっと悲しくなった自分を慰めるために無理に楽しくした。

父と母と一つの部屋で過ごした日から1週間ぐらいして母は突然喀血して倒れた。結核だった。俺はその日から母に直接抱かれることは無くなった。病院に見舞いに行っても、余り近づくと母が怒った。悲しくて、いつまでもぐずぐず言った。

入院は3カ月ぐらいで、その後は自宅で療養した。しかし同じ部屋で寝起きすることは許されなかった。亡くなる直前にはまた入院した。死に目には会えたが、手を触れることも許されなかった。そして、そのころには父の東京の家ではもう妹が生まれていた。今思っても母が可愛そうで仕方なかった。同時に、今の母が憎くてしょうがなかった。父も妹も大嫌いだった。

母が亡くなっても俺は父のところに引き取られることは無かった。祖父母の元で「坊ちゃま」と呼ばれて育った。そして祖母が亡くなり、祖父が亡くなってから父の元へ引き取られた。なにしろ、俺が祖父の財産を全て相続していたからだ。

その悲しい思い出に心を占領されないために梨央にいたずらをした。梨央は「もお、今着てるんだから!そんなことしたら脱げちゃうでしょ!」と怒った。「梨央、ふくれっ面が面白いよ。その面白さでいつもそばにいてほしい。」そう思った。

俺はそのころ、自分が梨央に対して執着心を持ちすぎていると感じていた。多分、祖父が亡くなってから初めて気を許して付き合った相手だからだ。


続く

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