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2019年09月20日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <30 むせび泣き>
むせび泣き
予定日を過ぎて4日目だった。予定日って何なんだ。予定通り生まれないのか?毎日今か今かと待っていた。いい加減じれていた。東京の義母は予定日の一週間前にはこちらへ来てくれた。俺がいるときには俺が車で送る。俺がいないときには義母が送ることにしていた。呑気に車で送っていていいのか?救急車が要るんじゃないのか?俺はいちいちうるさいらしい。
夜8時ごろになって、梨央がお腹が痛いと言い出した。顔が紅潮して興奮と不安が入り混じった複雑な表情だった。これから始まることが人生の重大事で恐ろしく苦しいことだと知っているからだった。俺も顔が引きつった。
病院へ電話すると看護師にのどかな声で「いつ頃からですか?」と聞かれたので「もう10分以上たちます。」と答えると「じゃ、まだまだですねえ。もう少し様子を見ましょうか。ひょっとしたら治まってしまうかもしれませんからね。」といわれてしまった。まだ待つのかと思うと気分がひりひりした。
それでも、その30分後には本格的な陣痛が始まった。義母は真剣な顔で梨央の荷物をまとめて
僕たちは病院へ向かった。車の中で俺は顔面蒼白になっていたらしい。本当にこんなに緊張するのは人生で二度目だ。一度目は母の容態が急変したとき。二度目が今だ。
俺は弱い男だった。ずっと肩ひじ張って生きてきた。母のことがあるので、梨央も心配でしょうがなかった。「梨央、梨央、頑張れよ。俺が付いてるからな。絶対大丈夫だからな。」と声をかけた。義母が聞いていても平気だった。もう恥も外聞もなかった。梨央は顔をゆがめながらも「ええ、ありがとう。あなたお祈りしてね。」といった。ときどき治まると見えて、その時には「あんまり長くなるようだったら、帝王切開してもいい?」と聞く。「当たり前だろう。とにかく無事が一番なんだ。」と答えた。
病室では梨央は横になっていられないようだった。うんうん言いながら病室をうろうろした。俺は「大丈夫か?水飲むか?腰をさすろうか?」と色々声をかけた。そのうち、声も出せないような状態になった。「浜野さん、そろそろ陣痛室へ移りましょうか?」と看護師が来た。この状態で歩くのは無理だと看護師に文句を言った。
梨央が「あなた大丈夫。大丈夫だから。」と言って泣き笑いで陣痛室へ動いた。義母も俺をなダメた。梨央の声は尋常ではない声に変わっていった。不思議なことに、「母さんお願いします。守ってください。母さん、守ってください。お願いします。」と唱えて両手を組んで握りしめていた。
義母は、落ち着かないのは同じだが俺ほど深刻な顔はしていなかった。看護師がだいぶ進んできました。分娩室へ移ります。多分朝方には生まれると思います。」と明るい笑顔だ。梨央はまた歩かされる。あんなことして大丈夫かと怒りそうになる俺をお母さんがなダメて、「歩いた方が早く済むのよ。」と教えてくれた。
梨央の断末魔のような声が響いたと思ったとたんに。看護師が「おめでとうございます。」といった。
正直に言えば腰が抜けそうになった。喜びよりも安どの気持ちが強かった。とにかく、無事だったようだ。もう何もいらなかった。
梨央が病室に戻ってきた。やつれていたが幸福そうできれいだった。不謹慎にも色っぽいと思ってしまった。「ありがとう。」といった途端に涙があふれた。俺は残念な夫だった。梨央の手を握ったままむせび泣いてしまった。梨央も俺の手を握って泣いていた。
そこへ、義父と梨沙ちゃんが入ってきた。朝一番の飛行機でやってきたのだ。義父は病室のドアを開けてしばらく何も言わなかった。なんとなく、全員で30秒くらい黙っていた。義父が「どうした!何があった!子供はどうしたんだ!」と声を荒げた。
その時、看護師が「はい、お父さんは手を洗って、ほかの方は少し遠慮していただけますか?」と入ってきた。俺だけが別室へ呼ばれて子供を抱かせてもらえた。
興奮と喜びで一人笑いをしながら帰ってきた俺に義父は憮然として言ったものだ。「浜野君、君、ややこしいタイミングでややこしい泣き方するな。びっくりするじゃないか!」と。義父が真顔で怒っていた。義母と梨沙ちゃんは笑い転げた。梨央は「ほんとにびっくりしちゃうでしょ。」と苦笑いだった。
病院からの帰りにそのままみんなで食事をした。その間中みんなが俺のむせび泣きの話で盛り上がった。自分の情けない姿が家族の笑いの種になって、みんなが幸せそうにするのを初めて経験した。みんなにげらげら笑われて、見栄も外聞もなくなった。気楽なものだった。
梨央は1週間後には退院した。また、お義母さんが来てくれた。内心、いい加減にお手伝いさんを雇わないとお義母さんが身体を壊すんじゃないかと心配になった。そして俺の家族がやってきた。梨央は睡眠不足でやつれていた。
また、母が何か言わないか気になった。しかし、今度は父や妹たちが主にしゃべった。それにお義母さんが一緒だった。お義母さんは普段は気楽な話し方だったが、うちの両親には丁寧なあいさつで、我が家の女たちは貫禄負けしていた。
意外だったのは父が涙を流しそうに喜んだことだった。「いや、真がこんなに柔らかい表情になったのを初めて見た。梨央さんのおかげだ。本当に人生は分からんもんだ。」といった。父はそれが失言だと気づかないようだった。俺の継母の表情が一瞬凍った。
続く
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予定日を過ぎて4日目だった。予定日って何なんだ。予定通り生まれないのか?毎日今か今かと待っていた。いい加減じれていた。東京の義母は予定日の一週間前にはこちらへ来てくれた。俺がいるときには俺が車で送る。俺がいないときには義母が送ることにしていた。呑気に車で送っていていいのか?救急車が要るんじゃないのか?俺はいちいちうるさいらしい。
夜8時ごろになって、梨央がお腹が痛いと言い出した。顔が紅潮して興奮と不安が入り混じった複雑な表情だった。これから始まることが人生の重大事で恐ろしく苦しいことだと知っているからだった。俺も顔が引きつった。
病院へ電話すると看護師にのどかな声で「いつ頃からですか?」と聞かれたので「もう10分以上たちます。」と答えると「じゃ、まだまだですねえ。もう少し様子を見ましょうか。ひょっとしたら治まってしまうかもしれませんからね。」といわれてしまった。まだ待つのかと思うと気分がひりひりした。
それでも、その30分後には本格的な陣痛が始まった。義母は真剣な顔で梨央の荷物をまとめて
僕たちは病院へ向かった。車の中で俺は顔面蒼白になっていたらしい。本当にこんなに緊張するのは人生で二度目だ。一度目は母の容態が急変したとき。二度目が今だ。
俺は弱い男だった。ずっと肩ひじ張って生きてきた。母のことがあるので、梨央も心配でしょうがなかった。「梨央、梨央、頑張れよ。俺が付いてるからな。絶対大丈夫だからな。」と声をかけた。義母が聞いていても平気だった。もう恥も外聞もなかった。梨央は顔をゆがめながらも「ええ、ありがとう。あなたお祈りしてね。」といった。ときどき治まると見えて、その時には「あんまり長くなるようだったら、帝王切開してもいい?」と聞く。「当たり前だろう。とにかく無事が一番なんだ。」と答えた。
病室では梨央は横になっていられないようだった。うんうん言いながら病室をうろうろした。俺は「大丈夫か?水飲むか?腰をさすろうか?」と色々声をかけた。そのうち、声も出せないような状態になった。「浜野さん、そろそろ陣痛室へ移りましょうか?」と看護師が来た。この状態で歩くのは無理だと看護師に文句を言った。
梨央が「あなた大丈夫。大丈夫だから。」と言って泣き笑いで陣痛室へ動いた。義母も俺をなダメた。梨央の声は尋常ではない声に変わっていった。不思議なことに、「母さんお願いします。守ってください。母さん、守ってください。お願いします。」と唱えて両手を組んで握りしめていた。
義母は、落ち着かないのは同じだが俺ほど深刻な顔はしていなかった。看護師がだいぶ進んできました。分娩室へ移ります。多分朝方には生まれると思います。」と明るい笑顔だ。梨央はまた歩かされる。あんなことして大丈夫かと怒りそうになる俺をお母さんがなダメて、「歩いた方が早く済むのよ。」と教えてくれた。
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梨央が病室に戻ってきた。やつれていたが幸福そうできれいだった。不謹慎にも色っぽいと思ってしまった。「ありがとう。」といった途端に涙があふれた。俺は残念な夫だった。梨央の手を握ったままむせび泣いてしまった。梨央も俺の手を握って泣いていた。
そこへ、義父と梨沙ちゃんが入ってきた。朝一番の飛行機でやってきたのだ。義父は病室のドアを開けてしばらく何も言わなかった。なんとなく、全員で30秒くらい黙っていた。義父が「どうした!何があった!子供はどうしたんだ!」と声を荒げた。
その時、看護師が「はい、お父さんは手を洗って、ほかの方は少し遠慮していただけますか?」と入ってきた。俺だけが別室へ呼ばれて子供を抱かせてもらえた。
興奮と喜びで一人笑いをしながら帰ってきた俺に義父は憮然として言ったものだ。「浜野君、君、ややこしいタイミングでややこしい泣き方するな。びっくりするじゃないか!」と。義父が真顔で怒っていた。義母と梨沙ちゃんは笑い転げた。梨央は「ほんとにびっくりしちゃうでしょ。」と苦笑いだった。
病院からの帰りにそのままみんなで食事をした。その間中みんなが俺のむせび泣きの話で盛り上がった。自分の情けない姿が家族の笑いの種になって、みんなが幸せそうにするのを初めて経験した。みんなにげらげら笑われて、見栄も外聞もなくなった。気楽なものだった。
梨央は1週間後には退院した。また、お義母さんが来てくれた。内心、いい加減にお手伝いさんを雇わないとお義母さんが身体を壊すんじゃないかと心配になった。そして俺の家族がやってきた。梨央は睡眠不足でやつれていた。
また、母が何か言わないか気になった。しかし、今度は父や妹たちが主にしゃべった。それにお義母さんが一緒だった。お義母さんは普段は気楽な話し方だったが、うちの両親には丁寧なあいさつで、我が家の女たちは貫禄負けしていた。
意外だったのは父が涙を流しそうに喜んだことだった。「いや、真がこんなに柔らかい表情になったのを初めて見た。梨央さんのおかげだ。本当に人生は分からんもんだ。」といった。父はそれが失言だと気づかないようだった。俺の継母の表情が一瞬凍った。
続く
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