こんばんは、憂です。('-'*)
いよいよ ゆめにっき考察 も、大詰めですね。
・地獄
・火星
・窓付き
・エンディング
・火星
・窓付き
・エンディング
今回はこちらの考察と、そこから考えさせられた物事、そしてプレイ全体を通した私自身の記録等々まで含めて、ここにしたためていきます。よしなに…。
地獄
真っ赤な背景の 果て無き迷路 。ぐわんぐわんと脳を揺さぶる重低音が延々続いています。この場所を長く彷徨い続けていると気分が悪くなりそうなので注意。出入り口は数ヵ所、決まった世界と行き来ができます。
とにかく道、道、道の迷宮で、入り組んだ道筋の全貌はまるでQRコードのよう。しかし そのモザイクがタイトルの「ゆめにっき」を描いている とも言われ…ここが夢の中枢なのかと思わせます。
その名も「地獄」。このゲームの中で、プレイヤーは窓付きの地獄=現実を見ているのかな。地獄が他の世界と繋がっているところから見ても、ここが 窓付きの世界にとって集約される場所 と言えそうです。
オブジェクトとしては、
・発狂鳥人間
・自販機
・首なしのひとつ目
…くらいかな? 夢であり現実であり、自分自身でもある「ゆめにっき」 の要素が顔を覗かせています。
湖回廊
地獄から行けるエリア。湖回廊には2つのマップがあり、ひとつは別の世界から繋がっていますが、もうひとつは地獄からしか行くことができません。
水面に掛かる桟橋のマップで、水面には謎の生物が漂っています。が、特別恐ろしい印象はなく、どことなく もの寂しいようなひっそりとした空間。
地獄以外では、腹の中のマップ→湖回廊→下水道と繋がっています。腹の中からは 「釣り人」 を介してワープし、釣り上げられるように桟橋へ。
腹の中も湖回廊も、共に窓付きの内部を表す世界に見えますが…釣り人の存在がそのバランスを取っていたのかもしれませんね。ジリジリ渦巻く負の感情と、黄昏や諦めのような静かな心。どちらも前向きではないにしろ、動と静の意味では、バランスが大事ですね。
ふとる
湖回廊でGETできるエフェクト。桟橋の端で何かを猛然と食べ続けている細身の巨人に触れ、獲得します。食べることはもちろん、その人自身の細さにも意味がありそうです。
考えられる説としては2つ。
?@欲求
?A衝動
いずれにしても、 食への執着 が表れているものだと思います。飢餓状態にあるか…もしくは摂食障害とか。
個人的に感じたのは、後者の方です。食べても食べても満たされない…それと同時に痩せたいという気持ちも表れているかもしれません。だとすれば、 摂食障害(たとえば過食嘔吐など) に発展していることまで考えられます。
前者を取れば、 食事を満足に与えられていない=虐待 と受け取ることもできますね。細すぎる巨人の姿は、やせ細った現実の姿なのかも。
夢の深層(ベッドの先)
夢の中では、窓付きの部屋以外にもいくつかのベッドが点在しています。それぞれ潜ることができ、確率でワープが発生。
ワープ先はどのベッドも共通で、長い長い下り階段へ出ます。下りた先には デパートへ続く扉 と、 炎が燃え盛る通路 の2ルート。デパートは先に紹介したデパートエリアと同じですが、 ベッドから行った場合には100%で屋上へのカラーコーンが撤去されています。
宇宙船
ベッドの先にしかない、セコムマサダ先生のいる空間。奥には大きなベッドがあり、確率でイベントが発生します。地球という住処を飛び立った宇宙船は、窓付きにとって解放への希望だったかもしれませんね。
セコムマサダ先生
「先生」と呼ばれているだけあって、おそらくは大人、そして 男性 だと考えられています。
見た目こそ若干特異ではありますが、窓付きに危害を加えることもなく、話しかければ声を返してくれる存在です。少なくとも安全な相手と認識されていたのではないでしょうか。
宇宙船に乗って空を旅しているあたり、窓付きにとっては 別世界へと連れて行ってくれる存在 だったかもしれません。不思議で、未知なる可能性があったかも。窓付き自身を変えてくれるような存在だったとも考えられます。
ゆめにっきの中では珍しく、表情が豊かなのもひとつの特徴。包丁を持つ窓付きに対して後ずさりをしたり、状況に応じて声色が変わったりなど、 人間らしさ を感じさせます。故に愛着を感じやすく、人気を博すキャラクター。無論、私も好き。
墜落
宇宙船奥のベッドに潜ることで起きる、確率のイベント。 ベッドに潜る→部屋が暗くなる→墜落 という流れで発生し、このことから一定のドラマが考察されています。
まずひとつに、 ベッドに潜るということ。
ゆめにっきにおいては珍しくない挙動ですが、宇宙船のそれに限っては 入った時の膨らみ方 が違います。他のどのベッドに入る時よりも、大きいんです。
これが意味するのは、 「1人ではない」 ということ。おそらくは、 セコムマサダ先生と一緒 なのではないかと考えられています。
そしてふたつめに、 部屋が暗くなるまでの時間。
基本的に窓付きはベッドへ入るや否や別の世界へと渡っていきます。現実から夢へ入る時でさえたったの3秒ですよね。
それが、宇宙船のベッドに限っては じっくりと待たなければ暗く落ちていきません。 何故か?
考えられる意味は、「眠るまでに時間が掛かっている」ということ。つまり、ベッドに入ってから入眠するまでの間に 何らかの行為 があるということです。
そして最後に、 墜落。
これは、窓付き自身の衝撃やショック…もしくはもっと具体的に、 「堕胎」 と見る説も多いです。本来望まれたその場所ではなく、予定外に堕ちたもの…とすれば、濃厚に考え得る推察ではないでしょうか。
一連の流れからして、非常に説得力の高い見方だと思います。それほどまでにメッセージ性を感じさせる、インパクトの強いイベントなんですよね。 窓付きの心身に大きな傷を残した出来事 、その象徴だろうと思っています。
火星さん
宇宙船が不時着した惑星——火星の奥に佇むキャラクター。 「こびと」 のエフェクトがなければ、会いに行くことはできません。
悲しげな物語を感じさせる音楽に、 打ち捨てられたような寂れた空間 。その奥にひっそりと立ち、ただただ静かに涙を流し続けています。
語らずとも多くの背景を思わせる、悲しくも魅力的な存在ではないでしょうか。考察班の中でも、かなり積極的に広げられています。
火星さんの表す意味としては、
?@死に分かれた胎児
?A窓付き自身の心
とする説が有力。過去には前者の方で解釈していた私ですが、今回のプレイないし考察では後者の見方もなるほどと感じています。
どちらの説にしても、窓付きが 妊娠から堕胎を経験した故に生まれた空間 である可能性は高いでしょう。宇宙船の墜落イベントから、その事実は免れない気がします。
前者においては、火星さんそのものを「胎児」とし、悲しみの空間は 胎児の抱える悲しみ を表していると解釈します。母親に会えなかった寂しさややりきれない気持ち、無念や未練のようなものがありそうです。
火星さんを胎児と見る根拠としては、
・こびとしか通れない入り口
・空間を取り巻くノイズ
・不完全に見える姿かたち。
このあたりでしょうか。
こびとしか通れない入り口は、さながら 産道 を思わせます。産道から外へ出ることが叶わぬまま、堕ちてしまった胎児…なのでしょうか。
空間を取り巻くノイズは、 胎内 と考えることができます。どこかで聞いた話ですが、お腹の中にいる間、子どもにはビニール袋をクシャクシャと鳴らしたような音が聞こえているらしく…。
そして不完全に見える姿かたちは、 人間になりかけた命 ——胎児の象徴。まだ人の形を成していないその段階で、火星さんの命は途絶えたのかもしれませんね…。
以上の点を考慮すれば、火星さんを胎児と見るに違和感はそれほどありません。火星さん自身の空間でありながら、 窓付きとしても罪悪感や深い悲しみを滲ませた空間 と言えるでしょう。
しかしながら、後者の説も負けず劣らずの存在感。大元の出来事は同じと考えられるので、上記それぞれの点については同じ解釈でも相違ないはず。
唯一、火星さんを窓付きの心と見る根拠としては、 「包丁で刺したときの傷」 です。ゆめにっきにおける基本的な包丁の効果は 抹消 ですが、火星さんに関しては死に絶えることがありません。
涙は止まることなく、 消えない傷だけが残ります。
それは、傷を抱えてなお生き続けている窓付き自身とも捉えられないでしょうか?そしてその傷は、癒えることがない心の傷。
だとすれば、窓付きが抱える心の傷は死に至るほど強烈であり、 既に何度も崩壊を重ねている とも考えられます。
窓付き自身が包丁で傷を付けているところを見ると、あらゆる物事において 自分を責めている かもしれませんね。他人を責めることができないのかも…?優しすぎる性格ゆえか、それとも歪められた感覚のためか。
自分で自分を傷付けるようになった時、人は生きる力を失います。「自分を守れるのは自分だけ」という言葉があるように、自分は自分にとって最後の砦。
それさえも牙を剥くのであれば…あとは無防備に削られていくだけです。消えてしまうのも時間の問題ですよね。そんな状態で、どうして「生きよう」と思えるでしょう?
火星については 夢の最深部 とも呼ばれていて、窓付きの根本・本心の領域だと考察されます。窓付き自身が殺し続けてきた心の姿が、火星さんなのかもしれませんよね。
いずれにしても、火星という空間、火星さんの存在が窓付きにとって重篤な悲しみの記憶であることは間違いなさそうです。同時に、神聖かつ 窓付きにとって大切に思う世界 なのではないでしょうか。
【個人的な見解】
火星さんに関する考察はどれも安定的であり納得に足るものですが、個人的には後者の 「窓付き自身」 と見る説を提唱したいです。
が、その正体はさほど重要でなく、 存在そのものに感じる何か こそ大切だと思っています。おそらく火星さんの空間は汚れのない、純粋な悲しみの世界。傷つき、やり場を失った感情の末路ではないでしょうか。
だとすれば、その傷を負った誰かは、とても綺麗で優しい人だと思います。相手を思いやってこそ傷付くこともあるだろうし、狂った世界の中ではまともな人ほど苦痛を伴うという持論もあります。
頑張ってるから疲れるし、真剣だから傷つくし…負の要素って、必ずしも良くないところから生まれるものではないと思います。
それを信じているからこそ、陰のある人って放っておけないしそれだけでなんか好感持っちゃうというか。負の感情が暴走しちゃうのも、大丈夫だよって言ってあげたくなるね。
窓付きはきっと1人で頑張りすぎたんだろうし、そうせざるを得なかった。何もできなくても、せめてそばに寄り添ってあげられたら…そう思います。
窓付き
ゆめにっきの主人公。胸元に描かれた模様から、その名前が定着したようです。思うにこれは、 心と外を繋ぐ窓 なのではないでしょうか。そして、窓付きの窓はモザイクのように霞んでいます。
つまり。窓付きの心は誰にも見えず、 自分にさえも分からなくなっている ということなのかもしれません。
また窓付きの由来には、 「行くとダメ(ikutodame)」 を反対に読んだとする説も。現実の世界に強い拒絶を表していることが読み取れますね。
窓付きの部屋
冒頭にお話した部分ですが、これまで見てきた夢の内容を踏まえて、皆さんはどのように考えますでしょうか?
?@閉じ込められている
?A自分から閉じこもっている
この2つは似て非なる性質であり、 窓付きの意思がどこにあるか を決定的に分ける要素です。この部屋に限らず、夢の至る部分に影響する考察となるのではないでしょうか。
「閉じ込められている」というのは、つまり 監禁されている ということです。父親からの虐待を思えば、家庭内で監禁状態が生じていることも不思議ではありませんよね。 窓付きの人権が徹底的に否定・抑圧された世界観 となります。
後者に関しては、 窓付き自身が外の世界を拒絶し殻に篭っている状態 。過酷な現実が押し寄せ、自覚し、苦悩し、希死念慮が渦巻く世界観と言えるでしょう。
【個人的な見解】
2つの可能性を見た中で、私としては「出たくても出られない」のと「出たくないのに出なきゃいけない」という八方塞りな状況を考えました。窓付きにとっては、 どちらの状況も同時にあって、そのどちらにも救いがなかった んじゃないのかな。
だからこそ、終わらせるために死を選んだ。幼い少女をそこまで追い詰める、現実とはあまりにも残酷なものです。
エンディング
「自殺」 という形で終わる窓付きの生、ゆめにっき。窓付きが救われるための手段として、それが唯一だったのかはわかりません。
ですが、そこにしか希望がないと思うのは、切迫した精神状態であれば当然のことでもあります。窓付きにとっての救済は、ここにしかなかったのではないでしょうか。客観的な立場から見ても、そう思います。
皆さんは、これをどのように受け止めたのでしょう?
ここからは、エンディング=窓付きの自殺について考えを深めてみます。
自殺は悪か?
まずひとつに、「自殺は悪なのか」という点です。
一般論としては、神に与えられた命、親から授かった命を自ら絶つなんて罪深い…のかもしれません。この時点で私は若干の違和感を覚えなくもないのですが、言わんとしていることも分かるので、難しいですね。
ただはっきりと言いたいのは、 「自殺は悪ではない」 ということ。仮に命を絶つことが悪いのだとすれば、それは 本人ではなく周囲の責任 だと思います。
本当に悪いのは自殺そのものではなく、自殺に及ばせた環境や経緯なのではないでしょうか?自分を削りながら生きていくだけの世界なら、むしろ続けることの方が間違っている気がします。
もはや自分のものではなくなった人生に、否定を示して悪いことなんてあるでしょうか?
私個人としては、窓付きが何を選んでも正解だと思うし、肯定したいです。死を考える人にとっては、それが 唯一の救い だと思うから。そしてそれは、決して本人ひとりだけの問題じゃない。
と言っても状況はそれぞれですから一概に言えませんけど…自殺がどうこうっていう議論はそろそろ終わって欲しいね。背景とか過程を見れば、そもそも「自殺」だなんて一括りに考えられないと思うんだ…(※個人の意見です)。
自殺エンドは幸せなのか?
「死=BAD」と考えるのはごく普通のことで、虚無を生む結末に肯定的な感覚はなかなか得られないと思います。しかし、これを解放への手段と見れば、 ハッピーエンド と考えることもできなくはありません。不幸中の幸い程度ではありますが…。
要は、 「生きることこそ地獄で、死ぬことだけが幸せの形だった」 という考え方。それを考えさせるのがひとつのテーマだったりするのかな?
とは言え、魂という概念を抜けば、そこに救いはないとも思います。苦しいまま打ち切られた人生は、「哀しいもの」になってしまうから。生きてさえいれば可能性があるというのも、間違いではないし。
世間的には 「自ら死を選んだ可哀相な子」 としか評価されないだろうし、それも不本意ですよね。自殺を選んだ本人は、本来の自分を見失いながらも苦しみ抜いて生きていたのに。どれだけ他人を思いやって努力をしても、同情や哀れみしか残らない。
そう考えれば、生きている方が得な気もしてきます。ただそこで思うのが、 幸せの可能性なんてどう信じればいいのか? ということ。だって未来の可能性というのは、未知数で誰にも予測ができません。努力の有無に関わらず。
そんな不確かなものを頼りに、どこまで頑張れるでしょうか?確証のないものだけで、あらゆることに耐え切れますか?生きてて良かったというのは結果論に過ぎず、特別に説得力があるとは思えません。
見えないものと見てきたものとでは、その重みが違うんだから。
偏見ゴリゴリの殴り書き状態ですが…つまるところ、 どっちを選んでも本人にとっては正解 だろうということです。本人以外に、その選択を否定する資格なんてありませんよね。
願わくはその先に、その人の幸せがあってほしい。ですね。
おわりに
何一つ説明のないこのゲームでは、そのあらゆる部分にあらゆる可能性があって、限りない広がりがあると思います。 答えがないから終わりがない 、底なし沼のように深い世界です。
決して明るい世界観ではありませんが、 人間の業を考えさせてくれる という意味では、とても良いゲームなのではないでしょうか。せっかく謎めいているんだから、考えないともったいないですね。
もちろん、全てを察するのは難しいです。というか、答えのないものを察するというのもおかしな話…?なので、誰かの意見をとっかかりにしながら紐解いていけたらいいんじゃないかな。
単純に 夢の中を歩く っていう楽しみ方も、ありだと思います。どんなゲームをとっても、楽しみ方なんて人それぞれですから。それを共有していく中で、いろんな発見があったり深みを感じていけたら、また楽しいのかなって思いますよ。
私はゆめにっきを通して、 固定観念 というものを再確認しました。物事にはいろんな可能性があって、いろんな見方考え方があるんだなと…それが面白かったですね。
またその中で、自分の感覚について考えさせられることも多かった。一般論や可能性を探すのはそう難しくないとしても、 自分の中に感じるもの を見つけるのは簡単じゃなかった。
見つけられたとしてもすごく曖昧だったりして、それをなかなか表現することができなかったりもしました。自分の中のことが、一番不確かだったかもしれません。
窓付きを通して自分を省み、感覚に働きかけ、こうして表現に問いかけることもでき…改めてゲームから自分自身を考えさせられた気がします。
長い長い付き合いになりましたが、なんだかとても 不思議な時間 でした。そんないちプレイヤーの戯言にここまでお付き合いを頂きまして…感謝の気持ちをここに。挨拶として。
暗く重たい世界観ではありますが、だからこそ 辛い気持ちに優しくなれる ような、そんなゲームです。自分の感覚を再認識できるかもしれません。
あなただけのゆめにっきを、見つけてみてくださいね。
では今回はこれにて!(*゚ο゚)ゞ
タグ: ゆめにっき 考察
【このカテゴリーの最新記事】
こんにちは、当ブログ記事をお読みいただきまして、誠にありがとうございます。
10年ほど前からのゆめにっきファンでいらっしゃいましたか!私も数えてみればそれくらいが経ってしまっております。それでもたまに思い出したりして、考えを巡らせてみたくなるんですよね。分かります。
と言っても私はさほど玄人ではないので、本当にさらりさらりと多くの考察を嗜みながら組み立てていっている程度なのですが…。それだけでも、世界観を眺めているだけでも、何かに浸れるような不思議で魅力的な作品ですよね。尤も、私は鬱々とした時に思い返している嫌いがあります。それ故に惹かれるものがあるのかな、とも。
だから、窓付きに対しては、優しくありたいと思って来ました。今でもずっと、そう思います。窓付きの事が分かってあげられる訳ではないけど、窓付きにとって一番、心が楽になれるようなそんな存在になれたらいいなと。窓付きが、私だったら、どこかではそんな気持ちもあるかもしれません。
人にはそれぞれ、少なからずに抱えている闇があると思います。そのことに気が付いて、それぞれが窓付きに思いやってあげられるような気持ちを、自分に向けてあげられたらいいですね。私がゆめにっきをやる中では、そんな気持ちが常にあります。
だから、あなたにとって私の言葉が、何かの励みになればとも思います。烏滸がましいですが…。他人同士は、基本的には、支え合えないものだと思います。その無情さに、ゆめにっきは気が付かせてくれる気がしますね。
なんて、少し語りが過ぎました。でも、それがゆめにっきの特性なのかな?
色々考えさせてくれて、本当に楽しいです。
そして今回L様のようなコメントを頂けて、とても暖かく優しい気持ちになれました。ゲームをしていて、記録に残していて、よかったと心から思います。
今は不調が続いていますが、またこうして記録できる日が来て欲しいと、思います。
長くなりましたが、改めまして素敵なコメントをありがとうございました。
これからも、あなたにとって素敵なゲームがありますように。
こんにちは、当ブログ記事をお読みいただきまして、誠にありがとうございます。めちゃくちゃ今さら過ぎる返信で本当に申し訳ありません。
これまでコメントへの返信をしていなかったのですが、自分でも何故していなったのか分からず、今後は返信をしていこうと思いましたので遡りまして返信をさせて頂きました。
ゆめにっきに関する記事、読破して頂きましたとの事、大変お疲れ様でございました。楽しめて頂けたようで何よりです。ゆめにっきは良い意味で曖昧な部分が多く、多くの人の脳や心を大いに揺さぶる作品だと思っています。私も、いろんな方の考察や実況動画を見るのが好きです。楽しいですよね。
その中から、更に自分へと落とし込んでいって、自分だけのゆめにっきが見つかったら良いのだろうと思います。そしてこれからプレイを深める毎に、それも深まって変わっていくのでしょう。永遠に、終わることは無いのだと思います。
今回の記事はその一部分となるわけですが、少しでも貧困様のゆめにっきの糧になれていればと思います。
改めまして、コメントをありがとうございました。しばらく更新が出来ていない状況ですが、また何かの機会に共有できるものがあれば嬉しいです。
考察の内容だけでなく憂さんの書かれる文章に心惹かれてあっという間に全て読み終えてしまいました。窓付きを包み込むようなお言葉がとても優しく暖かくて大好きです。