2011年07月06日
3.11にカントクに起こった出来事
まず、3.11の地震による被害を受けられたへ心よりお見舞い申し上げます。
震災から100日以上経って、この記事を書くのもどうかな?とも思いましたが
ブログを休止していたころの出来事で一番大きな出来事でもあるので簡潔に書こう
かなと思います。
震災の発生当時、カントクは生産設備のメンテナンス作業をやっておりましたです。
装置の気密確認をするため、ヘリュームガスの詰まったガスボンベの移動をやっていたカントクなんですが、緊急地震速報で揺れがくると工場内に放送があったにも関わらず作業を進めていたんですね・・・
そして放送があった20秒後・・・今まで経験の無い揺れが
持っていたガスボンベのガス自体は仮に漏れても人体に影響のあるガスでは無いのですが、150kgの圧力が掛かったボンベなので、ほったらかしで逃げることもできず⇒もし転倒してボンベが壊れたら姿勢制御の無いロケットになってしまうので
ボンベを抱えたまま揺れに耐えたのでした(メッチャ怖かったっす)
揺れが収まってすぐ工場外へ退避したんですが携帯は繋がらないわ、余震の心配もあるわで従業員のほとんどが軽いパニックになっていたと思います。
幸い、誰も怪我も無く全員が非難をできたんですが、とにかくまだ3月、しかも小雪が舞っていたのでメッチャクチャ寒かった
1時間ほど、吹きさらしの広場で寒さに耐えながら指示を待ち、結果的に管理職の方以外は帰宅することになりました。
幸い、僕の家は工場から近く道路の渋滞も無く、すんなり帰宅できたんですが
帰宅して見たTVの映像は・・・現実に起こったとは信じられないような悲惨な映像でした・・・
しかしこの震災でまさか、僕の勤める会社が閉鎖するなんてこのときはまだ考えてもみなかったです・・・詳細はまた別の記事で書きますね
震災から100日以上経って、この記事を書くのもどうかな?とも思いましたが
ブログを休止していたころの出来事で一番大きな出来事でもあるので簡潔に書こう
かなと思います。
震災の発生当時、カントクは生産設備のメンテナンス作業をやっておりましたです。
装置の気密確認をするため、ヘリュームガスの詰まったガスボンベの移動をやっていたカントクなんですが、緊急地震速報で揺れがくると工場内に放送があったにも関わらず作業を進めていたんですね・・・
そして放送があった20秒後・・・今まで経験の無い揺れが
持っていたガスボンベのガス自体は仮に漏れても人体に影響のあるガスでは無いのですが、150kgの圧力が掛かったボンベなので、ほったらかしで逃げることもできず⇒もし転倒してボンベが壊れたら姿勢制御の無いロケットになってしまうので
ボンベを抱えたまま揺れに耐えたのでした(メッチャ怖かったっす)
揺れが収まってすぐ工場外へ退避したんですが携帯は繋がらないわ、余震の心配もあるわで従業員のほとんどが軽いパニックになっていたと思います。
幸い、誰も怪我も無く全員が非難をできたんですが、とにかくまだ3月、しかも小雪が舞っていたのでメッチャクチャ寒かった
1時間ほど、吹きさらしの広場で寒さに耐えながら指示を待ち、結果的に管理職の方以外は帰宅することになりました。
幸い、僕の家は工場から近く道路の渋滞も無く、すんなり帰宅できたんですが
帰宅して見たTVの映像は・・・現実に起こったとは信じられないような悲惨な映像でした・・・
しかしこの震災でまさか、僕の勤める会社が閉鎖するなんてこのときはまだ考えてもみなかったです・・・詳細はまた別の記事で書きますね