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2022年11月23日

1998年、バイクで日本一周した時の日記を晒す「最終回」〜 沖縄へ・・・そして旅が終わる 〜

*道中で出会った人物の実名はイニシャル表示、不適切、読みにくい表現は手直しを加えたが、1998年当時の旅日記 (道の駅スタンプ収集旅)をここに晒す。写真は身バレの可能性があるため載せない。
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11/17(火) くもり

いよいよ、この旅最後の沖縄へ。18時のフェリーに乗ればよいので昼頃アパートを出る。本当のところは沖縄はあまり行きたい場所ではないが「道の駅スタンプ」のため、そして「旅」を完全に終わらせるため行かねばならない。市内で時間を潰し沖縄行のフェリーに乗り込む。

沖縄へ行きたくない理由の1つに、フェリーに乗っている時間の長さがある。Sさんと一緒だとはいえ、24時間暇を潰すのは苦痛でしかない。酔い止めを飲んだとはいえ今日は波が荒く揺れが激しいので気持ちが悪い。ひたすらビールでも飲んでいたかったが、そんな気にもなれず、ひたすら寝続ける。

11/18(水) くもりのち雨

11時頃まで無理矢理、寝続ける。昼食の後も寝たり本を読んだりの繰り返し。20時20分、予定より2時間半ほど遅れようやく沖縄へ。そして23時頃、駅「許田」に着き情報ターミナル入口にテントを張る。沖縄へ行きたくない理由のもう一つに「治安の悪さ」もある。

平日だというのに五月蠅い車、バイクが夜中中走り回っている。やはり暖かい所へ行けば行くほどバカな奴らが増える。Sさんと一緒でなければ沖縄など行ってなかったかもしれないと思った。駅なので安全だとはいえ、不安で気分もよくない。寝れない夜を過ごす。

11/19(木) 雨のちくもり

テントを片付け開店を待ち、最後のスタンプを押す。目標だった全国道の駅スタンプラリーを終えると、感動し泣けてくるのではないかと常々思っていたが何とも思わない。あっさりとスタンプラリーを終える。駅で沖縄情報を調べる。今日は天気が悪いのでライダーハウスへ向かう。

すでに数台のバイクが停まっている。こんな時期にここに来るのは自分たちぐらいだと当然のように思っていたので嫌な気分。さらに、ここの連中は北海道の留萌のライダーハウスにいた奴らだ。この連中は好きではない。一方、Sさんは彼らとの久しぶりの再会で楽しそうだ。留萌と同じような雰囲気のこのライダーハウスは僕には合っていない。駅に戻るわけにもいかず今晩は我慢する。

11/20(金) 雨のちくもり

沖縄は予想以上に寒いが、鹿児島に比べれば5℃は高い。今日は自分だけ道の駅に泊まる予定で北部をSさんと一緒にまわる。駅で土産を買い、夕方山羊料理を食べに行く。その後、駅で泊まる予定だったが、あまりにも周りに暴走バイクや車が多く不安を感じたので、仕方なしに再びライダーハウスへ。やはり沖縄はバカが多く治安が悪そうだ。こんな所に住むもんじゃないとつくづく感じた。

11/21(土) くもり

予定は23日までだったが、もう帰りたくなり8時のフェリーに乗る。少しでも楽に帰るため2等寝台に乗る。自分の部屋は今のところ僕だけだ。このまま自分一人だと思っていたら徳之島から続々と人が入ってくる。こんなことなら2等でもよかったと思うがベッドに仕切りがあり、自分の空間が確保できるので落ち着いて寝られる。

11/22(日) 晴れ

さすが2等寝台だけあり熟睡した。朝8時50分、鹿児島港へ着く。フェリーを降りて走り出した瞬間、嬉しさが込み上げてきた。あと30km程走れば長かった旅もやっと終わる。もう野宿や道の駅で寝なくてもよいのだ!10時頃、鹿児島のアパートに帰った。

この旅で自分は変わったのであろうか?変われたのだろうか?何も変わっていない。今、はっきりと言えるのは、長い間働いていないので、働く自信がなくなったこと。そして旅の後半は孤独で走り続けてきたので、今まで以上に人間が嫌いになったことだ。旅の最中に思っていた「自分のやりたいことは何か?」「何の仕事をしたいのか?」この答えは見つかっていない。

ライダーハウスにダラダラと長期滞在している奴を見て、こいつらと同じにはなりたくない、早く働かなければと思える自分はまだ救いがあるのかもしれない。奴らは旅人ではなく、社会から逃げているだけの「浮浪者」なのではないか。バイクで旅をしてる連中など腐るほどいるし珍しくもない。毎日会社に行き同じ毎日を繰り返している人の方が偉いし素晴らしい。それが旅に出て唯一分かった事かもしれない。

〜 終 〜

*沖縄で別れたSさんはその後、石垣島や竹富島を満喫していた。自分は金銭的に厳しかったので、すぐに鶏肉加工工場へ再就職したのだった。

★当時を振り返る
バイクで日本一周という目標で旅立ち「自分は人と違った事をしている」という「特別感」「誇り」を持っていたが、北海道に行くと同じ様な奴らばかりでうんざりする。自分がやっていることは珍しい事でも何でもないと気付く。そんな時「北海道道の駅スタンプラリー」を始めた。

そして当時、全国に480カ所ほどある道の駅のスタンプを全て収集するという目標を持つことにより、失った特別感と誇りを取り戻そうとしたのだった。その後は、憑りつかれたように道の駅をまわる日々が始まった。今考えるとただのアホな行為だったし、こんなことしなければ旅自体を楽しめたかもしれない。

「この旅で何を得たか?」という問いには「友人」と答える。あの旅から20年以上経つが、いまだにその友人とはよく会って飲みに行ったりする。その友人がいたことにより新たな出会いもあった。もし旅をしていなければ、自分を知っている人は「親族」のみという悲しい状態だったはずだ。

この旅には続きがあり、2000年に再び新しくできた道の駅のスタンプを取りに旅立ったのである。
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