入店して半年が過ぎたあたりで勤続10年の上司が移動することになった。
系列店の方やキャストさん、それぞれが別れの挨拶に来店してくる。
込み上げてくる熱いもの抑えつつ対応する上司。
普段なら悪ノリをしてしまうところではあるが、酸いも甘いも積み上げてきた10年の思い出は如何ほどのものなのか。
それは本人しか分からない。
入社して半年ほどの浅い付き合いしかない自分が気軽に侵して良い領域ではない。
素直に尊敬しかない。
挨拶やら引継ぎやらでバタバタしつつも最終日。
「短い間やったけどもお前ともこれで最後やな、上を目指せよ」
「上昇志向は無いので遠慮しときます」
「お前…最後ぐらい『上を目指して頑張ります!』って言えよ」
「人生に糞の役にも立たない社交辞令は言わない主義です」
「はいはい、新しい責任者がきたら大きな声出せよ、お前声が小さ過ぎるから」
「そこは…頑張って善処します、はい」
「他には無いか?無いなら行くで?」
「…」
「…」
「なぁーらぁーばぁー〜…」
「?」
「大ぉーきなぁイチモツをぉーくぅださいぃいいい!!」
「!!」
「ズボンをぉ突き破るぅほどのぉおお!!大ぉーきなぁイチモツをぉーくぅださいぃ〜!!」
「おまっ、何言ってんねん!!」
「大木をぉ薙倒すぅほぉどぉのぉー!!大ぉーきなぁイチモツをぉーくぅださいぃいいい!!」
「なんでこんな時だけ声でかいねん!!」
「銭湯でぇみんながぁ二度見すぅるぅうう〜!!大ぉーきなぁイチモツをぉー私にぃ〜くぅださぁいぃ〜〜」 スチャ
「…」
「…」
「お前はお世話になった上司にそんな歌を歌うんやな!?」
「労いの挨拶は十分過ぎるほど頂いたでしょう、ならば自分からは新しい場所でも緊張せずに済むようにと思っての餞別の歌です」
「…はあ、意味が分からん」
「緊張したり不安になったら思い出して下さいね、大きなイチモツの歌」
「お前は!お前は!」
怒っていいのか情けないやら何とも言えない表情を浮かべて頭をベシベシ叩いてくる。
とても味わいのある表情だ。
しかしツッコミ程度の力加減とは言え、そう何回も叩かれると痛くなってくるので反撃に出る。
痛いです痛いですと痛いふりをしながら距離を詰めつつ隙を窺う。
バシバシと叩く力が地味に強くなる。
心なしか楽しそうだ。
というか調子に乗ってやがるな…。
今だ!
隙あり!
キャン玉袋を裏側から包むように優しく持ち上げる。
「ぬおおおおおおおう!!何すんねん!!キモイわ!!」
「目には目を、歯には歯を、パワハラにはセクハラを、セクハラにはパワハラを」
「何やそれ!!」
「感じたでしょう?」
「キモイキモイキモイ!!」
「あ!部下に向かってそんなこと言うんですね!!酷い!!最低の上司っすわ!!」
「お前こそ上司向かってなんて言う口の利き方をすんねん!最低の部下やな!!」
キャン玉袋を裏側から包むように優しく持ち上げる。
「ぬおおおおおおお!キモイキモイキモイキモイキモイキモイ!!」
「Ashes to Ashes、Dust to Dust、パワハラにはセクハラを、セクハラにはパワハラを」
「もうええわ!俺は行くからな!」
「はい、長い間お疲れさまでした。新しい場所でも体調に気を付けてください」
「じゃあな!!」
「最後までちゃんと振るのよ〜」
「キモうるさい!!」
結局いつもと同じような感じで上司は行ってしまった。
感動の別れ際?
そんなものは人生に糞ほどの役にも立ちませぬ。
人生はまだまだ続く。
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