さっちゃんのお気楽ブログ

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童話 浩太さんの風船

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 浩太は、今夜は風船が一つも売れないので、さっきから、
じっと立っていられなくなってきました。

「どうしたんだろう。この町の子どもたちは風船を知らないのかなあ」

 浩太は、風船の束をゆすってみました。
 ピンク、みどり、きいろなどの色とりどりの風船は、糸につながれたまま、
楽しそうに上に下に、左に右に思い思いに、泳ぐように踊っています。
キュッキュッ、とこすれ合って音を立てて揺れています。

空では星たちがささやきあっていました。
「あそこに、浩太さんの風船が見えるよ」
「どれ、どこ?」
「そら、あの駅前のアーケードのはずれだよ」
「ああ、ほんとだ。浩太さんが来ている。」

 夏祭りの露店が道をはさんで両側に並んでいます。
二、三軒の植木屋さんはテントなしですが、
金魚屋さんや小亀を売る店は低いテントでかこっています。
大きいテントには、おもちゃを並べたり、食べ物を売っています。
小さい屋台には、お好み焼きや、焼きリンゴや、氷水を売っていて、
やはりよく売れているのは食べ物でした。

 浩太さんの風船は、テントの列を抜け出て夜空に浮かんでいました。
照明が届かないので風船の色は冴えません。

 テントの店には電灯を吊るして、子供たちがよく見えるように、低く品物を並べていますが、
浩太さんの風船は高すぎて、空を仰がなければ、大方の人には気づかれないようでした。
だから、風船は自転車に立てた棒の先で、キュッキュッとすれ合っているだけで、
近づいてきて買ってくれる人はありません。
浩太さんは風船を売る仕事を始めて半年になりますが、夜店は今夜がはじめてでした。

「今夜はだめだ。売れそうにないなァー」
 せっかく出て来たのにと気がめいる思いで、そばの金魚すくいを見ていました。

 そんな浩太さんに星が声をかけます。
「浩太さん、風船が高すぎるんだよ」
 浩太さんはびっくりしていいました。
「高いったって、一個五十円だよ。高くないと思うけどなァ」
「高いっていうのは、背が高いってことだよ。もっと低くしたら。それでは子供に見えないんだよ」
「あっそうか」

 浩太さんは自転車にくくりつけた棒をとって、地面に立てました。
二、三個は指先に糸をまきつけてみました。
「そうだ、売り声を出さないと」と思って「ふーせん、ふーせん、ふーせんはいりませんか」
 近くにいる二、三人にやっと聞こえるぐらいの声でした。
「だめだなー。声が出ないや」

 浩太さんの気持ちは、すっかり、おちこんでしまって、どうしょうもなく、
風船を結びつけた芯棒を、むちゃくちゃにゆすってみました。
やりばのない悔しいおもいをこめて、長い風船を一つとると、
両手にはさんで、キュッキュ、キュッキュと泣かせていました。

 それを見ていた二人連れの男の子が、今にも風船が裂けそうなので、
両手で耳をふさいで、近づいてきました。
「ねえ、そうやってると、パーンと裂けるよ」と声をかけました。

 浩太さんは二人の声に気がついて、「そうだな」と恥ずかしそうにいって、手をはなすと、
プルンとはじけて、風船はもとの形にもどりました。

 二人の男の子たちは、ほっとして、耳から手をはなしました。
「哲ちゃん、一つ風船買おうか」兄の雅也が弟の哲也に言います。
「うん」と哲ちゃんと呼ばれた小さい方の子が、うれしそうに、うなづき
「ぼく、おこづかい、まだ残っとるよ」
 といってポケットに手を入れました。
「よーし、そんなら一つずつ買おう」
「ぼく、みどり」
「ぼくは、きいろ」
「一つなんぼ?」
「五十円だよ」


男の子はめいめい五十円ずつ出して風船を買いました。
「ありがとう、ぼうや」
 浩太さんは、びっくりするほどの大きい声が出ました。
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい。きれいな風船が安いよ」
 浩太さんは元気が出てきました。


小さい女の子が通りかかって、哲也の手に持った風船をみつけると、
お母さんの手をひっぱってきて、ピンクの風船を買ってくれました。


「よかったね」
 雅也と哲也は浩太さんのそばにくっついてはなれません。

雅也と哲也は、早苗というお姉さんと三人ぐらしです。
お母さんは二年前に交通事故でなくなりました。
お父さんは、大阪で仕事を見つけて出て行きました。
もう一年ぐらい、便りがありません。


始めに働いていた会社を止めてからは、どこに住んでいるのか分からないので、
電話をかけることが出来ず、手紙もどこへ出していいか分かりません。
高校を出たお姉さんが働いて、二人の世話をしてくれています。


「ねぇ、この風船に手紙をつけて、とばしてみよう」
と雅也がいい出しました。「なんて書くの?」
「お父さん、早く帰ってきて下さい。ぼくたち三人が待っています」

雅也の思いつきに哲也が賛成しました。
「そんなことしたって、風船なんか、どこへとんでゆくか、風まかせだから、
大阪へ行かないで、九州の方へ行くかもしれんよ」
とお姉さんがいいました。
「ほんでもいいんだ。お父さんが九州に行ってるかもしれんから」と哲也がいいます。
 しばらく考えていた雅也が
「そうだ、天気予報をテレビで見て、西風の吹く時にとばしたら」といいました。


二人は手紙を書いて、次の朝早く、近くの堤防の上に立って、風船をとばしました。
風船は風にのって、ずんずんと東の方へとんでいきました。
そのうちに海へでることでしょう。
 二学期が始まって、二人は風船のことを忘れていました。


秋祭りの季節になりました。八幡神社の境内で風船を売っている浩太さんを見つけました。
「やあ、ぼうや、またおあいしましたねぇ」
 浩太さんが、おどけて声をかけました。哲也が、すぐにいいました。
「ぼく、この前の風船に手紙つけてとぼしたんだよ」
「ええっ、手紙って、誰に?」
「お父さんにだよ」
「早く帰ってきてくださいって」

そうして、その時、浩太は二人のお父さんのことを知りました。
 二人が、また手紙をつけてとばすからと、こんどは風船を二つずつ買いました。
浩太さんは、そんな話をきいて知らん顔していられなくなって、
「そりゃ大変だが、お父さんに届くには、風船は多いほどよいから、二つおまけしてあげよう」
といいました。
 今度は六個の風船をとばしました。
風船は、二人の思いをのせて、高く高く昇っていきましたが、風船がお父さんを探し出すのは、
むつかしいことで、お父さんの目の届くところに、風船が、運よくとんでいくのは、
いつの日でしょうか。


 その後も、二人は何度か浩太さんの風船を買ってとばしました。

春のさくら祭り、夏のぎおん祭り、お彼岸の中日のお寺市にも行きました。
浩太さんとすっかり仲良しになりました。

雅也は中学生になりました。
でも、お父さんからの便りはありません。

 お父さんは何度か職場を変わって、千葉県にきていました。
海岸の近くの工場で、警備員になっていました。
夜中の三時頃、眠気さましに外に出てみました。
かすかに波の音が、聞こえます。
じっと立っていると、草むらからは、虫の音が足元を埋めてきます。
空を仰ぐと、たくさんの星が、キラリ、キラリ、とまたたいています。
それは、何かの信号を出しているように思われました。

「雅也は大きくなっただろうなぁ。哲ちゃんも、わんぱく盛りだろう」
 と思っているうちに、夜空に二人の顔が浮かんできました。
そして女らしく成人した早苗が、お母さんそっくりの顔で、何かしきりに叫んでいます。

 星がキラリ、キラリ。どこからか
「お父さん、早くおうちへ帰っておやりよ」
 という声が聞こえてきました。

 風船を見つけたのは、空のお星さまだったのでしょうか?

 夜が明けるのを待ちかねて、お父さんは、家へ電話をかけました。
「まーちゃん、てっちゃん、早よう起きなさい。
今電話がかかって、お父さんが帰ってくるんだって」
といいますと、二人はとび起きてきて家中を踊りまわりました。

 仕事の後しまつをしたお父さんは、おみやげをいっぱい持って元気に帰ってきました。

 浩太はその日も秋祭りの市に出かけていって、色とりどりの風船を空に泳がせていました。

二人は浩太さんに、お父さんが帰ってきたことを知らせに来て、風船を買いました。
「あれ?もう風船はいらないんじゃないか」と浩太がいうと、二人は声をそろえて

「これはお星様にあげるんだよ」と顔をかがやかせていいました。

                 おわり



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