鮭太朗のつぶやき

鮭太朗のつぶやき

紫 菫


           紫 菫

夢から醒めたお前の背中
貝殻骨からふうわりと
見えないけれど天使の翼が
右にひとつ 左にもひとつ

風を孕めば練り絹のごと
軽やかに 秘めやかに
私の心を擽りながら
何処かへ飛んで往くのだね

お前を繋ぐ枷があるなら
いっそこの身を金子に換えて
この魂の欲するままに
ふたりそぞろの道行もよし

あちらへふわり
こちらへふわり
さゆらぐ羽は浮き船のごと
我らを乗せてこの世の果てに
そよと流れて逝けばよし



宵待草
        紫 菫

黄蝶のような花びらに
甘やかな息そっと吹きかけて
今宵はきっとあの方と
契れますようにと願いごと

ひとつ、ふたつ星が見え始めたら
宵待草の花びら散らした
さら湯に真白(ましろ)の手拭絞って
熱い想いが透く肌の下
ほのかに匂いたつように
念入りに拭い清めましょう

あの方のやってくる日には
日の暮れに心躍らせながら
紺地に緋花の浴衣羽織って
そよと揺れてる宵待草と
秘めごとくらべ咲きくらべ




花綵(はなづな)
         紫 菫

この身に咲かした花の数なら
百を数えてなお余りある
そやけど、どれも実もつけん間に
風に吹かれて散り飛んでしもた

せめて一種の花だけでもええ
水蜜みたいに甘い甘い実
この身で結んで欲しかったけど
そんな願いは所詮泡沫(うたかた)

椿 水仙 梅 桜

牡丹 向日葵 緋衣草
せめて綺麗に一生閉じよ

桔梗 露草 女郎花
菫 蘭 菊 百合 薔薇(うばら)
抱かれた人に花の名ァつけて
報われなんだ思いの丈を
編んだ花綵で首括ろ



木蓮
         紫菫

柔らかな白磁の花肉の裡
お前が孕もうとしているのは
いったい誰の、形見なのだろう

決して相容れない、生と死に
その想いだけで抗いながら
注ぎ込まれた命の種を
健気に留め置こうとして

開花間近の木蓮に似た
はしたなくもなだらかな
孕み女の下腹の膨らみを
羨ましげにお前は見つめるが
嘆き叫んでもきっと手に入らぬよ
お前が望む確かな証など

だからいっそ潔く
猥らに咲いてやるがいいよ
孕み女より、より艶やかに
肉厚い木蓮の花弁の中で
孕み育てた闇を曝して




牡丹彫り
              紫 菫

心底惚れたお人を思うて
墨入れるんなら緋色の牡丹
腕で咲き切る小さい花では
成就は約束でけしまへん

薄紅色の乳首を芯に
左の胸に大輪の
血と見紛うほど赤い赤い
華咲かさんとあけしまへん

うちはしがない彫師ですけど
胸に咲かせる緋牡丹だけは
どこの誰にも負けしまへんで

想いを叶える華を咲かすと
人づてに聞く彫師の噂

叶わぬ恋の成就を夢見て
散らぬ牡丹を胸に咲かせに
破れ長屋の彫場には
今日も女郎や色子が並ぶ


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