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薩摩スチューデント・薩摩の群像




2011-10-3-eki

・新納 久修(留学生連の団長格、家老となる。)
・寺島 宗則(博物館創立者、元老院議員)
・五代 友厚(紡績桟桟の買い付け、初代大阪商工会議所会頭)
・堀 孝之(英語通訳)
・町田 久成(海軍測量学を学ぶ)
・村橋 久成(陸軍学術を学ぶ、洋式農業の技術導入、サッポロビール創設)
・畠山 義成(陸軍学術を学ぶ、初代東京開成学校長〈現東京大学〉)
・名越 時成(陸軍学術を学ぶ)
・放鳥 尚信(法律・政治を学び、日本発の外交官として仏に駐在)
・朝倉 盛明(科学を学ぶ、兵庫県生野高山局長)
・中村 博愛(医学を学ぶ、語学教授の後外交官となる)
・森 有礼(海軍測量学を学ぶ、初代文部大臣)
・書田 清成(海軍測量学を学ぶ、中米行使、農商務官を勤める)
・市来 和彦(海軍測量学を学ぶ、海軍兵学校長)
・高見 弥一(海軍測量学を学ぶ、鹿児島で中等学校教諭となる)
・東郷 愛之進(海軍機械術を学ぶ)
・町田 申四郎(海軍機械術を学ぶ)
・町田 清蔵
・長澤 鼎(アメリカへ移り、ぶどう園を経営しぶどう王といわれる)






 目の前をコトコトと路面電車が行き交う鹿児島中央駅の東口。
駅前広場に立つと、美しいフォルムの銅像が目に飛び込んでくる。西郷さんでも大久保さんでもない。たくさんの人物を集めた巨大な銅像だ。「若き薩摩の群像」とい
う銘がつけられている。空を抱くように両手を広げる像、本を片手に思索にふける像。それぞれの人生の物語をモチーフにしていることが、なんとなく見て取れる。
 群像は鎖国が続いていた幕末英国に留学させた17人の若者を讃えて建てられたものだそう。
「初代の文部大臣とか、サッポロビールをつくった人とか、すごい人たちばかりなんですよ」といかにも誇らしげだ。留学先の英国でサツマ・スチューデントと呼ばれた彼らは、西欧の学問や技術を習得し日本の各分野で偉大な業績を残した。地元の人でも、詳し
く知る人はそう多くはない。

【薩摩スチューデント若き薩摩の群像】
この像は日本開花期に大きな役割を果たした薩摩藩英国留学生を主題とした「若き薩摩の群像」である。ヨーロッパ文明の偉大さを知った薩摩藩は1865年イギリスへ
留学生を派遣した。幕府が、日本人の海外渡航を禁じていたので、離島への出張として全て変名を用いた。いちき串木野市、羽島の港より鋪日かけてイギリスへ渡った
一行は、ロンドン大学へ留学、紡績や語学、文化などを学び、イギリスでは、サツマスチューデントと呼ばれ、色々な技術を習得していった。帰国後は黎明日本の原動力となり各分野で不滅の業績を残した。

新納 久修(留学生連の団長格、家老となる。)
寺島 宗則(博物館創立者、元老院議員)
五代 友厚(紡績桟桟の買い付け、初代大阪商工会議所会頭)
堀 孝之(英語通訳)
町田 久成(海軍測量学を学ぶ)
村橋 久成(陸軍学術を学ぶ、洋式農業の技術導入、サッポロビール創設)
畠山 義成(陸軍学術を学ぶ、初代東京開成学校長〈現東京大学〉)
名越 時成(陸軍学術を学ぶ)
放鳥 尚信(法律・政治を学び、日本発の外交官として仏に駐在)
朝倉 盛明(科学を学ぶ、兵庫県生野高山局長)
中村 博愛(医学を学ぶ、語学教授の後外交官となる)
森 有礼(海軍測量学を学ぶ、初代文部大臣)
書田 清成(海軍測量学を学ぶ、中米行使、農商務官を勤める)
市来 和彦(海軍測量学を学ぶ、海軍兵学校長)
高見 弥一(海軍測量学を学ぶ、鹿児島で中等学校教諭となる)
東郷 愛之進(海軍機械術を学ぶ)
町田 申四郎(海軍機械術を学ぶ)
町田 清蔵
長澤 鼎(アメリカへ移り、ぶどう園を経営しぶどう王といわれる)


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