しゃがみこんで考える


しゃがみこんで考える



同居人ができた…

…人じゃなかった犬だった。

小さい柴犬に似た雑種。名前はジョン。

名前をつけた理由は…無い。本当に無い。

でも強いていえばこの前ヒナタが無理やり貸してくれた小説の脇役のジョージが印象強かったからかもしれない。

やっぱり屋上でジョンを見つけた日の朝キアラが飲んでた缶コーヒーがジョージアだったからかな…。

どっちでもいいけど、そしたらジョージにすればよかったのに…。

とりあえずジョンがいてくれてよかったと思うことは「キアラよけ」になったこと。

キアラは一人じゃ寂しいだろってときどき部屋に入ってきてくっついてくるから気持ち悪い。

でも最近はひとりじゃないって言ってジョンを見せると去っていく。

この前に広川に会ったらキアラが「優弥と寝れなくて淋しい」とかぼやいてたって。

親ですかあんたは、って言っといてって言っておいた…。

「くぅん」

ジョンが鼻で鳴く。しゃがみこんで、耳のつけ根をなでてやる。

するとちょっとだけ口端をあげて目尻を細めた。

「散歩行こう…」

中学生一人にとっては十分広い部屋の片隅。カラーボックスの一番上の「ジョン棚」からリールを取って柴犬の首につけた。

「ちょっと動かないでって」

「わぅーん」

いつになく嫌がっている。ジョンが動くと黄土色の毛がフローリングに飛び散った。

「もー…」

意地になって無理やりつけてやった。へっ勝った…。

無駄に重い鉄扉をがっちりとした鍵で閉める。

鍵に何かついていて、見たらこの前コンビニの店長がくれたキーホルダーだった。

落花生の着ぐるみを被ったラッコ…名前なんだっけこれ。まあいいや。

秋の初め。まだ夏が過ぎていって間もないのに、影で覆われてるコンクリートビルは冷たい。

ジョンの足寒くないのかな…。

しゃがみこんで前足を両手で握ってみた。ぷにぷにした肉球は心地よい冷たさだった。

そのまま鉄扉に背中を預けて、灰色の壁と天井の間から見える、若干青みがかった灰色の空を見つめた。

雲が動いてる…何で雲って動くんだっけ。空気?大気?…この前授業で習ったけど忘れた。

ふと考える。「何も考えることが無い」ことについて考える。

しばらくその体勢でいると、階下からこつこつと音がした。

瑚詩だ…。

ここに住んで数ヶ月。足音で誰だかわかるようになってきた。

キアラは絶対走ってるし、ヒナタはすごく遅い。

3階のロリータは常に叫んでるから誰でもわかる。

鳥羽のときは運動靴で規則正しいリズムで上ってくる。

「優弥じゃん」

大正解。瑚詩は白に青ラインの入ったエナメルのスポーツバッグを斜めがけにしていた。

「部活なかったの?」

「今日さー午後からバスケ部の練習試合で体育館つかえねーの」

「ふーん」

「優弥は何してんの」

「しゃがんでる」

視線は青灰色の空に固定したまま、たいしてとりとめのない返事をする。

「ふ、見りゃわかるけど」

瑚詩は口もとを押さえて笑った。ちょうど雲から太陽が顔を出して、瑚詩を背中から照らす。

「何か瑚詩がひかってる」

「はぁー?」

「後光が見えるよ」

「え、神様?」

「トバサマ」

「ぷ、何だそれ」

また瑚詩は笑って、それからしゃがみこんでジョンの頭を大きな手で包み込んだ。

「優弥学校行ってんの?」

「行ってるよ…2時間目から」

「うわー遅刻魔。鹿央みたい」

「ヒナタと一緒にしないでよ。ちゃんと余裕持ってるもん」

「余裕あんなら1時間目から行きなさい少年」

「わぉーん」

「ほらジョンも『おい優弥てめえちゃんと勉強していい会社入って旨い飯食わせろボケェェ』だってさ」

「ジョンはそんなにグレてないよ」

「どーかな」

瑚詩はそう言って、勢いをつけて立ち上がった。

「ヒナタのとこ行くの?」

「うん、そう。昨日最悪なことにあいつに金借りちゃったんだよ昼飯代」

「ふーん。バイトの日についでにくればいいのに。律儀だね…」

「ちげーよ。鹿央貸すとき何つったと思う?『1日遅れるごとに25パーセントの利子ね』って」

「うっわ…」

ねちこい…。

「ってわけで、そそくさと返しにきたんでさ」

「ははっ♪」

笑いながら自分も立ち上がる。ジョンのリールを左手に握った。

「あ、そうだ優弥」

「ん?」

瑚詩はごそごそと鞄から紫色の紙を引っ張り出した。

「鹿央から聞いた?文化祭あるんだけど来る?これプログラム」

「文化祭…?」

黄色い紙を受け取って、ざっと見る。ちょっと馬鹿そうな学校…。

「良かったら来いよ、高校見学も兼ねて」

「えー…うん」

とりあえずうなずいておく。

「じゃな」

瑚詩はまた規則正しいリズムで5階へ歩いていった。

なんとなく「ふむ」とかつぶやいて、自分も階下へリールを引っ張った。

「…たのしみだね、ジョン」

コンクリートに響いた自分の声が、秋晴れの空にほどけていく。





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