魂の叫び~響け、届け。~

アダムの受難


『欲しいナ~…』と思ったら、直接ご本人交渉して下さいネ~。

ヘタレなのに何でそんなにカッコイイんだよ!!アスラン!!!
という、おのずとキラ視点になれちゃう名作だと思います。



※著作権は執筆者様が持っていますので、無断での持ち帰りはしないで下さい。


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アダムの受難



「アスラン、AAの温泉行かない?」
  アスラン・ザラ最愛の人物、キラ・ヤマトの申し出はいつも唐突で脈絡を得ない。そのペースにすっかり慣らされてしまっている自分もどうかと思うが、キラが望むのはほんの小さな我儘なので、聞き流す事はアスランには不可能だ。これが惚れた弱味と云う奴か。
「いいよ、行こうか」
 そう応じると、キラはとても嬉しそうにニコリと笑んだ。この笑顔が見られるならエターナルからシャトルでAAに飛ぶ事ぐらい、何でもない事の様に思えるのだから始末に負えない。しかしそんな自分が好きであったりもする。
「まあ、殿方だけで『天使湯』へ行かれますの? 狡いですわ」
  と、ピンクの髪の姫君がアスランのささやかな幸せに割り込んだ。
「『天使湯』でしたら、カガリさんともお話出来ますのに、殿方はただ親睦を深めるおつもりですの?」
 この艦の艦長、ラクス・クラインは真顔でアスランに詰め寄った。勿論嫌がらせ以外の他でもない。
「ラクス。『天使湯』は混浴じゃないんだから」
 ラクスの追求にたじたじのアスランへの助け舟に、と、キラが言葉を割り込ませた。
「混浴でもよろしいのに」
  空恐ろしい事を軽々云ってのけるあたり、ラクスの怖い処である。
「それはマリューさんに相談しようよ。ラクスはエターナル守ってて。ね?」
 おねだりモードのキラが云う。この『ね?』に逆らえる人物を、アスランは知らない。
「…仕方ないですわね。早く帰って来てくださいね、ここへ」
 ラクスが折れた。しかし釘を刺すのを忘れない彼女は偉大である。シャトルの手配をアンドリュー・バルトフェルトに頼むと、彼は苦笑いを浮かべながらも承諾してくれた。キラのおねだりに弱い人間は少なくない。
「どうしていきなり『天使湯』なんだ、キラ?」
 バルトフェルトの問いにキラは照れた様に答えた。
「月にいた時以来、アスランとお風呂入ってないんです。昔が懐かしくて」
「……この歳で一緒に風呂入る方が珍しいんじゃないか、キラ?」
「えええっ!? そうかなぁ」
 溜め息混じりのアスランの科白に、キラは動揺する。
「じゃ、アスランは嫌?」
  …この上目使いの問掛けは反則だ。Noと云える筈がない。
「否、いいよ。付き合う。AAの温泉は、俺は初めてだし、一度入りたかったんだ」
 思わず受け入れてしまう自分が情けなくもあり、可愛くもあり、といったところか。
「ありがとう、アスラン」
  再びにっこり、である。この笑顔に翻弄されて幾年月。つくづく学習能力欠如であると云えよう。
「シャトルの準備させましたわ」
「ありがとう。行こ、アスラン?」
「了解」
  アスランは相合を崩してキラに応じた。


「久しぶりね、キラくん、アスランくん」
 AA艦長マリュー・ラミアスは穏やかに笑んで二人を迎えた。来訪の目的はラクスからの通信で聞いている。
「『天使湯』は貸しきりにしておいたから、ゆっくりしてくれていいわよ」
「ありがとうございます、マリューさん」
「お世話になります、ラミアス艦長」
 敬礼で応えるアスランにマリューは苦笑した。
「お風呂使うぐらいで気にしないで、アスランくん。形式なんて必要ないのよ。
温泉、楽しんでいってくれたら嬉しいわ」
「お言葉に甘えます」
 アスランは微笑みで応じた。マリュー・ラミアスの穏やかな笑みはどこかほっとするところがある。
「行こう、アスラン。ラクスが待ってる」
 オーブ軍服の袖を引いてキラが催促する。確かにあのエターナルの女帝を待たせるのはあとが怖い。
「いいよ。入ろうか、ここの温泉。楽しみだな」
 アスランは軽く笑んでキラの肩に手を添えた。ラクスへのささやかな挑戦と云えなくもない。本人のいない場所限定ではあるが…。『それでは挑戦になってない』事に気付かない辺りはアスランがアスランたる所以であると云えよう。


「ほらアスラン、こっち!」
はしゃいだ声でキラが手招きする。AA名物『天使湯』である。入れ違いに湯上がりのミリアリア・ハウと会った。
「しっとりとするいいお湯よ。ゆっくりするといいわ。アスランは『天使湯』は
初めて?」
 上気して桃色の肌をしたミリアリアが云った。くつろげた軍服の胸元から石鹸の香るのがなまめかしい。(これがキラだったら……) 否。妄想に耽っている場合ではない。今から一緒に入ろうとしているのだから。
「じゃね、アスラン。頑張って」
 意味ありげに云ってミリアリアは場を立ち去った。堪える『頑張って』なのか果たして違う意味なのか、アスランには返答に詰まる処である。
「男湯はこっち! ほら、おいでよ」
 キラに引きずられて脱衣所に入る。清掃の行き届いた小部屋だ。しかしアスランは軍服を脱ぐのを躊躇した。夜、ベッドでなら何でもない事だが、こうも明るいと…。
 だが、キラはお構い無しに衣服を脱いで、いつの間に育ったのか精悍な躯を露にする。
「脱がないの? お風呂、入れないよ?」
 キラが覗き込むようにして問掛ける。彼の、普段は薄闇でしか見ることない美しい裸身を前に、一部に熱が集まりそうになる。
(だから嫌だったんだ)
 ベッドでなら見慣れた裸を、明かりの下で惜し気もなく晒される。襲って下さいと云われているようなものだ。情事の後で一緒に浴びるシャワーでなら見慣れた裸。しかし状況が違う。
「アスラン、何考えてるの? もしかしてやらしーコト?」
「やらしーって…」
誰のせいだ。そう云いたくなる。
「…はしゃぎすぎて泳ぐなよ」
 視線を逸らしてアスランはそう応じた。キラはふくれっつらをしてみせる。
「子供扱いするんだ? 泳がないよーだ。いいから脱いで、早く」
「判ってるよ」
  因数分解を考えながら下肢をなだめて着衣を脱ぐ。キラの眼差しが痛い。アスランがタオルを腰に巻くと、キラは満足したように笑った。
「行こ?」
 アスランの手を引いて、浴室に続くドアに向かう足取りは軽い。そんなに楽しみだったのか。
 浴室は温泉情緒溢れる、露天風呂風の内装で、十分くつろげそうだった。空調も自然の風に似せた空気の流れを作っている。
 髪を洗い身を清めて湯船につかる。そんなアスランの側にキラが寄り添って来た。腰にタオルを巻き付けただけの無防備な姿で。
「マリューさんに聞いたけど」
 キラは云った。
「地球の『人類補完計画』の時に別の男の子とお風呂入ったんだよね?」
「はぁ?」
 意味が判らない。
  と、キラがそっ…っと湯船の中で掌を重ねて来る。ドキン、として、アスランは重ねられた掌を引いた。
「『一次的接触を極端にさけるね、君は。怖いのかい? 人に触れ合うのが』だっけ?」
 すかさずキラがそんな科白を口にする。『一次的接触』処ではないベッドでの触れ合いは日常茶飯事で、主導権は主にアスランにあるのだが。
 しかしその科白に既視感を覚えるのは何故だろう?
「『ガラスの様に繊細だね。特に君の心は』」
 キラはなおも言葉を紡ぐ。
「『そう、好意に値するよ。好…』」
「『好きってことさ』だろ?」
 キラの言葉を遮って、アスランが言葉を割り込ませた。
「アス……っん……!」
 名を呼ぼうとするキラの唇を、アスランは自らのそれで塞いだ。
 思い出した。
 『人類補完計画』は、ザフトの少年達の間で流行った、地球滅亡のゲームだ。
 くじびきで割り振られたアスランのキャラクターは、その地球を滅ぼす存在のそれだった。キラの科白はアスランのキャラクターの科白だ。
「参ったな。ラミアス艦長が何故この事を?」
  塞いだ唇を解放して、アスランは苦笑交じりに云った。キラはクスクスと小さく笑う。
「オンラインゲームだったでしょう? マリューさんもプレイしてたんだって」
 成程。カラクリを聞けば簡単な話だ。
「僕が云われたかったよ?」
 キラは云った。
「ヘリオポリスで君に会った時、僕、凄くショックだった。君がまさかザフトに
いるなんて…って。『本当に戦争にはならないよ』って云った君がまさかって」
「キラ……」
「でもあれから僕もズルズルなし崩しにAAのパイロットになってて……君と殺しあって……だからジャスティスで守ってくれたとき、僕がどんなに幸せだったか、君に判る?」
「そんなの……」
  ぱしゃん、と、アスランは湯を蹴った。水滴がはねる。
「俺の科白だ。シーゲル・クラインが暗殺されて、指名手配にされたラクスの行方が判らなくなって、どうしようもなくなった時、お前に会えた……ほっとしたよ」
 アスランは云った。
「キラがいる。お互いちゃんと生きている。俺達はやり直せる、と……」
「うん、僕も」
 キラがぎこちなくアスランにキスをした。それからせつなげな表情を浮かべて云う。
「あのオンラインゲームって、ナチュラルの人類とコーディネーターの使徒を皮肉って出来たゲームだったんだよね」
「殲滅……ね。そんなの皆判っててプレイしてたよ。オンラインゲームの中でしかコーディネーターには敵わないのかと笑いながらね」
「どうして戦うんだろう、僕達は」
 キラは憂鬱そうに云う。両親がナチュラルで、双子の片割れのカガリ・ユラ・アスハもナチュラルで、それでもナチュラルとコーディネーターの戦争に身を置くのだ。その胸中ははかりしれない。
「ナチュラルとコーディネーターの壁だって、いずれ消えるよ、きっと」
 気休の言葉しかない自分が情けない。確証があるとは云えないのだから。
  代わりに、アスランはキラの肩を引き寄せて胸にかき抱いた。
「折角の『天使湯』なんだ。今だけは俺だけ見ていればいい。戦いはエターナルで考えよう。皆が幸せになれる道を探すんだ」
「アスラン…。うん、そうだね。幼年学校以来のお風呂だもんね。いつもはシャワーだけだし」
 キラはやっと少し笑った。それから悪戯っぽい眼差しでアスランを見つめる。
「アスランのここ、おっきくなったよね。昔は僕の方が大きかったのに」
 アスランの下肢に滑り込まされようとするキラの手から、辛うじて逃れたアスランは頬を染めて巻くし立てる。
「今の俺は昔とは違うだろ!?」
「うん、僕も違う。アスランと、もっと近くにいたいね、僕を繋げて?」
「キラ…俺にも多少の自制心がだな」
  キラの過激な発言に動揺しながらアスランは応じる。
「貸しきりだからって、そんな訳には……」
 しどろもどろになるアスランに、キラはさも愉快そうに云った。
「どんな訳? アスランのえっち」
「……! キィィラァァァッ!!」
 ようするにからかわれたアスランは、怒るに怒れない困り顔で、キラにバシャバシャと風呂の湯をかけてやる。
「もしかして図星? やっぱりアスランってえっちだ」
 クスクス笑って跳ね上がる湯から逃れようとするキラを、アスランは背後にまわって背中から羽交い締めにする。
「そういう事云う口は…」
  キラを両腕で抱きすくめたまま、しなやかな指をキラの口腔に差し入れて舌をまさぐりながら云う。
「実力行使で塞ぐぞ」
  云って、何度目かのキスをする。今度はキラの中を揉躙するように深く激しく口腔内を犯していく。湯船の中で触れ合う膚が熱い。
「アス……ラン……僕、もう……」
 唇から逃れようとするキラを抱きすくめると、彼はくたりとなってアスランに寄りかかった。上気した頬。湯あたりしたらしい。
「キラ!」
 アスランはキラを抱きあげて浴室を出た。キラはされるがままに身を預けている。
 空調の効いた脱衣所に、産まれたままの姿のキラを横たえる。固く絞ったタオルで汗を拭ってやり、額に冷えたタオルをのせてやると、キラはほっと息を吐いた。
「温泉も程々にしないとな、キラ」
 苦笑混じりに微笑むアスランに、キラは困ったような笑みを浮かべて小さく頷いた。
「はしゃぎすぎちゃった。ごめんね、アスラン」
「いいよ、たいしたことじゃない。俺も調子に乗りすぎた」
  キラの髪を軽く指先で梳きながらアスランは再び微笑むと、キラの耳元で囁いた。
「エターナルに戻ったら、続きしようか」
 憩いの楽園『天使湯』のアダムは愛しいエヴァにそう告げるのだった。


<了>



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