魂の叫び~響け、届け。~

PHASE5 夢の残香



 腐女子(腐男子)でオトナな方は、スクロールして下さい。
 間違えて読んでしまっても、苦情は一切受け付けません。


















■PHASE_5 夢の残香



「…おはよう…キラ」

優しい指が、いつものように前髪を梳く。額に落とされる、唇の感触。

「ん……」

そのくすぐったい感触に、シーツに埋もれた体が身じろぐ。

「よく眠れた?お腹、すいただろ?すぐに朝食を持って来させる」

「…シャワー浴びてくる」

のろのろと体を起こし、日に焼けた素肌にシーツを撒きつけて、
キラは部屋に備え付けの豪奢なバスルームへと足を踏み入れた。
アスランが用意した『豪華な鳥篭』には、
生活に不自由しないような“至れり尽くせり”な居住空間が用意されていた。


「はぁ~~~~~~~~っ…」

大きな洗面台に備え付けられている、これまた大きな鏡を前に、キラは大きな嘆息を漏らす。
所狭しと身体中に咲き誇るのは、緋色の所有の印。そして、全身を包む倦怠感――――。

あの、嵐のような出来事から、もう随分と時間が経っていた。

あれから幾度も幾度も…、アスランは執拗にキラを求めた。
時折『仕事』と出て行く以外の全ての時間を、アスランはこの部屋で自分と過ごしている。

「こんなに長い時間一緒に過ごすのなんて、月以来…かな…」


部屋には自分の逃亡を許さない為であろう、窓が無い。
時計も、コンピューターも、およそ『時』を知る事が出来るものは何一つ無かったので、
一体今が何月何日の何時であるのか、キラには全く見当もつかなかった。


悲鳴を上げる筋肉に時折り顔を顰めながらもどうにかシャワーを終えると、
清潔でいい香りのする真っ白なバスローブを身に纏った。

バスルームを出て、目に付いたのはその深海の色。

地球から取り寄せた、というチョコレート色のカウチにその精悍な体躯を預け、邸の主人は幸せそうに微睡んでいた。
テーブルには、持って来させてから少し時間が経ち、冷めてしまった朝食が並んでいる。

「…待ちくたびれちゃったか」

キラは起こさないように足音を忍ばせ、そっ、とカウチの横まで来ると美しい幼馴染の顔を見下ろす。
美しい翡翠の瞳は柔らかく伏せられた瞼に隠れ、その瞼を藍色の睫毛が芸術的に縁取っている。

少し、疲れているような顔色…。


こんな寝顔は、今も、昔も、何ひとつ変わっていない……。
幼かったあの頃…月での穏やかな、幻のような日々。


“はぁ~、もう疲れたよ~、少し休憩しよ?”


“また?提出期限は待ってはくれないよ?全くキラは…”


口ではそう言いながらも、くしゃっと髪をかき混ぜてくれる手が好きだった。

遊び疲れて転がって、二人して眠ってしまうのもまた、いつもの事だった。
いつの頃からだろう…眠ってる自分の額に、唇に、優しい温もりが触れる様になったのは…。


――――眠っている時にだけ落とされる口付けを、どこかで待っていた自分。



このままアスランの元にいては、彼の人生を狂わせてしまう。
彼はプラント最高評議会の議員で、パトリック亡き今ではザラ家の当主でもある。
しかるべき人と家庭を持ち、子供を儲け、その優秀な血を残して行くのはコーディネーターとして
当たり前の決まり事だ。

今は遠く離れたオーブにいるたった独りの肉親、金の髪を持つ彼女こそ、
彼には相応しいのだ。

こんな、自分が…傍にいてはいけない。
頭では理解している。解かっているのに――――。


あの優しい手を、笑顔を、“キラ”と甘く呼ぶ声を、失いたくないと強く願ってしまう。
抱き合ってしまった時から、その思いはより一層大きく育ち、キラの胸を絶えず締め付ける。


気付きたくなかった。

自分の本当の気持ちに、ひたすら目隠しをしていた。


『過激派』だなんて、都合の良い言い訳だったのかもしれない。


アイリーン・カナーバ議長宛てに匿名で送った、あのメール――――。
丁寧に丁寧に、その痕跡を消して。
絶対に、誰から送信されたのかなど判らないように。

だが…本当にそうだったのだろうか…?
もしかしたら、彼なら…アスランなら、

自分からだと気付いてくれるのではないか、と何処かで思ってはいなかっただろうか。


――――自分はとても、我侭で臆病で…狡猾な人間なのだ。


安心しきって眠るアスランの表情に、キラはなんだか泣きたくなるような気持ちになった。
閉じられた瞳も、形の良い唇も、すっと通った鼻梁も、時を忘れて見惚れる位に美しい、自慢の親友――――。

そう言えば、こんな風にゆっくりとアスランを見るのは…随分と久し振りな気がした。

手も、肩幅も、胸板も、すっかり自分よりも数倍も逞しくなってしまった体躯。
規則的に上下する胸元から覗く飾りに、なんだかいたたまれなくなる妖艶さを感じて、
キラは思わず目を逸らした。

「…ん…」

身じろいだアスランに思わず視線を戻すと、綺麗な白い頬に深海色の絹糸の髪が落ち掛かっている。
キラは思わず、頬に掛かる髪を払おうと指を伸ばした。
伸ばした指は髪に触れる事叶わず、手首から掴まれ強い力で引き寄せられる。

「逃げないの?」

体ごとアスランの横たわってる身体の上に乗り上げる格好になり、キラは羞恥に頬を染めた。

「…っ、どこに逃げろって言うの」

身を捩って必死に降りようとするが、素早くキラの背中に回った両の腕はそれを許してはくれない。

「僕にはもう…逃げる場所なんて残されてなんかない…」

「キラ」

「キミと…こうなる事が恐くて…逃げていたんだ。こうなった以上はもう、逃げる意味はないよ」

哀しげに細められた紫玉に蠱惑の色を滲ませ俯く姿は、アスランの胸の燻りにいとも簡単に火を点ける。

「キラは本当に、誘うのが巧いよね…」

「誘って…なんかいない…っ」

目の前の碧い輝きに浮かんだ淫靡な色に、キラは本能的に身を竦ませる。

「無意識に誘うのは、いちばん性質が悪いな」

はだけたバスローブの前を割り開き、素肌をさらけ出すと薄い胸板に唇を寄せる。
胸から首へ、熱い舌を感じながら脇腹を軽く撫で上げられ、
キラは必死にアスランにしがみ付き、唇を噛み締める事で声を殺す。


「声、出して」

「…っ」

「強情だな…」

アスランは愉しげに口元を歪ませると、自分の上に身体を預けるようにして凭れていたキラの片足を持ち上げ、
自分の身体に完全に跨らせた。
柔らかいココア色の髪に指を梳きいれ、頭を片手で引き寄せると、甘い吐息のこぼれるその唇をじっくりと味わう。
身を固くしていたキラが口付けに酔い、夢中でそれに応える頃を見計らって、
キラの中心に疼きを与えるようにゆっくりと解すようにして指が抜き差しされる。

度重なる秘め事ですっかり開拓された身体は甘く疼くだけで、もはや苦痛を訴える事は無かった。

「ふっ…ん…っ」

キラの身体を気遣うように、ゆっくりと押し入れられるその熱に、キラは身を震わせる。

「キラ…っ、愛してる…っ」

胸を切り裂くような切ない囁きは、キラの身体に電流を走らせる。

すでに身体に力が入る状態ではなくっていたキラだったが、残る力を総動員し、崩れそうになる膝を必死で支える。
そうしなければ、どうしたって繋がっている場所に体重がかかってしまう。
ただでさえ意識が集中してしまうそこは、質量と熱を絶えず訴えてくる。

「っ…ああああ―――――っ!」

ふいに下から突き上げるように激しく腰を動かされ、キラはたまらず嬌声をあげた。

必死にアスランの腕にしがみついていた指が、力を失くす。
薄く開かれたアメシストは、まるで意識が飛んでしまったように焦点が合っていない。
そんな無防備な媚態を晒すキラに、アスランは優しく口付けると、その腕に抱き込んだまま耳朶へと囁いた。

「このまま…俺の腕の中で快楽に溺れて…?キラ…」

二度と離れられないように、抗えない悦楽を植え付けて。身体も心も…俺で満たして。

そのまま眠りに落ちてしまったキラをそっ、と自らが横になっていたカウチに寝かせる。
ふ、と自らの腕に目を落とす。
キラの掴んでいた辺りに残るのは、血の滲む真紅の爪痕…。



「ずっと消えなければいい…」

胸をくすぐる甘美な痛みに、アスランは愛しげに囁いた。




+     +     +



深海色の髪を窓から入るゆるやかな風に靡かせながら、
アスランは1人、自室で執務をこなしていた。

少しでもキラとの時間を持ちたくて、大半の仕事は自邸で行っている。

キラを奪うようにして連れ帰ってから1ヶ月半。――――表面上は穏やかな日常が過ぎていた。


『もうどこにも逃げたりはしない』

そう約束してくれたのは、愛しくて大切な宝玉。
だが、やはりどこかで“この腕から逃げ去るのではないか”、という懸念を捨てきれない自分がいる。

そしてそんな不安をますます駆り立てるのは、つい先頃キラの口から放たれた言葉。


“僕にここで何しろっていうの? キミの相手して、それだけ?”


生来奔放なキラが、今自分の置かれている状況に満足出来ているはずもない。

あれは、自由に羽ばたく翼。
このまま無理に閉じ込め続ければ、やがてその羽根は傷付き、病んでしまうだろう。
だが…。


ようやく、手に入れたと思った。これでもう“自分のものになったのだ”、と。

――――それは錯覚でしかなかったのか。

自分に体躯を開いたように、いつか他の人間にもその全てを委ねるのではないか?
そのアメシストの中に自分以外の誰かを映し、愛を囁く日があるのではないか?

ありもしない不安と焦燥に考えを巡らし、がんじがらめになる自分がいる。
まるで見えない鎖が手足に巻き付いているようだ…。

もう二度と離しはしない、失いたくはない。
誰の目にも触れさせず、俺だけのものにしたい。

息絶えるその時まで…。

狂おしいほどの執着に固く拳を握り締めたその時、来客を告げる執事の声が室内のスピーカーから流れた。



足を運んだ客間には、議員服に身を包んだイザークが一人掛けのソファに腰を下ろしていた。
銀糸の髪を揺らし、優雅な仕草で足を組む姿は貴公子然としている。

「珍しいな、1人か?」

いつも傍らにいる金色の髪を捜し一瞬視線を彷徨わせると、
目の前のアイスブルーにカチリと合わせた。

「…どういう意味だ」

「別に?言葉通りだが?」

瞬時に反応を見せる友人に、アスランはその表情を柔らかく和ませる。
そんなアスランを見、イザークもまた友の穏やかな表情に安堵を覚えた。
以前会った時のあの眼の昏さは綺麗に払拭され、まるで風ひとつ無い湖面のように澄んでいる。

「クライン邸に身を寄せていたキラ・ヤマトを、誘拐同然に攫って来たらしいじゃないか」

イザークは探るような視線を向け、本題をそう切り出した。

「………」

押し黙ってしまったアスランに軽い苛立ちを覚え、詰め寄るように身を乗り出す。

「そんな話、俺は聞いていないぞ?キラの行方を知っていそうなクライン嬢に、
どうしても話が聞きたい、という事だったはずだ。それを…貴様は一体、何を考えているっ!」

白い頬を上気させ、銀糸を揺らし、アイスブルーの瞳が鋭さを増す。

「一体何を、か…。それ、キラにも言われたよ…」

アスランは肩を竦め大仰に嘆息しながらも、その翡翠に強固な決意の光を宿した。

「だが、どう言われようとも俺は…もう二度とキラを手離すつもりは無い」

「………」

今度はイザークが押し黙る番だった。

キラ・ヤマト――――。

実際に本人に会ったのは戦後1度だけだが、周囲の人間から彼に纏わる色々な話を聞いていた。

民間人だった彼が、友を守る為にヘリオポリスでストライクに乗らざるを得なかった事、
アスランとは兄弟同然に育った幼馴染でありながらも討ち合ってしまった事、
今は綺麗に消されたが、かつて自分がその顔に傷をもらった相手だったという事、

そして目の前にいるこの冷静沈着な男を熱くさせる、唯一の存在であるという事。


「彼は…無事なのか?」

「無事、とは?」

アスランは口元を歪ませて、自嘲気味にイザークを見返す。

「ラクス・クラインが…大層心配していたぞ」

返事を求める風でもなく、イザークは呟いた。
こんな事をわざわざ口にしなくとも、目の前のこの男は全て解かっているはずなのだ。
解かった上で、そうせざるを得なかったに違いない。

長く時を共有した自分には、相手の生真面目さは嫌という程に解かっていた。

「キラ・ヤマトに会わせてもらいたい。クライン嬢からの伝言を預かっている」

イザークからの思いも掛けない依願にアスランは軽く目を瞠る。

「それを俺が了解するとでも?」

「してもらわなければならん。俺としても卑怯な手は使いたくは無い。
――――貴様にはひとつ、大きな貸しがあるはずだが?」

“意味はわかるな?”
そんな言葉を瞳に宿し、臆する事無く真っ直ぐにアスランの視線にぶつけてくる。

「わかった…」

アスランはそう応えると、手元にある内線通信のパネルスイッチに手を伸ばした。







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