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第二章 再会(A)
第二章 再会
ヒースガルドの夜空に風が吹いていた。
流された雲の隙間から月が姿を覗かせるたび、黒い闇は青く輝き、廃墟となったヒースガルドを浮かび上がらせた。
そこから少し離れた丘の上に、教会は建っていた。
石壁に囲まれた敷地の中には石塊があり転がり、その間を縫うように土の道が続いている。道の先には崩れかけた階段があり、その上に小さいながらも立派な教会があった。素朴だが、敬虔な雰囲気を醸しだすそこには、かつては日曜日にもなると多くの人が祈りを捧げにやってっきたのだろうと思わせる。
だが、今や教会の白い壁は崩れ、屋根の一部は滑落している。
そして庭にはやがて朽ちるであろうヒースガルドを見守るようにたくさんお墓石が静かに建っていた。
その中の一つの墓石に人影が映った。影は膝を曲げると。墓石の前に屈む。
「ほら見て。きれいでしょ、この花。崖の上に咲いていたのを見つけて、あたしが摘んできたの。たった一人でよ。すごいでしょ」
人影は、エドワードの上に落ちてきた少女のものであった。
エドワードに対して生意気な言葉を使い、逃げてきたときとは違う、静かな口調と寂しそうな表情を見せながら、少女は墓石に向かって語りかけた。
「この教会にも、たくさん花が咲けばいいのにね。だけど、いくら植えてもうまく咲かないの・・・・・・。だから・・・・・・いいよね。この花はいつもの実験に使うらしいんだけど、一つだけ置いていくから」
少女はしっかりと握っていた白い花を一輪、墓石に供える。
「この花を採ったあとね、知らない人と言い合いになっちゃったんだよ。すっごく生意気な男の子。いつもだったら、知らない人といきなりケンカなんかしないんだけど、なんだかその子とは初めて会った気がしなくて、ついついあたしまでケンカ腰になっちゃったんだ。・・・・・・こういうの既視感っていうんだって。昔、お父さんが教えてくれたんだ。知ってた?」
語りかけながら、細く可憐な花弁が風に揺れるのをみつめていた少女は、町の中心部からいくつもの咆哮が響いてくるのを聞いて腰を上げた。
「今日はいつも以上にキメラたちが騒がしいね。・・・・・・じゃあ、あたし、そろそろ帰るね。
少女は小さく手を振ると、踵を返して教会を出ていった。
再び、動く者のいなくなった墓石の前では、白い花だけが静かに風に揺れていた。
ヒースガルドの町中では、エドワードとアルフォンスが咆哮を上げるキメラたちを倒しながら、走り回っていた。
「兄さん、キリがないよ! 街中キメラだらけだ!」
長い尻尾を持つ猪のようなキメラを、アルフォンスが殴り飛ばす。
「ちくしょう、どうなってんだ・・・・・・!」
エドワードは刃に変えた自身の右腕で、空から襲ってきた翼を持つキメラを切り落としながら、辺りを見回した。
やはり、何度確認しても町に人影はない。
「町の住人も、ヒースガルドに集まってるって噂の錬金術師たちも、教授も誰もいないじゃないかよ・・・・・・!」
ヒースガルドのあまりの変わり様に、さすがヴィルヘルムの安否が気になってエドワードたちは様子を見に行ったのだが、家には教授もセレネもいなかった。
残されたヴィルヘルムの家も他の家と同じように壊され、近くにある何件かの工場では資材が散乱していた。駅も完全に破壊されて、レールは歪んで列車が横倒しになっていた。辺りをぼんやりと照らすのはところどころでくすぶっている火だけである。
それらすべてが、ここにいるキメラの仕業であることは明らかだった。
キメラたちはいろいろな生き物を変化させ、その強さや凶暴さだけを突出して合成されているのか、異常なまでに頑強で攻撃的だった。しかもキメラの数は増える一方で、それらすべてが執拗なまでにエドワードたちを狙ってくるのである。
「・・・・・・なんなんだ、こいつら。まるでちゃんとオレたちを敵と認識しているみたいだ」
エドワードは眉をひそめる。
本来なら自然界に有り得ないはずのキメラは、歪んだ法則によって生まれ出されただけあって、本能以上の高度な知能を持ち合わせていないことがほとんどである。
キメラの研究は昔から続けられているが、人語を理解するキメラや、相手が何者であるか認知し、行動できるキメラを作ることは難しく、その成功例はごく僅かだった。
しかし、ここにいるキメラたちは愚鈍そうな外見とは裏腹に、『敵』というものを認知しているように思える。
先ほどエドワードが切った鳥型のキメラも、羽をうしなったにもかかわらずエドワードを襲おうとカチカチと嘴を合わせている。アルフォンスが倒した猪のようなキメラも一度は気絶したものの、すぐさま起きあがり足を踏み鳴らしていた。
なんとかやられずに済んでいるのは、エドワードたちの運動神経の良さと、キメラたちの動きが少々鈍いおかげである。しかし、キメラたちはジリジリと二人を包囲してきた。
「ったく、こんなキメラを作ったのはどこのどいつだよ!? あーっ、めんどくせえっ!アル!」
エドワードは弟を呼ぶと、ここから少し離れた丘の上に立つ建物を指さした。
「ここで一気にカタをつけて、あそこまで突っ走るぞ! あそこからなら近くの町も見えるかもしれない! こんなところとはとっととおさらばしようぜ!」
「分かった!」
エドワードは刃になっていた右腕を元に戻すと両手を合わせ、倒れている街灯に触れる。稲妻のような光が街灯に巻きつくようにして瞬く。その光が消えたとき、街灯は大きな一本の槍に練成されていた。
「アル、この槍を使え!」
槍をアルフォンスに放って渡すと、エドワードは次に広場の噴水の前に立つ。
「見てろ」
パンと手を鳴らすと、噴水の台座に両手を当てる。眩しい光は噴水を包み、さらに地面へと広がっていく。一瞬、辺りが昼間のように明るくなった。
噴水の先端が大きくたわみ溶けるように沈むと、水を貯める円形のコンクリートも、それらを支える金属の台座も合わせてぐにゃりと曲がる。
やがて噴水は一つの固まりとなり、そこから別のものが形づくられていった。
「よし、こんなもんだろ!」
エドワードは練成を終え、手を離す。そこには大砲とガトリングガンが装備された台座が出来上がっていた。
「行くぞ!」
「オッケー!」
台座に立ち、トリガーに指をかけるエドワードの隣で、アルフォンスも槍を構える。
二人を囲み、壁のように立ちはだかっているキメラたちの一角に銃口を向けて、エドワードはトリガーを引いた。短く鋭い単発音が起こり、銃弾を受けたキメラが仰け反った。そこにアルフォンスの槍が振り下ろされる。
キメラたちに一気に攻め込まれないよう、エドワードが大量の銃弾を打ち込み続け、アルフォンスが追撃する。銃弾と槍との連続攻撃に、頑強なキメラたちも次第に立ち上がる力を失っていった。
ほとんどのキメラが地上の上に倒れるのを見て、エドワードはトリガーから指を離すと隣のレバーを掴んだ。
「アル、下がってろ!」
斜め前にいた弟に注意を促すと、エドワードはレバーを思い切り引いた。
大きな口径の大砲から黒い球が飛び出す。球は起きあがろうとした二本の尻尾を持つキメラを跳ね飛ばし、その後ろの石の壁を大破させ、さらに奥まで飛んでいった。丘の麓への最短距離の道を作った球のあとを追うように、エドワードとアルフォンスも走りだす。
地面に臥せって呻き声を上げているキメラたちの間を抜け、足元にまとわりつくキメラを蹴散らし、二人は壁の穴に向かってひたすら走る。
大砲で跳ね飛ばされたキメラを飛び越えようとしたエドワードとアルフォンスだが、その倒れていたキメラが突然低く唸った。
「!」
まだ生きていたか、と瞬時に後ろに飛びさがった二人の前で、キメラは倒れたまま二本の尻尾をパシリ、と地面に打ちつけた。だが、どうやらそれが最後の力だったらしい。キメラはそのまま息絶えた。
安堵したエドワードとアルフォンスはキメラの死体を飛び越えようとしたが、その脚は再び途中で止まった。
「兄さん、キメラの身体が光ってる……!」
倒れたキメラの身体が発光していた。
光はキメラの全身を包み込み、その眩しさにエドワードとアルフォンスが目を閉じる。再び目を開けたときには、キメラの身体はどこにもなかった。
そして。
「なんだ、これ……?」
たった今までキメラがいた場所に、白い羽が一枚落ちていた。
エドワードは、そっとつまむと目の高さにまで持ち上げる。
「鳥の羽みたいだね」
「ああ。でも、なんで、ここにこんなモンが…」
突然現れた羽に、エドワードとアルフォンスは戸惑いながら顔を近づける。
小さな羽は、ほのかに光っていた。
「兄さん、その羽なんか光ってない?」
「そういえば、かすかに暖かいような……。あっ!?」
温度を確かめようと握ろうとした羽は、エドワードの手の中でゆっくりと輪郭をぼやけさせ、消えてしまった。
「え? 羽が……? ど、どうなってんの?」
「分からねえよ。それに今の羽、まるで死んだキメラから出てきたみたいだったな」
エドワードとアルフォンスは、今まで自分たちがキメラと戦っていた広場を振り返った。
「あ!」
「!」
そこには倒れ、呻くキメラたちがいたが、そのうちの何体かが消失し、羽を落としていた。そして羽はすぐに空気に溶けるかのように消えていく。不気味な姿のキメラたちが消えた、そのあとに残る、白い羽。
その光景をエドワードたちが呆然と眺めていたときだった。
パチパチパチ、と拍手が聞こえてきた。
「!?」
「!!」
その音は、このシチュエーションに酷く不釣り合いなものだった。
エドワードとアルフォンスは、驚いて足を止めると拍手の主を求めて顔を上げる。
「うふふふ・・・・・・」
廃墟と化した建物の屋根に、女が一人立っていた。
女は、額から右の耳下までの部分に三角の布を当てており、片目だけでエドワードたちと倒れたキメラたちを見下ろしている。顔を斜めに覆う布も、膝上までの長いブーツとミニスカートもすべてが黒く、その装束は盗賊を思わせる。
大量のキメラが呻く広場を見て微笑む女、という光景は、あまりにも人間らしくなく、エドワードは一瞬、あいつもキメラなのか? と疑ってしまう。
しかし、スカートの脇に入れられたスリットから除く白い腿と、艶めかしくくびれたウエストの質感は、確かに人間の肌そのものだった。
「ここのキメラたちをやっつけちゃうなんで、感心したわ」
腿まで届く長い黒髪をなびかせ、女はエドワードとアルフォンスを見つめていた。
「・・・・・・坊やたち、強いのねぇ」
うふふふ、と女はもう一度笑った。
倒れているキメラを見ても驚くわけでなく、むしろそれを楽しそうに眺める様子に、エドワードは女がただ者ではないと察する。
「ここの住人、てわけじゃなさそうだな。・・・・・・誰だ? あんた?」
用心深く尋ねるエドワードに、女は腰に手を当てて挑発するように嫣然と微笑んだ。
「あら? 私に興味があるの?」
「ふざけんな。オレが興味あるのは、あんたがこのキメラたちを作って操っていたのかってことだ。もしそうだとしたらあんたは・・・」
「錬金術師だろ、って? ・・・・・・さあ、どうかしらね? それよりも」
女の長い爪がエドワードを指さした。
「坊やこそ錬金術師なのね。・・・・・・それも、相当腕のたつ錬金術師」
「それがなんだってんだよ!」
突然現れた女に戸惑う自分と違い、女はエドワードを値踏みするかのように余裕の表情で笑っている。あしらわれている気がしてムッとしたエドワードは、一歩前に出る。
「そこから降りてこい!」
おどらくキメラをエドワードたちに仕向けたのはこの女なのだろう。その落としまえだけでもつけてやる、とエドワードは錬成体勢に入る。
すると女は目を丸くして、わざとおどけたような仕草をした。
「あらぁ、血気盛んな坊やね。・・・・・・仕方ないわ、今日はこのへんで引き上げてあげる。じゃ、また会いましょう」
女は手を振ると、あっという間に闇の向こうに消えていった。
「あ、おい! 待ちやがれ!」
エドワードは追いかけようとしたが、その肩をアルフォンスは押さえる。
「兄さん! とにかく今はキメラたちから離れないと!」
アルフォンスの言うように、また新たなキメラたちが広場の奥から現れてくるところだった。
「ちっ!」
エドワードは舌打ちすると、今度こそ丘の上の建物に向かうことにした。
壁の奥にあった瓦礫を乗り越え、丘の麓に生えている背の高い草を押し倒すように進み、途中で見つけた石の小道を駆け上がる。
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全て写すと法的にあれなんで(全てじゃなくてもダメじゃないのか?)ここで終わります。
続きが気になったら買うか、ごにょごにょしましょうね。
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