比嘉周作    トーク&タップダンス

比嘉周作  トーク&タップダンス

幸せの意味


 夢の中でわたしは、サンタクロースと会話をしていた。
 わたしの目の前に立っているサンタクロース。
 真っ赤な衣装、つき出たお腹。真っ白なヒゲが顔の半分以上を隠していて、そこから覗くやさしい青い目が、わたしを見つめている。
 彼とわたしは、何か話をしているのだが、不思議と声が聞こえない。
 声は聞こえないが、話している内容は理解している。
 夢だからこその、幻想的な時間に包まれていた。

 そのうちサンタは、足元に置いてある、白い大きな袋に手を入れて、綺麗に包装された箱を取り出した。
 わたしの息子へのクリスマスプレゼントだと、サンタは言った。
 お礼を言ってわたしがそれを受け取ると、サンタは少し待って、というように手の平をわたしへ見せて、もう一度袋に手を伸ばした。
 そして、手の平に収まる大きさの、小さな箱を取り出した。
 声のないサンタが、「あなたへのプレゼントです」と言った。
 驚き、戸惑いながら、わたしはそのプレゼントを受け取った。箱を開けてみるときらきらと輝くダイヤの指輪があった。
 嬉しかった。
 思わず「プロポーズされたみたい」とわたしは笑い、サンタも、おかしそうに、マンタンに膨らんだお腹を抱えて笑っていた。
 でも、これは夢なのだ。
 わたしはサンタに向かって言った。

 形のあるものをもらっても、目が覚めれば消えてしまう。
 ここは夢の中なのだから。
 たとえそれが美しいダイヤでも、綺麗な服でも、夢から現実へ戻った瞬間に、全て意味がなくなる。
 目が覚めても消えないもの、そう、わたしの心に、幸せをプレゼントしてほしい。幸せな気分なら、形あるもののように、一瞬で消えたりはしない。わたしの心が幸せに満たされ、その気持ちのまま目が覚めれば、その幸せを抱えたまま現実の世界に戻れる。
 それを抱いて、明日から頑張って生きていける。だから……。

 わたしの言葉を、サンタはじっと聞いていた。
 やさしい瞳で見つめながら。
 わたしの言葉が終わると、サンタはゆっくり訊ねた。
「あなたの言う幸せとは、何ですか?」
 幸せとは何か。すぐには答えられなかった。
 幸せとは何か。
 深く考えたことがなかった。幸せ。わたしにとっての幸せとは何か。
 大好きな男性と結婚したこと。
 望んでいた子供を授かったこと。
 円満な家庭を築けていること。
 確かに、それは幸せだが、違う気がする。
 わたしの求める幸せは、わたし自身の中にある。
 目の前の形や現象にないもの。
 わたしを動かすチカラ。

 わたしはサンタに、こう答えた。
「わからないけれど、でも、少なくとも、今のわたしは幸せじゃない」
 目を細め、やさしい表情のまま、サンタは訊ねた。
「つまりあなたは今、自分が不幸だと思っている。そう信じているんだね」
「そうです」
「それなら簡単だ」
 サンタは、大きく暖かい手を、わたしの肩にゆっくりと置いた。そこから、彼のやさしさが流れ込んでくるようだった。
「自分が不幸だと信じることができるなら、自分は幸せだと、信じて生きていくこともできるだろう?」
 サンタの姿が、消えていく。気がつくと、周りの風景が薄れていた。わたしが、わたしの暮らす世界へと戻ろうとしている。
 わたしは慌ててサンタの手を握った。感覚がない。夢の中だから当たり前なのだが、わたしは必死でその手にすがった。
 信じろ、と言われても、それができないから苦しんでいるのだ。幸福だと思えないから、不幸だと感じているのだ。自分の力で抜けられないから、誰かにすがろうとしているのだ。
 しかし、サンタは、わたしの目を見て、にっこりと笑った。その笑顔が、くもりのない瞳が、心から楽しそうに笑う口元が、わたしの言葉を封じた。
 不思議と、笑いがこみ上げてきた。サンタの笑顔は、息子が赤ちゃんだったときの顔を思い出させた。
 赤ちゃんの、あの無垢な笑顔。純粋な感情。思わずつられてこちらも笑ってしまう、幼子だけが持つ不思議な魔力。
 サンタの笑顔は、それと同じだった。気がつくと、わたしも笑顔を作っていた。
 そんなわたしを見て、サンタはうなずいた。しかし、もう、姿は見えなくなっている。けれど、うなずくしぐさがわたしには見えている。
「笑おうと思えば、不幸の中でも笑える。笑えるうちは、不幸じゃない」
 そして、鈴の音と、幾千の光の粒を残し、サンタは消えていった。
 最後に陽気な声を残して。
「メリークリスマス。来年またここで、あなたと再会できますように……!」



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