どらみっくすのページ

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節約までの私


遠い小学校一年生になった頃、初めておこづかいをもらった記憶があります。
父は、私におこづかい帳をつけなさい!と言って、おこづかいをくれました。
私は、たった数日しかおこづかい帳をつけることができませんでした。
三日坊主ですね(笑)

小学校三年生になって、広島のとある田舎に引っ越しました。
母は、私が5歳のときに亡くなっていたので、ほとんど祖母に育ててもらったような気がします。
祖母は、毎日100円くれて、それで家の前の駄菓子屋に行っていました。
まわりからは、もらいすぎだと思われてたようですね(笑)
私には、いまだにその実感がないのですが、
まわりのみんながそう言うので、そうかもしれないです。
いつからか、一ヶ月3000円というまとまった金額で渡されるようになりました。
おこづかい帳は、相変わらずつけていなかったのですが、貧乏性がでてきたのか、
机の引出しに千円札が少しずつたまっていくようになりました。
その頃、お年玉はほとんど期待できなく、もらっても・・・
「お父さんが預かっておいてあげるよ!」
という言葉を信じて、父にあげていたんだと思います。
その騙されやすい性格は、いまだに直ってないような気がします(笑)

高校生になって、コンビニでアルバイトを始めました。
田舎だったので、時給570円です(笑)
信じられない人もいるでしょうね・・・
それでも、一ヶ月数万円分働いて、
好きな洋服やCDなど、自由に使いながら、
気付いたら銀行にたまっているという状態でした。
おかげで、原付のバイクを一括で買ってしまうなど、
高校生にとって、大きな出費も、なんなくこなしていました。

大学生になって、なぜか父と二人で上京(ごめんなさい、本当は埼玉)
理由はノーコメントで(笑)
大学生になった私は、アルバイトをやっぱりしました。
時給750円の大型スーパーの化粧品売り場です。
毎月8万円以上は稼いでいました。
その頃、父の収入はなく、貯金を崩したりで生活していました。
そして、私は遠距離恋愛!
電話代や、交通費などで、お金がかかりました。
それでも、その人との恋愛は生涯忘れることのない大切な恋愛でした。

その後、その彼と別れて、新しく付き合った人と結婚しました。
学生結婚というか、中退結婚(笑)
妊娠して、結婚したので、私にはあまり仕事ができる状態ではありませんでした。
しかし、その彼も定職については、やめる・・・を繰り返し、
なかなか安定した生活がおくれませんでした。
結婚してすぐ、私は家計簿を義母からもらいました。
まっさらな物でしたが、完全に一年前の物で、しかも雑誌のふろく(笑)
しかし!!!!!
その家計簿はとてもおおざっぱなものだったのです。
B型の私には!?とてもそれがあっていたような気がします。
とにかく、一ヶ月いくらあったら生活できるのかという目安ができました。
食費、外食費、生活雑貨費、交通費、医療費・・・
といった具合で、野菜、肉、とか細かくないです。
とにかく、その家計簿を最後まで続けることができました。
私にとって、大きな自信になりました!

その後、彼から離婚したいという話があり、
私も、そのほうが幸せになれるんじゃないかと思えるようになった時点で離婚。
運良く、都営住宅に住むことができました。
といっても、いつ風邪をひいて、保育園にお迎えにいかなくてはならないかわからない状況で、
正社員で雇ってくれる会社は、みつかりませんでした。
とにかく生活のために、お金が必要だったので、
アルバイトで探し始めました。
それでも、いつ休むかわからないことを伝えると
ほとんどの仕事を断られました。
その後、あるカフェで働くことが決まりました。
私は、子供との二人の生活を安定させるために、
必死に働きました。
時給900円からで、店長がとても理解のある人でした。
一生懸命働いたおかげか、時給が20円ずつ3ヶ月ごとにあがりました!
960円まであがったところで、
それ以上は、子供がいて、いつ休むかわからない状態では、
無理なようです。
一ヶ月の収入は安定しませんでしたが、
大体13万円くらいを稼ぎました。






























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