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BASALA NOVELS
「おばはんとおばさん」
大阪は「おばはん」の群生地である。近年とみに大量増殖している。大増殖の原因は、おばはんの年齢幅が極めて広くなっていること。下は20代、いや10代の少女までおばはんと化している。そして上は果てしない。以前なら、「お年寄り」と言われる年代になると、おとなしくなるものだったが、いまの年寄りは元気がいい。いつまでも「おばあちゃん」にならず、「おばはん」のままだ。いまのように時代が不透明で、「何でもあり」の世の中になると、途端に勢力を拡大し、のさばり出すのがおばはんである。おばはんはことに理不尽だ。根拠がないことをのたまい、他人からその理不尽さ、不条理さを指摘されると、「私は知らん!」「私だけ違うやんか!」と、説明にならぬ言い訳を堂々と展開し、その場を力づくで切り抜けてしまう。相手の抵抗が激しいと、実力行使も辞さない。さらに悪いことに、おばはんは力がやたらめったら強い。たっぷりお肉のついた腕や肩をフルに用い、腰を入れてグイグイ押してくる。そのパワーたるや、おやじの比ではない。「だてに何人も子ども産んだんじゃないわい」とばかりに自信に満ちあふれた、伐折羅大将のごとき形相で戦いを挑む。その戦いの相手がよしんば警察官であってもお構いなし。そして、相手を間違いなく駆逐するだろう。まさに怪獣である。
一方大阪以外の地域、特に関東圏の中年女性はせいぜい「おばさん」で、ときには「おばさま」といった類の女性も地域によっては点在している。「おばはん」と「おばさん」の違いは幾つかある。髪型。おばはんは意味不明のチリチリカールの短髪で、中からスズメの一羽でも出てきそうなげに恐ろしいヘアースタイルをしている。そしてそのスタイルは結婚式であろうが、観劇のお出かけであろうが、お食事会であろうが、路上での井戸端会議あろうが、一向に変化しない。同じスタイルを貫き通す。
一方おばさんは、「ナチュラル」とか「おしゃれ」をキーワードに、若々しさや品のよさを忘れることなく、さり気なく個性を主張する髪型が主流で、それはTPOに合わせて帽子やらスカーフやら髪飾りやらを配して微妙に変化する。
靴。おばはんはいわゆる「べた靴」を履いている。「楽やもん」「かかとの高いのは疲れるやろ」と、もっぱら基準は「楽」かどうかで決められる。最近では、「ウォーキングシューズ」というのが大流行中である。『歩いて痩せる』を日常から実践しようとしているようだが、洋服とのコーディネートは全くなし。そこに見た目のよさやスタイルを補正するという考え方は存在しない。まさに「女を捨てた」状態である。おばさまは足の美しさに気を使う。男性の多くは「足フェチ」だということをよく理解しているからだ。だから、かかとのあるラインの美しい靴で足元をおしゃれに演出する。
服装。おばはんの定番はスパッツにシャツ。どちらか一方か、もしくは両方がアニマル柄だ。それにフワッとした薄手のブラウスジャケットを羽織る。ブラウスジャケットはおしゃれのためではない。醜く突き出した腹部と、重力に引っ張られて見るも無残な大きな尻を隠すためだ。さらに、ブラジャーらしき布バンドの上下に突き出た肉と脇腹についた肉のダーツもひた隠す。「コーディネート」は全くしない。あえてコーディネートする部分があるとすれば、アニマル柄もしくはアニマルイラストを必ず一つ以上は配置するようにするという点だろうか。いつでも、どこにでもスパッツとシャツで出かける。
対しておばさんは、「凹」を大切にする。首にはスカーフかネックレス、腰にはベルト、フレアースカートで足首を細く見せ、手首にはブレスレットや高級時計でアクセントをつける。いずれも、幾ら頑張っても弛み、たるんでしまった「首」や「くびれ」をさり気なくカバーし、おしゃれに隠すことでアクセントにしてしまう。色だって、おばはんに見るような原色系や光りモノ系、アニマル系はほとんど見られない。シックな色、上質な質感のコスチュームは、おばさんのファッションに対する意識の高さを彷佛とさせる。
声。「いややわぁ、あんた」、この言葉を「え」の口をして発してもらいたい。おばはんのしゃべり方に似ていることに気づくだろう。おばはんは煮詰まったような声、例えるなら、嫌われ者のおやじが余りにもキショい話をしたときの反応「うえっ」という擬声音に似たような声とでも言えようか。さらに驚くことに、おばはんの多くはダミ声である。「え」列の声を出し続けたことによるのか、大声を出すためか、はたまた喉に極めて悪い食べ物を毎日大量に食べているのか、原因は定かではないが、なぜかおばはんの多くはダミ声である。げに不思議なことだ。
「そんなことございませんのよ」、これを「お」の口をして言ってみてほしい。東京のおばさんの口調に似てはいまいか。そう、おばさんは「お」列のしゃべり方なのだ。しかも声が高い。大阪のおばはんなら、さながら電話に出た瞬間のようなよそ行きの声だ。この声を常々発することができる。
そして音量も低レベルだ。張り裂けんばかりの音量と、声と同時に手が飛んできて、おかしくもないのに一人で「ギャハハハ」と笑うおばはんの恐怖とは比べものにならないくらい、美しく、たおやかな仕種で話す。
おばはんの恐怖は外見や話し方ばかりではない。「おばはん」というカテゴリーの人間が内包する崩壊性が極めて恐ろしい。怖いものなしなのだ。言い換えれば、守るものがないのだ。いつ壊れても、いつ炸裂してもいいという度胸というか、覚悟というものができているのだ。これにかなうものはない。自制がきかず、「いつでも壊れてやるぞ」と言いながら近付いてくるおばはんの恐怖は、「北」のそれとそっくりである。
そして厄介なことに、大阪の専売特許だった「おばはん」が関東圏でも極めて早い速度で増殖しているという。恐ろしいことだ。おばはんが大人数で食事をしたり、お茶をしたりしている光景を見たことがあるだろうか。あのうるささ、自分勝手さ、あからさまさを包括した強力なおばはんオーラはまさに公害である。あれが全国各地ではびこるとなると……、増殖阻止の方法を考えなければ、未来の地球の安寧は望めない。合掌。
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