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K/Night
真実、再会・・・・そして掴む幸せ
セイルの時より比べ物にならないほどの早さで野賊を片づけると、ジールはセイルの手を縛っていた縄を解く。気の所為だろうか?少し、怒っているような気がする。
「大丈夫・・・・・です」
「そうか、ならいいけど」
「あの・・・・・」
縄を解いた途端、背を向けたジールのマントをセイルは掴む。前につんのめたジールは顔を赤らめながら、恨めしそうにセイルを見る。
「何?」
「あの・・・・・・怒ってる?」
「そりゃあ、怒ってるよ。危険だって言ったのに勝手に一人で行ったりするから」
「う・・・・・・ごめんなさい・・・・」
ジールの言葉にセイルはしゅんとする。
「でも」
ジールはしゃがみこむとセイルの額を軽く小突いて、
「もう、怒ってないぞ」
と、笑った。セイルは小突かれた額を押さえると頬を膨らまして言った。
「子供扱いしてる・・・・・」
「ん?だってセイルは子供じゃん。それに、俺のほうが年上だし」
「そんなの分からないじゃないですか」
「だって、セイルは今、17歳だろ?俺、23歳だもん」
「それはそうだけど・・・・・・。・・・・・・・。・・・・・・・・?・・・・・・・・えっ?」
「あっ・・・・・・・・」
とっさに手で口をふさぐが、遅かった。
「何で、私の年を知って・・・・・・ジール、何処に行くんですか?」
そろそろと、逃げるように歩いていたジールは呼び止められ、ぎくっとした。立ち止まって振り返ると、引きつった笑みを浮かべる。
「これにて、あっしはドロンということで!」
「逃がすか!」
その場を逃げようとしたジールのマントをセイルは掴む。引っ張られたジールは勢いよく前に倒れた。セイルはそのままマントを引き寄せると、ジールの肩を掴んだ。
「何で知っているんですか?!ねえ、ジール!」
「あわわわわわ・・・・・・・」
肩を揺さ振られ、首も一緒に激しく動く。その所為で、ジールの右目を覆い隠していた布が下へと落ちる。現れたのは大きな傷のある右目だった。
「その傷・・・・・・・・」
セイルはジールの肩から手を離すとその右目に手を伸ばす。
「この傷、見た事ある・・・・・そうだ・・・・・あの時だ。村が襲われたあの時に見たんだ」
「・・・・・・・・・」
ジールは何も言わず、ただセイルを見ている。セイルは右目に伸ばしていた手を下ろし、ジールの服を掴むと目を伏せた。
「あの時、村が野賊に襲われたとき、私は兄さんとはぐれてしまって一人村の中を走っていた。どの家も焼き払われて真っ赤に染まっていた。隠れる所など無かったから、もしその時野賊に見つかっていたら確実に殺されていただろう。そんな時だった。右目に大きな傷を負った男の人が現れたのは・・・・・・」
「お前、セイルだよな?」
「貴様・・・・野賊だな?何で私の名前を知っている・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
血のような赤い炎に焼かれている村の中、ジールは自分に警戒をしているセイルに歩み寄る。
「リュードの下に案内する。付いて来てくれ」
「誰が野賊の言うことが信じられるか!!」
荒々しくセイルが叫ぶ。その身体が小さく震えているのがわかる。
「信じられないのはわかるけど、俺はセイルをリュードの下に連れていかなくてはならないから。少しばかり、我慢してくれよ?」
「なっ・・・・・・?!」
ジールは軽々とセイルを肩に担ぐとリュードの待っている場所へと歩き出す。
「離せ!離せ!!」」
「ごめん・・・・」
「 ――――― !!」
唐突の言葉にセイルは暴れるのを止める。彼の声は自分の動きを止めてしまうほど、消え入りそうで悲しい声だった。
「ごめん。俺の力が足りなかったからリュードやセイル、この村の人達までこんな目にあってしまって・・・・・・本当にごめん・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
セイルは何も言わなかった。いや、言えなかった。彼の、ジールの言葉を聞いて涙が溢れ出す。
嘘じゃないと、全て現実だと・・・・そう、言われた感じだった。
「・・・・・・っ・・・・・」
流れる涙は止まらない。ただ出来たことはジールの肩の上で声を殺して泣くことだけだった。
「その後、私は兄さんと会って村から逃げた。そう・・・あの時・・・・・あの時確かに兄さんは彼を『ジール』と呼んでいた。あなたと同じ名前を・・・・」
「セイル・・・・思い出したのか・・・・・」
ゆっくり顔を上げたセイルを見て、ジールは失笑した。
「やっぱり・・・ジールだったんだ・・・・・」
「あの時リュードに頼まれたんだ。セイルを見つけてくれと。今は、セイルを守ってくれと」
「今って・・・・?今ってどういう事?ジール、兄さんのいる場所を知っているの?!」
「・・・・・・・・」
「教えて、ジール!兄さんは何処にいるの?!」
肩を掴み叫ぶセイルの手をジールはそっと下ろすと真剣な眼差しを向けた。
「セイル、落ち着いて聞いてくれ。そして、これだけは約束してほしい。リュードに会っても、あいつを責めないでほしい」
一瞬、セイルは不安そうな顔をしたが、すぐ頷いた。ジールは小さく息を吐くと顔を伏せたまま話しはじめた。
「リュードは今、セイル達の村を襲った野賊のアジトにいる」
「アジトに・・・・?もしかして、捕まったの?」
「違う」
「なら、何で?」
そのままジールは押し黙る。セイルの胸に不安が過ぎる。それでも、その話の先を聞かなければならない気がして不安をかき消すために大きく息を吸った。
「お願い、ジール。話して」
「・・・・・・・わかった」
ジールは顔を上げるとセイルを見つめた。
「リュードはその村を襲った野賊の一員だ」
頭の中が真っ白になった。身体が小刻みに震える。ジールの言葉を無意識に拒否していた。
「嘘・・・・・嘘だ・・・・・嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」
「セイル!」
信じたくなかった。嘘だと思いたかった。しかし、彼の瞳は、ジールの瞳は全て現実だと語っている。
「セイルッ!!」
ジールはセイルの肩を掴む。取り乱すセイルを引き寄せると強く抱きしめる。少しずつ落ち着いていったセイルにジールは言った。
「ごめん。落ち着いて聞ける話じゃないよな・・・こんな話を聞いて取り乱さない奴なんていないよな」
腕の中で息を整えるセイルは話を続けるジールの声に耳を傾ける。
「愛する人はその人にとって弱点となる。そこに野賊の頭、ジェドは目を付けたんだ。ジェドはリュードにセイルを殺されたく無ければ仲間に入れと脅した。リュードはそれに応じるしかなかった。リュードは、実の妹のセイルを愛してしまっていたんだ。だけど、ジェドはそれだけでは終わらせなかった。村を襲ってリュードの帰る場所をなくしたんだ。それから、リュードに『セイルの命は常に俺が握って
いる』と、そう言ってアジトに戻って行った。リュードが珍しく酒に酔ったとき、俺に零していたよ」
ジェドのアジトのある部屋。リュードは椅子に座り酒の入ったグラスを呷る。隣ではジールが同じくグラスに入った酒を飲む。だが、量はリュードの方が多く、周りには空き瓶が二つ転がっている。
空になったグラスに酒を注ぐとリュードはまた呷る。グラスにまた酒を注ごうと、酒の入った瓶に手を伸ばすが、ジールの手に瓶を取られる。
「おい。飲み過ぎだぞ。リュード」
「大丈夫だよ・・・・・この位で俺は酔わないよ・・・・」
「自分のことを酔っていないって言っている奴ほど、酒に酔ってるんだよ!ほら、もう寝るぞ。お前、疲れてるんだよ。なっ?」
「んー・・・・・・」
リュードを立たせ、身体を支えながら部屋を出ようとした時、ぼそりと何かを呟いた。
「俺が・・・・」
「え・・・・・?」
小さな声は耳に届かず、リュードに聞き返す。
「俺が何か一つでもジェドを裏切るような行動をしたらセイルは殺される・・・」
「 ―――― !!」
その言葉にジールは息を呑む。リュードはジールから手を離すとその胸に顔を押し付けた。
「俺はどうすればいいのだろう・・・・・セイルを守るためには力のない人を、幸せに平和に暮らしている人達を殺さなくてはならない・・・・俺はもうそんな人達を殺したくないんだ・・・・でも、ジェドを裏切ったらセイルは殺される・・・・・どうすればいい?ジール。大切な、愛する人の命をとるか・・・・それとも大切な人の命を犠牲にして、騎士としての役目を全うするか・・・・・俺は・・・一体どうすればいいのだろう・・・」
「・・・・リュ―・・・ド」
何も言うことが出来ずにただ、ジールはリュードの身体を支えることしかできなかった。
「俺はそんなリュードの姿に居た堪れなくなって、ジェドに言ったんだ。『俺をリュードの妹の近くに行かせてくれ』と。つまり、リュードが裏切るような行動をしたら、セイルを殺す、その役をかってでたんだ。形だけだけどね。俺の本当の目的はセイルを守ることだった。リュードにも頼まれたことだった」
ジールはセイルの肩に顔を埋めると、消え入りそうな声で言った。
「頼む。リュードを助けてやってくれ。あいつはもう、ぼろぼろなんだ」
「私は・・・・・」
腕の中でセイルは言いかける。何かを思い出すかの様に目を伏せ、そして口を開いた。
「私は兄さんにずっと助けられて生きてきた。その私が兄さんの役に立てるのなら何だってするつもりだよ」
「セ・・・・・・・・」
セイルは身体を離すとジールに微笑んだ。
「ジールには兄さんと私と二人ともお世話になったから、頼みは聞かないと、ね」
立ち上がったセイルは落ちていた自分の剣を拾うと腰にさす。振り返り、ジールに言った。
「ジェドのアジトの場所を教えて。兄さんを助けに行く」
その瞳は決心に満ちていた。
「一人で行くつもりか?」
まるでその決心を見透かすかのように、ジールは言った。セイルは一瞬間を置くと、ふっ、と笑みをこぼす。
「そのつもり。ジールには迷惑を掛けられないから」
「そんな事ない。俺も行くよ」
「でっ・・・・でも・・・・・・」
ジールは立ち上がるとセイルの前に立った。
「俺はリュードにセイルを守ってくれと言った。それに俺は、復讐者だ」
「復讐者?」
こくんと頷く。
「そうだ。村の・・・・家族の仇をとるために単身でジェドのアジトへと乗り込んだんだ。俺は賞金稼ぎなんかじゃないよ」
「じゃあ、この傷は・・・・・」
セイルは手を伸ばし、ジールの右目に触れる。一瞬、ジールの身体が強ばったがすぐにそれもなくなった。
「ジェドの手下にやられたんだ。その時俺は、まだ子供だったからあいつらに手も足も出なかった」
「そうだったんだ・・・・じゃあ、私、今日ジールに酷い事言ったよね・・・・・ごめんなさい」
「気にしてないよ、全然。俺、心が広いから」
ジールは子供っぽい笑みを浮かべる。きょとんとしたセイルは少し笑うと言った。
「それ、自分で言います?」
「俺は言うね」
そう言って笑うと、セイルも笑った。ジールは地面に落ちた布を取ると右目を隠すように巻き、ある方向を指差した。
「王都『カトラス』から西にジェドのアジトがある。ここから行くよりカトラスから行った方がいいだろう」
「『危険だぞ』って言わないでね。そんなのわかってるから」
「ああ」
ジールはうつむいたセイルの頭を軽く叩くと背中を押した。
「行こう、セイル」
セイルは頷くとジールのあとを追い、走っていった。
『ジェドのアジト』から東
黒髪の男は森の中を逃げ回る女を追いかけていた。男の手には剣が握られている。女はやっとのことで稼いだ僅かなお金を腕に抱え、必死に逃げる。が、木の根に足をとられ、地面に倒れる。その内に男が追いつき、女に剣を向けた。
「お・・・お助けください。これを盗られたら子供や病気の夫を養うことができません。どうか・・・どうか、お願いです。これだけは・・・・これだけは・・・・」
「・・・・・・それで足りるのか?」
「え・・・・・・・・?」
かしゃん、と音がして女の前に小さな袋が投げられた。女は驚き、袋と男を交互に見比べる。
「仲間が来る。それを持って早くここから逃げるんだ」
「あ・・・・・ありがとうございます・・・・ありがとうございます」
女は袋を取ると、急いでこの場から逃げていった。その後ろ姿が森の中に消えていくのを見た後、男は鞘に剣を納める。その直後、男の背後から数人の野賊の声が響いた。
「おい、早えよ。リュード」
「で、女は殺ったのか?」
「いや、逃げられた。家族を思う母親には適わないよ…」
そう言って背中を向けたリュードに野賊は言った。
「そんなこと言って、本当は女に情が移って逃がしたんじゃないのか?・・・・・ひっ!」
漆黒の瞳に射すくめられ、野賊は震え上がる。
「俺がジェドを裏切るとでも言うのか?」
「だ・・・・・誰も言ってねえだろ・・・・」
「・・・・言っておく。今後、俺がジェドを裏切るような類の言葉は二度と言うな。俺の剣の錆にされたくなければな・・・・」
「う・・・・・わかった・・・・・言わねえよ」
野賊が言うとリュードはアジトに向かって歩き始める。その後ろを、少し間を空けながら野賊が歩いていた。
「で、女を逃がしたと」
「はい」
ジェドは立ち上がるとリュードの顎を掴むと、上を向かせた。
「本当に逃げられたのか?」
「・・・・・俺が、あんたを裏切るとでも・・・・・?」
「それはねえな。愛する妹の命がかかっているからな!」
リュードの顎を離すと、ジェドは喉で笑う。今度はリュードの髪を掴むと、にたぁと笑った。
「裏切るなよ?お前の妹の命は俺が握っているんだからな」
「・・・・・・・・」
奥歯を食いしばるリュードに満足そうな笑みを浮かべる。そのまま無理矢理リュードを立たせると、騒がしくなった部屋の入り口へと力任せに投げた。
「く・・・・・・」
「どうやらお客のようだな。相手をしてやれ、リュード。勿論、皆殺しでな」
「・・・・・・・わかった」
マントを翻すとリュードはジェドのいる部屋をあとにした。
部屋を出るのと同時に誰かの絶叫が聞こえた。そして辺りに漂う血の匂いが鼻につく。野賊は次々にアジトの入り口へと向かい、その度に絶叫が響く。かなり腕の立つ者、そうリュードは考えた。無意識のうちに手は剣の柄を握っている。リュードは入り口に向かって走りはじめた。
ジェドのアジトに着く一日前 王都『カトラス』城下町
「・・・・・・・・・・・・・」
ジールとセイルが城下町に着いてから、セイルは機嫌が悪かった。無言のまま、剣を鍛えなおすべく黙々と鍛冶屋に向かう。そんなセイルの後ろを何もわかっていないジールがのんびりと付いていく。途中途中、道行く綺麗な女性に声を掛けながら。
「おっ。美人さん、発見~。ねえねえ、お姉さん。一緒にお茶でもどうですか?」
「え~?どうしようかな~」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・プチッ・・・・・・・・・・・・・・・・』
とうとう我慢できなくなったセイルは剣の柄に手を伸ばした。
「・・・・・こんの」
「・・・・・・・・・・・・・・へ?・・・・・・・・・・・・・・・」
ただならぬ殺気を感じ、振り返ったジールに容赦なく剣が襲う。
「女たらしめが!」
「ぎゃー!!」
刃が出ていなかったのは幸いだが、硬い鞘で打たれたでどっちにしろ痛い目にあう。背中をさすりながら恨めしそうに、殴ったセイルを見る。
「な~に~す~ん~だ~よぉ~」
「うるさい!この不埒者め!この場で斬り捨ててくれる!」
「殺せないのに?」
「う・・・・・・」
たじろぐセイルに、ジールは立ち上がるとにいっこり笑った。
「わかった。俺が可愛い女の子に声を掛けてるから、やきもち妬いているんだ」
「ちっ、違う!やきもちなんて妬いてない!」
「またまた~。そんなこと言って。素直じゃないんだかっ・・・・・・・げふっ」
「違うって言っているでしょ!」
みぞおちに剣の柄を入れられたジールはその場に膝を付く。片方の手はお腹をさすりながら。
「私は先に宿に行く。ジールはジールでどこかに行けばいい」
セイルは身を翻すと一人、人ごみの中に消えていった。
鍛冶屋に行き、剣を預けたあと、セイルは宿へと行き指定された部屋に入った。マントを外し、壁に掛けるとベッドに腰を掛ける。剣がなくなって軽くなった腰は違和感があって落ち着かない。
「兄さん・・・・・」
一人になったとたん、涙が溢れてきた。
「兄さん、兄さん、兄さん」
涙は頬を伝い、顎から膝へと落ちていく。誰にも聞かれることがないように、声を殺して泣く。
「私のせいで兄さんは村のみんなを裏切らなければならなかった・・・私のせいで・・・・私さえいなければ・・・・」
「じゃあ、死ぬか?それなら俺が殺してやるよ」
「・・・・・なんで、ここに・・・・?」
いつの間にか部屋の入り口に立っていたジールは、セイルの前に立つと剣を抜いた。
「痛みなどは与えない。一瞬で殺してやる」
首に当てられた剣が、窓から入る日に光りに反射して光った。目を見開いたセイルはジールを見つめたまま、身動き一つしない。ジールもあの後から一つも言葉を発しないままセイルを見つめる。
物音一つしない部屋に、二人の息遣いだけが響く。
「死ぬ・・・・・・か・・・それもいいかもしれない・・・」
沈黙を打ち破るかのようにつぶやいたセイルはジールから目をそむけた。
「殺して、ジール・・・私さえ死ねば、兄さんは自由になれるから・・・」
漆黒の瞳からはまた涙が零れ落ちる。ジールの剣を握る手に力がこもる。
「私のせいで兄さんは野賊になることになった。私のせいで・・・私がいなければ兄さんは自分の道を進めたのに・・・・私さえいなければ・・・」
「・・・・・・セイルが死んだら今までリュードがしてきたのは一体なんだったんだよ・・・」
手から剣を落とすとジールは手を伸ばした。セイルの身体が少し固まったのがわかる。ジールはセイルの肩に顔をうずめる。
「頼むから、死ぬなんて言わないでくれ。自分さえいなければ、なんて言わないでくれ。必要とされない人間なんてこの世界に存在しない。セイルはリュードに必要とされている。死んでいい人間なんかじゃないんだ」
大きな背中が子供のように震えている。ジールの姿に胸が痛くなった。
「・・・・・・・・・ごめん・・・・・なさい」
「もう・・・死ぬなんて言わないでくれ。な?」
「うん・・・」
頷く。ジールは顔を上げるとセイルの頭を引き寄せた。
「ごめんな。リュードのことを聞いて、自分のことずっと責めていたんだよな。それなのに俺は『死ぬか?』なんて、セイルが傷つくことを言って・・・・」
「もう、大丈夫だよ。大丈夫・・・・」
ジールの言葉をさえぎるようにセイルは言った。顔を上げ、ジールに向かって微笑む。
「なんて顔してるの。私はもう、大丈夫だから。ね?ジールも元気だして」
「そうだな」
つられるようにジールも笑うと、床に落ちた剣を拾い、鞘に戻した。そして、窓に目を向ける。
「まだ日は高いな。よし。外に行っていろんなところを見て回ろう」
「えっ、でも明日は早いから今日は早く寝るんじゃ・・・」
「昼真っから寝てられるか。行くぞ!セイル」
「はっ、はい」
ベッドから立ち上がると、セイルは先に部屋を出たジールを追う。外に出ると、町は二人がここに着いたときよりも遥かに多い人々で行き交っていた。道には小さな店が開いていて、オルゴールや小さなアクセサリーが売っている。それを楽しそうにセイルは眺める。一つのオルゴールをジールが手に取り、ねじを回す。流れてきた音楽にセイルは目を見開いた。流れてきたのは、リュードとよく一緒に聞いていたあの、アクセサリーのオルゴールの音楽だった。セイルはそのオルゴールをジールから受け取ると、懐かしそうに眺める。ぎゅっとオルゴールを握り締めるセイルに、ジールは店の主人に値段を聞く。それを聞いて顔を上げ、裾を掴むセイルに笑って見せると、主人にお金を払う。主人がセイルに「よかったな、ねえちゃん」と冷やかす。その隣でジールは頬を少し赤くした。握っていた裾を引っ張ると、セイルは「ありがとう」と呟いた。日が傾きかけたころ、二人は宿に戻り次の日の朝早くにジェドのアジトにへと向かっていった。
ジェドのアジト 入り口付近
盛大な花火の音が響く。やっているのは・・・・・・ジールである。ジールは並べた打ち上げ花火に嬉しそうに、楽しそうに火をつけていく。その横で、呆れているセイルが腕を組みながらその様子を見ている。またその辺りでは利き腕を斬られて使い物にならなくされた野賊が「おお!」とか「すげえ!」などと歓声を上げている。敵も味方も関係ない感じた。その内、のってきたのかジールが歌い始めた。
「こっこに~は美っ人なおっ姉っさんはい~ないの~。つまんな~い。さ~いて~い。や~る気出な~い」
「はあぁ~・・・・」
大きくため息をつく。しかし、ジールは全く気づいてないようだ。調子に乗って花火にどんどん火をつけていく。その動きがいきなり止まった。周りからはブーイングの声が聞こえるが、ジールは全く気にしていない。それどころか、眼光を鋭くさせ背中にある剣の柄に手を伸ばす。
「誰か・・・・来た」
その声は隣にも届き、セイルは腰にある剣の柄に手を伸ばした。周りは静かになり、入り口一点を見つめている。しばらくして、入り口に一つの影が現れた。その影は徐々に大きくなり、ジールとセイルの目の前に姿をあらわした。その姿を確認するとジールは警戒を解き、セイルにも剣を離すように合図する。現れたのは紛れもないリュードだった。
「ジール?なんでここにいるんだ?セイルのところに行ったんじゃなかったのか?」
「そうだよ~ん。で、ちょっとセイルにあることを頼まれたから、届けにきたの。えらい?」
「そんなのは別にいいんだ!もし、ジールがセイルの傍を離れたとき、殺されてしまったら・・・」
剣の柄を握り、警戒をしていたリュードはジールを見たとたんその警戒を解いたが、今度は不安そうな顔になる。隣にいるセイルのことは全く持って目に入っていないらしい。そんなリュードに、チチチと指を振って見せると片目をを瞑った。
「なあ、話はちゃんと聞こうぜ?リュード。セイルは絶対に殺されないよ」
「なんでそんなことわかるんだ?」
「だって・・・」
ジールは隣でなぜか固まっているセイルをリュードの前に押した。
「きゃっ・・・」
小さな声をあげると、セイルはリュードにしがみつく。そのまま、また固まってしまった。
「俺がリュードに届けるのはその子だもん」
「どういう意味だ?」
「だ~か~ら~」
ジールは未だにわかっていないリュードを見てため息をつくと、リュードの肩をポンッと叩いた。
「その子が『セイル』だよ」
「・・・・・・・・・・・・!!」
リュードは目を見開くと、しがみ付いたままのセイルを見る。その視線に気づくとセイルは身体を離し、首から下げてあった二対の翼を象ったアクセサリーのオルゴールを取り出した。
「これ・・・・兄さんがくれたオルゴール。ずっと、大切に持っていた・・・・これを付けていると兄さんが傍にいてくれているような気がするから・・・」
「本当に・・・・本当にセイルなんだな?」
「うん」
恐る恐るリュードはセイルの頬に触れる。温もりが手を伝って感じる。
「嘘じゃないんだな?夢じゃないんだよな?」
「そうだよ、兄さん。私はここにいる。兄さんを助けるためにここまで来たんだ」
「・・・・・・っ・・・・セイルッ!」
セイルと同じ漆黒の瞳から涙を流し、妹の身体を抱きしめる。野賊は見たこともないリュードの姿を目にし、一言も発することができなかった。
「大丈夫だから・・・・もう、大丈夫だから・・・これで兄さんは野賊を続けなくてもいいんだよ」
セイルは震える大きな背中を優しくさする。昔、リュードが泣きじゃくったセイルの背中を撫でた時と同じように。
「一緒に帰ろう。兄さん。リリトさん達の所に。みんな、兄さんの帰りを待っているんだよ」
セイルの言葉に、びくりと身体を震わせる。スッ、とセイルの身体を押しのけると顔を伏せた。
「しかし・・・・」
「なんだよ。みんなの所に帰るのは嫌なのか?リュード」
不安そうな顔をするリュードに、ジールは怪訝な顔をする。またセイルも、兄の言葉に不安な顔をしている。リュードはジールの方に向くと、その不安を言葉にした。
「そんなことできるのか?ジェドは強い。もし、俺のためにジールやセイルが怪我でもしたら俺、嫌だよ。やっぱり、やめよう。俺はこのままでも平気だからさ・・・」
「兄さんがよくても私は嫌だ!」
リュードの言葉を遮るようにセイルは叫ぶ。その瞳には涙が溜まっている。
「俺も嫌だね」
「・・・セイル・・・・ジール・・・・」
二人の言葉にリュードは困惑する。ジールは寄りかかっていた壁から離れるとリュードの襟首を掴む。ジールは怒っていた。
「お前の言う通りにしたら、俺達がここまできた意味がないだろ!セイルはな、ずっとお前を思っていたんだぞ?!それを、お前は・・・・お前はセイルの気持ちを考えているのか?」
「・・・・ごめん・・・・・」
「・・・・わかればいいよ」
襟首から手を離す。ジールはリュードに寄りかかると、
「ごめん。あんなこと言ったリュードの方がつらいんだよな」
と、呟いた。リュードは首を振ると、セイルに向く。
「本当に帰っても・・・・」
セイルは微笑むと、リュードの手を握る。
「一緒に帰ろうね。兄さん」
「・・・・・・・・・ありがとう。セイル・・・ジール・・・」
リュードは二人に深く頭を下げた。
「・・・・・・・・ジェド」
「ん?ああ、リュードか。ここに来た奴等は始末したのか?」
「いや、してない」
いつの間にか戻ってきていたリュードに、口元をほころばせながら聞く。が、その答えにジェドは眉を寄せた。座っていた場所から立ち上がると、リュードの顎をグイッと掴む。
「リュード、お前、俺を裏切るのか?俺はここに来た奴等を殺せと言ったんだがなあ。大切な妹を殺されてもいいのか?」
「そんなことはさせない。いや、できないと言ったほうがいいか」
「それはどういう事だ?」
ジェドの問いにリュードは後ろを向く。そこにいたのは、セイルの下に居るはずのジールだった。
ジールはリュードの隣に立つと、楽しそうに笑う。
「はぁ~い。久しぶり~」
「ジール、貴様・・・・なぜここに・・・お前、俺を裏切ったのか?」
怒りに手を震わせるジェドに、ジールは片目を瞑って見せる。
「あったり~。そもそも俺、はなっからあんたの手下になるつもりなかったし~手下のふりしてたのは、あんたに復讐するためだったしね」
「リュード、貴様もか?」
「俺はセイルの命を握られていたからジェドの手下になったが、今はもう、それはない。俺があんたの手下になっている理由はない。あとは、村のみんなの、父さんと母さんの仇を討つだけだ」
静かに言った言葉の後に、耳につく笑い声が響いた。腹を抱えて笑うジェドは顔を上げると二人に言った。
「面白い事だ!俺の片腕とも言える二人が同じ日に同じ時に俺を裏切るとはな」
笑いつづけるジェドの声を遮るように、セイルの声が部屋に響く。
「覚悟してもらおう。お前にはもう、頼れる手下はいない」
ジールの後ろから出てきたセイルは、剣を抜くとジェドに向ける。剣を握る手は怒りによって震えている。
「セイルか・・・そうか、リュードを取り返しに来たのか」
「そうだ。兄さんを返してもらう。そして、村のみんなの命を、父さんと母さんの命を奪った罪をその身で償ってもらう!」
「いいな・・・・その声。俺に対する憎悪が溢れ出ている・・・」
「当たり前だ!お前に目の前で父さんを殺されたのだからな!」
叫んだ後、荒い呼吸を続ける。その様子にジェドは顔を手で覆い、喉で笑った。
「ククク・・・・・そんなこともあったな」
「お前だけは・・・・お前だけは絶対に許すものか!人の命を・・・命とも思わない扱いで奪ったお前を、私は絶対に許さない!」
叫びすぎて、頭がくらくらする。視界がぼやけているから、自分は泣いているんだとセイルは思った。目の前の男が父を殺した光景、その後兄について聞いた言葉、今になっても目に、耳にやきついている。
「面白い。俺を殺すのか。いいだろう、このごろ退屈していたからな。相手をしてやろう」
剣を抜き、構えるジェドに、リュードとジールも剣を抜いて構える。
「マタオ前達カラ何モカモ奪ッテヤル」
血の匂いが染み込んだ剣を舐める。不気味なほどの笑みは三人を竦みあがらせた。
「サア、来イ!」
剣と剣がぶつかり、重なり合う。金属音が鳴り、部屋に響く。誰かが叫ぶ。笑う。怒りに身を任せて剣を振る。涙は頬を濡らし、血は地面を濡らす。部屋に声が響いた時、血しぶきが舞った。
リパーゼ村
家の外でターネは子供達に本を読んでいる。その隣ではリリトが木に寄りかかって座りながら話を聞いている。少し離れた場所ではナイトがドールに剣の扱い方を教えている。不意にターネの声が途切れた。
『どうしたの?お母さん』
口々に言い寄る子供達。リリトはターネの傍に寄ると、頬に触れた。
「どうした?どこか調子でも悪いのか?」
「ううん。違うの」
首を振るとターネは微笑む。子供達に「大丈夫よ」と声を掛けると俯いた。
「セイルのことが気になって・・・・」
「そうか・・・」
リリトはターネの頭を撫でる。顔を上げたターネに微笑むと、その手を握った。
「セイルなら大丈夫だよ。あの子はしっかりしているから。きっと無事にリュードと一緒に帰ってくるよ」
「そうね・・・・そうよね。きっと無事に帰ってくるわよね」
「そうだよ。セイルは絶対無事に帰ってくるよ」
いつの間にか傍にきていたナイトが言う。ターネは頷くと、読んでいた本にしおりを挟んで閉じ、隣に置いた。
「もうそろそろおやつの時間にしましょうか。今日はお天気もいいからここでお茶にしましょうね。さあみんな、手を洗ってきて」
『はぁ~い』
子供達は言われた通りに手を洗いに家の中に入っていく。ターネはお茶の用意をしに家に入ろうとしたとき草陰が動き、何かが落ちる音がした。その音に気づくと、ナイトは練習用の剣を構え、リリトはターネを庇う様に前に立つ。
「い~た~い~」
その草陰から誰かの声が聞こえた。
「大丈夫か?セイル」
「腰打った・・・・・」
「あ~・・・・ここ、滑るから気を付けて」
「言うの遅いよジール。う~・・・痛い」
「でも、よくこの村へ行く近道を知っていたな。ジール」
「え~?だって、俺の家、この村にあるもん」
『え?!』
「だからさ~。俺、リリトとターネの家に住んでんの。つまり、俺達は家族ってわけ。だから俺はリュードに五年前この村に行けって言ったんだよ」
「そうだったんだ・・・・・全然わからなかった」
「私も・・・・・」
「そうだと思った。あっ、もうそろそろ村に着くよ」
「本当?!それじゃあ、リリトさん達とやっと会えるんだね。嬉しいな・・・・・・・・へっ?」
「・・・・・・・え?」
「ゲッ・・・・・マジ・・・・・?」
草陰から出てきた三人は顔を引きつらせた。ナイトが三人に飛びかかってきて、リリトはどこから持ってきたのか、剣を持ってどこからでもかかってこられても平気なように構えている。と、いうのか、すでに剣を振りかざしている。
「うわぁー!ちょっと待て、リリト!」
「ナイト!私だ!セイルだ!」
「あっ、なんだ。セイルかあ」
「すまん。野賊かと思ってしまった」
三人の姿を見たナイトとリリトは剣を降ろすと、申し訳なさそうに笑う。ターネは瞳に涙をためて微笑む。
「お帰りなさい」
「ただいま。リリトさん、ターネさん」
「ただいま」
セイルは嬉しそうに、リュードは照れくさそうに言った。
「ジールも、お帰りなさい。大きくなったわね」
「なんだ。気づいてたのか。驚かそうと思っていたのになあ」
苦笑すると、ジールは前に出た。
「ただいま。ターネ、リリト」
「おかえり、ジール。ったく、心配するから少しくらい連絡をしてくれよ。これからでいいから」
「は~い。これからはこまめに連絡するようにします」
ふざけ気味に返事をする。リリトに小突かれたが、そんなやり取りが妙に嬉しかった。隣ではセイルやリュード、また近くに来ていたナイトまでもが笑っている。
「でも、五年半も離れている間にターネ、可愛くなったな~。人妻を口説くのもやりがいがあって楽しそ・・・・・・うぅ?」
爆弾発言をしたジールの身体がターネから引き離された。後ろからリュードが押さえ込み、リリトはファイティングポーズをとって構えていて、ナイトは剣を抜いてジールに向けているし、セイルはターネを庇う様に抱えている。
「ひっでえ!なにすんだよお!冗談に決まってるだろ!俺がそんなことするわけないじゃん!」
みんなの仕打ちに、泣きそうに顔を歪める。
「すまん。つい身体が勝手に動いて・・・・」
「私も、つい・・・・・」
「ごめん。ジール兄ちゃん」
「私もそういうつもりじゃなかったんだけど・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
それぞれの言葉にジールはわなわなと手を震わせる。
「うわーん!!みんなのバカヤロー!!」
ジールは泣き叫ぶと家の中に走って行った。
家に戻ったあの後、セイルから五年前のことをすべて聞いた。五年前の燃え盛る村の中で、兄のリュードとはぐれたセイルは一人走っていた。その中、偶然にも父と会った。そこまではよかったが、その父の後ろにジェドが現れ、そしてセイルの目の前で父を殺した。ジェドはセイルに向くと言った。
「お前の兄は野賊になる。お前の村が襲われたのも、家族の命が奪われたのもみんな、お前の兄のせいだ」
そう言って笑うとジェドは炎の中に消えていった。セイルは見たことも、聞いたこともすべて信じられなかった。でも、見たことは目の前に広がってた。その後俺と会って、リュードの下に行って、このリパーゼ村にセイルは来た。そのときもジェドの言葉が耳から離れなかった。リュードからこの村から出ると言われたとき、その言葉が脳裏に蘇った。でも、止められなかった。なぜか止められなかった。それから五年過ぎ、セイルは旅に出て俺と会って、俺からリュードについて全て聞いた。嘘だと思いたかったことが事実になって・・・・・・セイルは言っていた。
「あの時、兄さんを止めていたらこんなことにはならなかったのかな・・・・」
と・・・・・
「ジール、ジール。起きてる~?」
「んあ?あ~・・・・セイル?ど~したの~?」
ベッドにあお向けに寝て、ぼ~としていたジールはセイルの声に起きあがった。
「あのね、今日、カトラスに兄さんの誕生日プレゼントを買いに行くの。ジールも一緒に行かない?」
部屋の扉から顔をひょこっと出してセイルは言う。
「別にいいけど。でも、こういうのって兄妹水入らずで行ってきたほうがいいんじゃないかなあ。俺なんかが一緒に行っていいの?」
「だって、一緒に来てくれないとジールのが買えないじゃない」
「俺の?何を買うの?」
「え?・・・・・えっと・・・・・」
セイルは一気に顔を赤くした。その様子にジールは不思議そうにする。
「何?セイル」
「うぅ~・・・・・・・」
「な~に~?セイル~」
「もお、いいよ!ジールのばかあ~!!」
「えっ?!セイル?!」
泣きながら走り去っていくセイルに、ジールは困惑する。静かになった部屋の中で情けない声をあげた。
「俺、何かした?何か言った?ねえ、セイル~」
もちろんセイルからの返事はなく、また静寂が戻る。その部屋に入れ違いにリュードが入ってきた。
「セイル?」
「馬鹿か?俺だよ」
「リュードか。お前等似てるんだもん。わかんねえよ」
ふてくされるジールに苦笑するリュード。
「さっき、セイルが泣きながら廊下を走り去って行ったんだが、一体どうしたんだ?」
「いやさ、セイルが俺に何か買うって言ったから何を買うのか聞いたら、俺を馬鹿って言って走り去って・・・・・」
「ああ、そういうことか」
リュードは納得したように手を打つ。そして意地悪そうに笑うと、ジールに「教えてほしいか?」と聞く。
何度も頷くジールに、リュードは口を開いた。
「ジール、誕生日近いだろ?」
「うん」
「俺達も、もうそろそろなんだ」
「うん。知ってる」
「セイルは俺のを買うときに、ジールのも選ぼうと思ったんだよ。世話になっているからってね。だから、一緒に来てくれって言ったんだよ」
「そうだったのか・・・」
ジールは納得したように頷く。
「それで、ジールももちろん行くよな?俺達と一緒に」
「行くよ。俺もセイルに何かやらなきゃなんねえし」
立ち上がったジールにリュードは不満な声をあげる。
「俺のは?」
「俺の愛」
「そんなのいらない」
にこにこと両腕を広げるジールに、リュードは切って捨てる。その言葉にジールは「酷い~」と何度も繰り返す。しかし、無視された。
「ほら、行くぞ」
無視されていじけているジールの背中にリュードは声を掛けると、セイルが待っている玄関へ向かっていった。
「なに?ジールも来るの?」
玄関でリュードとジールを待っていたのは、先程とは打って変わって冷たい態度のセイルだった。
「ごめん。さっきしつこく聞いたのはこの通り謝るから、俺も一緒に行ってもいい?」
「どうしようかな~・・・・」
「セイルぅ~」
両手を合わせて頭を下げるジールに、セイルは「許そうかな~。やめようかな~」と意地悪なことを言う。ジールの目が徐々に涙目になって、さすがに可哀想になったので、セイルは「いいよ」と、一言だけ呟いた。
「やった!セイル、ありがと~」
「重い!引っ付くな!」
抱きつくジールを邪険に扱う。その二人のやり取りに、ターネは穏やかな笑みを浮かべた。
「みんな、気を付けてね。リュードは二人のことをよく見張っておいてね」
「はい。それでは、行ってきます」
リュードはターネに挨拶すると、二人を抱えて外に出る。二人は始めはその行為に驚き、文句を言っていたが、その内、勝てないと思ったのか諦めた様におとなしくなった。
「ターネさん、行ってきます」
「行ってきまーす」
ジールとセイルも抱えられながらターネに挨拶をする。その三人の姿が森の中に消えて見えなくなった。
「ねえ、お母さん。これなあに?」
棚に置いてあるオルゴールを取ったエルがターネに聞いた。ターネは玄関の戸を閉め、エルに近づくと、髪の毛を優しく梳く。
「それはね、オルゴールよ。こうしてネジを巻くと、音が流れるの」
「へえ、そうなんだ。綺麗な音だね。これ、お母さんのなの?」
「違うわ。セイルお姉ちゃんのよ」
音楽が流れ始めたオルゴールを棚に戻すと、ターネはしゃがんだ。
「セイルお姉ちゃんが、大切な人からもらった物なんですって。エルもそういう方からもらえるといいわね」
「うん!」
無邪気に笑うエル。ターネは「お茶の時間にでもしましょうか」と微笑むと、部屋の中で遊んでいるリリトと子供達を呼びにいった。
賑やかな王都カトラスの城下町。その中で、リュードと一旦別れたセイルとジールは店を覗きながら歩いていた。
「ねえ、ジール。何がいいの?決めてくれなきゃ買えないよ」
「ん~・・・・・・何がいいって言われても・・・・」
腕を組み、考え込む。さっきからずっとこの調子だ。
「もう、いいよ。私が決めるからね?・・・・・・・・・よし、これにしよう。すみません。これください」
二つのアクセサリーを手に取り、店主に声を掛ける。
「・・・・・・値切んないの?」
ぼそりとジールが呟く。しかし、セイルには聞こえてなかったようだ。
「何か言った?」
「いや、何でもないよ」
セイルは不思議な顔をするが、「何でもないよ~ん」といわれたので気にしないことしする。店主から小包を二つ受け取るとお金を払い店を出る。外は人で溢れかえって、前が見えないほどだった。
「うわ、すっごい人」
「はぐれたらどうしよう・・・」
「迷子札でも首に掛けとく?」
「殴るよ?」
「嘘です。冗談です」
すでに手をグーにしているセイルにジールは目をそらす。そらした場所に、何かおいしそうなものが売っている店があった。ジールは目を輝かすと、セイルに向いた。
「あそこ行こう!何か売ってるよ、おいしそうなもの。俺、腹減った」
「へ?・・・・・え?・・・・・」
返事も聞かずに手を取り引っ張ると、その場所に向かう。セイルをベンチに座らせると、ジールは店に走っていった。
「おっじさ~ん!クレープ二つください!」
「はいよ!150ルクだよ!」
「高い!95、いや100ルクだ!」
「むむ~・・・・145といいたいところだが、135ルクでどうだ!?」
「115ルク!」
「わかった!あんたにゃ負けたよ!115ルクだ。持ってけドロボー!!」
「うっしゃー!」
ガッツポーズを取るジールに店主はクレープを二つ渡す。ジールはお金を払うと、座っているセイルに渡し、自分も座る。セイルが呆れているのはこの際気にしないでおこう。
「おいしい。これ」
「だろ?俺のお腹がそう伝えていたから絶対うまいと思ったんだ」
「どういうお腹なの・・・?」
「あはは」
そんなやり取りをしながらジールとセイルはクレープを食べる。そんな二人の耳にある音楽が入った。聞き覚えのある、懐かしい音楽。
「!! ねえ、ジール。この音楽・・・」
セイルは流れてきた音楽に耳を傾ける。
「これ、あのオルゴールのやつじゃん」
「うん。それと、このアクセサリーのオルゴールの・・・・」
セイルは指先でアクセサリーに触れる。
「私ね、この音楽を大切な人と聞くのが小さいころの夢だったんだ」
「へえ、叶うといいな。その夢」
「もう叶ったよ。ジールと兄さんとリリトさんとターネさん、そしてナイト達と一緒に聞いたよ・・・・・・・大切な人達と一緒に・・・」
ジールは目を見開く。
「俺も・・・・入ってるの?」
「当り前だよ」
嬉しそうな、満足そうな笑みをセイルはこぼした。
「綺麗な曲だな。これ」
「そうでしょ?セイルちゃんのお気に入りの音楽なんですって」
リリトとターネはお茶を飲みながら音楽を聴く。
「確か・・・・この曲の名前は『大切な人』だったな・・・」
「そうなの?・・・・『大切な人』・・・・いい音楽よね。私も好きになっちゃった」
家の中に、城下町に音楽が流れる。沢山の人々が、それぞれの大切な人達と、この音楽を聞いている。昔、大切な兄と一緒に聞いていたセイルも、今は隣にいる大切な人と、新しい大切な家族と一緒に聞いている。この幸せが続くように祈りながら。ずっと・・・・・・
―― END ――
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