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K/Night
外伝1
『Holy Knight and Night』
雪がちらつく。
どうりで肌寒いと思った。
朝から空は曇っていたから雪が降るかもしれないと考えてはいたが、予想よりも早い、降る雪だった。
闘技場前で準備運動をしていたシェイルス・シェインは身震いをして自らの腕を抱く。
「流石に、中に入るかな」
試合前に体調を崩すわけにもいかず。
シェイルスは階段に座っていた腰をあげる。
冷えた階段に、尻も冷たくなっていた。
付いた砂を払い置いた剣を取り上げる。
屈んだシェイルスに影が重なったのはその時だった。
「君は…闘技者?」
低い男の声に首を上げると、見慣れない男が立っている。
微笑む表情に胡散臭さを感じた。
「…それがどうした?」
警戒心を露に剣を持つ手に力を込める。
男はその様子に暫し眼を丸くし、それから小さく笑う。
「そんなに警戒しないでください。俺はただの通りすがりです。ちょうど君がこの前にいたんで、闘技者なのかと思いまして」
「女が闘技者で悪いか?」
馬鹿にされた気分にシェイルスは顔を歪める。
男のせいと寒さのせいで気分の悪さは最悪だ。
男は慌てて弁解する。
「そういう意味じゃないんですよ。ただ、ご両親が心配するんじゃないかと思って」
「…両親なんていない」
「…え?」
聞き取れなかった言葉に男は聞き返すが、シェイルスは背を向けた。
「試合がある。私は行くぞ」
話しはもうこれで終りだと、中に入ろうとするシェイルスを男は、
「ちょっと待ってください」
呼び止めた。
「なんだ?」
苛立ちを隠しきれず振り返るシェイルスの体を何かが包む。
「…?」
「女の子が簡単に体を冷やしちゃ、体に悪いですよ」
上着を肩にかけさせて、男は闘技場を離れて行く。
「おい!ちょっと待て!」
小さくなっていく姿に慌てて上着を脱いで追いかけるが、直ぐに姿を見失ってしまった。
呆然と経ち尽くす。
「…なんなんだあの男は」
怪訝な表情を浮かべ、シェイルスは上着に視線を落とした。
見覚えのある紋章が左胸に描かれている。
「これ…ラングレス白騎士団の紋章じゃないか!」
思わず大声を上げて、気付いて口を塞ぐ。
あまりにも場違いな上着だ。
何故そんな男がここに来たのかが分からない。
「…こんな大切な物、私に渡してどうするんだよ」
と言うかこんなもの、間違っても羽織って闘技場に行くわけにはいかなかった。
溜息を吐きながら上着を片手に持ち、闘技場へ戻る。
リュード・ナイトホーリーとの出会いはシェイルスにとっては最悪なものだった。
あまりにも苛立って、怒りに身を任せて剣を振り、しくじって怪我をしてまた苛立って。
これ以上試合をするのは身にならないと思い、今までの勝ち分の賞金を貰って闘技場を出る。
途中、馴染みの店で食料と包帯を買って家路に向かう。
雪はまだ止んでいない。
それ以上に強くなって地面を白く塗りつぶしていく。
「寒いな」
暗くなった空を見上げ、白くなる息を吐き出す。
手に持つあの上着を着ようかと思ったが、考えて止めた。
今更だったし、身分の違う人の物を借りるのも気が引ける。
しかしそうはいっても寒い。
くしゃみをすると直ぐ近くでもくしゃみをする人がいる。
振り向くと、
「…お前…」
あの男が立っていた。
「あぁ、良かった。もしかしたら会えないと思ってたんです」
穏やかに笑うその男の体にはうっすら雪が積もっていた。
「お前…どれだけ外にいたんだ?!」
震えているその体に触れて冷たいのに驚き、慌てて男の上着を着させる。
しかし男はその手をやんわり止めると逆にシェイルスに上着をかけた。
「俺より君の方が…」
「馬鹿か?!…家、直ぐ近くだからこっちに来い!」
怒鳴る様に男を連れて角を曲がった家へ戻る。
家の中も、外より暖かくはない。
急いで暖炉に火を入れて部屋を暖める。
「こっち」
まだ玄関にいる男を暖炉の近くの椅子に座らせて、部屋に明かりを灯す。
「今、替えの服、持ってくるから待ってて」
「いや、そんな事しなくて…」
男は止めたが、シェイルスはやかんに水を入れて火にかけてから家の奥に向かう。
部屋に入って暫く、シェイルスは戻ってくると男に服を渡した。
「…兄のだけど、合うか?」
「大丈夫だと思う。ありがとう。でもお兄さんに悪くないのかな?」
「…もういない」
「……」
表情を一変させたシェイルスの様子に男は言葉を失う。
沈黙が落ちる部屋。
シェイルスは椅子から離れるとやかんの前に立った。
「着替えた方が良い。風邪をひくぞ」
「…あぁ」
幾分低くなった声が背後から聞こえる。
言わなければ良かった…
考えたが後の祭だった。
小さく溜息を吐いて先ほど買った物から包帯を取り出し、傷口の消毒をして巻く。
「怪我をしたんですか?」
「―――!」
腕に触れる男の手に反応して勢い良く払いのける。
傍にあったやかんに手が当たった。
「…?!」
「触るな…!」
怯えを含む声に男は思わず手を引くが、気付いて手を伸ばす。
「シェイル!」
「―――?!」
教えていない名前を呼ばれて覆い被される。
同時にがしゃんと金属が落ちる音と、バシャッと水が落ちる音が聞こえた。
温い水が頬にかかるのに、顔を上げた。
「大丈夫か?」
髪から水を滴らせながら問う男に、シェイルスは眼を開く。
「…どうして名前を…知っているんだ?」
「…!」
自分の失態に気付いた男は眉を寄せてシェイルスから離れる。
しかし離れることをシェイルスは許さない。
腕を掴んで問う。
「どうして知ってるんだ?!」
教えていない。
初めて会ったはず。
なのに男は愛称を呼んだ。
「…俺は君と会うのは初めてじゃないんだよ」
腕を掴む手を外しながら言って立ち上がる。
「…また、会いに来る」
上着を掴んで羽織り、男は家を出た。
「ちょっと待て!」
慌ててシェイルスは後を追う。
家を出て雪の中男の姿を探した。
「誰なんだよ!お前は何なんだ?!」
周りを気にせずに男の背中に叫ぶ。
男は立ち止まると振り返った。
「リュード。リュード・ナイトホーリー。ラングレス白騎士団副隊長だ」
男はそれだけ言うと、雪の中消えて行った。
『リュード』その名前は懐かしい響きがあった。
その日は今日のように寒かった。
「寒い。寒い。寒い寒い寒い」
「寒いって言ったら余計寒くなるって聞いた事ないか?シェイル」
父親の手を握りながら、まだ幼いシェイルスは愚痴を零しながら家路に急いでいた。
「寒いものは寒い。寒い。寒い」
「分かった分かった。家に帰ったら母さんが暖かい飲み物を用意してくれているはずだから、早く帰ろうな」
「うん」
何度も頷いて服に首を埋めて寒さを凌ぐ。
白い息を吐き出しながら家に帰ったのはその直ぐ後。
暖かい家は体を芯から温めてくれた。
城下の外れ、城壁のほぼ隣に位置する場所がシェイルスの住む家だった。
「……?」
夜中、金物が床に落ちる音でシェイルスは眼が醒めた。
体を起こすと同時にまた、今度は木材が折れる音が聞こえた。
「……」
不振に思いながらベッドを降りる。
すぐ隣の部屋の扉が勢い良く開けられる音が響いた。
「誰だ!!」
父親の声。
扉に耳を付けて様子を伺う。
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