K/Night

K/Night

卒業してからの春


「この木も随分大きくなったものだな。」
卒業して8年目を向かえ、今、彼はその母校の象徴である大きな桜の木の下に立っていた。
「お前が死んでから8年も経つんだな。」
彼は懐かしさの中に寂しさも含ませながら呟く。その子―彼女が死んだのは8年前、卒業する直前の事だった。卒業してから1年後、この木で会おうと約束した直後だった。彼とは男友達のような間柄で、すごく親しかった。だから死んだと聞かされた時は悲しかった。彼女の事が好きだったのかも知れない。
彼は木を仰ぎ見る。まだあまり葉も付けていない。風が冷たくなった。もう帰ろうと思って上着を着直して、初めて木の後ろから少女が覗いていることに気付いた。小学生くらいなのだろう。子供特有の笑顔を向ける。それは彼女に酷く似ていた。後で思えば思うほどそう感じた。
「おじちゃん、この花あげる。」
それは紅紫色をした花だった。少女は、アツモリソウって言うんだよ、と教えてくれた。ありがとう、と礼を言うと、少女は無邪気に笑う。彼は木に向き直し、彼女に話しかけるように、こんな花をもらったよ、と言った。この花にはどんな意味があるんだろうな、と付け足すと、少女が背後で陽気に無邪気に言った。
「君を忘れないって意味だよ。」
驚いて振り返るとせこには少女の姿はなかった。少女が居たという証拠は手に残ったアツモリソウの花だけ―――。彼女が約束を守ってくれたのだろうか。彼は少し考えて、呟いた。
「俺も忘れないよ。」
アツモリソウを優しく手で包み、仰ぎ見た木にそう伝えた。

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