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K/Night
4
バサリと羽音が聞こえてくる。
「……」
暫くして鼠が鳴いた。
また羽音が聞こえてくる。
エリクはその音を聞きながら森の中を走っていた。
月明かりでしか見えないその中を、気配を頼りに進んでいく。
狩る側と狩られる側―――
この状況はそう呼ぶに等しかった。
しかも狩られる側は自ら狩る側へ姿を晒しに行こうとしている。
馬鹿だな…
だが、その足が止まる事はない。
逃げよう、そんな気も、一秒たりとも起こらない。
あるのはただ、最後に会いたいという思い。
そして必ず助け出すという強固な決意。
その想いだけがエリクを先に進めている。
既にもう、エリクの体は『白夜の森』に入っていた。
白樺の木が目立ち始めているのが証拠だった。
「……」
何時の間にか、音は消えていた。
さっきまで鳴いていた梟の鳴き声も、もう聞こえない。
木々が揺れる。
地面の木の葉が流れていく。
「……」
エリクはその気配に素早く方向を変え飛び退くと、剣を引き抜いた。
「……」
飛び退いた場所には黒い影。
雲に月が隠れ、その正体は分からない。
それはエリクも同じ事だった。
青銀の髪はフードで隠している。
これさえ見せなければただの子供だ。
もし、その影が青銀の髪を狙っていたのだとしたら、そう見える筈だった。
「……」
「……」
影もエリクもお互い相手を探っていた。
緊張が走る。
殺意はないが、敵意はある。
剣を収められない。
「誰だ?」
均衡状態が続く。
これ以上時間を食うわけにもいかず、エリクは影に問う。
月が姿を見せた。
明るくなる森の中、白い獣が現れる。
「…白夜。『白夜の森』の主だ」
豊かな白毛を靡かせ、白夜は答えた。
その姿は獅子を思わせる。
「白夜…」
反復するその名前にはどこか覚えがあった。
一体どこで聞いたのか、それとも見たのか…
今の状況では思い出せる筈もなかった。
「立ち去れ。この先に人間の子供など用はない筈。それとも、忌々しくも我が森の中で結界を張る闇の者の仲間か?」
「まさか!」
エリクは吐き捨てるように叫んだ。
「あんな奴と一緒ではない!なりたくもない!私は、あの男に捕まった友人を助けに行くだけた!」
「友人…?結界内にお前と同じような子供がいるという事か?」
「そうだ」
「まさか…」
信じられないと、白夜は首を振る。
「本当なんだ。私のせいで皆を巻き込んでしまった…お願いだ。通してくれ」
白夜を振り切り先に進む事も可能だろう。
だが多分、結局は再度道を塞がれるだろう。
今、白夜を説得しなければ…
「お願い…皆が、ノインが死んでしまうかもしれないんだ…」
気を抜くと泣きそうになった。
けれど泣いている場合ではない。
エリクは望みをかけて頭を下げる。
白夜は無言を通す。
だが、その耳がピクリと反応した。
森の中枢に視線を向ける。
同時に突風がエリクと白夜を襲った。
激しく木々が揺れる。
「―――っ!」
バランスを崩すエリクの体を、白夜が体で支える。
思わず首筋を掴むが、振りほどかれる事はなかった。
直ぐに風は止んだ。
何事もなかったかのように辺りは静かになる。
ただ、空に伸びる木々が揺れている事が名残を残していた。
「どうやら結界内にまた更に結界を張ったようだな。それなりに出来る者らしい。お前は大丈夫―――っ!?」
淡々と告げる言葉が不意に途切れる。
目を見開き、肩を震わせている。
「お前…その髪は…?」
「―――っ!?」
フードは風によって脱げ、青銀の髪が肩に溢れていた。
慌ててフードを被るが既に遅い。
白夜はエリクの姿を見つめ続ける。
何故気付かなかったのか…
フードで髪が隠れていたとはいえ、その姿、ありし日のあの人物に酷似している。
「お前、名は?」
「……」
警戒しているのか、エリクは口を開かなかった。
マントを首元でたぐり寄せている。
「名は?」
再度白夜は問う。
「…エリク」
やっと告げられたその名の中に、白夜はかつての記憶を見た気がした。
「生まれた場所は?ここではないな?」
「多分」
曇る表情に、眉間に皺を寄せる。
「多分とは?」
「記憶がない」
「記憶が?」
何か起こったのか―――否、起こったからこそ彼女はここにいるのだろう。
それでなければ、彼女があの場所から離れる事はない。
―――時が、来るまでは。
白夜はエリクの翠眼に視線を移す。
一瞬、右目が銀色に変わった。
―――守られているのか。
それは、かつて何度も感じた事のある気配だった。
「乗れ」
背を向ける。
突如変わった白夜の態度に、エリクは目を丸める。
「危ないのだろう?友人が」
「どうして…?」
エリクは戸惑っていた。
その体に白夜は擦り寄る。
「我が命、エリクと共にある」
そう―――
今度こそは―――
「……」
白夜の言葉を、全てエリクは理解出来なかった。
当たり前だ。
自分を忘れているのだから。
「……」
白い毛に、指が絡まる。
「乗れ」
「…ありがとう」
躊躇いながら、背に乗るエリクの体は思ったよりも軽い。
両手が首筋に置かれた。
「軽いな」
「そんな事を言っている…」
「場合ではなかったな」
ククッと笑う。
こんな時に不謹慎だとは思ったが。
「行くぞ。舌を噛まぬようにな」
言い終わるが早いか、白夜はエリクを乗せて目的の場所へと駆け出した。梟が鳴いた。
青銀の長い、綺麗な髪。
初めて見る溢れるような笑顔を間近で見たいと思った。
その願いが叶った時はどんなに嬉しかったか―――
「ノインッ!」
真上から落ちてくるソウルの声に、ノインは意識を取り戻すと同時に体を折り曲げて血へどを吐いた。
「ノインッ!?」
「…ソウル…俺今、思い出が走馬灯のように巡ったよ…」
口許を拭いながら、冗談まじりに笑う。
だが、冗談ではない。
ソウルの声で目が覚めたのが不思議なくらいだった。
「ノイン…」
「大丈夫、まだ生きてる」
ノインは槍を持つ手に力を込める。
血で手が滑ったが、何とか立った。
「…っ…」
体中が痛い。
当たり前だ。
全身傷だらけだし、血へどを吐いたから内蔵だって傷付いている。
額が切れて血が目の中に入って開く事もままならない。
「しかしな…」
血を袖で拭いながら苦笑する。
「思い出すのもエリクか…」
そこまで存在が大きかったとは、ノインでさえも考えなかった。
家族や友人の事も、思い出しても良いんだけどな…
自分の薄情さに情けなくなる。
しかしもっと情けないのは男に一太刀も浴びせられない事だった。
ノインは持つ槍を見下ろす。
そう、あの男が敵に手を貸す事などやはり有り得なかったのだ。
証拠に、ノインは普段通りの闘いは出来なかった。
当然である。
槍に生気を吸われているのだから。
それでも、これで闘わなくてはならない事がもどかしかった。
そしてもう1つ…
「素晴らしいぞ小僧!良くまた立ち上がった!褒美に、もっと闘えるようにしてやろう!!」
男は感極まったとばかりに片手をあげ、もう片方でシャナの左腕を握る。
その思惑に気付いたキースが結界を叩いた。
「止めろっっ!!」
だが、制止は聞き届かれる事はなく、それは実行された。
シャナの顔が青ざめる。
「いやあぁああぁぁあぁあぁっっ!!」
悲鳴と共に響く鈍い音。
普段とは逆の方向に曲がった左腕を抱え、額を地面に擦り付ける。
「―――」
怒りを露に切り込むノインに、男はせせら笑う。
手をかざす男の首めがけて刃が閃くが、手前でそれは止まった。
無数の茶色い、骨張って皮だけの手が槍の柄や刃、至る所を掴んでいる。
男が操る亡者の手だ。
「ちっ…!」
忌々しげに舌打ちをし、その手に繋がる本体の頭めがけて、槍を振り下ろす。
「おぉ…おおぉ…」
頭の離れた体は地面に砂のように崩れた。
そして残った亡者の首を続け様になぎ払う。
全てがなくなった時には既に男はシャナと共に別な場所へと移動していた。
そう、もう1つの問題は男が操る亡者だった。
今までに何体も倒したから既にどうすれば倒せるかは分かったが、その数が無限大に出てくる。
そのせいで男には一太刀も浴びせられない。
腹が立つのはこの上ない。
「どうした?どうした?私に勝たない限りこの娘、返してはやれないぞ?一太刀浴びせれば勝ちにしてやると言ってやっているのになあ」
ノインの無力さを嘲り、男は大袈裟に両手をあげる。
「少しつまらないからな、先刻の出来事でも余興に話してやろう」
語り部のように礼をして、男はさも喜劇のように話し始める。
その隙を見逃すはずもなく、ノインは槍を繰り出すが、あっさりと避けられてしまった。
「そう、あれは私が昼過ぎ、お前達と会ってから再度村に入ろうとした時だった」
何事もなかったかのように男は語る。
「すると女が1人、村の入り口に立っているではないか」
「―――っ!」
ノインの動きが止まる。
「女は村に結界を張ろうと地を清めていた。私にとってそれは邪魔だった」
震え始めるノインの肩。
「女はすぐに私に気付いた。女はどうやら薬師のようだったが…だが、薬師如きが私に敵うはずもない。闇の魔力の前に女は散った。私は女の体をエリクの部屋の前に捨てて来てやった。息子の、槍と共にな」
「貴様―――っっ!!」
怒りを露にノインは男に切り掛った。
男の手がノインに向けられる。
―――ブンッ…
空気の振動と共にノインの腹に魔力の塊が打ち込まれる。
「―――グッ…っ!」
威力に弾き飛ばされ、ノインは結界にぶち当たった。
「―――ガッ…」
激しい咳に、血へどを吐き出す。
「ノイン!!」
ソウルもキースもラノアも、痛みで泣くシャナも、炎の壁の中のテーベーも動かなくなったノインに青ざめ叫んだ。
「…ヒュー…」
漏れるような呼吸だけが聞こえる。
「ノイン!!」
必死に呼ぶその声を、霞んでいく視界と意識の中、ノインは聞いていた。
体が動かない。
目が見えない。
感覚がない。
「壊れたのか?つまらない。随分呆気なかったな。壊れた物を残しておいても仕方ない。燃やすか」
容赦のないその一言に、ソウルはノインの背後の結界を皮膚が破ける程叩いた。
「立てノイン!!逃げるんだ!!」
だがノインは頭を垂れたまま反応しない。
明るい光が辺りを照らす。
男が魔力で作った炎の玉だった。
―――死ぬのか?
自分が言ったのか、誰かが言ったのか分からない。
だが、この弛緩しきった体はもう1秒たりとも、一寸たりとも動かないのだ。
どうしようもない…
ノインの頭は既に諦め始めていた。
最後に会いたかったな…
「死ね」
「…エリク…」
男が腕を振る―――振り下ろそうとした。
―――ノイン…
幻聴のような音にノインは顔を上げていた。
視界に入る、男と炎と、白い影。
「―――ッ!?ぎゃあぁあ!!」
バッサリとむらなくに肩から切断された左腕。
男は叫び声をあげると同時に影に向かって炎を放つ。
シャナに伸びた手がシャナを掴む事なく方向を変える。
白い影は今度は炎の壁をめがけていた。
「くはっ!馬鹿め馬鹿め馬鹿め!!そのまま燃え尽きるが良い!!」
唇の端から白い泡を吹き出しながら、男は影を嘲笑う。
その白い影は燃え盛る炎の中に躊躇いもなく入った。
「ぎゃは!ぎゃははは!!馬鹿な虫けら!!脳味噌なんてこれっぽっちもない!死んだ!死んだ!!お前達を助けに来た虫けらは死んだ!!」
影が炎の中に入ってから何の動きも見せなかった。
男は腹を抱えて笑い出す。
だが、
「虫けらはお前だろう?」
炎の中から聞こえてきた明らかにテーベーのものではない声に笑い声は止まり、逆に表情は冷たくなる。
その瞬間、壁は弾ける音と共に消え去った。
「な…な…何故だ!!」
「燃え盛る炎とて、それ以上の風圧を加えてやれば壊す事は造作ない」
現れた白い影が動揺する男に言い放つ。
「我が領域を侵した罪、その命で購ってもらおうか」
「我が領域…?まさか…まさかまさかまさか!貴様、白夜か!?」
「無論」
白夜の視線が鋭く射貫く。
―――ビキッ!
何かが割れる音。
男が振り向くと結界は音を発てて崩れた。
「そんな馬鹿な!」
「これで良いのか?」
愕然としている男をよそに白夜は背後に立つ人物に確認する。
「助かる」
エリクは長い髪を下ろし、頷いた。
隣にはエリクのマントで包まれたテーベー。
その手はエリクの手に握られていた。
我に返ったテーベーは顔を真っ赤にさせ振りほどく。
「放せ!」
「……」
「おい、お前…」
「良いんだ、白夜」
テーベーの態度を不快に詰め寄る白夜をエリクは押し止める。
良く見るとその体は所々赤く焼けていた。
「怪我はしてないようだな。良かった。もう皆の所に行けるよ」
振り返り、寂しそうに微笑むエリクの頬にも火傷があった。
「…っ…」
どうして?
自分はあんな事をしたのにどうしてエリクは心配するんだ?
ほっとけば良かったのに。
マントなんか渡さなければ良かったのに。
そんな事しなければ、怪我なんかしなかったのに。
…女の子なのに…
「…っ…エリッ…!」
「行くんだよ。テーベー」
エリクはテーベーの言葉を遮って、その背中を押した。
「…っ…」
言い返す事も出来ずに声を押し殺し、テーベーはエリクの手に従った。
歩く度に離れる手。
離れて下ろされる音。
エリクの視線に気付いたソウルがテーベーを迎える。
「大丈夫か!?」
肩を抱くソウルの手に、自己嫌悪を感じる。
胸に顔を埋め、声を殺して泣いた。
「テーベー…?」
元凶はエリクではなく自分だった。
自分が災いを好んで招き入れた。
それなのに触れられる手はどれも暖かくて。
「ごめん…ごめんなさい…」
震える背中をソウルは抱く。
「テーベーのせいじゃない。ましてやエリクのせいでもない」
男を睨み付けて、歯を食いしばる。
「全部あの男のせいだ」
「ソウル、キース」
エリクが不意に2人を呼んだ。
視線を向けると、2鞘の剣が放られた。
すぐ手元に落ちるそれを取り、エリクを仰ぐ。
「家の倉庫にあった物だ。無いよりはマシだろう?もし何かあったらそれで守ってやってくれ」
そう頼んで、今度はシャナに首を向ける。
「シャナ」
「…っ…エリ…エリク…」
震える声でエリクの名を呼び、ボロボロと泣き始めるシャナに、エリクは安心させるように微笑む。
「腕を折られたんだね?ごめん。間に合わなかった」
「…っ…っ…」
「さっきは助け損ねた。けど、今度は必ず助けるから。だから待ってて?」
「エリク…っ…」
シャナは口許を押さえ、泣きながら何度も頷いた。
それに頷き返し、
「…ノイン…」
表情を一変させて地面に倒れ込んでいるノインに走り寄る。
「…ひゃは…っ!」
背中を見せたエリクを馬鹿にし、男が指を立てる。
しかし、2人の間に白夜が割り込んだ。
男を据えて威嚇する。
「白夜。手を出すな」
牙を剥き、何時でも飛び掛れる白夜をエリクはテーベーの時と同じように押し止めた。
「そいつは私が殺る」
しかしさっきとは違うのは凄まじい程の殺気がある事だった。
「……」
白夜は剥いた牙を収め、それでもその場を離れなかった。
エリクはノインの体を抱き上げる。
「ノイン」
幻聴かと思った声と同じ声に、ノインは視線をあげる。
霞んでいた世界が鮮明になる。
「エリク…」
「ごめん。ごめんね。こんなに怪我して…痛かったよね。背中に沢山の事を背負って…辛かったよね」
「そんな事…思ってない…エリクのために、俺は俺が出来る事をしてやりたかった…全然、役に立たなかったけど…」
「役に立たなかった事なんてない!」
必死の剣幕に、ノインはうっすらと笑みを浮かべる。
だが直ぐにその表情は苦痛に歪む。
「グッ…!」
口から吐き出された血がエリクの服を染める。
「ノイン!?内蔵をやられたのか…!もう話すな!!」
ノインは首を振る。
動かない体を無理に動かしエリクの肩を掴む。
「母さん…母さんは…?彼奴が、彼奴が母さんを…!」
「大丈夫。怪我は大した事はなかった。ハンナさんは無事だよ」
「…良かった」
肺から酸素を吐き出して、ノインはズルズルとエリクの腕の中に体を横たえた。
「白夜」
エリクは白夜を呼び寄せる。
その声に応じて白夜は戻り、ノインの背後に伏せた。
エリクはノイン体を白夜の背に横たえる。
上着を脱いで上に掛けた。
離れる腕をノインが引き止める。
「行くな…行ったら…」
「……」
エリクはそっと手を外すと、懐からずっと持っていた物を取り出した。
ノインの赤いハチマキだった。
「貸してね?髪紐、さっき燃えてしまったんだ」
言って立ち上がった。
手に持ったハチマキでエリクは自分の髪を結く。
「エリク…」
背を向けて立つその姿をもう止める手段はないのだと悟る。
「白夜…?」
「…何だ?」
「何で俺は皆を…エリクを守れないんだろう…」
「……」
「何で俺は…」
手を伸ばせば届くはずなのに、もう、届かない。
「こんなにも無力なんだろう…」
白夜はその問いに答えを出す事もなく、ノインの体を支えていた。
「…待たせたな」
目の前に立つ男にエリクは声の高低を変える。
明らかに怒気を含んだ言葉に、男は歓喜に身を震わせていた。
「エリク。エリク!エリクエリクエリクエリクエリク!!」
求めるように手を伸ばす。
「もうすぐ私の物になる!首さえ残していれば全部私の物だ!」
その言葉が終わるのが合図のように、エリクの足元から亡者の手が這い出てくる。
「おおぉ…」
「…白夜の言った通りか」
エリクは呟くと懐から瓶を取り出す。
片手で蓋を取り、宙に投げる。
中の液体が揺れる。
鞘を抜き払うとエリクは瓶を剣で叩き割った。
透明な液体が地面に降り注ぐ。
「おぉ…おおぉ…」
液体が触れた所から亡者の体は砂のように崩れていく。
そして…
「何故だ!?何故出て来ない!?」
亡者は男の呼び掛けに応じる事なく辺りは静かになった。
「お前、何をした!?」
「聖水」
エリクは鼻を鳴らす。
「白夜が万が一と渡してくれた。これで貴様と何の邪魔もされずに闘えるな?」
鞘を投げ捨て、抜き身の剣を片手持つだけ。
構える事もしない。
「馬鹿め!亡者如くき下級にも劣る雑魚を使えなくしただけでいい気になるな!力も使えぬただの餓鬼、私の力だけで簡単に殺せるわ!!」
言って印を描きエリクに向ける。
無数の小さな炎の玉がエリクめがけて襲い掛った。
「エリク!!」
無防備にそれを迎える姿に誰もが目を覆った。
「それだけか?」
男の頭上からあるはずのない声が響く。
「何!?」
あるはずの場所に姿はない。
とっさに頭上を仰ぐと、背中に鋭い痛みが走る。
「ぎゃあぁあ!!」
痛みに任せて男はむやみに印を描いていく。
「芸がないな…」
表情1つ崩さずエリクは軽々とそれを避けた。
「ぐぅう…エリク…エリクエリクエリク!!許さんぞ!」
何を思ったのか、男は急に背中を向けた。
無我夢中で走っていく。
「―――まさか…っ!!」
男の意図に気付いたエリクは慌ててその後を追った。
2人の先には―――
「シャナ…逃げて!!」
男を追いながらエリクは叫ぶ。
気付いたソウルもテーベーをキースに預けシャナに走り寄る。
「シャナ!!」
青ざめ、シャナは座り込んだまま動かない。
否、動けなかった。
見開いた瞳で目の前の光景を凝視する。
「肉!肉だ!貴様を我が血肉にしてくれるわ!!」
剥き出しの歪な歯を涎で濡らし、顔を歪めて男は不格好に足を動かしていく。
「…っ…くそっ…」
悪態を吐き、エリクは手を伸ばした。
子供、それで素早く小回りが効く事で男より1歩早くシャナを捉える。
男とシャナの間に自分の体を滑り込ませ、シャナの体をソウルに向けて突き飛ばす。
その直後、
「―――っぁ!」
「―――エリク!!」
ノインが叫んだ。
ブチッ、と切れる湿った音にしぶきがあがる。
遠くない所に飛ばされたシャナはその光景をまざまざと見せられた。
肩口を押さえるがおびただしい血が吹き出し、シャナの頬に飛び散る。
押さえ手の指の間から、白い骨が見えていた。
「き…きゃああぁぁあああ…やああぁぁあぁあ!!」
火がついたようにシャナは叫び始める。
断続的な叫び声にエリクは舌打ちすると、
「ごめん」
一言告げてシャナの腹部を殴り、気を失った体を駆け付けたソウルに預けた。
「…エリク」
直ぐさま背を向けるエリクを呼び止める。
自らの服を裂き、出血する場所―――右肩にソウルはきつく巻き付けて止血する。
「応急処置だけど、少しくらい体力の消費は免れるだろう?」
「ありがとう」
殺気と無表情を消し、エリクはシャナを抱えるソウルに微笑した。
次に上半身をもたげるノインに首を傾け、大丈夫だと告げる。
「ひゃは!肉!エリクの肉だぁ!!」
その雰囲気を壊すように男が醜く耳障りな歓喜の声をあげた。
瞬間、エリクの表情が消える。
食い千切った肉をその場にしゃがみ込み食らう男に近付いていく。
そして―――
「グボッ…ガァッ!」
血にまみれる口に右腕を突っ込んだ。
激しく男は抵抗するものの、エリクは男の髪を掴み動きを封じる。
歯が腕に噛みつくが、そんな事は少しも痛くないように見える。
「ガボッ!…げぇえぇ!」
何かを探り当て、躊躇いもなく腕を引く。
唾液に濡れた腕が出ると同時に男は胃の中身を吐き出した。
強烈な胃酸の臭いにソウルは鼻を押さえる。
「…エリク…ッ!」
「貴様にやる肉なんて髪1本の量でもやれないな」
言って手に持った自分の肉を木々の間に投げ込んだ。
ぬめった手をズボンで拭き、剣を持ち直し初めて構えた。
両手で柄を持ち前方で構え左足を引く。
首だけを向けて視線で合図する。
ソウルは小さく頷き、シャナを抱え元結界があった場所まで小走りに戻った。
「ぐぅぅ…エリクゥゥッッ!!」
男は濡れた口許を拭った。
「殺す!殺す殺す殺す殺す!!そして食ってやる!骨まで残さず全て食らい尽してやる!!」
唾を巻き散らし両手をかざす。
空気が揺らぐ。
激しい炎が辺りの温度を一気に上昇させる。
「……」
「テーベー…」
前に踏み出そうとするテーベーをキースは止めた。
到着したソウルがシャナを連れて来た。
シャナを受け取り、テーベーはその場に座り込む。
「ごめん…」
「……」
「ごめんなさい…」
我慢しなくてはならないと分かっているのに、涙は止まらなかった。
「ノイン」
不意に白夜が呼んだ。
前に見た時とはまるで違う闘い方をするエリクから目を離さず、体を少し動かす事で聞いていると示す。
「お前はエリクを救う事は出来るか?」
「…体が動かなくても、必ず助ける」
「…そうか」
目を細め、白夜は空を仰ぐ。
「エリクゥゥッッ!!」
耳障りな奇声を発しながら男は炎を放っていった。
あまり避けようともせずにエリクはそれに向かっていく。
無謀、その一言に尽きる。
だが、理由は別にあった。
「ぎゃは!知ってるぞ!お前が避けないのは後ろにいる餓鬼共を炎から守る為だ!放っておけば良いものを!!」
「五月蝿い。黙れ」
「餓鬼共のせいでお前は化け物だと呼ばれ、餓鬼共のせいでお前は無用な怪我を増やしていく!何故そこまでして餓鬼共を助ける!?殺せば良いじゃないか!重荷を切り落とせば、捨てて行けば良いじゃないか!!」
「黙れ」
一気に間合いを詰める。
「その餓鬼共のおかげで、私は人を知り、温もりを知り、友の大切さを知った。お前に何が分かる」
「分からないねぇ!」
迫る炎を剣で裂き軌道を変えて、男の首を狙う。
しかし突如襲った右腕の痛みに再度間合いを空ける。
「…っ…!?」
怪我をしたわけでもないのに、そこからは血が溢れ、袖を赤黒く染めていた。
「くっ…」
その箇所を握り締めると、別の布―――包帯の感触がする。
異変に気付いたノインは目を見張った。
「エリク!!」
「…ッ…!」
飛び掛る男を剣でとっさに防ぐが、右腕の動きは先程とは打って変わって鈍くなり、衝撃に耐えきれずエリクは男もろとも地面に倒れ込んだ。
ザクリと剣がエリクの左脇腹の直ぐ脇に刺さる。
「はっ…」
呼吸をする間も、体制を建て直す間も殆んどなく、男の体はエリクにのし掛った。
まだ柄を持つ右腕に重圧が掛り骨が軋む。
最悪な事にのし掛られた時の体勢が悪く、地面に刺さる剣が脇腹をえぐった。
「くっ…っ…!」
エリクの動きは殆んど封じられていた。
だが男の動きは自由だ。
「ぎゃははは!死ね!エリク!!」
男の手がエリクの首に伸びる。
唯一自由になる左手で阻止しようとするが、無理だった。
のし掛る体重を加えて首が絞まる。
「んぅ…!」
呼吸が出来ない苦しさと脇腹の痛みと右腕の痛みがいっぺんに襲い、エリクはうめくが、男は容赦しない。
左手で顔を押す。
足が砂を蹴る。
それでも男にとって、それは細やかな抵抗に過ぎない。
「ひゃは!死ね死ね死ね!!」
「エリク!!」
顔を歪め、口を閉開させ、額に汗が伝う。
脇腹の服の血の染みは広がっていく。
顔を押していた手は、今や首を絞める手を掴んでいた。
「エリク!!」
痛む体を必死に動かし、ノインは叫ぶ。
「ノイン」
白夜が制止するが素直に聞けるはずもない。
「エリク!!」
惨めにはいつくばって、それでもエリクを助けようとした。
「……」
エリクの首が僅かに傾く。
左手は、手を掴むのを止め、代わりに首に掛った翠の石を握る。
紐が切れる音がした直後、石はノインの目の前に転がった。
微かに微笑んでいる。
白くなった頬に、一筋涙が流れた。
「エリ…」
手を伸ばし、石を取る。
仄かに暖かかったそれは、直ぐに冷たくなった。
光のなくなっていく瞳は最後までノインを見つめていた。
「う…っ…」
涙が溢れ出す。
消える―――
消えていく―――
「うわぁああぁぁあぁあぁあっっっ!!」
喉が裂けるくらい叫んだ。
木々がざわめく。
―――力が欲しいか?
どこからともなく響いてくる声。
―――ならば今一時、お前に我が力貸してやろう―――
「―――っ!!」
声が消えると同時に、炎の塊がノインの目の前に突き刺さった。
炎が弱くなると、それは槍の形を現していく。
汚れなき白い柄に、赤々とした布が幾重にも巻かれ、曇りなき刃が炎で輝く。
―――取れ。
「…あ…?」
導かれるように柄に手を伸ばす。
炎が手を舐めるが熱くはない。
柄を握ると自然と立ち上がっていた。
「貴様…それは…それは…!?」
目を見開き、明らかに動揺している男が、今一度立ち上がったノインと手に持つ槍を見て上擦った声を発した。
動揺は男の手を離し、エリクは解放された瞬間激しく咳き込む。
しかしそれには気付いていない。
「…何だ…これ…?」
完全に炎のなくなった槍を驚きを含んだ瞳でノインは見つめた。
体の痛みも、疲れも全てなくなっている。
血管に炎が巡っているように体の中が熱かった。
「…動ける」
試しに振ると、槍は見た目より遥かに軽い。
「何だか知らないけど助かった」
ノインは男を鋭く見据えると槍を構える。
「…ぁ…ノイ…?」
涙で霞む瞳でエリクはノインの姿を捉えた。
ほんの小さな声だったが、それは男の耳に届く。
「エリクゥゥッ…!!」
血走った目を向けたかと思うと男はエリクの腹を蹴りあげた。
「グッ―――ッ!!」
息が一瞬詰まる。
「カハッ…ッ…」
肺に届かない呼吸を繰り返すエリクを今度は勢い良く踏みつける。
「―――ぁっ!」
「貴様!貴様か!貴様のせいか!!貴様から先に殺してやる!貴様から―――ぎゃあぁあ!!」
「汚い足をエリクからどけろ」
直ぐ真横にノインの姿。
男が痛みで我に返った時には、右足と残りの腕はなくなっていた。
「貴様…!何時の間に!!」
「あんたが鈍感なだけだろ。エリクを傷付けたのとさっきの借り、返してもらうよ」
刃を突き付けての宣戦布告。
「ふ…ふふ…そうだ、槍を持っても所詮は餓鬼。餓鬼に負けるはずはない…」
男はこわばった笑みを浮かべる。
「…エリク」
「…っ…白夜…?」
「動くな」
「つぅっ…」
一瞬気を失っていたエリクは面前に現れた白夜に、上半身を起こし、痛みに顔を歪めた。
「…ノインは?」
「あそこだ」
顎で指された方向に首を向けると、ノインが男と奮闘している。
助ける立場なのに助けられてしまった…
エリクは歯を食い縛る。
「私も行かなくては…」
「無茶だ!その体では剣も持てないだろう!?」
直ぐ真横には今だ地面に突き刺さる剣があった。
柄を掴み、それを頼りに立ち上がる。
「エリク!!」
「白夜…手を貸してくれ…」
「……」
白夜は溜め息を吐いた。エリクに身を寄せて支える。
「小僧!貴様はさっさと殺しておくべきだった!!まさか貴様が『あれ』だったとは思わなかったぞ!!」
「何わけが分からない事言ってるんだよ!」
男が産み出す炎を避け、時に切り伏せながらノインは叫ぶ。
男は急に手を下げると高らかに笑った。
「…!?」
「敬意を払って貴様等全員、我が最高魔法で殺してやろう!!」
「最高…魔法だと?両手を失ったお前がどう印を描くつもりだ!?」
「印などいらん。口さえ動けばな」
ニヤリと男は笑うと、目を細めた。
月明かりが一瞬にしてなくなる。
風が止み、音が止んだ。
耳が痛くなる。
「我、深淵なる闇より汝を呼べり」
男の頭上に真っ黒な穴がぽっかりと開く。
穴に向かって流れていく木の葉。
中心から何かが這い出てくる。
「『暗黒の騎死』」
この世のものとは思えない絶叫が辺りを包む。
穴から2本の足が飛び出した。
皮と骨だけの馬の足。
背中部分から現れたのは黒い甲冑と兜を被った屍。
手には黒い柄の真っ赤な刃を持つ槍。
馬は前足を高々とあげていなないた。
「この場にいる生きとし生ける物を全て消すこの魔法!逃げ場はないぞ!皆死ぬが良い!!」
屍の目が赤々と光る。
真っ先に捉えるのは目の前のノイン。
男は血を滴らせながら屍を仰ぐ。
「まずは貴様からだ!死ね―――っ…」
「…誰が…貴様にノインを殺させるか…」
「…はっ…?」
口から大量の血を吐き出す。
左胸からは銀の刃が生えていた。
出元を追って背後に首を傾けると、青銀の髪が視界に入る。
男を見据える瞳は―――銀。
「ノイン!!」
崩れるように剣を引き抜き、エリクはノインに叫ぶ。
―――一刻の猶予もない。
足は考える間もなく走り出す。
「―――食らえ!!」
「―――!!」
銀の刃が、男の体を捉える。
ズッ…
刃は体の中に消え、通り抜けて外へ出る。
男の上半身と下半身がずれた。
同時に発火する。
「ぎゃあぁあ!!」
「エリク!」
直ぐ傍で膝を付くエリクに駆け寄り、抱えてノインはその場から逃げた。
頭上の穴が歪む。
屍の絶叫がまた響く。
炎の中で悶えていた男は、吐血をしながら最後に笑った。
耳障りな嘲笑。
「あの魔法は止まらん!しかも術者が死ぬ事で暴走する!もう誰にも止められない!貴様等全員道連れだ!!ぎゃは!ぎゃははは!!」
「……」
男の声は徐々に小さくなった。
体は一際大きく燃え、灰も残さず燃え尽きた。
残ったのは今や大きな塊となった黒い魔力の残骸。
時折絶叫を発し、中で暴れているようにその形を変えた。
「白夜!皆を頼む!」
「分かった」
直ぐ傍に来ていた白夜に指示するエリク。
隣にいたノインは自分の体が重くなるのを感じた。
「くっ…」
苦痛を漏らす。
聞こえないようにしたつもりだったが、エリクは振り向く。
槍を支えにやっとというように立つノインの姿に、焦りを見せる。
「ノイン!?大丈―――」
しかしその言葉は続く事なく爆音にかき消された。
激しい突風にノインはエリクをかき寄せた。
槍が落ちる。
瞬間、それは跡形もなく消えていた。
直後にエリクとノインの真横を黒い物体が空気をえぐるように走る。
「暴走だ…」
呟くように告げられる言葉。
暴走した魔力は四方八方に手を伸ばしていく。
「ノイン、手を離して。あれを止めないと…」
「あれを!?無理に決まってる!死ぬ気か!?」
「誰かが止めないといけないんだ!」
心配と、責任がぶつかり合う。
分かっている。
お互いの言い分は分かっているのだ。
「俺がエリクを離すと思ってるのか!?」
「離してもらうっ!」
「…っ…誰が離すか!!」
襲ってくる魔力を、ノインはエリクを抱えたまま地面を転がるように避けた。
抱く腕の力が強くなる。
「離せっ…!」
言葉は強いが、抵抗する腕の力は弱い。
抑えるように抱き込むと、肩にエリクの額が当たった。
「嫌なんだ…誰かが、ノインが傷付くのを見るのは嫌なんだ!!」
離れるのを拒むように背中に腕が回る。
震える背中は、年相応の少女そのものだった。
頭上の魔力は初めより遥かに大きくなり、これ以上ないとばかり激しく形を変形させた。
次で最後…
誰もが思い、覚悟する。
テーベーはシャナを抱え、ソウルとキースは子供達を白夜の下に集めながら、魔力近くのエリクとノインを見守っていた。
この周りには白夜が張った結界が巡っていた。
「大丈夫。あの2人なら大丈夫だ」
ソウルは自分にも言い聞かせるようにテーベーの肩に手を置く。
根拠はない。
けれどそうある事を祈る。
だからテーベーも頷いた。
「俺さ、今日誓ったばかりなんだ」
震える背中を強く抱き締めノインは言葉を始めた。
「どんな事があってもエリクを守るって、そのためなら命だって惜しくなかった」
まるで、遥かに昔の事のように思えた。
けれど、その誓いは今日立てたばかりのもので、さっきまでそれを実行しようとしていた。
「けど、今エリクの言葉を聞いて思ったんだ。死んだら何もならない。エリクに会う事も触れる事も出来なくなるって」
大好きな青銀の髪をすき、エリクの頭に自分の頭を乗せる。
「だから、死なない。死ねない。エリクと一緒にいたいから。だから、エリクも死のうとするな」
懐に入れておいた翠の石を取り出して、エリクの手に持たせる。
その手を両手で握り締めた。
「もし、エリクが死を覚悟するのなら、俺も一緒にいるから」
ノインの手の上に、滴が落ちた。
「…エリク…ノイン…」
結界の中、白夜の表情は険しい。
多分、無事だろうが万が一出て来なかったらと考えると体が震えた。
「お前…」
白夜は後ろに振り向いてソウルに話しかける。
ソウルは驚いた表情を見せたが、一歩前に出た。
「お前、子供達全員をまとめられるか?」
「…多分。ここから出すなという事だろう?」
「そうだ」
「ならまとめられると思う」
「ならば、お前にここを任せるぞ」
白夜は結界を抜けてエリクとノインに下に向かった。
最後の瞬間まで僅か…
「白夜」
駆け寄る白夜に手の伸ばすエリク。
首に腕を回して抱きついた。
「来るぞ。しっかり抱えていろ」
ノインに告げてエリクを押し付けた。
意味を悟り、険しい表情で言葉に従う。
そして―――
「―――っっ!!」
比べ物にならないくらいの爆音が耳を貫いた。
「―――…」
彼方で聞こえてくる爆音に、アルマは立ち上がった。
隣のダンガンも立ち上がる。
「まさか…」
村全体がざわめいている。
家の中で安静にしていたハンナが外へ出てきていた。
「子供達は…?」
尋ねるハンナにダンガンは首を振る。
「まだだ」
「そう…」
肩を落とす。
「皆は…?」
それにもダンガンは首を振った。
「止められなかった。もし帰って来ても、良くて追放、悪くて…」
「言わないで!お父さん!!」
語気荒く、アルマはダンガンの言葉を遮った。
視線を落とす夫を見て、ハンナは両手で頬を包む。
「まだ時間はあるわ。中にはあの子を信じてる人もいるはず。最後まで諦めないのよ」
「…そうだな」
弱々しく笑みを作るダンガンに、元気付けるように微笑んだ。
「あの子達が生きて戻って来る事を信じて、私達はやれる事をやりましょう」
激しい衝撃に森全体が揺らいだ。
最後の暴走を始めた魔力の塊は恐ろしい勢いで周囲を破壊していく。
結界が衝撃を受ける度に子供達の悲鳴が響いた。
魔の手はもちろんエリクとノイン、白夜にも向かってくる。
何とか避けるが無傷とまではいかない。
エリクをかばうノインは新たな傷を作る。
それに比例して動きも鈍くなった。
結界にも許容を越えた衝撃に耐えきれず皹を作る。
だがまだ暴走は終わっていない。
「白夜…!」
エリクの脇腹の傷は一旦は血は止まったものの、再度流れだしていた。
それにも関わらず眼前の白夜に手を伸ばす。
今にも泣きそうな翠瞳。
白夜は四肢を踏ん張り、空を仰ぐ。
魔力が力を解放した。
辺りを黒く染めていく。
耳鳴りが痛い。
「―――!!」
白夜が吠えた。
その場にいる全員が目をつむる。
しかし―――
「……?」
衝撃が一向にこないのを疑問にノインは恐る恐る目を開けた。
「っ…エリク!」
まだ目をつむるエリクの肩を揺り動かす。
「…あれは…?」
エリクも目を開け、眼前の状況を信じられず呟いた。
白い影が立っている。
白夜ではない。
白夜の更に奥に立っていた。
人だと理解するのに時間がかかった。
それは白い服を着た白髪の人間だった。
裾の長い上着と、膝辺りまである長い一本に結わかれた髪が魔力が起こす風で揺れている。
右手は目の前の魔力に向けられ、左手は無造作に脇に置いていた。
ただそれだけなのに、魔力は範囲を狭めていく。
痛いくらいの耳鳴りは止み、静けさが満ちてくる。
そして何時しかあんなに大きく、暴走していた魔力は跡形もなく消えていた。
「…味方か…?」
呟くノイン。
静かに手を下ろす人物にエリクは既視感を覚えていた。
「…誰だ…?」
エリクは呼び掛ける。
人物はゆっくりと振り返った。
「……」
良く見ると男。
鋭い瞳は銀色。
エリクを認めて表情を和らげる。
そして、
「……」
何も言わずに消えた。
一瞬の事だった。
「……」
「エリク?」
ノインに呼ばれても振り返る事は出来なかった。
とても懐かしい。
懐かしくて泣きそうになる。
けれどどうして懐かしいのかは分からない。
だから首を振った。
「何でもないよ」
「……」
「…ノイン?」
急に返事をしなくなったノインを不振に思い、エリクは体を向けた。
途端、ノインの体がもたれ掛る。
「ノイン!?」
「ごめ…ちょっと限界…」
苦し気に言い、落ちるようにエリクの膝に頭を置く。
焦るエリクに申し訳なく思いながら目を閉じる。
「ノイン!?」
「……」
「……」
「……」
「寝てる…?」
直後聞こえてくる規則的な呼吸音にエリクは放心したように呟いた。
耳を胸に押し当てる。
鼓動が伝わってきた。
「…なんだ…」
顔をあげてエリクは破顔した。
「乗せろ」
白夜が進みでて屈む。
その背にノインを乗せてエリクは立ち上がった。
結界が音を発てて壊れていく。
「エリク!」
解放されたソウルとキース、ラノアやリナ、テーベーがエリク達を囲む。
他の子供達は動きを見せなかった。
「良かった…無事で本当に良かった…」
しゃっくりをあげて泣くラノア。
エリクは手を伸ばすが触れるか触れないかの所で手を下ろした。
「ごめん」
一言が精一杯というように言葉を絞り出す。
「早く戻ろう。傷の手当てをしないと」
満身創痍のエリクとノインを見ながらソウルは苦笑すると、背後でかたまる子供達に声をかけた。
「……」
テーベーはシャナをソウルに預けるとエリクの体を支える。
「……?」
目を丸くするエリク。
「立っているのも辛いんだろ!?」
怒鳴りながらテーベーは言い訳した。
だけどそれは照れているから。
エリクは気付かれないように微笑した。
「案内しよう」
白夜が申し出て先頭に立つ。
隣にエリクとテーベー。
後ろにシャナを抱えたソウルに、ラノアを慰め、リナの手を引くキースの姿。
子供達は今、村へ向かった。
梟の鳴き声が響く。
ジルは外へ出て星を眺めていた。
幾つもの、輝きを保つ星。
「……」
背後に気配がした。
ほんの一瞬。
知り尽した気配はまた消える。
「そうか…」
寂しそうに笑みを浮かべジルは呟いた。
「ジル!」
ダンガンの声に我に返り、ジルはゆっくりと振り返る。
いるのはダンガンはもちろん、ハンナとアルマもいる。
「何だい」
曲がった腰を持ち上げて、良く見えるように顔もあげた。
「いや、ジルの星読みで子供達の無事だけでも分かれば良いと思ってな」
頬を掻きつつダンガンは用件を伝える。
ジルはまた星を見上げた。
そしてダンガン達を見遣る。
「もう直ぐ子供達は帰って来るよ。迎えに行ってあげよう」
「でも、ジル…エリクちゃんが…」
「ハンナ。星が1つエリクに寄り添った。今はまだ帰って来ないから時間はある。その間に変えれば良いのさ」
ジルは腰に手を当てると村の入り口に向かった。
慌てて3人も追う。
「戻って来ないってどういう事?」
アルマが焦ったように尋ねた。
歩きながら星を見上げるジル。
「そのままの意味だ。だが直ぐに最後の選択は来る。望みはエリクと村人の架け橋となる1つの星だ」
「1つの星?」
「そうだ」
「もしその星が望みとならなかったら?」
「その時は、ダンガン、エリクはここには2度と戻って来ないだろう」
「な…っ…!?」
3人は絶句した。
だがジルの表情は至って楽観的だった。
「ほらっ!お前達がそんな事でどうする。シャキッと歩け。今から絶望なんぞしなくても良いだろ。まずは星を迎えに行くぞ」
「げほっ!」
ダンガンの背中を思い切り叩き、ジルは笑いながら灯りの灯る広場の中へ入って行った。
「村だ!」
木々の間から見える村に、子供の1人が言い、指を指す。
他の子供達もそれにならい集まった。
「テーベーも行きな?」
エリクはテーベーから腕を外し、背中を押してやった。
少し躊躇っていたが、テーベーも子供達の中へ加わる。
白夜はノインを降ろし、エリクが木にもたれ掛らせた。
「やっとか。これもノインとエリク、白夜のおかげだな」
ソウルは破顔しながらエリク達に振り返る。
しかし、
「…エリク?白夜?」
振り返った先にはまだ眠るノインの姿しかない。
下草が揺れる音がいやに響く。
「エリク?白夜!?」
ソウルの声にキースやラノア、テーベーは振り向くが肝心のエリクと白夜は出てこなかった。
ただ、風が吹くだけ。
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