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K/Night
8
村に近付くにつれてそれは徐々に失速すると、3つの姿を現した。
白い影は白夜、その背に乗るのは随分と大人び始めたノインと髪の伸びたエリクだ。
エリクがこの村に来てから1年が過ぎようとしていた。
「おかえり、ノインにエリクに白夜」
村の入り口の両脇に立つ男達が2人と1匹に気付き手を振った。
「ただいま」
「お疲れ様です」
籠を持ちながら背を降りたノインは手を上げ、エリクは男達に会釈する。
男はエリクの頭を撫でると村に入れた。
あの出来事があってから、村には見張りが立つようになっていた。
見張りは交代制、基本的には村の男達が受け持っている。
「やっと戻って来れたな。それじゃあこの薬草を渡しに行こうぜ?」
「そうだな。きっと待っているよ」
「私はダンガンに無事戻って来た事を伝えてこよう」
「宜しくな」
ノインとエリクとは別れた白夜は1人ダンガンがいる家まで歩いて行った。
見送ってからノインは肩をすくめる。
「父さんも過保護だよな。村を出たからっていちいち戻って来た事を報告しなくても良いと思うんだけど。俺もう15だよ?」
「親にとって子供は何時までも子供なんだから、心配するのは当然だろう?」
「そうだろうけどさ。俺としては少しでも大人として扱って欲しいんだよな」
そういう言い分が子供っぽいというのは分かっているつもりだが、それでも言わずにはいられない。
エリクはそんなノインをクスクスと笑う。
「大丈夫。ダンガンさんだって分かっている。その内にちゃんとした仕事だって任せられると思うよ」
「だと良いけど」
まだ納得していないノインにまたエリクは笑う。
その度に少し長くなった青銀の髪が揺れた。
長くなった髪をエリクは時々前のように結く。
その時に使うのはあの、ノインがお守りと言ってエリクの右手首に結んだ赤いハチマキだった。
ハチマキは常にエリクに身に付けられていた。
ノインはその姿に目を細める。
「…エリクは綺麗になったよな」
「何か言ったか?」
「いや、独り言」
首を傾けたエリクにノインは笑って誤魔化した。
前ならまだ子供だったから惜し気もなく言えただろうけど、大人として成長し始めた今としては恥ずかしくて言えなかった。
「ほら、早く行こう」
「…?うん」
不思議そうに首を傾げるエリクの手を取って急かす。
この頃は触れるのだって恥ずかしい。
けれど本当は何時だって、触れていたかった。
前のように。
自然、ノインの表情は綻ぶ。
そうして白夜がダンガンの下に着いたのと、ノインとエリクが薬草を届けに行く場所に着いたのはほぼ同時の事だった。
「こんにちは。頼まれた薬草、取って来ました」
開かれた戸を潜り、ノインは家の奥に声をかけた。
周りに吊された薬草や、床に置かれた様々な花の匂いが部屋に充満している。
「あら、いらっしゃい」
奥から出てきたのはこの家の一人娘のラノアだった。
ラノアは2人の持つ籠に気付くと、
「待ってて。今お母さんを呼んで来るから」
また奥に戻って行った。入れ替わってラノアの母親である、薬屋と花屋を営む主人が出てくる。
「ご苦労様。大変だっただろう?」
「いえ、エリクも手伝ってくれたんで。これで良かったですか?」
ノインは籠を床に置き、それからエリクから籠を受け取ってそれを女主人に見せた。
主人は薬草を手に取って確認した後に頷く。
「確かに頼んだ薬草だね。助かったよ。これ、少ないけどもらっとくれ」
主人はエプロンのポケットから何かを取り出すとノインに、そしてエリクに手渡した。
5枚の銅貨だった。
「私、ノインを手伝っただけです。お金なんてもらえません」
慌てて返そうとするエリク。
主人は突き出された手をそっと押し戻す。
「良いんだよ。持っておいき。エリクにも良く手伝ってもらっているからね。それで菓子でも買ったら良いよ」
「…ありがとうございます」
「また何かあったら宜しく頼んだよ」
「はい」
主人はノインとエリクに告げるとまた家の奥に戻って行った。
その姿を見送ってから2人は家を出る。
「これで今日の仕事は終わりかな?」
銅貨を腰に吊り下げた小袋に入れて伸びをするノイン。
「ノインはこの頃仕事をするようになったよな。どうして?」
隣でエリクは大事そうに銅貨を握りながら尋ねる。
誕生日を迎えてからノインは暇さえあれば少しながらもお金が入る仕事をしていた。
「買いたい物があるんだよな。まだ何を買うか決めてないんだけど」
「買う物を決めてないのに買いたい物があるというのは変な話だぞ?」
「そうなんだけどな。何か、買いたいんだ。お金も大分貯まったから、今度何か買おうと思う」
「そう」
とりあえずエリクは納得したようだった。
内心ノインは安堵する。
これ以上理由を追求されなくてよかった。
口が裂けても本当の理由なんて言えたもんじゃない。
「エリクはその金で何か買うのか?」
話を少しでも反らそうと、ノインは逆にエリクに尋ねた。
「何か…?」
聞かれるとは思わなかったので、暫く考える。
「そういえば、ここに行商人の一行が昨日から滞在しているよね?」
「ああ。例年通りここで暫く商売をすると思うよ」
「ならその時に何か買おうかな?おばあちゃんや白夜にプレゼント出来る物を」
「そうか。きっと喜ぶよ」
頷くとエリクは嬉しそうに歩いた。
白夜の名前が出ても、前より然程は悔しくなかった。
エリクにとって白夜は兄のような、家族であると分かったからかもしれない。
「ノイン、エリク。ここにいたのか」
前方から小走りにやって来たキースが2人に手を振った。
「今、行商人が店を出しているんだ。結構面白い物が売ってたぞ?見に行ったらどうだ?」
「もう商売許可が降りたんだな」
行商人は村等の小さな場所で商売をする場合はそこの長に許可を得に必ず行くのだ。
それが行商人の間での習わしだった。
人と行商人との間でいざこざが起こらないようにするためだと今滞在している行商人が前に来た時に言っていた。
だが許可と言ってもすぐに取れるものだ。
だから村に到着して次の日にはこうして商売が出来る。
「俺達も行こうか?」
「うん。私、初めてだから楽しみだ」
「俺は後から行くから」
村の広場に向かおうとするノインとエリクとは逆にキースは2人が来た道を進もうとしていた。
「どこへ行くんだ?」
エリクが尋ねるとキースはばつの悪い表情を見せる。
「ラノアの所…」
それから慌てて弁解するように早口で巻くし立てる。
「ほら、ラノア、毎年行商人が来るのを楽しみにしてるからさ!今シャナ達も見てるし、一緒に見た方がラノアも楽しいだろうと思ってさ!」
キースの表情は話す度に赤くなり、とうとう耳や首まで赤くなってしまっていた。
「だ、だから!」
最後には叫ぶように大声を上げて、
「行ってくる!!」
ノインとエリクに何かを言われない内にキースは逃げるようにその場を後にした。
残された2人は顔を見合わせる。
それからもう見えないキースを思う。
「普通にしてればバレなかっただろうに」
申し訳ないとは思ったが2人は笑いだした。
「キースの手、見たか?小さな包み持ってたぞ。きっとラノアに渡すんだろうな。だからあんなに慌ててたんだ」
「キースはあの出来事からずっとラノアが好きなんだと思うよ。村に帰る時、ラノアの事ずっと気に掛けてたから」
話しながら歩いていく。
今頃キースとラノアは何をしているだろう。
「エリク、嬉しそうだな」
絶えない笑みにノインも釣られて微笑みながら言った。
エリクは一度ノインを見上げ、それから前方に視線を移す。
並ぶ家から人が出てきては広場へ向かっていた。
「皆が幸せなら、私はそれだけで嬉しい」
「そうか」
「ノインは?」
「俺?」
返された質問の答えはノインにとって1つしかない。
「俺は…」
手を伸ばす。
髪に触れる。
「ノイン?」
黙ったノインをエリクは不思議がる。
「俺は…」
その先の言葉を紡ごうと息を吸う。
しかし、
「エリク!ノイン!」
シャナの声にノインは我に返って慌てて手を離した。
気取られないように駆けてくるシャナに背を向ける。
「昨日の行商人がお店を開いているの。見に行きましょう?」
「今ノインと一緒に行こうとしていたんだ」
「そうだったの…ノイン?」
何時までも背を向けるノインにシャナは不審がる。
視線に気付いたノインは平静を装ってシャナに笑顔を振り撒いた。
「やあ!シャナ!」
声は裏返っている。
明らかに動揺しているのはバレていた。
「……」
シャナは非難の目を向けてエリクの手を引く。
「あんな馬鹿放っておいて行きましょう」
「え?でも…」
冷たい視線に固まったノインをエリクは心配するが、シャナに広場へ連れられてしまった。
残されたノインは自分の馬鹿さ加減に落ち込む。
『普通にしていれば良いのに』
先程のエリクの言葉が身に染みた。
あんな態度冷えきった目を向けられても当たり前だ。
しかし…
「今だけは退けないんだな…」
こんな絶好の機会を逃すわけにはいかなかった。
もしかしたら…エリクは何かを気に入るかも知れない。
このために自分は今までお金を貯めていたのだ。
「俺も行くか」
頬を叩いて気合いを入れて、ノインは広場へと向かった。
村の中心にある広場。
広場の中心には小さなドラゴンの石像が立っていた。
昔はここでもドラゴンを祭る行事を行っていたらしい。
しかし今は毎年行われる行事として祭りが行われているに過ぎなかった。
その広場では今行商人が店を開いている。
「これ、可愛い!」
「本当だ。シャナに似合うんじゃないかな?」
店の前ではエリクとシャナが品物を見ながら楽しんでいた。
その光景を後ろから、石像の近くでソウルとテーベーが眺めている。
「ああいうの好きだよな。女子ってさ」
2人を視界に捉えたままテーベーは言った。
「年に一度来るか来ないかだからな。珍しい物もあるし、良いじゃないか」
テーベーとの手合わせを終えて休憩中のソウルは汗を拭う。
店が出た事によって手合わせを止めざるおえなかったのだ。
「テーベーは見ないのか?さっきのキースみたく誰か気になる子にプレゼントしても良いと思うけど」
テーベーの気持ちを知っていながら意地悪く言うソウル。
ニヤニヤと笑うとテーベーは真っ赤になって怒鳴った。
「お前嫌いだ!!」
「はいはい。でも本気でかかりに行かないとかな。ライバルは手強いぞ?」
「ライバルって?」
「―――!!」
不意に聞こえた声にテーベーは飛び上がる。
ソウルは元々気付いていたかのように平静だ。
「遅かったな。エリクと一緒に来るかと思ったんだが。またエリクに手を出してる所でも見られて置いて行かれた口か?」
「…何で前の事まで知っている?」
「……」
何もかもお見通しだと、何時も通りに笑ってはいるが不気味なソウルに視線を反らしつつ、ノインはテーベーに問う。
「エリクは?」
「あそこにいるよ」
テーベーが指す方向にエリクとシャナが地面にひかれた布の上に置いてある品物を、しゃがみ込みながら見ていた。
「ありがとな」
礼を言い、ノインは2人の下に行った。
シャナに邪険にされたが無事にエリクの隣にしゃがみ込んだ。
「良いのか?」
テーベーの思いを察しながら窺うソウルに、テーベーは首を振る。
「良いんだ。俺は傍で見守れればそれで良い」
楽し気に話すノインに、エリクは微笑んでいる。
「だからダンガンさんに剣の稽古を付けてもらっているんだよな」
「うん。俺前には沢山傷付けたから。だから今度は守りたいんだ。それ以上は望まない」
遠い存在を見つめるように目を細めるテーベーの頭を、ソウルは抱き締める。
「大人になったな、テーベー」
「…でも思うだけなら良いよな?思うだけなら許されるよな?」
か細い声が吐き出すように言葉を紡ぐ。
震える肩に、今は顔を見ないでおく。
「ああ。気持ちの整理なんて自分が納得するまで時間を掛けた方が良い。何年かかっても良いよ。話す事で気が紛れるなら俺の所に来れば良いし」
「ありがとう…」
顔を見ないでくれた事はありがたかった。
今は、この思いは隠しておこう。
何時か、自分の気持ちに整理がついて、笑って話せるようになった時、2人に打ち明ければ良い。
「どうしたの?テーベーのお兄ちゃん」
「リナ…」
下から聞こえてきた声にテーベ―はソウルから離れた。
濡れた目尻を袖で拭く。
「何でもないよ、リナ。目にゴミが入って痛かっただけなんだ」
「痛かった?」
「もう大丈夫」
頭を撫でるとリナは嬉しそうだった。
「あのね、お母さんにお金をもらったの。お菓子を買って皆で食べなさいって」
小さな手に握る銅貨を見せて店を指す。
「お兄ちゃん達も一緒に来てくれる?」
「良いよ。な?ソウル」
「ああ」
リナと同じ視線までしゃがみ、テーベ―はソウルに同意を求める。
拒否する理由もないのでソウルは頷いた。
「よーし!俺のお金もリナにあげよう。美味しいお菓子買って食べような!」
「うん!リナお菓子大好き!」
はしゃぎながら店に向かう2人。
ソウルはその後について行った。
地面に並ぶ品はどれもエリクにとって珍しい物ばかりだった。
薬草や香り付けの草、菓子、服や工芸品にアクセサリーと様々な物が売っている。
「・・・これ・・・?」
その中、エリクの視線が止まったのは1つの銀の指輪だった。
透かし彫りの細工は見方によって何かの翼に見える。
翼の付け根には小さな翠の石が嵌め込まれていた。
「綺麗ね、これ」
エリクが手に取った指輪をシャナは眺める。
「気に入ったの?」
「・・・うん」
日の光に当てると石は蒼く輝いた。
何処かで見た色だ。
「それはバースルーインという国から買ってきた物だよ」
店主は2人の会話を聞いて話しに加わった。
「バースルーインは周りに幾重もの海流があってな、唯一の方法である船での旅も相当危険なんだ。だが俺の商売仲間が奇跡的に其処に着き、更には戻ってきた。そこの品物は他の国とは違う独特の製法だから人気がある。いくつかその仲間から買い取ったが今はその指輪しか残ってないんだよ」
「もうこれしか・・・?」
手の平に納まる指輪。
この形に覚えがあった。
あの夢、自分の誕生日であろうあの夢に出てきた青年が同じような物をしていた気がした。
「お嬢ちゃん、美人だから特別安くしてあげよう。その指輪を大切にしてくれそうだしね。銀貨3枚でどうかな?」
「子供には高いわね・・・」
唸る様にシャナが呟く。
苦笑してエリクは指輪を元の位置に戻す。
「買わないのか?」
今まで黙っていたノインが口を開いた。
エリクはただ頭を振る。
「とてもじゃないが買えないよ」
「・・・・・・」
「代わりにこれを買いたい。10センチの幅で切ってはくれないか?」
脇に置いてあった赤い布の束を指す。
「ああ、構わんよ。これはこの国の布だ。模様は炎と火竜を象っているんだ。この長さか、銅貨5枚くらいでどうだ?」
「ちょうどだ。ありがとう」
「また来てくれよ」
店主は切った布をエリクに手渡して手を振った。
エリクは頭を下げて、シャナの裾を引く。
「どうしたの?」
「教えて欲しい事があるんだ。ここではちょっと・・・」
横目で隣を見る。
ノインは気付いていない。
何か考え事をしているようだ。
エリクの視線に何を言いたいか直ぐにシャナは察すると立ち上がった。
「ノイン、私達先に家に戻るわ。ノインはここにいるの?」
「あ?あぁ・・・」
心ここにあらず、その言葉が合う状況のノインは気の抜けた返事をする。
手はハチマキを上げる動作をしていた。
しかし額には何時ものハチマキはない。
エリクにお守りとしてあげてからずっとしていなかった。
先程の動作はハチマキを上げる癖だった。
シャナは肩を竦めると腰に手を充てる。
「行きましょう。ノインは考え事してるようだし。今の私達には都合が良いと思うけど」
「そうだな」
少し考えてエリクは頷くとノインの肩に手を置いた。
「またね」
「あぁ」
エリクの声にはまともに反応して、ノインは微笑んで返事をする。
しかし直ぐに視線を戻してしまった。
「何を考えてるのかしらね?」
エリクにだけ反応を返す態度に怒りよりも先に呆れてしまう。
「まあ良いわ。行きましょう?それ、早く作りたいんでしょ?」
「うん」
仄かに赤くなる表情に、やはり、とシャナは確信する。
「ラノアの所に行きましょ。ラノアの方が刺繍は得意なのよ」
「ラノア!?…今ラノアの所に行くのは…」
気を利かせて内容までは言わずに止めさせようとしたが、キースがこちらに向かって来るのを見て口を閉じた。
首を傾げるシャナに、
「何でもない。気にしないで」
笑って誤魔化すが、
「…ラノア、キースからのプレゼント受け取ったみたいね」
キースの表情が真っ赤な事から言ったシャナはその事を知っていた。
気まずくなって頭を掻くエリクをシャナは笑い飛ばす。
「キースがこっちに来たから邪魔にはならないわ。ラノアの所に行きましょう」
「…そうだな」
背後から、テーベーの嬉しそうな声が聞こえる。
そしてソウルとキースの笑い声。
上手くいったのか…
羨ましいと思いながら、エリクはシャナの隣を歩いて行った。
「おっちゃん!これ、誰にも売らないでくれないか?代金は今持って来るから」
エリクとシャナ、2人がいなくなった店の前でノインは興奮した面持ちで店主に頼んだ。
指す指はあの指輪に向いている。
「ははーん。もしかして、さっきの嬢ちゃんにプレゼントかな?」
「いやっ…その…まぁ…」
核心を突かれてどもる。
あの後のこの態度だ。
店主に気付かれたのも無理はなかった。
「そうかそうか!良いねー青春!良し!さっきは銀貨3枚と言ったが銀貨2枚に銅貨20枚にまけてやろう。嬢ちゃん、この指輪を本当に気に入ってくれていたからな。喜ばしてやんなよ!」
店主は豪快に笑いながら照れて頭を掻くノインの背中を加減も忘れて叩いた。
吹き出すノインを更に笑う。
「じゃ…じゃあ、今から代金分の金、持って来るから待ってて」
痛む背中を摩りながら告げると、ノインは急いで家へ向かった。
背後から、ソウルとテーベー、それとさっき来たキースの冷やかしが聞こえてくる。
怒鳴って黙らせて、それでも冷やかしは続いたから、今度は無視して家に向かった。
「ただいま!」
「あ、ノイン。話が…」
「また直ぐに出るから!」
勢い良く戸を開けて中に入り、階段を駆け上る。
ハンナが何か言おうとしたが急いでいると言った。
「こんにちは」
「…こんにちは」
台所前のテーブルに見知らぬ、村の者ではない、しかし旅人という風貌でもない、何処か気品のある男が座っていた。
一瞬目が合ったのをきっかけに会釈して部屋に入る。
「…あった」
ベッドの下に隠しておいた荷物の中から財布を取り出す。
今まで仕事と言えるかどうかの事をして少しずつ貯めてきたお金が入っている。
それを持ってノインは部屋を出た。
まだ何か言いた気のハンナに、
「終ったら直ぐに帰ってくるから待ってて」
階段を落ちるように駆け降りて家を飛び出した。
「早く帰って来てね!」
背中に向かってハンナが叫ぶ。
振り替えって手を振り、そして気付いた。
「馬…?」
玄関を回って奥、馬が3頭繋がれていた。
1頭は家にいた男のものだろうが、後2頭もいるのは多すぎるように思える。
「…?まあ良いか。関係ないだろうし」
荷でも積むのだろう。
そう考えてノインは広場へ戻った。
「ほら、ノイン。早くしないと買われるぞ?」
店の前でソウルがニヤニヤとしながら待っていた。
「これ、エリクの為に買ったんだ」
「嬉しい!ありがとう、ノイン!」
「こら!そこ止めろ!」
ノインとエリクを演じてキースとテーベーは抱き合う。
その2人を真っ赤になりながらノインは怒鳴った。
「ったく…冷やかすのは止めろよなー…」
文句を言いながら財布を縛る紐を解いてお金を出す。
銀貨は銅貨30枚分。
中身を確認しつつ店主に手渡す。
銀貨が1枚、それと銅貨が50枚。
良くこんなに貯まったなと自分で感心しながら払った。
「確かに受け取った。今これを包んでやるからな」
今一度確認して、店主は頷くと小袋を取り出して指輪を中に入れた。
商品だった紐で口を閉じ、ノインに手渡す。
「紐はサービスだ。頑張ってきなよ!」
「ありがとう」
「エリクはシャナと一緒にラノアの家にいるぞ」
礼を言って小袋を受け取ったノインにキースが告げる。
「良し!」
意気込んで向かう。
否、向かおうとした。
「ノイン、来なさい。話があるわ」
「…姉さん」
タイミングを見計らったようにアルマが姿を現した。
何時にも増して険しい表情にノインは訳が分からない。
「なんだよ。どうしたんだ?」
「あんたが帰って来るのが待てないから迎えに来たのよ。お母さんから話があるとは聞いてるわね?」
「ああ」
「とても大切な話なの。今直ぐに家に帰って」
話がある、ただそれだけを告げる。
足止めを食らった身としては内容を言ってくれないアルマに苛立つ。
「だから話しってなんだよ」
「……」
「黙ってちゃ分からないよ」
追い詰めるように問うノイン。
苛立ちが先に来るせいでアルマの微妙な変化に気が付かなかった。
「私の口からは言えないわ」
食いしばる歯の隙間から漏らすように言うと、アルマは背を向ける。
「お父さんから話しを聞きなさい」
「ちょ…姉さん!」
呼び止めるがアルマは止まらなかった。
「なんなんだよ…」
苛々と頭を掻く。
直ぐに帰るとは言ったが、エリクにこの指輪を渡してからと思っていたのだ。
「帰った方が良いんじゃないかな?」
言ったのはソウルだ。
「プレゼントあげるのは後ででも出来るだろ?大切な話しだって言うんだから帰った方が良い」
「……」
指輪の入った包みを見つめながら暫く考え、諦めたようにそれを懐にしまった。
「分かった。帰るよ」
「ああ」
「またな」
3人に言い、ノインはアルマを追う。
『またな』
その言葉がどんなに大切な意味を持っているのか、今は誰にも分からなかった。
月の存在は今日だけ闇に溶けている。
月明かりのない世界は純粋な闇一色だ。
エリクはもう何度も叩いた事のあるダンガンの家の戸を数度叩いた。
「こんばんは」
聞こえるように言うと、中で慌ただしい音が聞こえてくる。
暫く待つとハンナが内側から戸を開けた。
「エリクちゃん、どうしたの?」
中に招き入れながらハンナは問う。
エリクはテーブルに座るダンガンとアルマに頭を下げてから、
「ノインに会えますか?」
用件を告げた。
一瞬ハンナは困った表情を見せ、ダンガンを向くが、直ぐに微笑んで、
「ええ、大丈夫だと思うわ。2階の自分の部屋にいるはずよ」
エリクを通す。
「ありがとうございます」
何時もとは違う雰囲気に訝しむが何をいうべきかも分からず、結局何も言わずに階段を上がった。奥にあるノインの部屋の前に立ち戸を叩く。
数度叩くと中から声が聞こえてきた。
「…何?」
不機嫌な声に一瞬怯むが、
「あの…入っても良い?」
躊躇いながらドア越しに尋ねる。
僅かに息を飲む音がして、沈黙になり、暫くして、
「…ああ」
ノインはやっとの事で承諾した。
戸を開けて中に入るとノインはランプに火を灯している。
明るくなった部屋は酷く荒れていた。
「…どうかしたのか?」
ここまで部屋が荒れていた所は見た事がない。
怪訝な表情で聞くとノインはうっすらと笑った。
「ちょっとね」
ちょっと、その言葉で合うのだろうか?
良く見るとノインの目は赤く充血していた。
「目…」
「―――っ」
目尻に触れるとノインは体を引いた。
僅かに触れたそこは熱を持っていて熱い。
「…どうかしたのか?」再度、同じ言葉を投げ掛ける。
しかし今度はノインは答えなかった。
代わりにエリクに問う。
「エリクはどうかしたのか?」
「あ、うん」
自分の質問を自分に返され、エリクは戸惑いながら頷いて懐に手を入れる。
「これ、渡そうと思って」
取り出したのは赤い長い布だ。
両端に白地で模様が描かれている。
「何?」
「ハチマキ」
エリクは答えるとノインに手渡した。
「ノイン、私に前のハチマキ渡してからずっとしてなかったから…下手だけど、ないよりは良いと思って…新しいのくる前までの繋ぎにして?」
「…今日あの店で買った布だな」
手に渡ったハチマキに見覚えがある。
額に結びながら顔を覗くとエリクは後ずさりした。
「…も、もともとノインのハチマキになるような布を探しに行ったから…」
真っ赤になりながらうつ向くエリクに小さく笑いながら、ノインはベッドから立ち上がる。
「家まで送るよ。夜の1人歩きは危ないから」
「い…良いよ!家近いし、悪いから!」
「遠慮しない。俺くらいには甘えてよ」
椅子に掛けてあったマントを羽織ってエリクを誘導する。
「で…でも…」
まだ渋るエリクに、部屋を出たノインは思い出したようにエリクを抱き締めた。
「―――!?」
「ハチマキ、ありがとな?大切にする」
「ノ…ノイン?」
強く抱き締める腕に少し息苦しさを覚えながらも、ノインの様子が何時もと違う事から心配になり名を呼ぶ。
ノインはエリクを離すと普段通りの笑みを浮かべた。
「行こうか」
「…うん」
手を握る。
握り返すべきか迷う。
「エリクを送ってくるから」
下に降りたノインは椅子に座る家族に声を掛けて玄関に向かう。
「…ああ、気を付けてな」
「お邪魔しました」
「またおいで、エリク」
微笑むダンガンに頭を下げながらノインに連れられるエリク。
玄関の戸が閉まると辺りは真っ暗になった。
誰も外に出ていない。
いるのは見張りをしている男達だけ。
その暗闇の中を2人は歩く。
「……」
ノインは話さない。
手を繋いだまま歩く。
エリクも話さない。
話しかけるべきか迷っていた。
繋がれた手だけはこんなに近いのに、隣のノインは遠くにいるかのようだ。
伝わる温もりも、温かいのに冷たい。
冷たさは体の中を通って、芯から冷やしていくようだ。
…痛い。
胸の痛みにエリクは目を固く閉じる。
…痛い。
ノインが何かを隠している、隠している事柄が辛い事だ、それは分かるのに、自分には何も出来ない。
腑甲斐無くて泣きたくなる。
「エリク?」
立ち止まって呼び掛けるノインの声に、我に返る。
もうエリクの家の前だった。
初めてそこでノインは手を離す。
「じゃ、おやすみ。エリク」
笑って告げるノインに、何故か焦りを感じて裾を掴んだ。
「エリク?」
裾を掴む指は力を入れすぎて真っ白になる。
顔を見れなくてうつ向いて、何かを言わなくてはならないと思い口を開く。
しかし言うべき事を考えていなかったために口は開いただけだ。
「エリク?」
ノインはうつ向いたままのエリクを呼ぶ。
首を動かして辺りを無駄に見ているから落ち着いていない事が気配で分かった。
「…ノイン」
静かに、ゆっくりと自分の気持ちを落ち着かせるようにノインを呼ぶ。
辺りを見渡していた動きが止まる。
「言えないなら良いんだ。だけど、1人で抱え込まないで欲しいっていうのが本音なんだ。ノインが私の隣にいてくれるように、手を差しのべてくれるように、私もノインの力になりたいから。だから、辛いんだったら…」
「エリク」
エリクの言葉を最後まで言わせずに口を挟む。
顔を上げたエリクに、表情を見せまいと腕を引き寄せて抱き締めた。
「…っ!?」
「…エリク」
呼吸するのも辛い。
本当なら立っている事さえ。
エリクの肩に顔を埋め、ノインは体を寄りかからせる。
「明日…明日話すから。全部話すから…」
何とかそれだけを伝えてノインはエリクを離した。
「じゃあ明日」
辛い表情だけは見せないように。
声だけは元気に振る舞って。
逃げるようにノインは家に帰った。
残されたエリクはただ立ち尽くす。
「エリク」
ノインとエリクの様子を家の中から窺っていた白夜は、ノインがいなくなってから直ぐに外へ出てきた。
しゃがみ込んでエリクは白夜を撫でる。
「嫌な予感がする」
ノインが去った方向から視線を反らさずに、独り言のように言う。
「…明日なんて来なければ良い」
そうしたら嫌な予感が何か知らずにすむから。
「明日が来たら私は後悔するような気がするよ」
白い毛を指に絡ませながら呟く。
白夜はそれに返答はせず、
「家に入れ」
ただ、そう言うだけだった。
初めてそこでエリクは白夜を見下ろし、もう一度、ない姿を求めて視線を上げて肩を落とす。
「明日なんて来なければ良いのに」
嫌だな…小さく呟きながら体を反転させて家に入る。
『明日はエリクにとって、今までの中で一番嫌な日になるかもしれないね。それ以上に辛い事が直ぐに来るけれど』
ジルはつい先程、全てを知っているかのように白夜に告げた。
「……」
白夜はエリクの姿を目で追う。
明日、明日エリクはどうするのだろうか?
ダンガンから話しを聞いたエリクは…
「皮肉なものだな…何時もお前は辛い事ばかり遭う」
ありし日の人を思い浮かべながら…
遠くを見つめ、白夜は呟いた。
ねぇ…
君は今どうしていますか?
また、泣いている?
さっき目が赤かったから…
知ってますか?
私が弱い部分を見せるのは君だけなんです。
君は何時も私に手を差し伸ばしてから。
だから、私は君には甘えられるようになった。
君はどうなのだろう?
私は君に頼られるだけの人間ですか?
全てを教えてなんて言わないから。
何も言わなくても良いから。
だから、辛いのなら少しくらい甘えてください。
君のためなら私は何だってするよ?
今の私にとって君は何よりも大切だから…
広場に金属の重なり合う音が響く。
日の光によって眩しいほどにそれは光っていた。
「ほら、脇が隙だらけ」
エリクの声にテーベーは慌てて脇を締めるが今度は、首筋に剣先が向けられる。
「ほら、今度はこっち。駄目だよ?一点ばかり集中したら。隙が生じやすくなる」
「そんな事言われてもなー…」
エリクに向けた剣を下げながらすねたように言うテーベーにエリクは腰に手を当てる。
「そんなんじゃ、人を守る以前に自分の身さえ守れない。前、守りたい、そう言った言葉は嘘だったのか?」
たしなめながらも意地悪く挑発する。
その言葉にテーベーの肩が上がると、
「もう一度稽古付けて!」
剣を構えて意気込んでみせた。
そんなテーベーにエリクは気付かれないように笑う。
「良いよ。付き合ってあげる」
本当は次にソウルとの手合わせがあるのだが、少しくらい待たせても平気だろう。
横で腕を組んで稽古を眺めていたソウルに目配せすると、ソウルは小さく笑って頷いて見せた。
笑って返してテーベーに対峙する。
しかし稽古は始まらなかった。
「エリク?」
テーベーの肩越しから先を見つめているエリクに首を傾げる。
ソウルは腕を解いてその姿を認めた。
「テーベー、ちょっとごめん」
剣を腰に差した鞘に納め、テーベーの横を通り抜ける。
「ノイン」
布に巻かれた槍を持ったノインは声にうつ向いていた顔を上げた。
影の落ちた表情が苦しそうに笑みを作る。
「…エリク」
「顔色が悪い。どうかしたのか?」
心配して額に触れようとしたエリクの手を、ノインはやんわりと止めた。
「お願いがあるんだ」
一言言ってノインは笑みを消す。
「俺と手合わせをして欲しい。真剣勝負で」
「……」
槍に巻いた布を外し、邪魔にならない場所まで投げる。
しかしエリクは乗り気ではない。
嫌がる素振りさえ見せた。
「前、約束しただろ?エリクから言ったんだぞ。手合わせして欲しいって」
「何も今じゃなくても良いだろう?それにこの前までノインは何時も私との手合わせ断ってたのに今更なんでだ?」
ノインに触れるわけでもなく、かといって剣を握るわけでもない。
ただ立って、腹立ちと心配とが混ざって眉間に皺を寄せる。
ノインはその問いには答えず無言のままに槍を引いた。
「ノイン…止めろ」
幾分低くなるエリクの声。
ソウルがエリクの傍にいたテーベーを引き寄せる。
「ソウル?」
「危ないから」
傍は危険―――瞬間感じ取ってソウルは目を伏せた。
あの時、聞いてしまった。
だから、ノインの気持ちは痛いほどに分かるし、感じる。
今は邪魔しないようにする事しか出来ないと、自分に言い聞かせた。
「ノイン、止めるんだ」
隙を窺い、緊張を張り巡らせるノインに、エリクは小さく舌打ちをして剣の柄に手をかける。
すると、ノインの唇が上がった。
「行くぞ」
「―――!?」
声と同時に空気を切って斬り込まれてくる槍に目を見張り、エリクはとっさに剣を引き抜いて受け止めた。
重く鈍い金属音が響く。
「―――!」
「言ったろ?真剣勝負だって」
ギリギリと槍を使って追い詰めるノインにエリクは顔をしかめ、意を決したように気を引き締めると槍を受け流した。
よろけもせず、ノインは体制を立て直す。
…重いな。
槍を受け止めた衝撃が今だ残り、手は痙攣するように震えていた。
一撃一撃が重い攻撃を繰り出せる者に隙を見せ、手を抜いたら終わりだ。
小さく息を吸い込んで、剣を構える。
ノインは一瞬、寂しそうに笑うと同じく構えた。
それからお互い、相手を見据えたまま動かない。
「…なんで動かないんだ?」
動かない2人に痺を切らしたテーベーは隣にいるソウルに尋ねる。
一度視線をテーベーに移し、また2人に戻すとソウルは、
「相手の隙を窺ってるんだ」
説明した。
お互いにお互いの実力をそれなりに知っているからこそ、一撃で致命傷を与えられる方法を探す。
怪我をさせようとは思っていないのだろうが、特にエリクはこの、手合わせとは言えない試合を早く終らせたいはずだ。
だからこそ、隙を窺う。
「……」
「……」
ハラハラと木の葉が地を滑る。
互いの髪が頬を撫でても集中するノインとエリクには気にならないようだった。
そして、激しく風が吹いた瞬間、
「……」
ニヤリと唇を上げ、ノインは踏み出した。
同時にエリクも走り出す。
「…はっ…」
短い呼吸に合わせてノインは槍を振る。
目の前に迫った刃先を紙一重でエリクはかわすが、反転した槍の柄が腹部に突き込まれ顔を歪ませた。
「…っ…」
小さくうめいて、それでも体制を崩す事なく今度はエリクがノインに向かって剣を斬り込ませた。
赤いハチマキが宙になびくのと同時に頬が切れて血が飛ぶ。
「…!」
一瞬、エリクはうろたえた。
それを見逃すはずもなく、
「エリク!隙が出来たぞ!」
鋭く叫びながらノインは槍を繰り出した。
「……」
真顔に戻るエリクは間合いを開けて防御に転ずる。
「…速いな」
既に間合いの外にいるエリクに向かって挑発的に笑う。
それにエリクは右手に巻かれていた、少し古い、擦りきれた赤い細長い布をほどいて自身の髪を結う。
「それだけが取り柄だからな」
「嘘ばっかり」
喉奥で笑い、本気になったエリクに向かってノインは、
「来いよ」
言い放った。
結わき終わった髪を右手でかきあげ、エリクは剣を握り返す。
「言われずとも」
言葉が全て耳に届く前に、ノインの目の前には青銀の髪が揺れていた。
目を細めて姿を辛うじて捕え、瞬発的に体を反転させて向かう銀の刃を避ける。
先程のうろたえなど微塵も感じさせない。
「…っ」
聞き取らせないくらいに息を詰めて、それから隙が生じた背中に槍の柄を突き込もうとする。
しかし、
「甘い」
地面に剣を持ったまま両手を付き、体が持ち上がったと思った瞬間、エリクの足が柄を蹴った。
思わずノインがよろけている間にエリクは体勢を立て直している。
「…やっぱり強いな、エリクは。隙がない」
「嫌味に聞こえるな。ノインも十分隙がない」
エリクが攻撃に転ずる前に体勢を立て直していたノイン。
特に悔しがるわけでもなく、楽しそうにエリクは目を細める。
うっすらと額に浮かんだ汗に髪が張り付いていたのを手で払った。
「嫌味じゃないんだけどな」
おかしそうに笑いながらノインは切れた頬から流れる血を、汗と一緒に拭う。
楽しくて仕方がない。
今一時の事だけど、永遠に続けば良いと思う。
このまま、一緒にいられればと…
「…昨日、話があるっていったよな」
「…あぁ」
話し始めると同時に槍を振るノインに、答えながらエリクは構える。
「今も話したくないんだ…話したら…受け入れる事になるから…」
「……」
振り上げて振り下ろす。
「受け入れたくなかった…俺は…」
ぶつかり合う刃。
重なり合う金属音。
押し合う力。
「俺は皆と…エリクと一緒にいたい…ずっといたかった…」
「―――!?」
刃を受け流し、柄を掴んで動きを止めさせる。
懐に入る体。
目に広がるのは青銀の髪。
ひやりと首に冷たい感触。
「…負けたか」
満足に呼吸が出来なかった分、大きく酸素を吐き出しながらノインは槍を下ろした。
「エリク、剣、離してくんない?」
今だ刃を首に当てるエリクに苦笑しながら話しかける。
「ちょっ…何してるのよ!」
エリクとノインの状態に、広場に来たシャナが血相を変えて走り寄った。
隣にいたラノアはちょうどやって来たキースに視線を向ける。
キースは眉間に皺を刻むとソウルとテーベーの下に走った。
「何があったんだ?」
「あの2人を止めて!」
「ソウル…」
キースとシャナ、それぞれが傍観しているソウルとテーベーに詰め寄る。
テーベーは事情を知っているだろうソウルを見上げた。
「俺からは…何も言えない」
全員から逃れるように背中を向ける。
「…俺達には…あの2人を止める事は出来ない」
エリクの剣を握る手が、痙攣するように震える。
「エリク…」
首に当てられた刃の平をノインは手で下ろす。
しかし全てを下ろす前にエリクは剣を投げ捨てた。
「……」
代わりにノインの襟首を掴む。
「痛いよエリク」
張り付けたような笑みを浮かべるノインにエリクは怒りに震えた表情を返す。
「どういう事だ!?どういう意味だ!?何を受け入れる!?一緒にいたかったってどういう…っ!」
「五月蠅い!!」
怒りに任せて問い詰めるエリクはノインの突然の怒鳴り声と痛いくらいの抱き締めに言葉を止めた。
止めざるおえなかった。
「…っ…ノイン…」
圧迫に呼吸するのが苦しくなり、互いの体の間に挟まっている自分の腕を伸ばして距離を置こうとする。
しかしノインはさらに強くエリクに抱き込んだ。「ノイン…苦し…痛いよ…」
変わったノインの様子に戸惑い、弱々しくエリクは言う。
「ノイン…」
気を立たせないように、落ち着かせるように、エリクは名前を呼ぶ。
「……」
抱き締める力は変わりはしなかったが、ノインがエリクの肩に埋めていた顔を上げたのが分かった。
確かめるようにエリクの髪をすき、頬に唇を寄せる。
「…エリク…」
掠れた声がエリクを呼ぶ。
見上げたノインの目尻は赤くなっていた。
「俺…」
今にも泣きそうな表情に、エリクは首を振った。
「…聞きたく…ない」
「エリク…」
「嫌だ…聞きたくない…っ!」
耳を塞ぐ。
目をつむって視界を閉ざす。
ノインはエリクの手を包むように掴んで離した。
「ノイン…」
ゆっくりと涙に濡れる瞳がノインを捉える。
ノインはもう一度エリクを腕に収めるとはっきりと告げた。
「俺…村を出るよ。王都に行く事になったんだ…」
「夢じゃない」
誰かがそう、言葉を風に乗せた。
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