4~そして、脱走



ネコに錠剤を飲ませるなど、今でこそ『朝飯前!』ですが、初めのうちはよく吐き出されました。
だいたい、ここをグッと持ったらカァっと口が開くのですかさずエイッと押し込んで、閉じれば飲み込んでくれますから…ホラ、簡単デスネ…って、先生、ほんとに簡単デスカ…?

2~3回失敗したら化膿止めの白い錠剤の表面がドロドロになって、押し込んだ指にくっついたまま戻ってくる、カァッの筈がニュウァ~くらいにしか開けない(ごめんね)。
トイレはすぐに慣れてくれましたが、右足は固定されているのでバランスを崩して、排泄物の上にどーんとコケて包帯もドロドロ…(そしてわたしは半泣き)。ごめんなさい。

そんなことを繰り返して、ネコと暮らす楽しさを少しずつ知っていったような気がします。

費用でいえば、手術代に5万かかりました。
当時、バイトを3つほど掛け持ちして月10万のビンボー暇無し生活を送っていたわたしでしたから、覚悟していたとはいえ、額を聞くと膝がふにゃっとなりました。

そんなわたしに先生は『分割でよいですヨ』と、やさしく言って下さいました、個人経営の病院でもないのにありがたいなァと…わたしはお言葉に甘え、3分割ほどで支払いましたが先生に直接渡していたので、きっと先生が立て替えてくれていたのだと思います。

きっと、つれみが生き延びるために何かが少しずつ恵まれていたのだと思います。

わたしにより、別名『ごまんネコ』とつけられた彼女でしたが、ゲッソリと半分の大きさだった顔が元の丸顔になっていき、病院へと通うダンボール箱を軽く内側から押し開けようとするほどになった頃、病院から変わったものを貸し出されました。

首に付けるとネコが面白いライオンのようになる、あれです。
ネコがご飯を食べようとしても、届かなくなる、あれです。
ベランダの柵の間から出て行こうとしても引っかかって『アレ?』と思って、試しに他の柵の間から出ようとしてもやっぱり引っかかって『?』となる、あれです。

あれの名称を、わたしは知りません。

彼女はまだ、腹と右足の抜糸前でした。
少し元気が出てきたころ、その違和感に気付いたようで、1~2本ほど千切ってしまい、右足の傷は一時、開きそうになりました。

本人にとっては甚だ迷惑かもしれませんが、あれをつけたネコというのは、痛々しくも可愛らしく、それで『ニャア』などと言われた日にはわたしなど一瞬にして親バカと化すのでした。

わたしは、ネコとの慌しい日々に家計の心配はしつつも、それなりに充実し満足だったと思います。

しかし、彼女はジッと窺っていたのでした。
再び外に出る日を。

それはまだ、腰と右足の包帯が外れる前にやってきました。
わたしは油断していたのです。

ベランダの戸は開けていました。いつものようにあれをつけようと、彼女を見たら…ヒョコヒョコとベランダの方へ歩いています。
…と、突然ヒョイッと飛んだかと思うと、そのままヒョーッと走って裏山へ…


凄い速さで、裏山へ…。

…。



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