世界で一番愛する人と国際結婚

蜜の日々~疑問





確か、4月の復活祭の頃だった。


私はノアールの実家に招待され、そこでささやかな
婚約パーティが催された。


テーブルの上にはフランスの家庭料理がずらっと並び、
その中に中華料理やベトナム料理のお皿もあった。


「家庭料理が、プルメリアの口に合わなかったら困るので、
中華やベトナム料理の出前を取ったのよ。」
ノアールのママンは満足そうに笑った。


彼の家族には大歓迎された。
誰からも祝福されて、誰もが笑顔を浮かべている、
夢のような時間だった。



結婚式はいつにするのかと、ノアールの姉にせかされた。


ノアールは「秋はどう?」と聞いてきたが、
私はもう少し交際期間が欲しかった。
それに、年内に一度は日本に帰り、身辺整理もしたかった。


2人の希望の中間をとり、1月にハネムーンを兼ねて、どこか
暖かい場所で結婚式を挙げることで落ち着いた。日程も決めた。
ノアールも年末に一緒に日本に来ることになった。



全くの予定外の展開になったが、人生なんてこういうもの
なんだろうと思った。



ノアールの住む場所は、パリの西側のはずれだった。
私が住んでいたバスチーユという場所は、11区でパリの東側。
ちょうど正反対の場所だった。


ある日、ノアールの家の側の、ブーローニュの森に
ピクニックに行く約束をしたことがある。


約束の時間の1時間近く前に自分の部屋を出ると、
なんと彼が私のアパルトマンの前に立っていた。

手にはビニールシートと、手作りのサンドイッチを持って。


昨夜から私に会いたくて、待ちきれずに飛んで来たのだと言うノアール。
ブーローニュの森とは逆方向の私の家まで、電車でやってきたのだった。
ノアールは、朝から晩までいつでも私と一緒にいたがった。



それからの3、4ヶ月間、私達はほぼ同棲状態だった。


私は、留学前に日本からパリの寮を予約しており、最初の数ヶ月は
そこに住んでいたが、ちょうどノアールに出会う直前に寮を出て、
大きなアパルトマンを4人でシェアしていた。


そこはとても気に入っていたのだが、ノアールと付き合うようになり、
私はアパルトマンにほとんど戻らず、荷物置き場になってしまっていた。


7月に日本から友人が遊びに来るので、その後に部屋を解約をし、
夏からは完全にノアールと一緒に住むことに決めた。



ノアールは、一緒にいて心地いい人だった。


「アメリカ人のようにいつもニコニコしていなくていい、
本当に楽しいと思った時だけ微笑めばいいんだ」、と言う彼。


「別に人に合わさなくて、自分がやりたくなければ、
やらなくてもいいんだ」とも。


こういう彼の考え方は、私にとって楽だった。



一方で、ノアールは私の服や靴、髪型にまで目を光らせるので、
ちょっと息苦しい気もした。


私が買い物に行く時は必ず付いてきて、パンタロンの裾挙げの
長さまで細かくチェックされた。


美容院に行った帰りも、彼はすぐに気がついて褒めたり、
けなしたりされた。


彼は、私が付き合った歴代の男性の中で誰よりもお洒落で、
特に靴や服にお金をかける人だった。


パリに来て以来、すっかりカジュアルになって服装に構わなく
なっていた私も、彼に知り合ってからグンと変わった。


そうしてお洒落をした私の写真を撮りまくって、ノアールは
部屋の壁中に私を飾っていた。



窮屈なくらいに愛される一方で、一つ彼への疑問もあった。


ノアールは小さな会社の平社員だった。失業者の多いフランスで、
職に就いているだけまだよかったが、私より10歳くらい年上の
働き盛りの彼の年齢を考えると、そのポジションが疑問だった。


遅刻や早退も多く、彼には仕事への熱意が感じられなかった。
週35時間の労働ですら、嫌々やっているようだった。


ノアールは、自分の同僚に私を ma femme (my wife)と
呼んで紹介していた。


私はまだ、あなたのfiancée でしょう?


私はイチイチ訂正していた。


その度に、ノアールは機嫌が悪くなった。


毎日夕方5時にオフィスを出る彼は、すぐ近くの学校で午後の
クラスを取っていた私をよく迎えに来た。


どこに行くにも私に付いてくるので、寮で初めてできた
フランス人女性の友人とも、語学学校でせっかくできた
南米からの留学生の友達とも、私は疎遠になってしまった。


彼女達とカフェでお茶をしたくて、クラスが終わった後
校門で待っているノアールに見つからないように、学校の裏口
からこっそり外に出るようになってしまった。



思えば、彼の情熱と私の情熱のバランスが少しずつ
狂い初めていたのだと思う。



つづく



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