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第一章 不幸も幸


第一章 不幸も幸




 むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました――――


おばあさんは全く知らなかった。もちろんいつも通りに山に柴刈りに行っていたおじいさんなどは知る由もなかった。

 おばあさんはいつも通りに朝飯を済ませると、川へ洗濯に向かった。季節はもう春で、さらさらと流れる川のほとりには桃の花が惚れ惚れするほど美しく咲き乱れていた。おばあさんは、その花が風に揺れて散っていく様子をうっとりと眺めながら仕事を始めた。空気も全く穏やかで心地よく、本当にすばらしい日和だった。
 が、それがいけなかった。
 おばあさんは、彼女のすぐ目の前を流れていくものに全く気がつかなかった。桃のマークのついた出荷用の小さな木箱に。その中にはもちろん――――というかお決まりで、小さな男の子が入っていた。
 この子が今どういう状況なのか分かっていたら、おばあさんに向かって何か言ったかもしれない。
 「おい、こらー!」とか「拾わないと恨むぞー!」とか。                 
 しかし何も特別なことが起こることもなく、その箱は静かに流れ去っていった。

 おばあさんに罪は無い。おじいさんにも無い。当たり前に。そして二人は何事もなく平和な日々を過ごしていった。


 一方、あの流された箱の中の子供は、どんどん川下に流されていた。村を通り、町を通り、大きな城下町の中を通っても誰一人彼を拾い上げる人間はいなかった悲劇だった。しかしその間に全く泣きもしなかった彼もいけなかったのだが。
 とうとう彼の乗った箱は、大きな川の河口を抜けて海原へとくりだした。大きな帆船の立てる波などおかまい無しに、箱はどんぶらこどんぶらこと沖合いに向かって進んでいった。

 この辺りの海には、誰もが恐れる海賊の一味が潜んでいた。いや、潜んでなどいない。堂々と島を一つ手に入れ、そこで暮らしていた。彼らは時たま岸に近い村々を襲ったり、普通に魚を取ったりして生活していた。
 この海賊一味の首領は、背が高く筋肉隆隆、伸び放題に伸びた髪と髭は荒々しく、額には大きな傷を持っている。いかにもこれぞ海賊、といったこの風貌のおかげで、岸の人間はその姿を見たとたん一瞬にして走り去ってしまうのだった。しかし、こんなとき彼は必ずこう言うだろう。「誤解だって!」
 彼は確かに首領だ。そして海賊衆からもたいそう慕われていた。だが実をいうと、彼は刀さえ持てないし、堂々と立っている様に見えてもいつも逃げ腰なのだ。もっと実を言うと、彼の額の傷は武勇伝を語るにふさわしい代物ではなく、岩場ですっ転んでできただけのものだった。しかし、彼の不幸だが幸せなところは、姿が怖いこと。彼が現れただけで前に言ったような状態になってしまうので、この一味は誰も誰とも闘う必要が無いのだった。
 本当は、この首領はとても臆病で物静かで涙もろくて繊細でやさしい人物なのだ。親分肌なわけもなく、たまにきつい言葉を言われると一人落ち込んでしまうのだった。
 この日もそうだった。
 彼は今日も女房のおときに、「飯が遅い!」と言われてしょげ返ったまま、島の端でひざを抱えて座りこみ、ぼんやりと水平線を見つめていた。
(あーあ、何でこう俺は情けないのかなぁ。首領なのに。男なのに。顔怖いのに。・・・?。まあいいか。今日の夕飯は何にしよっか・・・)
 そんなとき、何かが彼の脳裏にぴーんと走った。そして彼の良く利く目は、紺色の海の上にあるそれを見つけた。奇妙なことだが、彼はその漂う箱の中に何が入っているのか分かった。
「あっ!・・・あっ!おい、そこの箱!お、おい誰か、誰か来てくれ!」

   第一章 完
第2章へつづく

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